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台湾メディア産業における『中国の影響力メカニズム』の背景

海外研究員レポート

台湾

2013年3月発行
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2012年9月・12月の筆者の現地情勢報告では、中国で大規模な事業を展開・計画している台湾の企業グループが、台湾のマスメディアの所有経営権を取得し、新聞やテレビの持つ社会的な影響力を中国での事業展開のための補完的資産として利用しようとする動きが広がっていることを報告した(川上[2012a,b])1。また昨年来、中国での事業展開をはかる台湾のテレビ局が、中国からの要求に応じて人気の高かった政治討論番組を終了したことや(『自由時報電子報』2012年12月14日、『りんご日報ウェブサイト版』2012年11月12日)、中国への批判的な報道をめぐって経営陣と対立した雑誌の編集長が辞職したこと(『公民新聞』2013年2月4日)等も報じられている。

政治学者の呉介民は、中国の興隆と中台間の政治・ビジネスネットワークの形成が台湾の民主政治に及ぼす影響を(負の)「中国ファクター」と呼ぶ(呉[2012])。台湾マスメディア産業の近年の状況は、「中国ファクター」の最も先鋭的な表れのひとつである。

本来、新聞やテレビといったマスメディアは、国民国家大の言論空間を構成する高度にナショナルな存在である。台湾でも、1980年代末以降の急速な民主化と本土化のなかで、マスメディアの自由化・多元化が進み、新聞やテレビは、国家アイデンティティや重要な社会・経済問題をめぐって異なる意見が激突する場となった。そのようなナショナルな言論空間の形成の担い手となってきた台湾のマスメディア産業が、いったいなぜ、かくも急速に「中国の影響力メカニズム」(呉[2012])の中に組まれることになったのだろうか?

本稿では、台湾のメディア産業のなかでも特に強い社会的影響力を有してきた媒体である新聞セクターを対象に、台湾メディア産業の構造的な脆弱性という視点から、この問いを考察する。そして、台湾の新聞業における「中国の影響力メカニズム」の広がりが、中台経済関係の緊密化と台湾海峡を越えた政商ネットワークの広がりを反映するものであると同時に、新聞業の産業的な基盤の弱体化を背景としたものでもあることを指摘する。

【台湾新聞業の歩み】

  1. 1990年代:新聞の能動的政治アクター化
    台湾のマスメディアは、1987年に解除されるまで38年にもわたって続いた戒厳令のもとで、長らく国民党政府による強い統制の下に置かれていた。新聞については、発行紙の数や新聞のページ数等の統制が行われていた。この規制が解かれ、新聞業が一気に自由化へと動き出した1988年が、台湾の新聞産業の新たな歴史の始まりとなった。

    1990年代の新聞業界を主導したのは、聯合報, 中国時報, 自由時報の三紙であった。このうち聯合報, 中国時報は、報道統制体制下で国民党政府との間にパトロン・クライアント関係(林[2008])を結び、1980年代には二紙で新聞市場の7割を占めていた老舗紙である。両紙は販路面での優位性と豊富な人材・資金力を梃子に、自由化後の激しい競争のなかでも主導的な地位を保つことに成功した。これに対して、自由時報は、建設業を営む林栄三が1980年に台湾中部の地方紙『自強日報』を買収し、80年代半ば以降、全国展開した新興勢力である。同紙は、1980年代末以降の自由化後の波の中で弱小紙が次々と姿を消していくなか、低価格政策・販売促進策といった経済的インセンティブと、後述する政治的ポジショニングの吸引力を両輪として急速に発行部数を伸ばし、二大紙を越えるまでに成長を遂げた。

    報道統制の解除により、党国体制のくびきから解き放たれたにもかかわらず、1990年代を通じて、この三紙はいずれも政治的な色彩を強めた。林[2008]および顧[2010]は、1990年以降、国民党内での主流派(李登輝派)と非主流派(反・李登輝派)の政治抗争が激化するに従い、新聞社が従来の国民党のクライアントとしての受け身的な立場から脱して能動的な政治アクターへと変化したことを指摘する。具体的には、この時期の三紙はそれぞれ、「国民党非主流派、反本土化、統一寄り」の聯合報、「国民党主流派、本土派」路線の自由時報、政治的には両紙の中間的立場であり、社会問題では相対的にリベラルなカラーを打ち出した中国時報、という政治的ポジショニングをとることとなった(林[2008]、顧[2010])。

    このような主要紙の政治アクター化は、国民党で要職にあった各紙のオーナーの政治的立場を反映したものであった。同時にこれは、固定的な読者の獲得戦略としての性格も有していた。この戦略は特に、台湾内での本土意識の高まりと広がりを巧みにとらえて快進撃を遂げた自由時報において有効な戦略となった。

    しかしこれは、各紙の発展に以下のような負の影響を与えることにもなった。第1に、新聞の政治アクター化は、編集現場の自律性と記者の専業性を阻害することとなった。各紙の紙面は、オーナーの政治的な立場に強く規定され、またメディアの政治的パワーを利用しようとする政治家たちの影響力の下にも置かれることとなった(林[2008]、顧[2010] p.343)。第2にその必然的な帰結として、新聞の公平性・公共性への信頼が大きく損なわれることとなった。そのことの代償は、メディアの多様化が進み、媒体間競争が生じるようになった2000年代に入って、読者の新聞離れというかたちをとって急速に浮上することとなる。

  2. 2003年以降:りんご日報の衝撃
    2003年、香港のネクスト・メディアが、台湾で日刊紙『りんご日報』の発行を開始した。香港での成功を土台としたネクスト・メディアの戦略は大きな成功を収め、『りんご日報』は瞬く間に台湾最大の日刊紙となった2

    表1には、2000年代の主要4紙の購読率の推移を掲げた。2003年に創刊されたばかりのりんご日報が、2004年には聯合報, 中国時報と肩を並べ、翌年以降は主にこの二紙の読者を取り込みながら快進撃を遂げてきた様子が分かる。りんご日報の衝撃が、老舗二紙にとってとりわけ大きな打撃となったことが見て取れる。


表1 新聞の購買行動の変化
表1 新聞の購買行動の変化
出所:『中華民国広告年鑑2011~12』より作成。現データはNielsen Media Research.


【メディア間競争での敗退と産業基盤の弱体化】
表1から読みとれるもう一つの重要な点が、新聞購読習慣の持続的な低下傾向である。「100世帯当たりの新聞部数」のデータは、残念ながら2004年以降は入手できず、最新の状況は分からない。しかし、2000-03年の間のその急速な減少ぶりと、2000-2010年の間の「昨日の新聞購読率」の低下の趨勢を考え合わせれば、2000年代を通じて新聞の発刊部数が急速に縮小したことは疑いがない。主要三紙のなかで、唯一りんご日報への読者の流出が少なかった自由時報にしても、その購読率は2000年の23%から2011年の16%へと下落している。

このような新聞離れの主因は、ニュースの取得源が、インターネットとケーブルテレビに代替されたことにあると見られる(『中華民国広告年鑑 2011-2012』p.69)。2000年代を通じてメディアが多元化するなかで、新聞業の市場は急速に縮小した。

広告収入の落ち込みはさらに深刻である。図1には、主要メディア別の広告収入の推移を掲げた。新聞の広告収入は、1998年の211億元をピークとして2011年には106億元と、ほぼ半減している。発行部数の減少以上のペースで、広告の新聞離れが進んでいることが見て取れる。『中華民国広告年鑑』からは、台北周辺エリアの30歳代という重要な消費者層の新聞離れが特に顕著であることが分かる。これは、広告媒体としての新聞の魅力を大きく引き下げている。

以上のデータから分かるように、2000年代を通じて、台湾の新聞業は、購読率・発行部数の面でも、広告収入の面でも、衰退に見舞われた。そして、縮小するパイの奪い合いのなかで、新興勢力であるりんご日報が勝利をおさめた一方、聯合報と中国時報が深刻な読者流出に直面することとなった。


図1 主要メディア別の広告収入の推移
図1 主要メディア別の広告収入の推移
出所:『中華民国広告年鑑』各年版より作成。原データはNielsen Media Research.


【報道の切り売りと記者の士気低下】 
上でみた新聞業の経営基盤の弱体化は、以下のような問題を引き起こし、「中国の影響力メカニズム」の進入経路を用意することとなったと考えられる。
第1に、新聞社は次第に、「プレイスメント・マーケティング(置入性行銷)」3と呼ばれる広告手法に依存するようになった(川上[2012b])。台湾では、報道であるかのように装って、特定企業の製品や政府の政策の宣伝をする「ニュースを装った広告」が広く行われてきた(山田[2011])。政府による政策公報のプレイスメント・マーケティングは、2010年に禁止されたが、これに代わって増えているのが、川上[2012b]でも述べた中国によるプレイスメント・マーケティングである。従来からあった報道の広告化の悪弊が、中国の影響力メカニズムの浸透経路となったのである。

第2に、新聞の経営基盤の弱体化が、記者たちの労働条件の悪化を引き起こし、記者たちの士気とプロフェッショナリズムの低下を招いた。劉[2008]は、1994年と2004年のアンケート調査結果をもとに、メディア業界で働く人々の仕事への満足度の変化を論じている。その結果をみると、この10年の間に「メディアでの仕事に満足している」人の比率は7割から1割に、「仕事を自主的に行うことができている」人の比率は9割から4割に低下している。また2004年に「今後5年間もメディア業界で働く」と答えた人の比率は44%だった(劉[2008]、pp.246-247)。

待遇面でも記者たちを取り巻く状況は悪化している。表2には、新聞記者・撮影記者の人数と平均月給を掲げた。いずれの職種でも人数の減少と月収の減少が起きているが、特にニュース記者はわずか6年の間に人数が約3000人から約1700人へと激減しており、月収も減少している4


表2 マスメディア従業者の平均月給(毎年7月分)
表2 マスメディア従業者の平均月給(毎年7月分)
出所:劉[2008]表3(p.251)および行政院労働委員会ウェブサイトより作成。
注:2011円以降、商業分類の変更に伴い「専業人員:撮影記者」項目が消滅、その一部が「新聞記者」に統合されたものとみられる。よってデータ掲出年は2010年までとした。


以上から分かるように、メディア業界で働く人々は、過去10数年にわたって、仕事のやりがいの喪失と待遇の悪化に直面してきた。このような状況が、記者のプロフェッショナリズムを阻害し、職業的な矜恃の喪失を引き起こしてきたことは想像に難くない。このような現場レベルでの困難は、台湾のマスメディアの報道の現場の凝集力や外部からの圧力への対抗力を弱める一因になってきたものと考えられる。

【小括-中国の影響力メカニズムの作用と反作用】
本稿では、新聞セクターを対象として、高度にナショナルな言論空間を構成するマスメディアが急速に「中国の影響力メカニズム」のもとに組み込まれてきた背景を、台湾マスメディア産業の構造的な脆弱性という視点から考察してきた。近年の台湾マスメディア産業では、中国政府と利害交換関係にある事業家による買収、中国市場の開拓をめざすメディア企業の報道上の自己検閲、中国による報道の買い付け(プレイスメント・マーケティング)といった複数の経路を通じて、「中国の影響力メカニズム」が作用している。それは、台湾海峡を越えた経済関係の深まりがもたらす社会的、政治的作用であると同時に、台湾のメディア産業が直面する経営面での困難の表れでもある。

本稿では「中国からの影響力」と、これに対する「メディア企業の側の抵抗力」という対抗関係を念頭に議論を進めてきた。前者のパワーに対して後者の力が弱いことは本稿が論じてきたとおりである。しかし、最近の台湾では、後者の力の弱さを補う新たな力が社会のなかから出現しつつある。メディアのゆくえを監視し、寡占化を防ぐための政府による適切な政策を求める社会運動の活発化である。

川上[2012b]で解説したように、台湾では昨(2012)年上旬に、旺中グループの蔡父子、中国信託フィナンシャルホールディング・グループの辜仲諒、台湾プラスチックグループの王家等と香港ネクスト・メディア社の間で、「りんご日報」をはじめとするネクスト・メディア社の台湾事業の売買取引が合意された。しかし3月28日、旺中グループは声明を発表し、この買収案を断念する旨を表明した。

本稿脱稿時点(3月29日)ではこの買収断念の背景は十分に明らかではない。しかし、昨年夏以降、反・旺中グループの世論が高まったこと、この社会的な関心の高まりを背景に、取引の審査にあたる国家通信放送委員会や公正取引委員会が厳しい態度でこの買収案に望むと予想されることが、買収断念の大きな背景となったことは間違いない。学者や学生たちが立ち上げ、SNSを重要なプラットフォームとして広がった「反メディア寡占」の社会運動の盛り上がりが、りんご日報の買収という大型案件を頓挫させるだけの力を持ったのである。

とはいえ、中国における本業展開上の補完的資産としてマスメディアを取得・利用する「蔡衍明式・ビジネス・モデル」が台湾企業の中国展開において有効である限り、台湾マスメディアにおける「中国の影響力メカニズム」は今後も強まり続けるであろう。それに対抗する社会運動の力は、果たしてどの程度の持続力を持ち、その趨勢をどこまで押しとどめることができるのか——。マスメディアの持つ社会的影響力をめぐる争奪と攻防のダイナミクスは、まだ始まったばかりなのである。
  
【参考文献】

  • 川上桃子[2012 a]「反『旺中グループ』運動が問いかけるもの」アジア経済研究所海外調査員レポート、9月。
  • 川上桃子[2012 b]「影響力の争奪戦としての『りんご日報』買収劇」アジア経済研究所海外研究員レポート、12月。
  • 山田賢一[2011]「台湾メディアを揺るがす『ニュースを装った広告』=『置入』 読者・視聴者を“騙す”悪弊」『放送研究と調査』7月、pp.56-62。
  • 顧爾德[2010]「當媒體走出黨國巨靈的爪掌」吳介民・顧爾德・范雲編『秩序繽紛的年代』, pp.334-352。
  • 林麗雲[2008] 「變遷與挑戰:解禁後的台灣報業」『新聞學研究』第95期、pp.183-212。
  • 劉昌德[2008] 「大媒體、小記者:報禁解除後的新聞媒體勞動條件與工作者組織」『新聞學研究』第95期、pp.239-268。
  • 吳介民[2012]『第三種中國想像』左岸時事。
  • 『自由時報』電子報「鄭弘儀翻版?廖筱君今告別新台灣加油 三立:廖當初臨危受命 現因家庭因素請辭」(http://www.libertytimes.com.tw/2012/new/dec/14/today-p1.htm)2012年12月14日
  • 『りんご日報』ウェブサイト版「『北京暗示處理<大話>』 鐘年晃指 『捨鄭弘儀 進中國』 三立全盤否認」(http://www.appledaily.com.tw/appledaily/article/headline/20121112/34636488/)2012年11月12日
  • 『公民新聞』ウェブサイト「【內幕】新新聞總編輯傳 “中國因素”去職」)(http://www.peopo.org/news/108387)
  • 2013年2月4日


脚 注
  1. 川上[2012b]で解説した旺中グループの蔡父子、中国信託フィナンシャルホールディング・グループの辜仲諒、台湾プラスチックグループの王家らによる、りんご日報の買収計画は、3月末に破談となった。本稿最終項参照。
  2. 台湾におけるりんご日報の商業的な成功の要因としては、(1)徹底した市場志向性:読者からの意見聴取に力を注ぎ、大衆的な関心が高い社会ニュースを中心に取り上げ、カラフルで目を引く紙面作成を行ったこと。(2)政治からの相対的中立性:外来性を強みとして、国民党、民進党、財界のスキャンダルを果敢に取り上げたこと。(3)専業性の相対的な高さ:発刊に際して主要三紙から優秀な人材を引き抜いたほか、スキャンダルの追及等に際して、他紙より綿密な裏付け調査を行う傾向があること。また、他の有力3紙に比べて編集権の自立性が高いこと。等が挙げられよう。
  3. 「プレイスメント・マーケティング」とは、一般には、広告主から代価を得てその企業の製品を映画やテレビドラマ等に登場させる広告手法を指す。
  4. 平均月収の減少は、この間の記者の平均年齢の低下も反映しているものと推測される。


本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。