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影響力の争奪戦としての『りんご日報』買収劇

海外研究員レポート

台湾

2012年12月発行
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【『りんご日報』買収劇の衝撃】
12月上旬、香港のネクスト・メディア(壹傳媒)は、同社が台湾で経営するメディア事業を、台湾の企業グループのオーナーらに売却する契約に合意した。台湾側の買い手のなかには、かねてより傘下のメディア企業の報道のあり方や親中国的な言動で批判を浴びてきた旺中グループのオーナー・蔡衍明氏父子の名があった。

ネクスト・メディア傘下の日刊紙『りんご日報』と週刊誌『壹周刊』は、2000年代初頭の発刊以来、政治家や財界人のスキャンダルを次々と暴いてきた。またここ数年は、旺中グループの報道姿勢、および同グループによるメディア買収の動きに反対する人々の言論活動の拠点ともなってきた。その『りんご日報』等が、蔡衍明氏、そして蔡氏と同様に中国での大規模な事業展開を通じて中国政府と緊密な利益共有関係にある事業家らの所有支配のもとに入る——。

これは、台湾で急速に進みつつある特定の企業家によるマスメディアの買収の動きと、これを通じた中国の影響力の浸透、言論の多元性の喪失への懸念を強めてきた人々にとって、極めて衝撃的なニュースであった。「反・旺中グループ運動」(川上[2012]参照)に結集した大学生らは迅速に反対運動を組織し、ネクスト・メディアと台湾の買い手側の契約締結日の前後に、政府がメディアの寡占化やメディアにおける自由・民主の後退を放置しているとして、行政院前での抗議行動を行った。

本稿では川上[2012]の続編として、台湾の事業家らによる『りんご日報』等の買収劇について解説する。また、台湾の企業家と中国政府の間の利益交換関係の強まりを介した台湾社会への中国の影響力の浸透について考察する。

【『りんご日報』のユニークな性格と影響力】
「香港のメディア王」こと黎智英(ジミー・ライ)が率いるネクスト・メディアが台湾でのメディア事業を開始したのは、2000年代初めのことであった。台湾版『りんご日報』(2003年創刊)および『壹周刊』(2001年創刊)は、センセーショナルな事件報道やゴシップ記事を前面に押し出した大衆紙路線で急速に販売部数を伸ばした。また、鋭い政権批判や、政治家や財界人のスキャンダルの暴露によって名を馳せた。その背景には、黎智英氏の独特の事業センスと反骨精神に加えて、同氏が香港出身であり、台湾の政財界との人的つながりが薄かったという事情も指摘できるだろう(山田[2012])。同紙のプライバシー軽視の姿勢や、グロテスクで興味本位の事件報道のありようを批判する人々のなかにも、同紙の独特の反権力精神や、台湾の他紙と比べて中立的な政治姿勢には好意を抱く人が少なくなかった(呉・萬[2012]、p.121)。特に2008年に、台湾を代表する有力紙であった中国時報が、親中国派の事業家・蔡衍明氏の所有支配のもとに入って以降、『りんご日報』は、反・旺中グループ陣営の有識者らの意見発表の場としても重要な役割を担うようになっていた。

それゆえ、その『りんご日報』および「壹週刊」が、中国に事業上の利益を有する台湾の企業家らに売却されるというニュース、しかも買い手のなかに『りんご日報』の長年の宿敵である蔡衍明氏が含まれているというニュースは、台湾社会に強い衝撃を与えることとなった。

ネクスト・メディアを率いる黎智英氏が、台湾での事業をすべて売却し、台湾市場から撤退することを決めた直接の原因は、「壹テレビ」の挫折にあると見られる。ネクスト・メディアはここ数年、台湾でのテレビ事業に多額の資金を投入してきたが、事業免許の取得に長い時間を要したうえ、台湾の大手ケーブルテレビ事業者からのボイコットを受け、テレビ放映のめどがたたないという苦境に立たされていた(田[2012]、頼[2012])。黎智英は、この状況の打開が極めて困難であることに失望して台湾事業への意欲を失い、利益の上がっている活字メディアも含めて台湾での事業を手じまいすることを決断するにいたったものと見られている。
 
【「辜・王・蔡連合」の成立と買い手たちの思惑】
ネクスト・メディアの台湾事業が、最終的に「辜・王・蔡連合」に買収されるまでには、若干の紆余曲折があった。当初、同社の事業売却の交渉相手として最有力視されていたのは、台湾を代表する金融業界のオーナー家族・富邦グループの蔡兄弟であった。その後、年代グループがテレビ事業のみを買い取る計画や、富邦グループが活字メディアを買収する案、さらに富邦グループが活字メディア・テレビ事業を合わせて約130億元で買収する案等が交渉のテーブルに乗った。しかし、最終的には、活字メディアとテレビ事業に175億元という高値をつけた「辜・王・蔡連合」が、交渉に競り勝った。

この三者連合の顔ぶれは、(1)中国信託フィナンシャルホールディング・グループ(以下、中信グループ)の辜仲諒およびその友好株主、(2)台湾プラスチック・グループの王家、(3)旺中グループの蔡父子およびその友好株主、から成る。11月末にネクスト・メディアとの間で交わされた売買契約では、(1)が34%、(2)が34%、(3)が32%の所有比率で、活字メディア(『りんご日報』『壹周刊』『爽報』)とテレビ事業(「壹テレビ」)のそれぞれを所有することとなった(図1参照)。


図1(1) 「三者連合」によるネクスト・メディア参加の活字メディアへの出資率
図1(1) 「三者連合」によるネクスト・メディア参加の活字メディアへの出資率
出所:『聯合報』2012年11月28日に基づき作成。


図1(2) 「三者連合」によるネクスト・メディア参加のテレビ事業への出資比率
図1(2) 「三者連合」によるネクスト・メディア参加のテレビ事業への出資比率
出所:『聯合報』2012年11月28日に基づき作成。


この三家族はいずれも台湾では著名な事業家家族であるが、今回の買収劇を主導したのは、(1)の辜仲諒であった。辜仲諒は、台湾を代表する名門ファミリービジネス・辜家の一員である。父の辜濂松(2012年12月6日に死去)は、政界との太いパイプでも知られた台湾財界の代表的な人物であった。辜仲諒はその辜濂松の長男であり、グループの中核企業である中信フィナンシャル・ホールティングの総経理として、同グループの所有経営権の継承への道を着実に歩みつつあった。しかし、2000年代半ばに、彼の運命は一転した。金融持株会社の買収計画に絡んでインサイダー取引を行い違法利益を得た疑いで、捜査対象となったのである。辜は数年間の海外逃亡を経て帰国したのち、一審で9年の判決を受け、現在は上告中の身である。最近は、グループ内の慈善基金会の会長としてメディアに登場する機会も増えているが、辜家の主力事業である金融業の表舞台に復帰することは困難であると見られる。

このように、華々しいキャリアの途中で挫折することとなった辜仲諒の目に、大手のマスメディアの取得・経営という事業機会は、新たな活躍の舞台として魅力的に映ったものと見られる(『聯合報』 2012年10月6日、A3面)1。辜家の事業上の最大のライバルである富邦の蔡兄弟がネクスト・メディアの事業買収に名乗りを上げていたことも、辜の買収への意欲をたきつけることになったものと推測される。

(2)の台湾プラスチック・グループの王家と(3)の蔡衍明——契約上は長男の名が表に出ているが実際の意思決定者は蔡衍明氏である——は、総額175億元という巨額の買収を行うにあたって、辜仲諒が招き入れた出資者である(江[2012])。台湾プラスチック・グループは、傘下企業を通じてケーブルテレビ事業者に出資していたが、メディア事業は金融投資と位置づけ、経営には積極的に関与してこなかった。今回、その台湾プラスチック・グループの所有家メンバーが多額の出資に踏み切った背景には、内紛関係にある親族との競争が関係しているのではないかと言われている(李・周[2012]、『聯合報』2012年10月16日、A3版)。

(1)(2)にとって、(3)の蔡衍明は、その資金力とメディア業界のなかでの足場ゆえに、メリットのある提携相手であった。壹テレビの経営状況を改善するためには、ケーブルテレビ会社からのボイコットを解除することが不可欠である。しかし、ケーブルテレビ最大手の凱擘社は、辜家のライバルである富邦・蔡家の手中にあり、提携先にはなりえない。辜にとり、中嘉ネットワークの取得に動いている蔡衍明を味方に引き入れることは、壹テレビの難局を一気に打開する切り札としての意味を持つものであった。他方で、(1)(2)にとって(3)は、提携することに大きなデメリットを伴うパートナーでもあった。蔡は、親中的な言動や旺中グループに批判的な人々への露骨な個人攻撃によって、広範な「反・旺中運動」を引き起こしてきた渦中の人物である。彼の存在に光があたれば、この事業買収に対する世論の反発が強まり、メディア企業の最大の資産である記者たちの士気に大きな打撃を与えることが予想された。それにもかかわらず、辜が蔡衍明と組むことを選んだのは、蔡の資金力とメディア事業での事業ネットワークの価値を見込んだからであろう。

このように三者はそれぞれの思惑によって、ネクスト・メディアの事業買収へと結集していった。なお、図1では、李世聡(龍巌人本グループ会長)、李泰宏(台湾産険会長)といった出資者が登場しているが、これはそれぞれ辜、蔡の友好株主である。これらの株主は、辜・蔡の直面する事情への対応や思惑から招き入れられた出資者であり2、この買収劇の主役が「辜・王・蔡連合」であることと矛盾するものではない。

【「両岸にまたがる影響力」の争奪戦】
近年の台湾では、大型企業グループのオーナー家族によるメディア事業への投資が相次いでいる。今回、『りんご日報』等の買収に名乗りをあげたのも、金融業(蔡家・富邦グループ、辜家・中信グループ)、石化産業(台湾プラスチック・王家)、食品業(蔡家・旺旺グループ)、葬祭業・不動産業(龍厳人本・李世聡)といった分野で成功をおさめてきた事業家らであった。また、スマートフォン・メーカーのHTCの王雪紅会長も、香港TVB社およびその傘下の台湾TVBSを所有支配下においている。

本業で十分な成長余力と投資機会を持つにもかかわらず、なぜこれらの企業グループのオーナーたちは、多額の資金を投じてマスメディアの買収に乗り出すのか? その答えは、マスメディアを通じた影響力、とりわけ「中台両岸にまたがる影響力」の獲得という動機にあるとみられる(『経済日報』2012年10月16日、A3面)。

その「影響力」が具体的にどのように発揮され、いかなるメカニズムを通じてその持ち主に経済的な利益をもたらすのかは、外部の観察者には容易にうかがいしれない。現段階では推測の域を出ないが、さしあたり以下のような可能性が指摘できよう。

第1に、上であげた企業グループは、いずれも中国で大規模な事業を展開している(ないしは展開しようとしている)。その事業展開が中国政府の許認可権限や支持取り付けのいかんに強く左右されるものであることが、これらのグループによる「影響力」資源の確保の動機付けとなっている可能性が考えられる。蔡氏が中国での食品事業で成功を遂げた事業家であることは、川上[2012]で述べた。辜家の中信グループは、中国の台湾系銀行・華一銀行の株式取得をめぐって蔡家の富邦グループと火花を散らしてきたが3、その行方を決するのは、国務院台湾事務弁公室と中国銀行業監督管理委員会の意向であると見られてきた(高[2012],p.39)。他方、台湾プラスチックグループは、中国で45億ドルを投じたエチレンプラントの計画を進めているが、進捗状況ははかばかしくない。中国政府の裁量や支持のいかんに事業の行方を大きく左右される立場にある台湾の企業グループにとって、台湾におけるメディアを通じた社会的影響力の保有というカードは、中国政府と利益交換関係を取り結んでいくうえでの有効な資源となる可能性がある。

第2に、メディアを通じた社会的な影響力や、メディアのコンテンツ資産を本業の展開に利用しようという、より直接的な動機も働いているものと推測される。例えば今回の辜仲諒の投資には、メディア事業への進出を中信グループの中国事業に利用しようとする狙いとともに、慈善事業家という肩書きに加えてメディア・オーナーとしての地位も手に入れることで、裁判で傷ついた自らのイメージを回復しようという狙いもこめられていると言われる(李・周[2012])。また、「華人のブランド」をアピールしているスマートフォンのHTCの王雪紅会長が、中国でも事業を展開している香港のTVBに出資した背景にも、HTCの事業領域の拡大という狙いがあるものとみられる4

【台湾マスメディアへの中国の影響力の浸透】
以上でみたように台湾のマスメディアは、他の事業を本業とする特定の企業グループの補完的資産として、またそのオーナー家族らの影響力の源泉として、戦略的に売買される資産となっている。新聞やテレビといった報道・言論機関が民主主義社会を支える重要な制度であることを考えれば、これは憂慮される事態である。 

さらに、このような動きが、台湾のマスメディアへの中国の影響力の浸透を引き起こす可能性を持つものであることが、状況をより複雑にしている。上述のように、メディアの買い手たちは、中国に膨大な資産を所有している(ないし今後、事業展開を活発化するとみられる)。これらの事業家が中国政府の顔色をうかがうのは必然的ななりゆきであり、彼らが新聞やテレビを所有すれば、その報道内容、言論空間の方向付けに、中国の影響が何らかのかたちで介在してくることは避けがたい。中国政府の実際の言動にかかわらず、中国政府に「配慮」せざるをえないビジネス企業グループのオーナーたちの利益の構造それ自体が、中国に批判的な言論の空間を狭めるメカニズムを内包していると考えられる。

このような経路に加えて、中国の地方政府による台湾での「ニュースの買い付け」というもう一つの経路の存在も、マスメディアへの中国の影響力の浸透を引き起こしている。台湾ではかねてより、政府が報道機関に対価を支払って、政策の広報宣伝に資するような新聞記事やテレビ・ニュースを報道してもらうことが広く行われてきた。「政府によるプレイスメント・マーケティング」と呼ばれるこのような報道は、政府がスポンサーであり情報源でもあることを明らかにせず、あたかも客観的なニュースや記事であるような装いのもとに行われてきた。近年では、このような「報道」は、政府に都合のよい情報を視聴者・購読者に無批判に受け入れさせる手段であり、マスメディアによる政府の監視機能を弱体化させるものとして、批判・規制の対象となっている。

実は近年、中国の地方政府等が、台湾政府に代わってこの手法を活用し、台湾で新聞記事やテレビ・ニュースの内容を「買い付ける」事態が発生している5。例えば中国時報は、2012年3月に中国福建省の省長が来台した際、5日間にわたって一行の動きを詳しく報じたが、台湾のメディア研究者らは、この報道が実際には中国政府からの資金提供を受けた「広告宣伝」であったことがほぼ確実であると指摘している。これは氷山の一角であり、すでに中国政府によるプレイスメント・マーケティングは台湾のメディアのなかで広まりつつあるものと見られる6。 中国の影響力は、複数の経路を通じて台湾のマスメディアの中に徐々に浸透しつつあるのである。

本稿でみた『りんご日報』等の買収案は、今後、公正取引委員会および国家通信放送委員会(NCC)での審議に付される予定である。そこでいかなる議論が交わされるかが、台湾のメディアの多元性と批判性の確保をめざす困難な道のりの最初のマイルストーンになるだろう。

【参考文献】
☆中国語

江上雲 「台灣壹傳媒最大買家 蔡衍明・・・ 我出錢、為什麼要低調!」『財訊雙週刊』411號、2012年11月8日。
吳修辰・萬年生 「黎智英認輸內幕」『商業週刊』1295期 2012年9月。
高文南 「富邦金到手的華一 會被中信金翻盤?」『財訊雙週刊』409號 2012年10月11日号。
田習如「被中共玩完 黎智英收攤了!」『財訊雙週刊』407號 2012年9月13日号。
頼琬莉「黎智英:在台灣,我畢竟是個外人!」『今周刊』2012年9月17日号。
李暁天・周岐原「辜仲諒的下一步 與蔡衍銘合組聯盟?」『今周刊』2012年10月22日号。

☆日本語
川上桃子「反「旺中グループ」運動が問いかけるもの」アジア経済研究所海外研究員レポート 2012年9月。
山田賢一「香港の大手メディアが台湾から撤退」『放送研究と調査』2012年12月。



脚 注
  1. 辜家は早い時期からメディア事業への関心を持っていた。蔡衍明が買収しようとしているケーブルテレビ大手の中嘉網路を創設したのは、辜仲諒の叔父であった。辜仲諒自身もメディアへの投資の経験があり、その弟の仲インもケーブルテレビ(緯来電視台)の経営に関わっている。
  2. 辜仲諒は、11月半ばに政府の金融監督管理委員会からの呼び出しを受けた。席上、金融監督管理委員会側は辜に対して、中信フィナンシャル・ホールディング会長の父・辜濂松と辜仲諒は「同一関係人」と見なされること、そのため辜仲諒によるメディア事業の取得は金融資本と産業資本の分離の原則に抵触するおそれがあり、金融持株会社法に定められた「株主適格性」要件に反すると見られることから、辜の所有比率は20%以下でなければならないことを伝えた。辜はこれに対応するため、李世聡を出資パートナーに引き入れた。他方、蔡衍明については、中嘉ネットワークの買収案件が 国家通信放送委員会(NCC)で審議されている経緯との兼ね合いから、テレビ事業への出資については友好関係にある李泰宏をいわば「代理人」に立てたものと見られる。
  3. 2012年12月27日に、華一銀行は富邦グループによって買収されることが決まった。
  4. 資本家家族間のライバル関係も、「影響力の争奪戦」に拍車をかけている。ネクスト・メディアの事業の争奪戦の過程では、金融業における蔡家(富)と辜家族間のライバル関係や家族内の成員間対立(王家のメンバー間の内紛)といった私的な人間関係の影響も作用した。
  5. 詳細については、中華民国自由通訊傳播協会のウェブサイト掲載の報道記事等を参照。『自由時報』電子版「學者籲中時 拒絕中國直入性行銷」2012年3月31日、http://www.libertytimes.com.tw/2012/new/mar/31/today-p5-2.htm
  6. 『自由時報』電子版「中國直入性行銷去年81則」2012年2月28日、http://www.libertytimes.com.tw/2012/new/feb/28/today-life8.htm。同「學者籲中時 拒絕中國直入性行銷」2012年3月31日、http://www.libertytimes.com.tw/2012/new/mar/31/today-p5-2.htm 他。


本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。