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反「旺中グループ」運動が問いかけるもの

海外研究員レポート

台湾

2012年9月発行
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台湾ではこの夏、あるメディアグループとそのオーナー経営者への怒りの声がうねりとなって広がり、社会運動へと発展した。人々がSNSを通じて連帯し、街頭行動を通じて抗議の意志を表明したのは、中国と深い利害関係を持つ事業家・蔡衍明氏1と、同氏の所有支配下にあるメディア集団「旺旺中時グループ(以下、旺中グループと略)」であった。本稿ではこの「反・旺中グループ」運動の経緯と背景をまとめ、メディア業界での寡占化の進展と、強大なパワーを持つ企業家の台頭のなかで揺れる台湾社会の姿を紹介する。

【旺旺グループによるメディア進出の経緯】
中国時報グループは、台湾有数の新聞『中国時報』『工商時報』等を発行する台湾の老舗メディア集団であった。同グループは、2000年代前半に衛星テレビ局の中天電視、地上波テレビ局の中国電視を傘下におさめ、クロスメディアグループへと発展した。しかし、台湾のメディア業界の特徴である事業者の林立と競争激化のあおりを受けて、経営状況が悪化し、事業売却を余儀なくされた。

2008年に、中国時報グループの事業を傘下におさめたのは、台湾の「旺旺」グループのオーナー・蔡衍明氏であった。旺旺は、1962年に缶詰等の製造から事業を始め、せんべい、菓子類等の生産販売で成長を遂げた食品製造グループである。1990年代には中国に進出して大きな成功をおさめた。現在、中国での売上比率は9割を超えており、中国のせんべい市場で非常に高いシェアを占めている。同社は、本社を上海に置いて香港で上場し、中国の内陸部にまで広範な販路を築くなど、台湾系企業のなかでもとりわけ中国色の強い企業として知られている。

中国時報グループの買収によって、巨大なメディア資源が蔡氏率いる旺旺グループの支配下に入ることについては、当初から、台湾内で強い懸念の声があった。蔡氏がメディア事業の経験を全く持たず、強い個性を持つワンマン経営者であること、旺旺グループの事業の対中国依存度が極めて高く、同グループによるメディア経営を通じて中国の影響の強まりが懸念されることが、その主な背景であった。2009年には、旺中グループ傘下のテレビ局の役員人事の許認可手続きの一環として、国家通信放送委員会(NCC)による公聴会が開かれたが、この席で専門家らは、旺中グループの報道が中国寄り・政権与党(国民党)寄りの内容となっていること、オーナーの意に反する報道をした記者が処罰されるなど記者の権利が侵害されており、オーナーによるメディアの私物化の傾向がみられることを指摘して、同グループの報道の客観性・公平性に疑問を呈した(山田[2009])。

さらに、2012年初頭に蔡衍明氏がワシントンポスト紙のインタビューに答えて「両岸(台湾と中国)は遅かれ早かれ統一する」「天安門事件での死者は、本当はさほど多くない」「中国は多くの面で民主的」といった発言をしたことで、台湾では蔡氏に対する怒りの声が燃え広がった。学者やNGOが中心となって「中国時報ボイコット運動」が起き、中国時報に寄稿してきた知名度の高い学者らが同紙への寄稿拒否を宣言する展開となった。

【ケーブルテレビ大手の買収をめぐるいきさつ】
旺中グループは2010年に、傘下の旺中ブロードバンドによるケーブルテレビ大手の中嘉ネットワークの買収をNCCに申請した。NCC組織法では、組織の目的として通信・放送市場での公平で有効な競争の確保等が挙げられており、NCCは行政手続法に従って公聴会を開催した(山田[2011])。公聴会では再び、専門家らから同グループの中国寄りの報道姿勢や、メディアを私物化する蔡オーナーの姿勢に対する批判が提起された。またこの買収案を認可すれば、メディア市場での旺中グループへの集中度がさらに高まることを懸念する意見が出された。

NCCは、1年半に及ぶ審議(審議中断期間を含む)ののち、主任委員を含む多数の委員の交代時期が間近に迫った今(2012)年7月末に、同買収案件を条件付きで認可した。具体的には、NCCは旺中グループに対して「グループ傘下のニュース専門チャンネルである中天新聞台を蔡氏傘下のグループから完全に切り離すこと」「グループ傘下のニュース専門チャンネルである中国電視新聞台を非・ニュースチャンネルに転換すること」等の3つの条件をつけ、これが満たされない場合には中嘉ネットワークの許可を取り消すという方針を決定した。

NCCはこの案件をめぐってジレンマに陥っていたという(張[2012])。この買収案に関連して旺中グループが打ち出したデジタル化への投資計画は、馬政権が進めるケーブルテレビ放送のデジタル化の推進政策の方向に沿うものであり、NCCは行政院から同案を認可するよう求められていたようである。他方で、蔡氏がメディア経営者としての資質を疑われるような言動を繰り返してきたこともあって、同紙傘下の旺中グループへの集中度をさらに高めるような買収申請を認めれば、専門家らから強い批判を受けることも明らかであった。このようなジレンマのなかで、NCCは、旺中グループにあえて高いハードルを課し、この条件を受け入れるか、買収を諦めるかを選ばせることにしたものと見られる(張[2012])。

しかし、「条件付き認可」という結論は、旺中グループ、反・旺中グループ派の学者・NGOの双方のいずれからも強い反発を引き起こすこととなった。そもそも、蔡衍明氏が中国時報グループの買収にあたって目をつけた「金の卵」は中天電視であり、中嘉の買収計画も中天電視等とのシナジー効果を狙ったものであったという(黄[2012])。中嘉を取得したいならば中天電視へのコントロール権を手放せ、という決定は、蔡氏にとって受け入れがたいものであった。他方、反対派からみれば、NCCの決定は、条件付きとはいえ、「メディア怪獣」の誕生に道を開くものであり、これまた容認できるものではなかった。
 
【旺中グループによる反対者への個人攻撃】
以上でみたNCCによる「条件付き認可」の決定は、台湾のマスメディアのゆくえに関心を寄せる人々の深い憂慮を引き起こしたものの、当初、その社会問題としての広がりは限られたものであった。ところが、この決定が行われた直後から、旺中グループは、同グループの中嘉の取得に反対した学者らに対して激しい個人攻撃を開始した。これによって、事態は新たな展開をみせることとなった。

中でも人々の怒りに火をつけることとなったのが、「雇われデモ参加者(走路工)疑惑事件」である。7月25日、NCCによる審議結果の発表にあわせて、旺中グループによる中嘉の買収に反対する学者、NGO関係者らがNCCの前に集まって抗議行動を行った。彼らが抗議活動を終えた数時間後に、別のグループが現れて抗議行動を行った。その翌々日(27日)、旺中グループ傘下の報道各社は、後者のグループの数百名の学生たちが、旺中グループへの反対活動の中心人物である法律学者の黄國昌氏(中央研究院法学研究所)によって買収されたサクラであった可能性が高いことを強く示唆する報道を行った。黄氏らの抗議活動と後者のグループの抗議活動は時間的にも重なっておらず、この「疑惑」については不自然な点があった。にもかかわらず、旺中グループのメディアは、黄氏に、自らの身の潔白を証明するよう強く迫った。

またこれと前後して、グループ傘下の記者らは、黄氏を執拗に追い回したり、自宅を監視したりした。そして、氏がたばこの吸い殻をポイ捨てしたシーンの撮影に「成功」すると、この画像をテレビで繰り返し放映し、新聞にも掲載して氏のイメージ低下を狙った。

個人攻撃の対象とされたのは黄氏だけではなかった。ある大学院生は、「雇われデモ学生」疑惑を報じたテレビニュースの画像のなかに、この事件が実は旺中グループによる自作自演であることをうかがわせるシーンがあるとしてその画像をネット上にアップしたところ、旺中グループ傘下のメディアからの個人攻撃にさらされることとなった。テレビのトークショーでは、コメンテーターが繰り返しこの学生の個人名をあげて非難した。テレビ画面からとった一枚の画像をアップしただけで、学生がマスメディアにさらされ、攻撃されるという成り行きに、学生たちや若いネットユーザーからは憤りの声が上がった2

これ以前にも、旺中グループは、自社に反対する者に対して攻撃的な態度をとってきた。2009年には、上述のNCCでの公聴会に関係して、3名のNCC委員を名指しで批判する広告を出したり、同グループに反対の論陣をはった学者らに謝罪を要求する広告を出したりして、メディア研究者らの大規模な抗議運動を引き起こしたことがある(山田[2009])。しかし今回、旺旺グループが採ったのは、記者に、根拠がないに等しい疑惑の黒幕として自社の利益に反する言論活動をする個人を名指ししたり、ありふれたネットの使い方をした個人を特定したりして、テレビ画面と新聞紙面という公器を使って攻撃するというものであった。

このような旺中グループのきわめて感情的な行動は、同グループにも大きな代価をもたらすこととなった。第1に、長年にわたって中国時報を支えてきた記者らの離職が相次いだ。総主筆、副総主筆、副編集長といった幹部らが辞職した。また、黄國昌氏を批判する記事を執筆した記者らも辞職した。これらの記者が書いた黄氏に関する記事は上層部によって全面的に書き直されたにもかかわらず、彼らの署名記事として紙面に掲載されたため、ネットユーザーらから激しい非難と中傷を受けることになったのだという(林[2012])。中国時報の現場は、人材流出と記者の士気喪失に見舞われている。

第2に、蔡氏と旺中グループの言動は、反・旺中グループのうねりを呼び起こした。「雇われデモ参加者」報道の直後から、疑惑に対する反論や、旺中グループの個人攻撃に対する怒りの声が、インターネットや、旺中グループの「宿敵」である蘋果日報の紙面で表明されるようになった。7月31日には、フェースブック上での呼びかけに応じた700人強の学生たちが「私は学生です、旺中グループの行動に反対します」とのスローガンを掲げて街頭での抗議行動を行った。「抗議活動をした学生たちは雇われた偽物である」という旺中グループの主張に一矢を報いようとする行動であった。SNS上で反・旺中運動への連帯を呼びかける動きは、8月を通じて急速に盛り上がった。

クライマックスは、9月1日の「記者デー」の抗議行動であった。この日、台湾新聞記者協会をはじめとするNGOが中心になって組織したデモ行動には、6000人~9000人が参加し、新聞のプロフェッショナリズムの確立、メディアの寡占化への反対、NCCによる有効な監督行政等を訴えて台北市内を行進した。総統選に敗れたあとも強い影響力を持つ民進党前主席の蔡英文氏も、この行動への参加を呼びかける声明を発表した。
 
【事業体としてのマスメディアをめぐる経済と倫理】
以上でみたように、旺中グループへの怒りの声が街頭行動へと広がっていった過程には、台湾のマスメディアが抱える様々な問題と、これに対する人々の強い危惧の念がみてとれる。

今回の街頭行動のきっかけとなったのは、メディア資源を用いて反対者への個人攻撃をしかけた旺中グループの言動への怒りであった。同時に、「反・旺中グループ」の動きは、メディア経営者と報道機関のモラルの欠如という次元を超えて、台湾のマスメディアをとりまく構造的な問題をより広く照らし出すものとなった。

第1に、今回の事件は、新聞とテレビの双方を自在に操って反対者のつるしあげを行えるだけの強大なメディア資源が、特定の意志決定者の手に握られている現実を人々に突きつけた。メディアの寡占化と、クロスメディア化の動きがそれである。今回の事件の発端となった旺中グループによる中嘉の買収計画は、旺中グループ側が、7月末に出された「条件付き認可」の決定を拒否する戦略をとっているため、先行きが不透明である。しかし、この案件のゆくえにかかわらず、後述するような事情から、台湾のマスメディアでは今後も事業の集中化が進むものとみられる。

この点に関連して注目される直近の動きが、蘋果日報(台湾版)の売却をめぐる動きである。蘋果日報は香港系の大衆紙で、 2003年に台湾での日刊紙発行を開始した。同紙はセンセーショナルな事件報道や芸能報道で物議を醸してきたが、政治的には反中国色が強く、国民党に対しても批判的である。このような政治スタンスゆえに、旺中グループとは「宿敵」の関係にあり、両陣営はこれまで幾度も非難合戦を繰り広げてきた。その蘋果日報と系列週刊誌のオーナーが、台湾での活字メディア事業の売却を検討しているという。そしてその買い手として取り沙汰されているのが、台湾の代表的な金融資本ファミリーである富邦グループの蔡兄弟なのである(經濟日報等の報道による)。富邦グループは、従来の主力事業であった金融業に加え、通信キャリア、有線テレビ、デパート経営にも展開する台湾有数のビジネス・グループであり、2010年には資産総額で台湾第3位のグループとなっている(中華徴信所『台灣地區大型集團企業研究』による)。蘋果日報や同系列の週刊誌が富邦グループの傘下に入れば、同グループの影響力はさらにいっそう強まることになる。

第2に、人々が旺中グループに抱く強い警戒感の背景として、同グループが中国と緊密な利害関係を有すること、同グループによる所有経営支配を通じて台湾のマスメディアの言論空間が中国に有利なかたちで操作される可能性があること、が挙げられる。NCCでの公聴会等を舞台とする議論のなかで、専門家らは、旺中グループ傘下のメディアの報道が中国寄りのものとなっていることを指摘してきた。近年の台湾では、中国で大規模な事業を展開し、積極的に——あるいは防衛的な理由から——中国の政官界との結びつきを深めている台湾人事業家が政治的な影響力を行使する場面が増えている。そのような流れのなかで、親・中国色の強い旺中グループのマスメディア経営に対して強い危惧を覚える人が急速に増えている。

1990年代以降、台湾のマスメディアは民主化と自由化のなかで飛躍的な発展を遂げてきた。しかし、事業者の林立と激烈な競争、インターネットの興隆、台湾の景気低迷といった環境変化のなかで、多くの報道機関の経営環境は厳しいものとなっている。淘汰の波が強まるなかで、メディアの新たな「買い手」として登場するのは、いきおい、旺旺のように中国事業で多額の利益を挙げたグループや、富邦のような多角化した金融グループといった「財團(財閥)」である。

だが、マスメディアが日々、生産し流通させていくものは、製造企業やサービス企業が提供する財やサービスとは全く異なる属性をもつ。それは、民主主義と自由な社会の根幹をかたちづくる言論の自由とその多元性にかかわるものであり、人々が、自らの社会の現実についての正確で豊富な情報に接したうえで意志決定を行うための基礎となるものである。報道機関は、一方ではそのような重要な社会的責務を負いつつ、他方で、公的権力から独立した経営体として市場競争のなかで生き延びていくことを求められている。そのあいだのバランスを保つことを可能にするためには、経済、政治、社会にまたがる様々な制度が整備されねばならない。

反・旺中グループ運動は、「財團」の影響力の高まりや、中国との経済的な結びつきのもたらすジレンマといった台湾特有の経済・社会問題への問いかけであるとともに、マスメディアが負う社会的責務と、私企業としてのメディア企業をとりまく市場経済原則のあいだに発生しうる矛盾と緊張へのより普遍的な問いかけを内包しているようにも思われる。

参考文献
山田賢一「『言論の多様性』と『公正な報道』には何が必要か~台湾旺旺集団のメディア進出をめぐって~」『放送研究と調査』2009年9月号。
山田賢一「台湾、大手メディアのケーブルテレビ事業買収に懸念の声高まる」『放送研究と調査』2011年12月号。
黄琴雅「蔡衍明旺旺到鴨派 人人不爽NCC」『新新聞』1326号(2012年8月2日~8日)。
張國周「旺中案『非過不可』?誰給蘇蘅壓力?」『財訊』404号(2012年8月2日号)。
林靖堂「不甘專業崩盤 中時恐爆離職潮」『新頭殼newtalk』 2012年8月9日。




脚 注
  1. 蔡衍明氏は、2012年9月25日に台湾の漁船団が尖閣列島海域に向かった際に、多額の燃料費を寄付したことでも注目を集めている。
  2. 旺中グループは、8月下旬に「雇われデモ参加者」の件が黄國昌氏とは無関係であったことを認めたが、事件のねつ造やこれへの関与は否定している。


本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。