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改革・開放の加速を提唱した『南巡講話』20周年を素通りする胡錦濤政権

海外研究員レポート

中国

佐々木 智弘
2012年2月発行
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1992年1月18日は当時の中国の最高指導者である鄧小平が北京から南に向けて出発した日である。その後、湖北省、広東省、上海市を約1カ月かけて視察し、各地で改革・開放の加速を呼びかけた。これが、いわゆる「南巡講話」と呼ばれるものである。1989年6月の天安門事件以降、引き締め政策による経済停滞期が続いたが、「南巡講話」をきっかけに、中国では市場経済化、グローバル化が進み、現在の高度経済成長時代を迎えている。

今年の1月18日、その「南巡講話」から20周年を迎えた。しかし、胡錦濤政権が記念行事を開いたという報道は一切なされていない。大規模の記念大会はおろか、党や政府機関が主催する小規模の座談会やシンポジウムすら開かれたとの報道もなければ、党機関紙が特集を組むこともない。胡錦濤政権は「南巡講話」20周年を「素通り」している。

今年秋に胡錦濤から習近平へと最高権力が移譲される第18回党大会を控えているだけに、そこには政治的意図を感じずにはいられない。確かに、昨年後半からそうした兆候が見られた。

呉敬璉発言と右派の台頭
2011年11月11日のとあるシンポジウムで、市場経済を信奉していることで有名な経済学者である呉敬璉が講演した。これを報じた11月14日付『第一財経日報』は、呉敬璉が胡錦濤政権を批判した部分を掲載した。以下、紹介しよう。

—「来年(2012年)の党大会での指導部交代は、中国経済運行の改善にとって積極的な作用をもたらす」

—これまでの指導部交代の直後には、改革案が提出されてきた。2002年の胡錦濤政権発足後も「社会主義市場経済体制改革の完備に関する若干の問題の決定」(以下、「決定」)で多くの改革措置が提起されたとしたが、「『決定』にあった進めるべき改革はほとんど何もなされていない」、「重要な原因のひとつは、結局どんな経済を構築したいのか、その共通認識がないからだ」

—「結局、われわれが構築したいのは、法治があり、制度がある多くの人に有利な市場経済なのか、それとも国家資本主義なのか。現在はこれ(国家資本主義であること)が問題なのだ」

—「来年の(党)代表大会がハイレベルの設計を明確にすることを希望する」


呉敬璉が胡錦濤政権を批判すること自体は、珍しいことではない。しかし、新聞紙上にこのような露骨な胡錦濤政権批判の発言が載ったことには驚いた。それでも、上海の経済紙であり、改革支持の論調が強い新聞に掲載されるうちはまだ「大胆な報道」ぐらいで済んだ。

その2週間後の11月28日、今度はとうとう党中央の機関紙である『人民日報』が呉敬璉の胡錦濤政権批判の発言を掲載した。しかも写真入りで大きい扱いだった。そこでは、次のような発言が掲載された。

—「現在一部の企業が困難に直面したとき、まず思いつくことは政府に支持の拡大を求めることである。(しかし)長期的、全局的角度から見て、これは問題解決の方法ではない。政府が十分な情報を把握することができないこと、または執行する官員による利益の誤った誘導によって、政府の政策は個別企業や個別産業に有利に傾き、国民経済の全体的な利益を侵してきた。政府は『守』らなければならない産業を確定し『特殊政策』を実施し、いつも業界を大騒ぎさせた。過剰生産を待って、政府の反応は『守る』から『制御する』に転換してきた。現在一部の産業は戦略的新興産業に確定されて1年経っていないが、すでに『熱』(ブーム)から『冷』(制御)に変化し、前途が予想できない」

 —「過去8、9年で、何度も政府工作報告が次の点を指摘した。政府は多くの管理すべきでないこと、うまく管理できないことを管理してきた。そして一部の管理すべきことを管理していないし、それらをうまく管理できていない。改善が必要である」


これもまた、胡錦濤政権を、2002年の発足以来、何の経済改革、とりわけ経済構造転換の手を打ってこなかったと辛辣に批判している。こうした呉敬璉の胡錦濤政権批判発言を『人民日報』が掲載したことは、純粋な政策批判というよりは、むしろ権力闘争の一環とみるべきだろう。

中国が現在抱えている格差や幹部腐敗の問題などに対しては、概ね2つの見方がある。ひとつは、改革・開放、市場経済化を進めたことによって生じたとし、そのスピードを落とすよう求める「左」派の見方である。もうひとつは改革・開放、市場経済化が中途半端だから生じているとして、さらなる加速を求める右派の見方である。呉敬璉は右派の立場を代表しているといえる。

呉敬璉は1980年代から改革・開放の必要性を主張し、1990年代に副総理、総理として改革を進めた朱鎔基のブレーンとみられている。1980年代に呉敬璉の研究プロジェクトに参加していたのが、王岐山副総理や周小川中国人民銀行行長、財政部副部長を歴任した中金公司董事長の李剣閣、中国証券業監督管理委員会主席の郭樹清らで、彼らは朱鎔基によって要職に抜擢された。

このうち王岐山には総理待望論が一部に根強く存在し、周小川には次期副総理、郭樹清には次期中国人民銀行行長のウワサすらある。こうした人事のウワサは、胡錦濤が推す李克強の総理就任に異を唱える動きと見ることができる。第18回党大会まで1年を切ったタイミングで、呉敬璉の胡錦濤政権批判が『人民日報』に掲載されるということは、そうした見解が一定の支持を得ていることを示唆し、また「呉敬璉スクール」出身者の高位抜擢への援護射撃と見ることもできる。

20周年を素通りした胡錦濤政権
胡錦濤政権にとって、格差や幹部腐敗の問題といった鄧小平時代からの改革・開放の負の遺産への対応が喫緊の課題である。他方、共産党の一党支配の正当性は経済発展による豊かな生活の享受にある以上、改革・開放を止めるわけにはいかない。「左」派の主張も、右派の主張も無視できない。そのため鄧小平の「南巡講話」20周年の扱いは胡錦濤政権にとってジレンマであった。必要以上に「南巡講話」を称賛すれば、右派に付け入る隙を与え、改革・開放を進めていないことを批判される。他方、称賛すれば、「左」派からの突き上げを食らってしまう。それ故に「素通り」という選択をしたのだと推測される。

そのようななかで、唯一確認できたのは、2012年1月19日付『人民日報』に掲載された、李弘冰の「”発展が始まってからの問題”に直面する」と題する関連の文章である。そこでは次のように述べられている。

—「改革が今日進み、かつて『石橋を叩いて渡る』(慎重に事を進める)式の改革が進む中で、一時的に大目に見ていた問題、ならびに改革の過程の中で新たに出現した問題が、今あちらこちらで次々と吹き出ている」

—「中国国民の幸福感はまださらなるレベルアップを待っており、一部の地方や階層には多くの恨み憎みすらある」「(格差問題のうち)あるものは改革が一定段階まで発展したことで出現した新たな問題である。また。あるものは改革自身がまだあるところまで達成されていないことで生じたものである。またあるものは『石橋を叩いて渡る』中で、経験が豊かでなく、設計が精密ではなく、操作が制度化されていないことによるものである。しかし、高度に警戒を必要とし、矛盾の性質を明らかにし、不断の発展によって発展の中で問題を解決し、改革をさらに深め、改革の中で難題を解決してこそ、改革をさらに強固にすることができる」

—「喜ばしいことに、改革を深めることはすでに新たな突破を有している。現政府は『改革のハイレベルの設計』を提出し、重ねて『社会管理創新』の要求を提出している」

—「今日、われわれが最も問われていることは、結局何が改革の最大の阻害要因となっているのか。われわれはどのように社会全体の改革の動力と創造力を活性化するかということである」


この文章は、「左」派と右派への配慮がされており、「南巡講話」20周年を政治問題化したくないという胡錦濤政権のスタンスが示されている。

実は、こうした「素通り」は今回が初めてではない。2010年8月は、現在でも共産党の政治改革のバイブル的存在となっている鄧小平の「党と国家の指導制度の改革について」と題する講話の発表から30周年にあたった。その時も、胡錦濤政権は記念行事を一切行わなかった。もしこの講話を称賛すれば、現政権が政治改革を進めていないという批判が高まることを恐れてのことだったと推測される。
胡錦濤総書記にも、自らを最高指導者への引き上げてくれた鄧小平への恩があるだろう。しかし、第18回党大会に向けた権力闘争のまっただ中にある以上、自らの立場を窮地に追い込む恐れのある「南巡講話」20周年を「素通り」することは、胡錦濤にとって無情だが、やむを得ない選択だったといえるだろう。

孤立を深める温家宝
他方、胡錦濤政権の中で、一際異なる行動を見せたのが温家宝総理である。2012年2月3~4日、広東省広州市を視察した際、次のように発言した。

—「改革・開放は中国に強大な変化をもたらし、世界第2位の経済主体となる発展だけでなく、各社会事業と人民生活が巨大な進歩を得た。20年前、(鄧)小平同志が80歳を超える高齢にもかかわらず、広東を訪れ、多くの真心のこもった、人を啓発して深く考えさせられる、深遠な歴史的意義を持つ講話を行った。彼はわれわれに明確に、改革・開放が揺るぎないものであることを堅持し、改革・開放をしないことは行き詰まるだけであると語った。この話は、今も強い影響力を有し、巨大な指導的意義を有すると思う」


温家宝は明らかに、鄧小平の「南巡講話」を称賛したのである。そこには、20周年を素通りした胡錦濤政権の判断への不満が表れているように思われる。そのため、広東省というゆかりの地で称賛したのである。しかし、これを北京で言えないところに、温家宝の現在の胡錦濤政権内での立場が如実に表れている。

実はこうしたことも今回が初めてではない。先に触れた2010年8月の鄧小平の講話30周年記念の時も、温家宝は同時期に広東省で講話を称賛する発言を行った。しかし、温家宝がいくら政治改革や改革・開放の推進を発しても、それを支持してくれる指導者は他に出てこないのが現状である。これでは「狼少年」であり、胡錦濤政権内で孤立した立場がうかがわれる。

表面的には分からないが、今年秋に開催予定の第18回党大会向けた権力闘争は、水面下で活発に展開されているのである。