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調整が難しい財布のヒモ—フィリピン財政の過小支出

海外研究員レポート

フィリピン

2011年10月発行
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10月に入り、フィリピンではクリスマス気分がますます高まってきた。ショッピングモールではクリスマスの音楽が流れ、販売用に飾り付けられたクリスマスツリーもたくさん並んでいる。また売り場には、より多くのモノが陳列されるようになった。世界一早くクリスマスの準備が始まるといわれるフィリピンでは、月名を英語で表記した際に “ber” で終わる月、すなわち9月からクリスマスのことを考え始めるという。当然、市民の財布のヒモは今後さらに緩む。ところで、通常なら一年をとおして緩みがちな財布のヒモが、なぜか今年はあまり緩まず、逆に非難の対象になってしまっている主体がある。フィリピン政府だ。

めずらしく過小支出
2011年度8月末までに政府が支出した額は、年度予算の58%である。すでに一年の三分の二の期間であることを思えば70%弱が支出されていてもよい計算になるが、その割合にに届いていない(図参照)。ちなみに前年度は、同じ期間に予算の約70%が支出されていた。ところで、この58%という割合は見方によってはさらに小さくなる。年度予算額とこれまでに支出された額のうち、自動支出の2大項目とされる利払いと内国歳入手当(地方交付金に類似)をそれぞれ差し引くと、実際には予算の54%しか支出されていないことになるからだ。そのうえ、政府職員の給料やその他の必要経費など、毎月確実に支出されていると思われる金額を差し引いたならば、政策実施のために支出された割合はさらに小さくなると考えられる。

フィリピンでは、本来は支出したいけれども実際の収入(主に税収)が伸びないため、赤字幅を押さえる必要性から財政当局が支出を抑制するというのがこれまでのパターンであった。では、今年度も同様なのであろうか。収入を確認すると、8月末時点で予算額の55%に届いている。前年同期の収入が予算額の54%であったことを思うと、収入面に大きな変化はない。つまり、赤字幅の許容範囲を考慮しても、今年度の支出にはまだ余裕があるのだ。これが過小支出だと指摘されている理由である。


フィリピン財政の状況
フィリピン財政の状況
(出所)筆者作成


反応はプラスとマイナス
過小支出の背景には、アキノ大統領が強く主張する汚職撲滅や不正の払拭がある。これらの意識が政府機関に広まり、各事業、とりわけ政府調達やPPP(Public Private Partnership)など民間企業が関わる大型事業の見直しが進められ、予算執行が遅れているというのだ。すなわち、意図的な引き締めというよりも、慎重になるあまり結果的に過小支出となってしまっているのである。家計にたとえるなら、さしずめ無駄づかいをなくそうと再点検しているといったところだろう。ただ、フィリピンでは2001~2010年の約9年間続いたアロヨ前政権時に汚職や不正の疑いが絶えなかったため、現在のこうした取り組みは一般的に評価されている。またその結果、財政収支が改善しているとして、国際格付け機関がフィリピンの格付けを相次いで引き上げもした。

しかしながら、事は一国の財政である。過小支出の国内経済に対するマイナスの影響が強く懸念されはじめるようになってきた。最大の懸念は公共事業の停滞である。そもそも不十分だと指摘されているフィリピンのインフラだが、そのインフラ関連事業がほとんど進展していないのだ。それに、アキノ政権の目玉とされていたPPP事業も2010年11月の発表から一年近く経つが、現時点でまだひとつも実施されていない。なかには当初の予定を変更する案件も出てきた。これでは、課題となっているビジネス環境の改善にはほど遠いし、またPPP事業に参画しようとしているビジネス界にとっても実施の有無さえわからない不透明な状態が続いている。すでにフィリピンらしく、PPPを現地語でもじって”pure powerpoint presentation”(純粋にパワーポイントによるプレゼンテーションだけ)とまでささやかれるようになってきた。

こうした公共事業を主とする公共投資の減少は、当然のことながら経済成長のマイナス要因にもなっている。ある経済閣僚は「当初、事業の見直しを前向きに捉えていたが、ここまで執行が遅れて経済にマイナス影響を及ぼすとは想定していなかった」と述べている。

反応は議会からも出てきた。とくに一部の上院議員が執政府に対し、適正に支出しないのなら、税制の見直しをする必要もないというのだ。フィリピン財政の最大の課題は税収の低さである。もちろん過去に何度も税制が見直されてはいるが、それでも税収が伸び悩んでいる。税制改革はアキノ政権の最優先事項ではないが、議会と執政府の双方にとって常に潜在的な課題なのだ。ただ、もし過小支出が続くなら、税制の見直しという不人気な議題にわざわざ議会が取り組む必要もないというわけである。加えて、現議会はアキノ政権にとって最初の予算となる2011年度予算を前年度内に成立させた。前政権では成立が何かと翌年度に持ち越されることが多かった予算である。今回は前年度内に成立したため、執行準備にそれだけ早くとりかかれたはずだというのが議会の意識の根底にあるようだ。

景気刺激策というが・・・
予算当局は年度後半に支出を加速させると主張しつづけていたが、ついに2011年末まで残り3カ月を切り、景気刺激策として約721億ペソの支出をすると発表した。各省庁と地方政府、それに政府系企業に配分し、公共事業も含むという。とはいえ、現存の予算内での支出である。新しい支出項目を設定したわけでもなければ、新たに借り入れるわけでもない。財政に詳しいある閣僚経験者は「せいぜい遅れている小規模事業を実施する程度だろう」と指摘する。

ありがちな、バラマキ型の支出になってしまう恐れもある。フィリピンではちょうど9月末から10月初めにかけて立て続けに3つの台風が通過し、道路や橋などのインフラが破壊され、農作物も大きな被害を受けた。こうしたインフラの修復や被災者の支援などに優先的に支出される可能性もある。最終的にどの項目に、どの程度支出を増やすことになったのかは、年度が終わってからの検証となろう。

不正のもとを断ちきり、ムダ使いを減らすため、支出に慎重になることはよいことである。ただし、財政支出には迅速性が求められることもあれば、大規模かつ継続性が求められることもある。今回の過小支出が一時的なマイナス効果で終わり、来年度以降は支出がスムーズに実施され、プラスの効果をもたらすことができるのか。財政という財布のヒモは、緩すぎても締めすぎても困るのである。