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ノイダ地区の土地収用問題をめぐって:インドにおける「土地戦争」の背景

海外研究員レポート

インド

2011年8月発行
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ニューデリーは、ほぼ南北に流れているヤムナ川の西岸に広がっています。ここ10年あまりの間に、ニューデリー近郊地区も急速に開発され変貌しており、デリーの南側にあるグルガオンなどには、近代的なショッピング・モールも林立しています。ヤムナ川東岸にあるノイダもまた、工業団地の建設が相次ぎ、また首都のベッドタウンとして発展著しい地域ですが、そのノイダで今、大きな混乱が起こっています(※1)。

7月6日に最高裁判所は、Shahberi村(ウッタル・プラデシュ(UP)州Greater Noida, Gautam Buddh Nagar地区)で、UP州政府および州政府機関であるGreater Noida Industrial Development Authority(GNIDA)により2009年に行われた土地収用(156.3ヘクタール)を無効と判示しました(※2)。この最高裁判決により、土地はもとの所有者(多くは農民)に返却されることになりました。

この判決を受けて、異議申立ての機会も与えられずに、土地を一方的に収用され、抵抗運動を展開してきた農民たちは、もちろん凱歌をあげました。しかし、この地区に建設予定のマンションの購入予約をしていた6500人あまりの人々は念願のマイホームの夢を断たれたと嘆いています(※3)。さらに、Shahberi村と同時に土地収用が行われていた同じNoida ExtensionおよびGreater Noidaの他の村々の土地についても、マンション建設計画も同じような訴訟に直面し、デベロッパーや建設業者の倒産やマンション購入予約者への返金も危ぶまれる状況に陥って、業者への建設資金と購入者への住宅ローンを提供している金融機関がどう対応するか、高裁、最高裁は次にどのような判決を出すのか、州政府あるいはGNIDAの責任問題はどうか、といった報道も過熱し、大騒動に発展しています。
 
どうしてこのような状況が生じてしまったのでしょうか。もともとこの土地収用は、Greater Noida開発計画の一環として「工業地目的」でUP州(大衆社会党(BSP)政権)が行ったものです。最高裁がこれを無効とした理由は、1894年土地収用法の定める土地収用の手続きのうち、住民からの異議申立て(5A条)の手続きを経ずに土地収用を進める緊急土地収用条項(17条)を用いて土地収用が行われていたのですが、第一に、そのような緊急性があったとはいえないこと、第二に、GNIDAが州の事前承認なく土地の使用目的を工業目的から住宅目的に変更していたことにあります。

本件で問題となったShahberi村を含むNoida Extension-Greater Noida地域全体では、およそ2000ヘクタールの土地(ほとんど農地)が2009年に州政府により収用されており、16の村に関わっています。土地は農民から一平米850ルピー(1500円ほど)で収用されたのですが、その後、GNIDAは民間のデベロッパーに一平米10,000から12,000ルピー(20,000~24,000円ほど)で転売したとのことです(※4)。そして、この地域には25万件のマンションが建設される計画となっていました。

最高裁はGNIDAを非難して「公益の名において私益に仕えている」(土地収用は原則として公共の目的があるときに実施できる)と述べ、また、「土地使用の目的変更についての事前のクリアランスなく転売が行われたということは知らなかったし、すでにマンションを購入した人々の利益を考えてほしい」というデベロッパーたちの主張については、「Greater Noidaが州の承認なくして土地使用目的を住宅目的にかえたとき、背後にいたのはあなたがただ」と切って捨てています。さらに、最高裁は、デベロッパーや建設会社に対して、Shahberi村に建設予定のマンションを買った人々が納入した代金については利子をつけて返還するよう命じました。ただし、最高裁は、これらマンション購入者の苦難は、違法な手続きで土地を収用された人々の苦難ほどではないと述べています。なお、この地区では、マンション建設のための工事はまださほどはじまっていなかったようです。
 
最高裁判決が下されたこの7月6日の時点では、マンション契約件数にしておよそ3%程度(25万件のうちの6500件)、土地面積にしておよそ8%程度(2000ヘクタールのうちの150ヘクタール)に支障が生じたという規模で、販売した業者側も返金や代替のマンションを提供するという対処をしようとしていました。しかし、この後、Shahberi村と同時に収用の対象となっていたPatwari、Rauja-Yakubpur, Bisrakh, Haibatpur, Changhola, Devla, Itedaなどの村々の旧土地所有者たちが同じ理由でアラハバード高裁において実に220もの令状請求訴訟を起こし、事態は深刻化しました。

こうした旧土地所有者たちの動きに対して、建設予定のマンションを購入予約した人々も自ら組織化して組合を形成し、その組合は(2000人ほど加盟)、自分たちの利害を守るべく、旧土地所有者たちの起こした訴訟に参加し、主張を展開する方針を固めました。また、「自分たちも被害者である」というようなプラカードを掲げて、すでに何度かデモを行っています。マンション購入者たちの代表は、一方的に土地を収用された農民たちに同情しないわけではないが、自分たちが犠牲になるのも納得いかないと述べています。
 
このように騒然としたなかで、次に、アラハバード高裁が7月19日にPatwari村の土地収用589ヘクタールを無効とする判決を下しました。この判決により、さらに、およそ20,000人のマンション購入者および4250人の120~240平米に区画された土地の購入者(Greater Noida当局が2009年2010年に実施したくじ引き当選者)に影響することになりました。この地区では、すでに、上下水道や道路など、相当の工事が行われているとのことです。

さらに、すでに開発が相当前に終わっているNoida地区の旧土地所有者もまた1976年から1997年の間に行われた土地収用の違法性を争いはじめるに至り、混乱はいっそう大きくなりました。Noida地区では、1975年の非常事態宣言により、とくに市民の権利が抑圧されていた時代に土地収用がはじまったという経緯があるとのことです。住民たちは農地だけでなく住居もすべて土地収用されており、今なお、収用された土地の一角に不法に住んでいる(encroachment)とみなされている状況にある者も少なくありませんでした(※5)。

このような混乱がどのように収束するのかは今の時点(8月8日)ではまだ確定した見通しはたっていません。

Noida地区については、1976年からはじまった土地収用の問題であり、すでに土地収用が実施されて久しいこともあり、旧土地所有者が不法占拠という形で居住している状況を合法とするために、彼らに住宅地を3カ月以内に与え、またリハビリテーションによる補助を与える代わりに、補償額の増額要求を取り下げることで、7月30日に旧土地所有者側の代表たちは州政府側と合意した模様です。ただし、この合意に反対する旧住民もいて、交渉は続いているようです。

これに対してGreater Noida地区の、すでに最高裁判決のでたShahberi地域以外の村々については、アラハバード高裁は、7月26日に、8月12日までにGNIDAと村の代表とで話し合いで解決するようにという指示をだし、交渉が行われています。当初はデベロッパーや建設業者らは、土地の返還を受けた農民から、土地を再購入しようとする動きをみせていました。農民側も直接に建設業者に土地を売るのであれば、これに応じる(政府に土地収用されたときには平米あたり850ルピー、直接民間デベロッパーに今回売ればその10倍、20倍の値段になります)という立場のものもいれば、農業以外に生活のすべを知らないので、売りたくないという立場の人もいます。しかし個別に交渉となることを農民側が避けることにしたようで、GNIDAと村々の代表との間の交渉となっています。8月6日にPatwari村については農民代表と合意に至ったとGNIDAは発表しましたが、そのような合意は受け入れられないという住民が多数いて交渉の行方は混沌としており、他の村々についても解決したという状況とはほど遠い模様です。

建設予定のマンションを購入予定だった人々は、予定通りマンションを購入できるのか、もしできない場合には納入した金額の返却を受けられるのか、そしてたとえこれまで投資した金額が利子付きで返却されたとしても、人生設計を大きく変更せねばならない、といった不安とストレスに直面しており、交渉の行方を固唾をのみつつ見守っています。

さて、今回のノイダの土地収用問題には、ノイダないしUP州特有の問題もありますが(※6)、2002年以来好調な経済パフォーマンスを記録し続けるなかで、工業用ないし住宅用の土地をどう確保するか、あるいはインフラを向上させるための土地をどう確保するかという、「経済発展と土地の再配分」という現在のインド社会が抱えている、より大きな問題の一例であると考えられます。

実際、日々有力紙を読んでいると、ノイダだけではなく、今インド全土で、土地収用をめぐる争いの火の手があがっているような印象を持ちます。有力紙一面に「土地戦争(Land Wars)」といった見出しが踊っていることも少なくないこの頃なのです。住宅や高速道路用の用地だけでなく、鉱山、鉄鋼所、発電所、SEZ(特別経済区)などの建設を目的とした土地収用をめぐって、少なからぬ場所で、政府と住民側が衝突しています。

とりわけ2006年のオリッサ州のKalinganagar事件および2007年西ベンガル州のNandigram事件で警察が反対運動の住民を多数射殺するという惨劇が起こり大きく報道されて以来(※7)、一般の関心も高くなっているようです。最近では、4月に、世界最大の原子力発電所の建設が予定されているJaitapurで、土地を収用された住民を中心とする建設反対デモ隊が警官隊と衝突し、住民側に死傷者が一人生じ、5月にはノイダ(Bhatta Parsaul村)の高速道路建設のための土地収用をめぐって農民と州政府側が衝突し、農民側に4人死亡者がでています。

土地収用問題は、もちろんずっと以前からあり、とくにダム建設目的の土地収用と農地改革のための土地収用は、独立直後から行われてきました。ただし、農地改革については少数の地主階級の犠牲において多数の小作農を自作農化するという政策であり、ダム建設は灌漑や電力目的であって公共目的であるという認識が比較的共有されやすく、また土地収用される人々には公的部門での雇用も相当程度保証されていました。

これに対して、1991年経済自由化以降の土地収用では、自由化以前の土地収用と大きく異なる点がいくつかあります。

第一に、多数の住民・農民の犠牲において少数の民間企業の利益のために、そして腐敗した中央政府や州政府が自らの利益のために、土地収用を強引に推し進めているという不信感が広まっているように思われます。第二に、土地を収用された農民や住民が公的部門にて雇用をえる可能性は、公的部門による経済発展を国是としていた1991年以前と異なり、経済自由化以後は民間部門主導の発展に舵を切ったためもあり、非常に低くなっています。そのため、生活手段を奪われることへの抵抗感が一般に大きくなっていると思われます。第三に、土地収用は基本的に財産権(憲法300A条)の問題と捉えられてきましたが、大規模な土地収用の場合は住民たちが生活手段や社会的紐帯を根こそぎ奪われるために、1980年代から最高裁が拡大解釈をして広く認めてきた「生きる権利(right to life)」(憲法21条)の問題としても捉えられるようになってきている、つまり、社会の権利意識に変化があるように思われます。そのため、土地収用の争点が、補償額に加えて、立ち退きを迫られる住民の生活をどうするのか、土地所有者ではないが対象地で慣習的に社会の一員としてずっと生きてきた住民の権利をどう考えるか、といった問題が以前より明示的に意識され、議論されるようになってきているように思われます。第四に、経済自由化以降、民間企業を誘致するための州間の競争が激しくなっており、そのため州政府が拙速かつ強引な手続きに訴えるケースが多くなっているように観察されます。このこともまた土地をめぐる争いを増やしているように思われます。

つまり、土地収用の要件や手続き、補償額の問題が大きいことはたしかですが、それ以上にインド社会あるいはその政治経済が大きく変容していくなかで、「開発と土地(収用)」という問題が、経済自由化以前の時代とは形を変えて、改めて前面にでてきている過程にインドは入っているように思われます。

インド中央政府はさしあたり、1894年土地収用法の改正、あるいは、これに代わる新法の制定に努力しています。同法は植民地期に制定されたもので、その手続きについて、政府に大きな裁量が与えられており、そのために、中央ないし州政府が強引な手法により土地収用を行うことを可能にしているという側面があります(※8)。それゆえ、土地収用という国家権力を発動する要件(※9)や手続きを厳格化し(※10)、土地収用額(※11)を改訂し、また立ち退きを迫られる人々のリハビリテーションも含んだ法の策定を検討している模様です。

1948年から工事がはじまったオリッサ州、Hirakudダムのセメント入れを直々に行った初代首相ネルーが、およそ2万世帯11万人の立ち退きを強いられた住民に向けて述べた次の言葉はよく知られています。

「もしわれわれが苦しまねばならないとするならば、国のために苦しむべきである(if you are to suffer, you should do so in the interest of the nation)」。

当時は、政治的な独立に加えて経済的な独立を目指し、憲法前文に謳われた「社会主義的国家」の建設に邁進し、インドという新しい国民国家を設立する、という理想がおそらくは広く共有されていた頃であり、偉大なる指導者ネルーのこの言葉は多くの「インド国民」の胸をあるいは打ったかもしれません。それからおよそ半世紀をへて、インド社会は大きく変容しています。経済が発展し社会が変化する限り、土地を(市場を通じてではなく)強権的に再配分する必要が生じることはおそらくは不可避なことでしょう。では、今この段階で、誰が何のために苦しむことを社会として許容するのか、いいかえると、誰のためのそして何のための土地収用であり、開発なのか、という問いに、インドはどのように答え、どのように進んでいくのかでしょうか。

今年に入って司法部が土地収用につき社会的な混乱を厭わない断固とした判断を示し続けていることもあり、緊急条項による強引かつ一方的な土地収用がもはや今後は社会的にも受け入れられることはないと思われる状況になった今、中央そして州の立法部・執行部が経済発展と土地の再配分の問題にどう対処していくのか、その行方が注目されます。

  1. 以下、事実関係は英文有力紙The HinduThe Times of Indiaに依拠しています。
  2. 厳密には、この土地収用を無効としたアラハバード高裁判決(2011年5月12日) に対するGNIDAらによる特別上告(special leave)を棄却し、高裁判決を支持したものです。
  3. マンションの価格は100万~500万ルピー(日本円でおよそ200万から1000万円)ほどに設定されたものが多かったようで、購入予約者はその10%~50%を支払っているケースが多いようです。
  4. この金額差をみると、GNIDAないし州政府が巨額のマージンをとっているようにみえますが、GNIDAの主張によれば、GNIDAは公共機関であり、利益がゼロとなる額で販売したとのことです。収用した土地のうち道路や公共施設の土地は販売できず、また上下水道、電気などのインフラ工事などの金額をいれると、収用額の10倍以上の金額で販売したけれども利益はなかったと述べています。
  5. こうしたNoida地区への飛び火については、Greater Noida地区にかんする最高裁および高裁判決に「便乗」して補償をかち取ろうとしているという非難もありますが、Greater Noidaにかんする画期的な判決がでてはじめて、Noida地区の人々の「声」が聞かれる環境ができたという側面もあると思われます。なぜなら、Noida地区で土地収用をされた人々の異議や反対運動は過去もずっとあり、単に、近年、とくに7月6日の最高裁判決がでるまで、政治も行政もメディアもほとんど取り上げてこなかったからです。
  6. ノイダないしUP州特有の問題としては、第一に、首都圏デリーに近く、デリーの住宅不足という問題、第二に、選挙に絡む政治的な問題です。UP州では来年選挙が予定されており、同州はインドでもっとも人口の多い州であり、大票田となる地域です。そのため、マヤワティ(不可触民出身ではじめての女性州首相)率いるBSP政権を攻撃する格好の問題という側面もあり、たとえば国民会議派のプリンスとでもいうべきラウール・ガンディ(曾祖父、祖母、父とインド首相)が、土地収用問題をめぐって暴動がおこり死傷者がでたBhatta Parsaul村を訪問して滞在し、州政府に逮捕されるなどして、マヤワティ政権を激しく非難する行動を展開しています。ただし、国民会議派を中心とする中央政府の連立政権もまた様々な開発プロジェクトのために土地収用はスムーズに進める必要があり、また国民会議派系の中央あるいは州政府も緊急条項による土地収用をこれまで行っており、土地収用問題にどう対処するのか、難しい舵取りを迫られています。
  7. 2006年1月2日、オリッサ州Kalinganagarにおいて、Tata Steelのための土地収用反対運動で、警察の射撃により住民側13人が死亡するという事件が起こりました。さらに、西ベンガル州NandigramではインドネシアのSalim GroupのSEZのための土地収用で、2007年3月14日に4000名以上の重装備警官隊が投入され、土地収用反対住民14人が射殺されるという事件が起こりました。
  8. 司法部も最近までは土地収用問題に巻き込まれることは避け、中央および州政府のやり方を容認してきたという経緯があります。司法部が、州政府の土地収用のやり方に「否」を示し始めたのは、管見の限り、今年2011年に入ってからのように思われます。1970年代から世界的にも稀な司法積極主義を展開してきた司法部が土地収用についてはなぜ消極的であったのか、そしてなぜ突然今になって政府のやり方を非難し出したのかも興味深い問題です。
  9. とくに民間企業のための土地収用の場合には、民間企業自身が対象地の相当程度(70%)の土地を直接購入したあとでなければ、政府に土地収用を行うよう要請することはできないというような要件が議論されています。もちろん、こうした要件についても、賛成、反対、様々な意見があります。
  10. 現行法では、住民の決定過程への参加ないし異議申立ての機会の保障が薄弱であることが問題視されています。
  11. 土地収用の補償額についても、今現在の仕組みでは低すぎるということにコンセンサスはあるものの、ではどう算定するのかについては様々な意見があり、議論が続いている模様です。