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債務問題に揺れるメキシコの大手ビジネスグループ

海外研究員レポート

メキシコ

2011年8月発行
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メキシコの地場大資本の組織形態はほとんどがビジネスグループである。その特徴としては、創業者家族による所有経営支配、多数の構成企業、寡占的市場支配、持株会社を頂点とするピラミッド型組織などをあげることができる。ビジネスグループはメキシコ経済の成長の担い手として重要な役割を果たし、現在もメキシコ経済において支配的な地位を占めている。

2008年のリーマンショックはメキシコのビジネスグループに少なからぬ影響を及ぼした。旧稿で筆者は、2007年までのメキシコのビジネスグループの成長の経緯を明らかにした(星野[2010])。そこでは1982年の対外債務累積を契機として、上位20ビジネスグループの大規模な入れ替えが生じたことを指摘した。2008年のリーマンショックが再度の入れ替えの契機となるのか。売上高でみた2010年の上位20ビジネスグループの陣容を検討しながら、最近のメキシコのビジネスグループの変化を探ってみたい。依拠する資料はこの6月に発表されたエクスパンション誌の500大企業ランキングである(Expansión[2011,junio 20])。

メキシコの上位20ビジネスグループ
エクスパンション誌の企業ランキングの難点は、連結決算の親会社と子会社をともに掲載する場合が多いことである。同一資本系列の企業を1経営体とみなしランキングから子会社を除くと、2010年ランキングに登場する企業の数は500社から420社に減少する。そのうちのメキシコ資本が過半を占める経営体の上位20を考察の対象としたい(表1参照)。20の経営体はいずれもビジネスグループであり、おおむね上に述べた4つの特徴を備えている。

2007年の上位20ビジネスグループ(星野[2010:40-41])と比較して、2010年には次のような変化が見られる。

第1に下位の3つのグループが20位までのリストから転落し、代わって3つのグループが浮上した。転落したのは2007年の17位シグヌクス(Xignux)、19位ビトロ(Vitro)、20位ビヒル(Vigil)、代わって浮上したのはチェドゥラウイ(Chedraui)、メシチェン(Mexichem)、イカ(ICA)である。転落した3つのグループには共通点がある。それは自動車、建設というリーマンショック後の不況業種に関連する事業を傘下に持つ点である。シグヌクスは1987年以来日本の矢崎総業と合弁で自動車のワイヤーハーネス製造事業をNAFTA・MERCOSUR圏で展開していたが、2009年に持ち株を矢崎に売却した。20位リストからの転落はワイヤーハーネス事業からの撤退で売上高が減少したことによる。ビトロはガラス、ビヒルは鉄鋼に特化するビジネスグループだが、自動車用のガラス・特殊鋼、建築用のガラス・鋼材の需要縮小で売上高を落とした。

第2に2007年に20位以内にあって、2010年には順位を大きく上げたグループが存在する。9位から5位に上昇したビンボー(Bimbo)、17位から12位に上昇したララ(Lala)である。両グループに共通するのは、いずれも2009年に米国において大型の企業買収を行い、グループの規模を拡大した点にある。ちなみに2010年に20位以内に浮上した3グループのうち2つも、企業買収で規模を拡大したグループだった。すなわち、チェドゥラウイは2008年と2010年に米国で、メシチェンは2008年に南米諸国で企業買収を行っている。旧稿で筆者は、企業買収によるメキシコのビジネスグループの米国・中南米諸国進出が活発化し、メキシコ生まれの多国籍企業が増加していると指摘したが、その動きは2008年金融危機以降も続いているといえる。

企業買収の資金源は多くの場合銀行融資と債券発行である。そのためにリーマンショックを契機に、いくつかのビジネスグループは資金繰りが悪化し債務返済不能に陥った。

セメックスの債務問題
セメックス(Cemex)はセメント製造で世界第3位に位置するビジネスグループである。2010年末現在、世界の27カ国に進出しメキシコ企業の中では多国籍化で群を抜いている。上位20位リストでは2010年も2007年と同じく第2位を維持しているが、債務問題で苦境に立たされている。

セメックスは2007年に米国とオーストラリアに生産拠点を持つリンカー・グループを142億ドルで買収した。資金借り入れコスト削減をねらって、為替先物、金利スワップなどデリバティブ取引を積極的に行っていたため、リーマンショックによる為替下落で損失を被り、加えて米国の住宅建設の落ち込みで売り上げが急減したことから債務返済不能に陥った。2009年8月に債権銀行と151億ドルの債務返済繰り延べの合意が成立したが、返済保証として、持株会社セメックスが保有する傘下事業子会社の株式とその収益が信託に預託されることとなった。セメックスは資産の売却、人員整理、増資、社債発行など様々な手段を用いて返済資金の獲得に努めている。資産の売却では、買収したリンカーのオーストラリアの生産拠点を、長年のライバル、セメント生産で世界第1位のホールシムに売却している。注目される点は中長期の社債を次々と発行し債務の借り換えを行いながら、債務残高の縮小と返済期限の先延ばしを行っていることである(Cemex [2011:158-161])。この方法で難局を乗り切れるか否かは、ひとえにメキシコ・欧米諸国の建設需要の回復と海外の金融機関のセメックスに対する信任にかかっているといえる。国際金融市場は混迷を深めるばかりであり、前途多難である。

ビトロの再建型倒産処理
2010年20位リストから転落したビトロの場合、状況はより深刻である。ビトロは売上の落ち込みで2009年2月におよそ12億ドルにのぼる債務の返済が不能となった。2010年11月に42.5%の債務減額を内容とする返済案がビトロから債権者に提示されたが、一部の債権者の同意しか得られず、案に不服の主に海外の投資ファンドから成る債権者が2010年12月に裁判所に倒産処理手続きの申し立てを行った。これに対抗してビトロは一部の債権者と合意した債務整理案に基づく再建型倒産処理手続きを裁判所に申し立てた。司法の場に二つの申し立てが提出されたわけである。債権者側は、法律上、債務整理案が有効となるためには債務の40%を代表する債権者の同意が必要であるが、ビトロの債務整理案は第三者に対する債務のうち32%の同意しか得られていないとして申し立て無効を主張した。これに対しビトロ側は、債務総額は第三者に対する債務と、それに持ち株会社ビトロが子会社に対して持つ債務を加えた額であり、その40%の合意を得ていると反論した。紆余曲折のすえ、最終的に2011年5月にビトロの本拠地モンテレイの裁判所が債権者の申し立てを却下し、ビトロ案を認める裁定を下した(Reforma, 12 de abril, 19 de mayo, 2011) 。ビトロは債務処理で有利な条件を勝ち取ったものの、その過程で多くのものを失った。第1に債務返済不能に陥った半年後の2009年8月にニューヨーク株式市場への上場を廃止している。第2に2011年4月に債務返済のために米国の4子会社を売却した。第3に法廷での争いで国際金融市場における信用を失った。ビトロの上位20リストへの復活は当分ありえないだろう。
 
国際金融危機とビジネスグループの淘汰
メキシコのビジネスグループは過去に幾度となく淘汰の波をくぐりぬけてきた。メキシコ経済がグローバル化の波に包摂された1980年代半ば以降、筆者の調査では上位20グループの陣容は20年間でおよそ3分の2が入れ替わっている。20位リストから脱落する典型的なパターンは、国際金融市場での資金調達が比較的容易な経済ブーム期に企業買収のために資金を借り入れ、ブームがはじけて返済不能に陥るというものだった。ビトロの事例もそれにあたる。ただし債務を抱えるビジネスグループが金融危機で常に返済不能に陥るわけでなく、実際に返済不能となるか否かは活動業種の状況、金融リスク管理の方法などさまざまな要因が関係している。例えば2010年の20位リスト中14位のコメルシアル・メヒカーナは、財務担当者が独断で多額のデリバティブ取引を行い、リーマンショックで巨額の損失を出し、債務返済不能に陥った。2010年11月に債権者との合意が成立し、ビトロと同様、裁判所により自主的な債務整理案に基づく再建型倒産処理手続きが認められている(Controladora Comercial Mexicana [2011:29])。

注目されるのは、20位リスト中4位のアルファが、自動車部品という2008年リーマンショック後の不況業種を傘下に持ちながら、売上高の落ち込みを経験していない点である。アルファは異業種、すなわち自動車部品、石油化学、食品、通信に事業多角化するビジネスグループである。自動車部品部門の売上の落ち込みを石油化学、食品両部門の売上増加が補った。複数の異業種を傘下に持つことでリスクが分散され事業の安定化が果たされたと言える。

経済危機は事業機会が生まれる時でもある。過去において経済危機は既存のビジネスグループの淘汰・再編と新たなビジネスグループの台頭をもたらした。リーマンショックを契機に、淘汰・再編・台頭の新たなサイクルがはじまったように見受けられる。

参考文献
  • 星野妙子[2010]『メキシコのビジネスグループの進化と適応—その軌跡とダイナミズム』アジア経済研究所。
  • Cemex [2011] Reporte anual 2010 por el año terminado el 31 de diciembre del 2010, Mexico: Cemex.
  • Controladora Comercial Mexicana [2011] Reporte anual 2010 por el año terminado el 31 de diciembre del 2010, Mexico: Controladora Comercial Mexicana
  • Expansión[2011] “Las 500 empresas más importantes de México,” junio 20, pp.206-232.

表1 2010年のメキシコの上位20ビジネスグループ
2010年の順位
(2007年の順位)
グループ名 売上高
(10億ペソ)
主な上場グループ企業 主要活動業種
1 (1)  カルソ(Carso)  ※1

713
America Móvil 通信、自動車部品、鉱業、金属加工、小売、土木建設、不動産開発、金融
Grupo Carso
Grupo Financiero Inbursa
Minera Frisco
Indeal
Inmuebles Carso
Carso Infraestructura y Construcción
2 (2) セメックス(Cemex) 178 Cemex セメント
3 (3) フェムサ(Femsa) 170 Fomento Económico Mexicano 飲料・小売
4 (4) アルファ(Alfa) 136 Grupo Alfa 食品、化学、自動車部品、通信
5 (9) ビンボー(Bimbo) 117 Grupo Bimbo 食品
6 (6) バル(Bal) 112 Industrias Peñoles 鉱業、保健・医療、小売
Grupo Nacional Provincial
Grupo Palacio de Hierro
7 (7) グルーポ・メヒコ(Grupo Mexico) 103 Grupo México 鉱業・鉄道輸送
8 (5) グルーマ(Gruma) 99 GRUMA 食品、金融
Grupo Industrial Maseca
Grupo Financiero Banorte
9 (10) ソリアーナ(Soriana) 94 Organización Soriana 小売
10 (7) モデロ(Modelo) 85 Grupo Modelo 飲料
11 (11) サリナス(Salinas) 69 Grupo Elektra 小売、テレビ放送、通信
TV Azteca
12 (17) ララ(Lala) 64 未上場 食品、飲料
13 (15) テレビサ(Televisa) 58 Grupo Televisa テレビ放送
14 (12) コメルシアル・メヒカーナ(Comercial Mexicana) 56 Controladora Comercial Mexicana 小売
15 (-) チェドゥラウイ(Chadraui) 53 Grupo Comercial Chedraui 小売
16 (13) リベルプール(Liverpool) 52 El Puerto de Liverpool 小売
17 (18) コッペル(Coppel) 50 未上場 小売
18 (14) マベ(Mabe) 45 未上場 家電
19 (-) メシチェン(Mexichem) 36 Mexichem 化学
20 (-) イカ(ICA) 35 Empresas ICA 建設
(出所)"Las empresas más importantes de México," Expansión Junio 20, 2011; 星野[2010、40-41]
※1 数字はExpansiónのランキングに登場する企業の売上高合計。上場企業でランキングに登場しない企業の売上高は合計に含まれていない。