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基礎教育を6-4制からK-6-4-2制へ

海外研究員レポート

フィリピン

2011年6月発行
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新学期が始まる
フィリピンでは毎年6月に新学期が始まる。今年は、6月6日が公立学校の始業日であった。その日は私立学校も含めると、全国約2500万人の子供達が一斉に通学を再開するということで、いつものことながら関係者にとっての一大行事であった。ここで、新学期開始をめぐる様子を少し紹介しよう。

新学期に向け、フィリピン教育省は1カ月以上も前から「学校の旅団」キャンペーンを、さらに1週間ほど前から「学校へ戻ろう作戦」を実施してきた。まるで戦闘さながらだが、これは保護者や学校をはじめとする関係者の意識を高めてもらい、また協力を仰ぐための、ちょっとした戦闘なのである。前者のキャンペーンは保護者や地方自治体、それにコミュニティーやNGOなどを巻き込んで学校の補修・清掃などを実施するものである。子供達に少しでもよい学習環境を願ってのことだ。後者の作戦はスムーズな始業を目指すもので、保護者や子供達には通学への意識を高めて準備してもらい、学校側には登録手続をはじめ教材や物資の手当に支障がないよう取り組んでもらい、そして何よりも登校日に混乱が生じないよう、関係各機関に協力を促すものである。

とくに「学校へ戻ろう作戦」では貿易産業省、防衛省、内務自治省、公共事業道路省、運輸通信省、保健省、国家警察、マニラ首都圏開発庁、気象庁、その他、水道や電力会社までもが動員され、タスクフォースを形成した。大げさな取り組みのようだが、この時期は文具やカバン、制服といった品々の需要が高まるため、不当な値上げがないよう価格を監視する必要がある。また、生徒の送迎のためのスクールバスや乗用車などで学校周辺は交通渋滞が予想されるため、交通整理の必要性が生じる。その他、学校施設の保健衛生の確保、生徒を巻き込む犯罪の防止や学校周辺の治安維持などで、これら機関の監視と連携が求められるのである。

一点、気象庁に関してだが、フィリピンでは新学期の開始が雨季と重なる。特に台風や熱帯低気圧の接近で大雨になると道路や学校が冠水し、通学が困難になる。また発令される警報レベルによっては、自動的に休校になる。そのため、気象情報には常に注意しなければならないのだ。ちなみに、今年は始業日からわずか4日後の6月9日に、大雨の影響でマニラ首都圏とその周辺各州の一部地域で、高校以下すべてが休校になった。6月24日も同様で、地域によっては数日間休校せざるを得ないところもあった。

以上が今年の新学期開始の様子である。例年どおりの光景であったといえばそれまでだが、今年は若干違った。以下に紹介するように、フィリピンが教育制度の変更という大きな課題に取り組みはじめているからである。

K-6-4-2制の導入へ動き出す
フィリピンは、今となってはアジアで唯一の、中等教育が4年間しかない国である。初等教育(小学校)が6年間、中等教育(現地ではHigh School/高校という)が4年間の6-4制で、その後は大学などの高等教育になる。日本の6-3-3制や、それと類似の制度を持つ国々に比べると、基礎教育(初等・中等教育)が2年間少ない。年齢でいえば、高校卒業時は16歳で、4年制大学に進学したなら大学卒業時には20歳である。実は、この制度がもたらす弊害が昨今強く指摘されるようになってきた。

第一に、基礎学力の低下である。国際教育到達度評価学会(IEA)の国際数学・理科教育動向調査によると、2003年調査においてフィリピンは参加国のなかで下位に位置する。14歳(日本の中学2年生相当)では、数学が参加国46カ国中42位、理科が46カ国中43位であった。近隣諸国のマレーシアやインドネシアをも下回っている。背景には、12年間分の内容を10年間で詰め込むため、教育の質が低下していることにあるといわれている。このような基礎学力の低下は、高校卒業後に就業もしくは進学する若者自身にとっても、また彼らを受け入れる企業や大学にとっても喜ばしいことではない。例えば、各種国家試験の合格率の低下が近年問題になっているが、これも基礎学力の低下にあるとされている。数年間一度も教師試験合格者を輩出していない教育機関もある。

第二に、就業の問題である。フィリピンの成人年齢は18歳だが、高卒時は16歳である。16歳では精神的にもまだ未成熟で、就職先も限られる。就業経験が不十分だと経験不足とみなされ、その後の雇用機会にも恵まれず、失業状態が続く可能性が高い。実際、フィリピンの失業者の約3割は高校卒の学歴保持者であり、同じく失業者の半分が15-24歳の若年層なのである。

第三に、海外との制度の違いがもたらす不利益ともいうべきか、扱いの差である。例えば、12年間の基礎教育を条件とする海外の大学に直接進学できない。2年間、国内の大学に在学するなどして時間を費やす必要がある。また海外出稼ぎ労働者のなかには、国内では専門的な知識を持つエンジニアとされていても、海外では基礎教育が不足しているとして一段階下のテクニシャン扱いになる場合もあるという。

こうした基礎教育の不十分さがもたらす弊害を解消し、さらには「万人のための教育」(Education for All)という国連ミレニアム開発目標達成に近づくため、昨年発足したベニグノ・アキノ政権は基礎教育の拡大に動き出した。新たな制度は中等教育を2年間上積みし、さらに5歳児(Kindergarten、日本でいう幼稚園年長組)から公立教育を開始するK+12制である。詳細にはK-6-4-2で、小学校6年間、中学校4年間、さらには高校2年間となる。すでに今年度はキンダーガーテンを義務化した。今後の計画は、早くて2012年度に小学校と高校に入学する生徒達に新制度のカリキュラムを適用し、2016年度には中等教育5年目を、翌2017年度には同6年目を実施する予定だ。

教室・教師・教科書不足にドロップアウトの問題
今回検討されている基礎教育の拡大は、理念としては各方面からおおむね支持されている。若者の知識ないし基礎学力の向上は、科学技術の進歩がめざましいこの時代に競争力ある人材を排出するためにも欠かせないことである。だが、長く続いてきた制度を変更するのは容易ではない。とくにカリキュラムの抜本的な見直しには時間がかかると思われ、果たして来年度導入に間に合うのか注目される。

しかしながら、フィリピンの教育分野は基礎教育の年限問題とは別次元の深刻な問題を抱えている。教室不足・教師不足・教科書不足という問題だ。2011年時点において、全国で教室が約13万室足りず、教師は約10万人、教科書は955万冊不足しているという。学校によっては教室不足に対処するため、1つの教室を2つに分けて利用することもあれば、午前組と午後組とに分けて授業を実施しているところもある。教師不足に関しては給与の低さが一因で、生活のために教師をやめて、海外出稼ぎに出るケースもあるという。教科書不足も含めて、これら「不足問題」の主因は、いうまでもなく教育予算の不足だ。

加えて、小学校の段階からドロップアウト(中途退学)する子供が多いことも憂慮すべきことである。家が貧しく家計を助けるために働かなければならなかったり、そうでなくても学習意欲を失ったりして、学業を続けられない子供達が増えているのだ。ある試算によれば、小学校に入学しても6年間最後まで通い続けられるのは7割程度だという。

厳しい見方をすれば、こうした問題の解決策を見いだせぬまま基礎教育を12年間にしたところで、さらに問題が深刻化するだけであろう。当然のことながら、中等教育を2年間上積みすれば、それだけ必要となる教室・教師・教科書が増えるからだ。それに、学校に通学しつづける子供達の学力は向上するかもしれないが、そうでない子供達にとっては何も変わらず、学力の格差がさらに広がる可能性も考えられる。

まずは教育予算を拡大し、それも今までの規模を大幅に上回る予算を優先的に手当てし、その資金が無駄なく執行されるよう、本腰で取り組まなければならない。ある報告によれば、今後の人口増加や自然災害による損失までを考慮すると、新たな教室建設の予算を現在の10倍程度にしないと新制度の移行に追いつかないという。政府がすべてを用意できないのなら、今まで以上に援助や民間の協力を得るのも手段のひとつであろう。

また、貧しい家庭では子供が家計を担う働き手になっている。そのうえ、公立学校は授業料が無償に近いとはいえ、授業料以外の様々な出費が家計の負担になっている。このような家庭の子供達をどうサポートしていくかも課題である。

フィリピンはその昔、教育水準がとても高い国として知られていた。今でもそう思われているかもしれないが、それはもはや国民全般のことではなく、教育機会に恵まれかつ学力に優れた一握りの人達のことにすぎない。今回導入しようとしている基礎教育の拡大が、フィリピンの教育問題の部分的な解決で終わってしまうのか、それともこれを機に大きく改善され、再び教育水準の高い国として再生するのか。それはこの国の子供達の将来を思う、大人達の手にかかっている。