skip to contents.

二軍選挙とチュウィット —2011年タイ選挙投票前-

海外研究員レポート

タイ

相沢 伸広
2011年6月発行
PDFpdf(258KB)
2011年タイの総選挙(下院議員選挙)も、7月3日の投票日を控え、各政党の選挙キャンペーンにも熱が入っている。2006年に盛り上がった反タクシン運動から続く、黄シャツ、赤シャツによる、大規模な街頭デモの応酬も小休止し、闘いの舞台は政党間の選挙戦に移っている。

今回の総選挙の最大の焦点は、タクシン元首相の影響下にある現野党のプアタイ党が政権をとれるか否かにある。各種世論調査結果によれば(6月12日現在)、プアタイ党が第一党に躍り出ることが確実であると新聞各紙は報じているが、問題はプアタイ党が、定数500議席の過半数である、251議席を獲得し、単独過半数の議席を確保できるかである。

この過半数の線を巡っては、各世論調査結果にばらつきがある。現地紙の予想では、例え第一党となっても、結果的には過半数を獲得するには至らず、首班指名を得る為には連立工作が必要な状況になるという見方が大勢である。世論調査によれば、第二党がアピシット首相率いる民主党となるのも確実であるが、こちらも当然のことながら、単独で過半数をとることは難しい。世論調査の結果通り、二大政党が、過半数を取れない状況となれば、政権樹立に向けて鍵を握るのが、獲得議席数10-50議席と目されるチャートタイパッタナー党、チャートパッタナープアパンディン党およびブムジャイタイ党の中政党三党の動向である。

第一党となると目されているプアタイ党が中政党との連立工作を成功させ、あわせて過半数議席を確保できれば、順当にはプアタイ党からの首班指名が実現する。但し、議席数によってはこの時プアタイ党を中心とした連立工作の過程で、中政党が徒党を組んで連立の条件に首相の座を要求することも十分に考えられる。その場合は、首相は中政党から輩出されることもありうる。一方、プアタイ党が第一党となっても、中政党との連立政権樹立に失敗した場合は、中政党がそろって第二党の民主党と連立を組み、現アピシット政権と同じく民主党を中心とした与党連合が再び政権をとることになる。現段階ではこのように、主要5政党の全ての党から首相を輩出するチャンスがあるといってもいい。そのため、タイの総選挙では、投票前の選挙活動と同等かそれ以上に、選挙後の連立交渉が重要となる。その先を見越して、連立交渉で少しでも有利な立場を確保する為にも、プアタイ党、民主党とチャートタイパッタナー党、チャートパッタナープアパンディン党、ブムジャイタイ党の主要2+3政党は、選挙における議席獲得と、選挙後を想定した駆け引きに余念がない。このような選挙戦にあって、連立政権をめぐる闘いとは全く異なる文脈で多くのメディア、とりわけバンコクの人々の注目を集めている政治家がいる。それが、チュウィット・ガモンシウィットという男である。

強面のチュウィットは1961年生まれ、バンコク中華街のヤワラート出身である。ラックプラテートタイ(タイ国を愛そう)党の党首であり、党比例名簿一位の下院議員候補である。彼の政党は今回初参加の新党であり、チュウィット以外の比例議員(10名)の知名度は全くない。チュウィット一人の人気が全てのワンマン政党である。目標獲得議席は1議席、うまくすれば、2,3議席獲得もありうる。前述の5政党に比べれば目標も小さな小政党であり、政局全体に大きな影響があるとも思えないが、獲得議席数に関わらずチュウィットの人気はじわじわと広がり、各メディアともこぞって彼の動向を細かく報じている。個人としては、アピシット民主党党首、インラック・チナワット(タクシン元首相実妹)プアタイ党首相候補に次いで、取り上げられているだろう。

チュウィットの政治家としての経歴は決して華々しいものではない。チュウィットの選挙における成績をみてみると、以下のとおりである。

2004年 都知事選 落選
2005年 下院議員選挙比例当選(しかし2006年に党員登録不備ゆえに当選無効)
2008年 都知事選 落選

ただ、直近の2008年の都知事選挙では無所属ながら、民主党、そしてタクシン元首相の影響下の人民の党の推薦候補に次いで三位の得票を獲得した。票数にしても都知事選で30万票以上を獲得している。そのため、彼の立候補は単なる売名行為でもない。今回の総選挙においても、前回の都知事選と同程度の票数を得れば、1議席を確保することは確実と目されている。

では、彼はなぜ人気があるのか。チュウィットの良く知られた肩書きは「元ソープランドオーナー」、「元マフィア」といった、危険な印象を喚起するものばかりである。三面記事には頻出しても、政治の表舞台に堂々と出てくるタイプの職歴ではない。バンコクのグレーゾーンで財を成した彼が、一躍表舞台にでたのは、2003年に連日報じられた映画さながらの警察との闘いがきっかけであった。

その闘いとは、チュウィットが彼の土地で営業する店子の各店舗を賃料の滞納等の理由をつけ、重機を用いて強制的に排除したことに端を発した事件であった。チュウィットのあまりに乱暴な立ち退き行為をはたらいたことで、彼は警察に逮捕され、収監された。その事に腹を立てたチュウィットは、「これまで散々警察に賄賂を渡してきたのに、俺を逮捕するとは何事だ!」と、逆上し、警察に反撃を始めた。まず賄賂を渡した警察高官達の実名、さらに彼の所有するソープランドで無料サービスを提供した警察官を実名で公表した(その結果関わった警察高官は更迭された)。バンコクの夜の街で営業する場合、警察に一定の金銭、サービスを上納するのは、公然の秘密であったが、それはあくまで裏の話であって、実名まで公表して表沙汰にする人物はこれまで居なかった。一線を越えたチュウィットは警察によってすぐに「消される」だろうと、誰もが思ったが、メディアに自分を晒し続けることで、生き延びた。警察の行儀の悪さや、ゆすりたかりを快く思わないタイ人は多い。それまでやりたい放題であった警察を向こうに回して、見事な大立ち回りを演じたチュウィットこうして勇者として、一躍、全国区の時の人となった。

2003年のこの一件で、チュウィットという名前には二つの相反するイメージが定着した。一つは、彼が裏社会の「暴力的」、「悪質」で「怪しい」人であるということ。二つ目には、彼が警察を向こうに回してもひるまない「勇敢な人物」であり、普通の人が話せない事を堂々と話す「裏表のない人」ということである。他の政治家にはない異色の経歴が故に、裏社会を知り尽くし、警察とも堂々と闘う勇敢なチュウィットならば、政界でも何かしてくれるのではないか、という期待を背負う存在となったのである。

そんなかつての武勇伝で名を挙げたチュウィットだが、今回、タクシンの復権が実現するか否かが争点の選挙においてさえ、彼が注目され、しかも自身の小政党から当選しそうな勢いがあるのはなぜだろうか?その理由を以下四つの理由に大別して簡単に説明したい。

第一に、それは彼の選挙戦における卓越したパフォーマンス力、マーケティング力である。彼の主張らしい主張は汚職撲滅である。ここには新しさはない。これまで全ての政治家が語り、全ての政治家が裏切ってきた公約である。主張の内容は使い古されたものであるが、キャンペーンの手法において、チュウィットのそれは傑出していた。まずスピードの速さである。現在のタイの選挙戦では、テレビ広告における様々な制限ゆえに、顔を覚えてもらうには、街頭に掲げられたポスターが非常に重要な役割をもつ。そのため、チュウィットは民主党やプアタイ党といった資金力のある大政党よりも早く、バンコク市内において大量に看板を掲げることに成功し、選挙運動全体の先鞭をつけた。見通しのよい辻ごとに看板を先にくくりつけ、一気呵成に勝負に出た。マラソン中継において、例え優勝候補でなくても、最初の5Kmを先頭で走り、カメラに写って顔と名前を覚えてもらったのに等しい。これが強いインパクトを残した。次に、キャンペーンの写真についても、独自路線を採った。他党候補が爽やかな笑みを湛える写真を選ぶのとは対照的に、あえて怒った顔や、悩ましい顔を映した写真を用いて、国民の憂いを自分が共有しているとのアピールを展開した。この戦術も非常に有効であった。タイの選挙看板に、あえて怒った顔を写したのも彼が初めてであっただろう。政治的対立が続くタイにおいて、国民が感じる苛立ちや将来への不安を、そのまま表情に表し、見事に共感をよび他党の差別化も十分に達成した。

頭を抱えるチュウィット キャプションは<br/>
君はどこへ行く?政治+利益 僕は野党にまわらせてもらうよ<br/>
<br/>
頭を抱えるチュウィット キャプションは
君はどこへ行く?政治+利益 
僕は野党にまわらせてもらうよ
第二の理由(人気の理由というよりは、そもそもなぜ彼がこの選挙に参加できているのかの理由であるが)は憲法一部修正に伴う選挙法の改正によるものである。前回2007年の選挙時には、比例区での議席獲得には最小限の得票率として5%の阻止条項が規定されていた。しかし、今回はその規定が外された結果、チュウィット率いる「タイを愛そう」党のような小政党にも議席獲得のチャンスが生まれたのであった。それだけではなく、さらにチュウィットにとっては追い風となる二つのルール改正があった。まず、比例区の定員が80人から125人と50%以上の定員増となったこと。次に、前回は比例区が8区に分割されていたのに対し、今回比例区は全国区1区となったことで、特定の地方に強い地盤をもつ候補者よりは、全国区の知名度がある人物に対するチャンスが相対的に広がったのであった。

第三の理由は、そうしたキャンペーンのテクニックや選挙法改正とは異なるものである。それは今回のタイの総選挙が、いってしまえば二軍選手による選挙、二部リーグの闘いであるという点にある。二軍の闘いだというのは、選挙の顔となる党首について、先に挙げた5大政党を見てみればわかる。まずプアタイ党の党首はインラック・チナワット氏。美女であり、初の女性首相の誕生かと人気急上昇中の彼女は、タクシン元首相の実妹である。その為、政治経験のないタクシンの「クローン」であるとの評が専らである。民主党の党首はアピシット現首相。美男で知的と人気のある彼もまた、結局タイの既得権益層や陸軍といった選挙外諸勢力の「パペット」でしかないという風評を、首相在任中に払しょくすることはできなかった。二大政党のこうした美男美女対決は、「クローン」対「パペット」の闘いと揶揄され、表の顔となっているクリーンな政治家、フレッシュな政治家の裏には、手練手管の政治家や諸勢力の暗躍が見え隠れする。キャスティングボードを握る可能性のある3つ中政党に至っては、多くのタイ人は、誰が党首であるのか知らない。それよりは、実質的な指導者が、チャートタイパッタナー党ではバンハーン元首相(実際の党首は彼の弟)、ブムジャイタイ党はブリラム県に強力な地盤を持つ有力政治家ネウィン氏、チャートパッタナープアパンディンはコーラートの有力政治家であるスワット氏であるということの方がよく知られている。

タクシン、バンハーン、ネウィンといった、タイの主だった有力政治家たちは、今回の選挙には立候補できない。2007年、2008年と二度に渡って、多くの有力政治家が、選挙法違反の罪で公民権5年間停止の裁定を受けたからである。ゆえに、有力政治家らはタクシンやバンハーンのように弟や妹を代理人に立てるなどの策を講じて、政界への影響力を保っている。したがって一般国民が今回の選挙で直接選ぶのは、多くの場合そうした代理人達である。タクシンを選びたければプアタイ党に、ネウィンを選びたければブムジャイタイ党に、といった具合である。赤シャツ、黄シャツ、国軍、王室と、この数年のタイ政治の激動は、議会外の政治アクターが、極めて重要な役割を占めている。それだけでもタイの下院議会の持つ相対的地位は小さいのだが、さらに、今回選挙で選ばれる国会議員たちでさえ、本来選ばれる筈のない人々を選ぶ二軍の候補者となっている(2007年に公民権を停止された有力政治家111人(上記タクシン、ネウィンなど)については2012年6月に解除予定)。

各党の党首が実質的な党首でないという状況であるからこそ、インラック・プアタイ党首の声や、アピシット・民主党党首は多くを語らず、語ったとしても本人の考えだとは捉えられない。注目されるのは、タクシンやバンハーン、ステープ民主党副首相やネウィンといった有力政治家であり、さらにはプラユット陸軍司令官や、国王の発言である。そしてこうした重要人物は、だれ一人として選挙にはでていない。

かくして、タイの総選挙は首相を決める政治過程のほんの一部でしかない。選挙結果をもって、この数年の政治闘争に決着がつくと思っている人は皆無であろう。そのため、選挙で語られる言葉も多くの人が半信半疑で聞くこととなる。

話をチュウィットに戻したい。今回の総選挙の候補者の多くが代理人にすぎないのに対し、代理人とみられていない党首の数少ない一人が、チュウィットである。チュウィットの発する言葉に、他の候補者とは異なる説得力があるのは、彼が裏社会を熟知しているからであるとか、プレゼンが上手いということだけではなく、こうした現在のタイの政党がもつ問題状況も寄与していると考えられる。チュウィットを好む人が必ず口にするのが「彼の言葉はストレートだ」という評価である。裏を返せば、他の候補者たちがあまりに、のらりくらりとしたしゃべり方をし、なにか奥歯に物が挟まったようなしゃべり方をするからである。それもそのはず、その理由は多くが代理人なのであるからして、「後見人の意向」から外れないよう、細心の注意をしながら代理人たちは話すためである。代理人政治家たちは振り付け通り、オウムのようにキャンペーンを唱えるだけか、歯切れの悪い言葉を連ねるだけとなる。そうした候補者との対比でみれば、言葉がストレートだと評判のチュウィットが語れば、汚職撲滅といった、これまで使い古された政治的方便までもが、説得力をもってしまうのである。

チュウィットの人気の第4の理由は、彼の政治的位置取りにある。一議席がとれるかとれないかという小政党の党首であるチュウィットは、どんなにメディアにもてはやされても、どんなにパフォーマンスが受けたとしても、自身が首相候補ではないことは当然承知である。また、与党連立工作において、20議席を従えてキャスティングボードを握るような勢力でないことも理解している。そこで彼が戦略的にとった主張は、自らを野党として決して連立政権には入らずに、政権の監視役となることであった。この位置取りは、政権に入る術を画策する他の中小政党とは決定的に異なる。

彼が狙ったひとつの投票グループが、高学歴のバンコクの人々である。タクシンは嫌いなので、プアタイ党は選びにくい。かといって、民主党も十分にひどい汚職があり、頼りにならないので、民主党に投票するのも本意ではない。どの政党にも魅力がないので一体誰に投票すればいいのか、もしくは棄権票を投じようかと考えあぐねているグループである。

選べ  チュウィット ナンバー5
和解するんだ...良いことならば
闘うんだ...反対ならば
タイを愛そう党
選べ  チュウィット ナンバー5
和解するんだ...良いことならば
闘うんだ...反対ならば
タイを愛そう党
プアタイ党、民主党の二大政党は、どちらも汚職まみれであり、美男美女党首の背後には手練手管の老政治家らを大勢抱えている。インラックやアピシットといったスマートな政治家は、こうした海千山千の汚職まみれの老政治家たちに軽くあしらわれてしまうであろうから、彼らが首相になるための投票には魅力がない。それに対して、かつて、警察に対しても一歩も引かなかったチュウィットならば老政治家に相対してもひるまず、向かっていけるかもしれない。そんな多くの人の淡い期待の受け皿に、チュウィットは自らを位置付けた。汚職政治家対汚職政治家に辟易した有権者達の第三の選択肢として、棄権票を投じるのではなく、チュウィットを選ぶようになれば、彼に勝機(つまり一議席以上獲得)は十分にある。「二軍の選挙」の中で、彼のメッセージははっきりしている。実際に力を持っている人を、タイ人は今回の選挙で選ぶことはできないが、そうした力を持つ人を、監視する人(つまりチュウィット)ならば、直接選ぶことができる、と。バンコクの高学歴層のまさに中心であるチュラロンコン大学の学生達に向けて、チュウィットは自分の立場を次のように説明した。

「君たちも知っているとおり、タイ人はおかねを沢山持つとロクなことをしない。一家の主を放っておけば、すぐに愛人を何人も囲っては、金を湯水のように使って歓心を得ようとする。こんな状況では、家庭は確実に崩壊する。だが、考えてみてごらん。奥さんがとっても怖い人だったらどうなる。旦那がお金を使うためにはかならずこの奥さんと話をしてから、お金をつかうということになると、どうなる。そうなれば、無駄遣いは減るだろう。そして、家庭の安全も容易に守られることになるだろう。簡単なことだ。タイの首相にはこういう怖い奥さんが必要なんだ。僕のこの顔をみてごらん、こんな顔の奥さんがいたらどうする。怖いだろう。僕みたいな人間が、だから、国会に必要なんだ。」

選挙後に大政党から、熱烈なラブコール、甘い利権の罠をふりきり、宣言通り野党としての立場を貫くことが出来たならば、プアタイ党と民主党が対立する国会において、チュウィットが大きな風穴をあけるかもしれない。