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実証分析における因果性と再現性:
Pitt and Khandker (1998)のマイクロファイナンス論文を巡る一連の議論から

海外研究員レポート

米国

高橋 和志
2011年5月発行
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1. はじめに

経済学の実証分析では、複数の事象の間にどのような因果関係が存在するか厳密に精査することが求められる。因果関係とは、事象Xの変化が事象Yの変化をもたらす場合の、XとYの関係についてである。よく似た概念に相関関係がある。これは事象Xの変化に応じて事象 Yも変化する時に使う。Yの変化がXによってもたらされたのか、Xの変化がYの変化によってもたらされたのか、或いは両者の変化がXとYの変化に影響を与える第三の事象Zの変化によってもたらされたのか、様々なケースが考えられるが、相関関係においては、原因と結果の方向性は基本的に問われない。

経済学の実証分析において、因果性の立証が求められる背景の一つには、経済分析が誤った政策提言につながらないよう、配慮していることが挙げられる。例えば、農作物の近代品種を採り入れた家計(X)ほど所得が高い(Y)という事象は相関関係でしかなく、この観察結果だけをもとに、農村所得改善の方策として近代品種の普及を提言することは危険である。なぜなら、近代品種を採り入れる家計は、種子を毎年購入できる豊かな農家であったり(Yが原因となりXが生じている側面がある)、教育水準が高く新技術への対応が容易な家計である (第三の要素ZによってXが生じており、XがなくてもYが高い可能性がある)などの場合が考えられるからである。そうした可能性を適切に統御しなければ、近代品種が家計所得上昇にどれだけ貢献しているのか、そして近代品種普及が所得向上という目標に対して望ましい政策なのか、実のところよくわからない。

因果性を立証するためには、他の条件を全く同一にした上で、外部から意図的にXを変化させたらYが変化するかどうかを観察することが基本となる。例えば、土壌・気温・雨量などあらゆる外部環境が同じ圃場で、同じだけの施肥・除草・水管理を行い、伝統品種と近代品種の栽培比較実験を行う。その結果、近代品種の方が収量が高いとなれば、近代品種は高収量をもたらすという因果関係が確立される。私たちがこれまで触れてきている「科学的知見」とは、多くの場合、このようによく制御された環境の中で生みだされ、同一の条件で再度実験を行えば同じ結果が得られる再現性の高い観察結果に基づいている。

一方、経済データのように環境を制御するのが難しい場合、因果性を立証する方法に苦慮してきたのが事実である。経済学では、最近になりようやくランダム化比較実験(Randomized Controlled Trials: RCT)と呼ばれる方法が発展してきたが、それまでは計量経済学手法の工夫を施し、因果性を立証する方法が採られることが多かった。

RCTとは、Xの変化を無作為に与えた多数の個人を観察すれば、制御すべき要因が、異なるXの集団間で平均的に同じになっていくという、統計的法則性をベースに因果性を検証するものである。例えば、「マイクロクレジット(MC:小口融資)は貧困層の生計改善に寄与する」という命題を考えたとしよう。この場合、個々人はMC融資を受けるか受けないかの二択があるが、各個人はどちらか一つしか選べないため、同一の個人がMCを借りた場合と借りない場合の比較は不可能である。また、MC借入が個人の自由な意思決定によるものであるのならば、先の近代品種の例の通り、MC借入に影響を与える様々な事象を(通常目に見えない努力水準、意欲なども含め)制御しなければ因果性の検証はできない。RCTでは、まず個人を無作為にグループ分けし、片方のグループはMC借入を行い残りのグループは借入を行わない(或いは借入機会が片方のグループのみに与えられる)状況を意図的に作り出し、グループ間の結果指標(生活水準など)の差を比較する。各個人はどちらのグループに所属するかランダムに決められるため、十分な標本サイズの下では、MC融資前の生活水準はグループ間で平均的に同じになるはずである。また、それ以外に、制御すべき要因も全て平均的には同じになる。そのため、MC融資後の生活水準に有意な差が生じているのだとしたら、それはMC借入の差がもたらした帰結と判断できるとするのがRCTの考え方である。

MC研究でも近年、RCTに基づき、MC融資と生活状況の間の因果性を検証した論文はいくつか存在する。他方、そうした手法が流行する以前に、高度な統計的手法を用いて因果関係を確立したと考えられていた論文に、Pitt and Khandker (1998、以下PK)が挙げられる。PK論文はMCが盛んに行われていたバングラデシュを研究対象とし、「MCは貧困層の生計改善に貢献する」、「生計改善効果は女性に貸した方が大きい」という重要な二つのファインディングを含んでいたため、公刊されてすぐに大きな反響を呼んだ。その中の一つにMorduch (1998)の反論がある。Morduchは異なる仮定の下で因果関係を検証すると「MCが貧困層の生計改善に貢献する」とは言えなくなることを示している。その後、Pitt (1999)によるMorduch論文へのさらなる反論を経た後、Khandker (2005)により、PK論文の拡張が行われ、PK論文のファインディングは異なる推計方法でも概ね支持されることが示された。

PK、Morduch、Khandkerの三つの論文の分析結果がそれぞれ果たして本当に因果関係を確立したと言えるのか、実証結果は再現されうるのかどうか、という課題に挑んだのかRoodman and Morduch (2009、以下RM)である。RMは三論文で使われたデータで同じような推計を試したところ、三論文ともに因果性を立証できるほどの十分な証拠が見つからなかったとして話題を呼んだ。

しばらくRM論文の結果は経済学者の間でも受け入れられてきたが、2011年になり、未公刊ながら、PittがRMの誤りを指摘する二本の論文(Pitt 2011a, 2011b)をウェブ掲載してから、PK論文の妥当性について経済学者の間で議論が再燃している。本稿は、PK、RM、Pitt (2011a, 2011b)に特に着目し、各論文を整理するとともに、PK論文を巡る最近の議論の動向についてまとめるものである。なお、PKからRMに至るまでの一連の議論の流れは高野・高橋(2011)も参照されたい(各論文の詳細には踏み込んでないが、Karnofsky (2011)も最近の議論を手際よくまとめているので興味ある方はそちらも参照のこと)。

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