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反汚職・反腐敗運動と民主制

海外研究員レポート

インド

2011年5月発行
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40度を超える日も多くなりだす4月のニューデリーでは、クリケットのワールドカップ優勝(4月2日)の興奮も醒めやらぬ間に、もう一つ大きなドラマが進行しました。

日本でも若干報道されているようですが(※1)、Anna Hazareという高齢の社会運動家(※2)が、汚職腐敗対策のためのいわゆるオンブズマン法(Jan Lokpal bill)の制定をもとめて、断食による示威行動をニューデリーの中心部、コンノートプレイス近くのジャンタル・マンタルで、4月5日にはじめたのです。Hazareを中心とするグループは法案について私案も発表しており、政府が法案の制定と、彼らの私案のいくつかのポイントについて受け入れると約束しない限り、死ぬまで断食すると宣言し、断食を始めました。この情報がインターネットを介して広まるとともに、テレビや新聞でも大きく取り上げられ、汚職腐敗反対の示威行動が全国に瞬く間に広がったのです。

この背景には、いくつかの文脈がありました。第一は、閣僚や官僚の汚職や腐敗にかんするスキャンダルが昨年より続けざまに発覚していたことです。経済面では高い経済成長率を背景に比較的安定した政権運営を2004年より続けてきたシン政権も、インフレの高まりにより国民の不満が高まりつつあったところに、相次ぐ汚職および腐敗疑惑で支持率を落とし、野党からの厳しい攻勢を受けていました。また今月には、結果が政局を左右しかねない州議会選挙も控えているという状況でした。

汚職疑惑問題は、中央政府や州政府の閣僚レベルから政府末端機関まで様々な話題が有力紙の紙面に毎日のように掲載されていますが、近時もっとも問題となっていたものの一例は、第二世代(2G)の携帯電話の新規周波数の割り当てにかかわるラジャ前通信相の問題です。入札において不正を行い、国庫に1兆7600億ルピー(3兆5000億円あまり)の損害を与えた疑いを持たれるラジャ前通信相が昨年11月に辞任し、今年2月に逮捕されています。野党からの厳しい追及を受けて、政府はこの問題を調査するための両院委員会(joint parliament committee)を設置することに同意せざるをえず、さらにこの立法部での調査とは別に、この事件の訴追を誰が担当するかの任命権をめぐって、最高裁と政府側で厳しい鍔迫り合いが繰り広げられ、最終的に司法側は行政の主張を退けています(※3)。

もう一つの大きな汚職疑惑は、昨年ニューデリーで開催されたコモンウェルス・ゲームズ に関わっています。コモンウェルス・ゲームズ(※4)をホストするためにスタジアムや地下鉄、空港など多額の公的な投資が行われましたが、発注金額をめぐる汚職疑惑により、事務局幹部が逮捕されたのです。具体的には、スタジアムの電光掲示板の入札につき、4億8千万ルピーの応札があったにもかかわらず、ずっと高い14億1千万ルピーで他の会社に落札、契約していたという疑惑です。都市開発省、デリー市政府、コモンウェルス・ゲームズ組織委員会などの責任の所在の追及につき政府の腰が重かったことも、市民の不満を高めていました。

そのため、第二に、国連腐敗防止条約(United Nations Convention Against Corruption)を批准する努力もしていないという批判にも、政府は晒される状況になっていました。この条約は2003年に採択されたものですが、調印した150カ国あまりのうち、ドイツや日本、インドはまだ批准していない状況にあるとのことで、インドについては、担当省庁が批准に消極的なため、批准に必要な国内法の整備が滞っていたためと報道されています(Business India, May 1, 2011, p.36)。

こうした流れのなかで行われたHazareの断食は、政治ないし政府の腐敗に嫌気がさしている様々な人々の支持をえて、ボリウッド俳優などのセレブリティを含む多くの人々が、実際に示威行為をしている場所のジャンタル・マンタルにかけつけたり、ブログやツイッター、フェイスブックなどバーチャルな場で支持を表明したりして、各地に飛び火し、全国的な大きな現象となったのです。

テレビや新聞など大手メディアも、いずれもトップニュースとしてHazareの健康状態やジャンタル・マンタルその他の場所に集まった群衆の状況を連日報道し、しかもどちらかというと好意的な扱いをして、現象の拡大に一役を買っていたようにみえました。インドではさまざまな示威行為が日々行われていますが、政党や労働組合に動員されている場合が多く、今回は自発的な参加が主であり、インターネットの力が大きい点、中東で起こっていることとも共通する新しい現象であるとして報道されたのです。

政府は、当初は、Hazareらを市民の代表とみなし、その要求を受け入れることは、悪しき前例になりかねないと拒絶していましたが、最終的に4月8日に、次の国会にLokpal法案を提出し、また、Hazare側が推薦する候補者を、法案を起草する委員会にいれることに同意するという驚くべき譲歩をする結果となりました。詳しいところは新聞によって若干異なるので厳密ではないかもしれませんが、法案を起草する委員会の半分を議員以外から選び、また委員長も議員以外にするという要求を政府は認めたようです(※5)。

Hazare側の運動家たちは4月9日に「全国民の勝利」という宣言をし、断食をやめ、「(クリケットのワールドカップに続き)インドはまた勝利した」というような見出しが翌日の新聞の一面に躍ったのです。

さて、汚職や腐敗はもちろんないほうがよいということ自体には広い合意があると思われます。そしてHazareらの示威行動がLokpal法制定に向けて大きな推進力と(今の時点では)なったことも確かなことです。しかし、今回の運動とそれをめぐる政府の対応には違和感をぬぐえないという識者も少なからずいます。そうした意見も紹介しておきましょう(※6)。

第一に、それがどんなに善意と良心に基づいているものであろうと、腐敗を取り締まる法がどのような内容であるべきで、どのような手続きにより起草されるべきか、という問題にかんするある特定の活動家グループの見解が、「断食」「市民の代表」といった今回のような形で受け入れられたことは、インド憲法の定める民主制の仕組みと合致するものなのか、という疑問が呈されています。つまり、Hazareらの意見が傾聴に値するとしても、それは多くの考え方の一つにすぎないはずではないか、という意見です。こうした見方からは、今回設置することになった起草委員会自体、問題あるものと映ることになります。
 
第二の問題は、Hazareらの考えるLokpal 法案の内容の問題にかかわります。詳細は省きますが、Hazareらの私案は、オンブズマン法案というよりは汚職腐敗にかんする広範な法案となっており、またLokpal自体が司法権を持つような非常に強力な権限をもつべきものとなっています。しかし、実際にこのような法と機関が、汚職や腐敗の発見や処罰につき機能するのか、また強力な権限を与えれば与えるほどLokpalを構成する委員の資格要件もまた難しい問題となり、少なくとも慎重な議論が必要となるはずではないか、という指摘が当然あります。

第三に、汚職や腐敗を撲滅すべく、Lokpalのような制度に注力することは重要なことだとしても、これらのことに注目が集まる結果、社会のより深い構造的な問題を覆い隠してしまっているという意見もあります。そもそも、社会のパターンを大きく鳥瞰的にみれば、汚職や腐敗があるということは、汚職や腐敗自体はいわゆる付加価値を生産していないので、それがどんなに非倫理的でまた経済成長の妨げになっている可能性が高いとしても、資源の(再)配分の過程に不法な行為があるということにすぎません。より重要な問題は、インドではこの20年間、富や所得の不平等が実は「適法に」拡大しているということであり、そのこともまた、汚職や腐敗の問題と同じか、それ以上に重要なはずだという指摘です。

こうした見方を敷衍すれば、今回のHazareの行為を支持し、汚職や腐敗の問題に批判の声をあげた人々をよく観察してみると、1991年以降の経済自由化のなかで恩恵を被ってきた階層が主力となっており、こうした階層が政治家や官僚の汚職や腐敗を糾弾することで自己免責をえているという側面もある、と捉えることになります。つまり、こうした構造的な問題から目をそらすことによって、問題が政治家や官僚による権力乱用に矮小化されてしまうことに、警鐘を鳴らす意見です。

さて、このような断食による示威行動が政治を動かすということ自体、他国ではあまり例をみない現象であるように思われます。筆者も、やはり非暴力・無抵抗、ボイコットなどの戦略を編み出し、これらによってイギリス支配を終焉させた経験が、今なおインドでは強く生き、再生産されているのかと想像してみていますが、決定的な説明をもっているわけではありません。

さらに、今回の示威行動は、また別な訴訟を引き起こしそうだということも、興味深い点です。ジャンタル・マンタル周辺の住民が、民主的な活動に反対するものではないが、このような示威行動が住民の生活に多大な被害をもたらすとして、こうした示威行動をジャンタル・マンタル周辺で行うことを制限することを求めて、訴訟を提起することを決めたと報道されています(Times of India, April 12, 2011)。示威行動があるたびに、参加者たちが、周辺の道端で、公然と、料理をしたり、水浴びをしたり、排泄をしたりするため、甚大な迷惑を被り、それが日常化しているからだと住民たちは述べています。しかも、この訴訟は、地裁ではなく高裁ないし最高裁に直接に訴えることのできる強力な訴訟形態の「公益訴訟」として法廷に持ち込まれるようです(※7)。

苛烈な暑さと喧騒ゆえか、すべてが白昼夢のように感じられる毎日ですが、今回のHazareの示威運動をめぐる一連の動きは、少なくとも、「市場の失敗」や「政府の失敗」というような概念に容易に還元できない、様々な利害が様々な回路でカオティックに衝突する世界最大の民主制インド社会の現実の一コマを、垣間見せていることは確かであるように思われます。

  1. 『読売新聞』2011年4月25日朝刊など。
  2. Hindustan Times, The Times of Indiaなど有力各紙によると「ガンディアン」であると紹介されています。つまり、私的所有権とは基本的に無縁に生活しているということのようです。1940年生まれの元軍人で、マハラシュトラ州において、モデル村の設立や、反腐敗運動、情報開示法の制定など、さまざまな運動を展開してきた社会活動家であり、とくに長年にわたるモデル村設立の努力に対し、Padma Bhusan賞というインドで三番目に高い、文民(civilian)を対象とする勲章を中央政府から1992年に授与されているとのことです。
  3. PMLA(Prevention of Money Laundering Act)によれば、行政にPublic Prosecutorの任命権がある、という政府側の主張を最高裁は最終的に退け、最高裁の任命したPublic Prosecutorが事件を担当することになっています。Times of India, April 12, 2011。
  4. 英連邦を構成する国々の、4年ごとに開かれるスポーツ祭典。
  5. ただし、その後ムケルジー財務相を共同委員長とすることになったようです。
  6. 以下のHazareを求心力とした反腐敗運動に対する批判的な見方の整理は、Economic Political Weekly(EPW) Vol. XLVI No.17(April 23, 2011)に掲載された“The Anna Phenomenon” (p.7), “Opportunity at Hand to Tackle Corruption” (p.10), “What We Talk About When We Talk About Corruption”(p.13)の三論文、C.P. Chandrasekar “Politics in the Digital Age” April 20, 2011. (http://www.macroscan.org/cur/apr11/cur200411Digital_Age.htm), Frontline, May 6, 2011に掲載された “Beyond Anna Hazare”特集記事に依拠しています。
  7. 公益訴訟は、インドで1980年代頃から展開し、南アジア、とくにインドでは広く根付いた、善意の市民が公益に関わる問題について、直接に上位裁判所に訴えを提起できる形態の訴訟です。詳しくは拙稿「「現代型訴訟」としてのインド公益訴訟」 pdf(『アジア経済』42巻6,7号、2001年)など。