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イギリスにおける国立博物館の『入場無料』政策の維持と文化財返還請求をめぐって

海外研究員レポート

英国

2010年11月発行
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戦没者追悼記念日(The remembrance day)も近づき、紙製の赤いポピーを胸につけた人を見かけることが多くなってきました(※1)。街ゆく人々だけでなく、テレビをみても、政治家やニュースキャスターたちもほとんどこの赤いポピーをつけており、1日1日と日も短くなるこの季節は、どことなくしめやかな、そしてもの悲しい雰囲気を醸し出しています。

そのようななかで、さる10月20日に財務大臣George Osborneが議会にて報告したSpending review(事業仕分け)の結果は、相当に厳しいものでした(※2)。たとえば、経済自由主義(自由市場・自由貿易)を標榜することで知られる英国の経済紙The Economistは、「痛っ!(Ouch!)」と題した特集を組み、「10月20日のイギリスの雰囲気は、サッカー杯決勝の雰囲気と、どなたかの国葬の雰囲気を、混ぜたものだった」と述べています(The Economist, October 23rd-29th 2010, p.13)。実際、数日間は、テレビやラジオのニュースもこの話題をトップニュースとして報道していました。

その骨子は、4年間で810億ポンド(10兆円あまり)の歳出カットを予定し、2009年度末現在11.0%程度ある財政赤字比率を2015年度には1.1%まで引き下げ、その過程で公務員約600万人のうちおよそ49万人が失職するというものです(※3)。「国葬の雰囲気」というのもあながち誇大表現ともいいきれないのです。

こうした厳しい財政緊縮政策については、当然ながらイギリスでも賛否両論あり、財政再建を優先することが経済成長につながるという見方と、緊縮財政は雇用と家計に深刻な影響を与え、かえって経済再建を困難にするという見方があります。とくに議論になっているポイントは、公的部門が縮小した分、民間部門が拡大して経済全体が成長軌道に乗るという見通しをどう考えるかというところで、今現在では、厳しい財政再建に賛成する論者たちですら、民間部門への期待についてはどちらかというと悲観的な見方が支配的なように思われます(※4)。

この事業仕分けの決定にかんして、筆者が不思議に感じたことの一つは、あれもカット、これも大幅なカットという報道が続くなかで、「国立博物館と美術館の入場無料は維持される」という決定が少なくないニュースで触れられていたことです(なおこれら国立博物館・美術館への予算配分自体は15%カットされるとのことです)(The Guardian 21st/Oct/2010)。これは文化財の鑑賞を楽しみにしている人々にとっては、もちろん嬉しいニュースでしょう。観光地を家族数人で訪問し、いくつか美術館や博物館、寺院などを梯子したところ、相当な出費になったという経験は誰しもお持ちでしょう。

このことは、よくいわれるように、イギリスがこうした文化的な活動を大事にしていることの証左なのでしょうか。あるいは、世界に先駆けて市民革命・産業革命を達成し、近代社会を牽引してきたという、イギリス文化の威信と誇りをかけた政策なのでしょうか。筆者は、そういう側面があることも否定はできないとも思われるものの、過去はともかく、今回の連立政権による入場無料維持という決定に限っていえば、対外的な文脈での政治経済的な理由がある、という考えを持っています。そのあるいは的外れな推論をここで展開してみたいと思います。

まず、保守党は、国立博物館・美術館の入場無料政策を維持することを選挙前の公約としており(※5)、その公約を守る結果となっています。ただ、公約を守ること自体が至上命令であったために、国立博物館・美術館への入場無料を維持する決定を行ったとは考えにくいのです。なぜなら、他の公約については政権に就いていらい修正を重ねており、筆者の印象では、イギリスでは、政権についた後に、政権につく前にマニフェストなどで公約していた事項を修正することは当然ありうるという前提に、政党側も有権者側もたっているようであり、少なくとも政権獲得後に公約を修正すること自体に対する大きな批判は(正当と思われる理由があり十分に説明されている限り)ないように思われるからです。

そこで、いったいなぜ国立博物館・美術館の入場無料政策を維持することが重要なのか、保守党はなぜそのような公約を掲げていたのか、そもそも、イギリスではどのような歴史的経緯を経て国立博物館・美術館は無料となっているのか、そして無料であるべきだ、という考えの根拠はどのようなものなのか、といったことが問題となります。

歴史をさかのぼってみると、もともとイギリスの博物館・美術館は入場無料だったことがわかります。おそらく、もっとも古い大英博物館(1759年)が当初から無料で公開していたからだと思われます(※6)。自然史博物館(1880年)など少なくない国立博物館は大英博物館から分岐したものだからです。イギリスの多くの国立美術館・博物館は、フランスやオーストリアなどと異なり、歴代王家のコレクションではなく、民間市民のコレクションに端を発していることも18世紀、19世紀の啓蒙主義を反映して、無料公開という伝統を醸成してきたのかもしれません。

しかし、1980年代に、当時の保守党政権から政府予算に依存しすぎであるとの理由で有料化を迫られ、多くの博物館・美術館が有料化に踏み切りました(※7)。無料を維持したのは、政府からの補助金や入場料がなくても多額の寄付金などで運営が可能だった大英博物館、テート、ナショナル・ギャラリーなどだけでした。そののち、無料を維持した博物館・美術館への入場者は相当に増え、有料化したところでは相当に減りました。たとえばヴィクトリア&アルバート博物館は5ポンドの入場料を導入したところ、入場者は半減したそうです。

これに対して、「教育、教育、教育」をスローガンにしたTony Blairを首相とする労働党政権は、1997年に国立博物館・美術館を再び入場無料にすると宣言し、実際に、1999年4月から子供無料、2001年4月から60歳以上無料、そして2001年12月に全面的に無料化されました。

ここで興味深いことは、ブレア労働党政権が国立博物館・美術館を入場無料とした理由は、国内のあらゆる階層の人々が博物館・美術館に無料でアクセスできることが、国民の福利厚生の向上につながるという理由だったということです(※8)。博物館・美術館は上流階級のためのものではなく、イギリス国民全体のものであり、そのために無料化されねばならないという論理です。実際に、無料化された博物館・美術館では、平均して70%も入場者が増えたと報告されています(※9)。

このような無料政策に対しては、もちろん批判もあります(※10)。第一に、訪問人数は増えたといっても、リピーターが大幅に増えただけであって、訪問者の階級構成にはあまり変化はないという調査があります。つまり、入場無料政策が国民全体の福利厚生に役立つという理由は、この調査結果をみると正当化事由とならないということです。第二に、入場料に収入を依存する独立系博物館美術館へ不利に働いている、ということが議論されています。つまり官による民業圧迫という議論です。こうした経済合理主義的な批判は、財政カットの流れを受けて、さらに強まることが予想されますし、保守党(自由民主党との連立)政権がこれらの議論を採用しないことはむしろ不思議です。保守党自身、1980年代には入場有料化を進めていたという経緯があり、また今現在、戦後最大といって間違いない歳出削減を進めているからです。

それゆえ、保守党(自由民主党との連立)政権が入場無料を維持するその背景には、国民全体の福利厚生という理由のほかに、表だって議論しにくい別な理由があるのではないか、と勘繰ってみたくなるのです。一つ確かなことは、1980年代と2000年代では、イギリス博物館・美術館をとりまく「国際的」な環境が格段に違うということです。そうすると、国内向けの理由だけが議論されていますが、実は対外的な問題が背景の一つにあるのではないかと推測してみることができるように思われるのです。この憶測をもう少し敷衍してみましょう。

イギリスの美術館・博物館には、周知のとおり、大英帝国として世界に覇権を唱えていた時代をしのばせるに十分な、人類の貴重な遺産が世界各地から収集され、陳列されています。そのため、大英博物館は「強奪博物館」などという不名誉な呼び方もされています。そして、その少なくない展示品が、もともとそれらが存在していた国からの返還を訴えられています。大英博物館だけでも、ギリシャ(エルギン・マーブル)やエジプト(ロゼッタ・ストーン)、ナイジェリア(ベニンのプラーク)などから、返還請求を受けています。

この文化財返還(art repatriation/restitution)の圧力は、2000年代に入って強まっていると思われます。たとえば、文化財返還を迫るためのはじめての国際会議が今年4月にカイロにて25カ国の参加にて開催されたことは記憶に新しいところです(※11)。

こうした動きに対抗して、ルーブル美術館(フランス)やメトロポリタン美術館(アメリカ)などが連盟して署名した「普遍的博物館の重要性と価値に関する宣言」を出して、「普遍的博物館(Universal Museums)」なる概念を打ち出し、基本的には返還には応じないという声明を2002年に公表しています(※12)。イギリスはなぜか参加していませんが、実はこの宣言の作成は大英博物館が主導していたという指摘もあります(※13)。その骨子は、所蔵するに至った経緯が適法であることが望ましいが、あまりにも古いものは別に考えるべきだ、ということです。つまり、先進国の博物館が保管していなければ散逸・破損していたかもしれないこと、これまでのこうした文化財研究への貢献、これらの文化財は一国のものではなく人類のものであり現在の博物館・美術館にあれば世界中の人々が鑑賞できること、といった要因を考慮すべきである、という主張です。

つまり、「普遍的博物館」という考えは、博物館・美術館は現に今生きている社会のすべての階層の人々のために存在するとともに、博物館・美術館はまだ生まれていない未来のすべての人々のために存在する、それゆえ、この「普遍的博物館」として過去数百年にわたって貢献してきており、またそのノウハウもある先進国の博物館・美術館が所有している現状を今後も肯定すべきである、という論理だと理解できます。

文化財返還問題は、最近では、首相David Cameronの9月のインド訪問に際しても話題となりました。インド政府自体は静観しているものの、インド文化省の管轄下にある政府系機関the Archaeological Survey of Indiaや、インド系イギリス人である英国下院議員が、かのコーイヌール・ダイヤモンド(Kohinoor Diamond)(※14)の返還を訴えたのです(Daily Telegraph, 29/July/2010)。 

実際にインドのテレビ局のダイヤモンドを返還する考えはあるかという質問に答えて、首相は「これらの質問によって起こりがちなことは、もし肯定するならば、大英博物館は突然からっぽになるだろうということだ」と述べ、「・・このことは視聴者を残念ながらがっかりさせるだろうと思うけれど、今の状態のまま動かさない(stay put)ということにさせられねばならないだろう」と答えています(Daily Telegraph, 29/July/2010)(※15)。

さて、イギリス(あるいは他の先進諸国)がこれらの文化財をもともと存在していた国へ返還すべきかどうかは、難しい問題です。おそらく、植民地主義論や帝国主義論といった壮大な問題にもかかわるでしょう。少し狭く問題をとって法律論だけに絞っても、どの時点での所有権を正当とみなすのか、遡りすぎるとそもそも「所有権」という概念すらなかった可能性もあります。あるいは、所有権の移転(契約)の適法性の判断はどの法律や条約、判例に基づくべきなのか、ということも難しい問題でしょう。

もちろん、イギリス側は返還を拒む根拠として、取得の方法は適法だったということを譲ってはいません。また、返還はイギリスの国内法(たとえばthe British Museum Act 1963)に違反するので、法律を改正しない限り返還できないなどの理由をあげています。

また、上述した「普遍的博物館の重要性と価値に関する宣言」に述べられているように、より実際的な理由も強調されています。これまでの維持費用というものを勘案すべきではないか、こうした博物館・美術館が適切に保存してこなければこうした文化財は散逸してしまっていた可能性があるし、また、博物館・美術館にあって公開されていたからこそさまざまな研究が展開できたのだ、といったいわば「時効」という理由です。また、保存技術の優越性ということも理由にあげられています。これらは人類の宝であり、返還したところで、適切に保存し、次世代に伝えられないのではとても返還できない、という主張です。

ただし、返還を請求する側が経済力やその他の条件を整えてきて、保存技術や保存場所について遜色のないものを提供できるようになると、少なくとも保存技術の優越性という理由については説得力をうしなってしまいます。さらに「普遍的博物館」自体、返還を請求する側でも設立・維持可能だということになると、返還を拒む理由は「時効」に絞られてきます。そうすると、植民地時代や戦争中の被害にかんする賠償訴訟とも、少なくとも部分的には共通する土俵に文化財返還問題も乗ってくる、あるいはもともと共通した部分があるということがはっきりしてくる、ということになりそうです。

こうしたことを考えると、もう一つだけイギリスが明に暗に依拠しうる根拠があるとすれば「入場無料」ではないのかという憶測が浮かびます。ギリシャだけでなく、エジプトやインド、中国などからの返還請求の圧力が高まることが予想されるなかで、イギリスは「入場無料」という看板を維持することがかつてないほど重要になっているのではないのか、と想像をたくましくすることもできるのではないでしょうか。つまり、国内に向けた理由だけでなく、対外的な理由もあって「入場無料」を維持したのではないか、という。

もちろん、ルーブル美術館やメトロポリタン美術館は入場料を取っており(後者は任意の額)、返還を拒む根拠として、「入場無料」が「時効」や他の理由にまさる決定的な切り札となるとも思えません。また、入場無料政策は財源が入場料以外にある限りでできることです。それでも無料と有料との間には質の違いというか深い断絶があるように思われます。「入場無料」である限り、知識の公開性という人類の文明と科学の発展にもっとも資してきた、ルネッサンス以来の啓蒙思想・運動の核心に忠実であるという旗印をイギリスは主張できるように思われるからです。「われわれは2世紀以上にわたり博物館・美術館の入場無料政策をとって、文化財を適切に保護しつつも、その公開に努め、このことは教育や研究、ひいては人類の発展に寄与してきたと自負している。文化財返還を議論するならば、そのあたりも十分に考慮していただきたい」。

こう推論すると、はじめに述べたように、イギリスで美術館・博物館の入場無料政策が維持されたということは、少なくとも、今回の決定については、よくいわれるようなイギリスの文化意識の高さとか懐の深さといったことだけに帰することはできないのではないか、と考えてみることになります。途上国を中心とする文化財返還請求の波は、今後、高まることはあっても低まることはないのではないかと予想してみるとき、厳しい財政支出カットに反して不自然にも見える入場無料政策の維持は、世界中から集められた文化財をイギリスが所持し続けるための、崇高なエクスキューズであり、かつ、静かな布石であるように思えてくるのです 。(※16)


※1 戦没者追悼記念日は、第一次世界大戦が終了した11月11日にもっとも近い日曜日と定められています(今年は14日)。その日まで数週間、紙製の赤いポピー(ケシ)を胸につけて、第一次世界大戦だけでなく、それ以降すべての戦争における英国兵戦死者を追悼する慣習です。これは、退役および現役イギリス軍人を支援するチャリティ団体である全英在郷軍人会(the Royal British Legion)によるPoppy Appealという募金運動でもあります(http://www.poppy.org.uk/)。赤いポピーを用いるその由来は、第一次世界大戦中に激戦のあったフランドル地方の戦場地跡ではポピーしか育たず、延々と広がる墓標の下に咲くそのポピーを題材にしたJohn McCrae(カナダ軍従軍医)の「フランドルの野にて」という詩(1915)に由来しているとのことです。
※2 イギリスでは、6月の選挙により政権の座に就いた保守党・自由民主党の連立政府は、労働党政権時代の放漫財政を批判し、財政赤字を解消するため、公共支出の削減と財政収入の確保に取り組んでいます。そのため政権交代いらい、公務員制度や独立行政法人の改革、年金受給年齢の引き上げや付加価値税の引き上げなど、さまざまな政策が矢継ぎ早に発表されてきました。とくに、6月22日に発表された緊急予算も大幅な公共支出削減を伴うもので、さらに、政府は、その後も政府支出のチェックを行い各省庁の予算削減規模を決定すると述べていました。10月20日の議会報告は、この結果として、どのように財政赤字を削減するかについて議会にて報告したものです。
※3 そのほか、社会保障費180億ポンド削減、各省庁予算平均19%カット、地方自治体への補助金27%カット、高所得者向け子供手当廃止、192の特殊法人の統廃合といった内容です。HM Treasury (2010) Spending Review, 財務省のウェブからダウンロード可能(http://www.hm-treasury.gov.uk/home.htm)。
※4 先に引用したThe Economistは「それ(改革の方向)は基本的に正しい——ただし重要な条件がいくつかあるが」と評価しています(The Economist, October 23rd-29th 2010, p. 13)。有力各紙では、保守系The Timesも肯定的な評価です。他方で、労働党や自由民主党支持の読者層の多いといわれるThe GuardianやThe Independentは、懐疑的・批判的な論陣を展開しています。いずれも2010年10月21日付の紙面を参照。
※5 保守党の政策はウェブサイトにて参照可能です(http://www.conservatives.com/Default.aspx)。
※6 「学問好きなそして関心のある人々(studious and curious persons)」に対してはじめから無料で公開したと、大英博物館のウェブサイトで述べられています(http://www.britishmuseum.org/)。ただし、当初は、一日の入場者には人数制限があり予約制に近いものだったという意味で、訪れる人の階級は限られていたようです。
※7 1889年設立の博物館業界団体のウェブサイトより。The Museums Association, “The Impact of Removing Charges to National Museums”, (http://www.museumsassociation.org/publications/8120)。
※8文化、メディアおよびスポーツ省(Department of Culture, Media and Sports)のウェブサイトを参照(http://www.culture.gov.uk/index.aspx)。
※9 文化、メディアおよびスポーツ省のウェブサイトには訪問者の統計もあります。訪問者の数は予算の獲得と関係しています。博物館や美術館の修理や拡張には、1994年にスタートしたNational Lottery(国営宝くじ)による収入が使われており、くじの販売許可や収入の配分は、訪問者の数を重要な指標としているからです。National Lotteryのうち、博物館・美術館にとって重要なのはHeritage Lottery Fundであり、1994年から2004年で1ビリオンポンドを600以上の博物館・美術館に配分したとのことです。Selwood, S. and M. Davies “Capital Costs: Lottery Funding in Britain and the Consequences for Museums”, Curator, Vol. 48, No. 4, pp. 439–465。
※10 Martin, A. (2003) The Impact of Free Entry to Museums, (http://www.ipsos-mori.com/researchpublications/publications/publication.aspx?oItemId=541)
※11 The Conference on International Cooperation for the Protection and Repatriation of Cultural Heritage, 7-8 April 2010, Cairo, Egypt。
※12 “Declaration on the Importance and Value of Universal Museums”、以下のウェブからダウンロード可能(http://www.tomflynn.co.uk/UniversalMuseumsDeclaration.pdf)。
※13 Opoku, K. (2010) “Is the Declaration on the Value and Importance of the ‘Universal Museums’ Now Worthless? Comments on Imperialist Museology”, (http://www.museum-security.org/opoku_universal_museums.htm).
※14 インド亜大陸原産でインドやペルシャの歴代の王たちが所有し、ついには東インド会社が入手してヴィクトリア女王に献上された、かつては世界で一番大きかったダイヤモンドです。
※15 厳密にいうと、コーイヌール・ダイヤモンドは、大英博物館にあるわけではありません。冠にはめ込まれて王室にて保管しているとのことです。
※16 もちろん、経済の動向次第で、そして議論の潮目が変われば、近い将来、ふたたび有料化に舵をとる可能性も小さくはないと思われます。