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朝鮮労働党の権力後継

機動研究成果報告

2011年4月
この報告書は中間報告書です。最終成果は
中川雅彦 編『朝鮮労働党の権力後継』情勢分析レポートNo.15、2011年10月発行
です。
序章
転換点としての2010年(要約) pdf (15.4KB) / 中川 雅彦
2010年に、後継者といわれる金正恩が公の席に姿を現した。しかし、朝鮮側の公式メディアは後継問題そのものに言及することはなく、この人物が後継者であるとも述べていない。本研究は朝鮮民主主義人民共和国における後継者問題について、その後継者が引き継ぐものに焦点を当てるものであるが、まずは、その議論に先立って、そもそも後継者問題に関する基本的な情報の真偽を検証しなければならない状況にある。

現在の最高指導者金正日が金日成の後継者に決定したのが1974年2月13日であったことは当時秘密にされていた。この決定の伝達方法は、意図的に少数の人々に曖昧な形で伝達することから始まって段階的に情報を明確にしていくという特異なものであった。

金正恩の場合、最初の報道は2009年1月15日に聯合ニュース(韓国)であり、次に、韓国側で「親北的」といわれる月刊誌『民族21』6月号の特集であり、また、中国の『環球時報』、日本の新聞での報道に加え、一部の在日朝鮮人総聯合会の関係者に対して平壌から「後継者は血縁者である」ということが伝達された。このように外信報道や在日朝鮮人組織を利用した段階的な伝達方法は金正日の場合と基本的に共通しているといえる。

金正恩は公の席に姿を現してから、金正日の軍隊、企業などの現地指導にたびたび同行するようになった。2010年は、党内で金正日から金正恩への権力移譲の準備が始まった年であり、金正恩が公の実績作りに動き出した年であるといえよう。今後、徐々に、金正日の権限が金正恩に委譲されることになるであろうが、金正恩が最終的に引き継ぐのは政治理念や党組織だけではなく、国家の現状に関する責任も引き継ぐことになる。本研究では、政治理念や党組織の問題は第1章で、対外関係、国内政治、対外経済関係などの現状については第2章以降で扱うことになる。


第1章
本章は、金正日から金正恩への権力後継過程において、移譲される対象である政治理念とそれを実現するための組織に関して、その内容を明らかにしようとするものである。

金正日時代において構築された政治理念は先軍政治論であり、の内容は軍事力の強化をほかのすべての事柄に優先させるという内容である。そして、「先軍政治」とは、金日成の「先軍革命領導」を引き継ぐものであり、人民を金正日の政治思想に一元化すること、人民軍を中心とした軍事力を強化すること、経済各部門で生産を正常化して人民生活を安定させることによって「強盛大国」を実現する手段としての建設を進めるための政治方式であるとされた。憲法に「先軍思想」、党規約に「先軍革命」を書き込まれたことは、この先軍政治論を次世代の指導者に引き継がせることが意識されたものであった。また、先軍政治論には科学技術が「強盛大国建設の推進力」として位置付けられており、現在実施されている科学技術発展5カ年計画(第3次)を含む2022年までの「科学技術発展戦略」は金正恩に引き継がれることになろう。

2010年9月28日に開催された党代表者会は、党の最高機関の運営を正常化して、将来的に正規の手続きを経て金正恩を最高指導者のポストに選出させるための準備をするものであった。同日の党中央委員会全員会議で金正日の実妹である金慶喜が政治局委員になったこと、張成沢が政治局候補委員になったことは、今後、この2人が金正恩への権力移譲で重要な役割を担うことになるものと予想される。また、金正恩は他に役職を持たずに党中央軍事委員会副委員長に就任した。今後しばらくの間、金正恩が党中央軍事委員会の指導下にある人民軍、国家安全保衛部、党機械工業部に影響力を拡大していくことになろう。


第2章
国際的制裁と政策(要約) pdf (15.7KB) / 宮本 悟
本章では、国連安保理制裁決議と日米など各国の独自の措置によって成り立っている対朝制裁について、それぞれの制裁の目的や内容を分析することと、さらに制裁に対する朝鮮の政策を分析することで、国際的な対朝制裁とそれに対する朝鮮の政策の全体像を把握するための第一歩とする。

国連安保理制裁決議は核やミサイル、大量破壊兵器問題の解決を目的とした国際的な枠組みによる対朝制裁であるが、制裁品目は、核やミサイル、大量破壊兵器関連物資、武器、奢侈品などの分野に限られており、朝鮮経済に与える影響は小さいと考えられる。また、制裁措置を遵守しなくても罰則はなく、国連加盟国の過半数が制裁措置を報告していないので、制裁品目の取引は縮小しながらも続いていると考えられる。

アメリカによる独自の対朝制裁は、長期にわたって、数多くの法令によって実施されている。そのために、一つの法令の適用が外れても、他の法令によって同じ制裁が続くことがあり、解除は容易ではない。ただし、すでに長期にわたって徐々に実施されてきた制裁であるため、朝鮮経済に急に影響を与えるようなものではない。

日本による独自の対朝制裁は、核やミサイル、拉致問題の解決などに目的が限られ、少ない法令によって短期間で次々に実施されたものである。そのため、条件さえ整えば、制裁解除も比較的迅速に進むものと考えられる。ただし、制裁議論が活発になってから短期間で日朝貿易を全面禁止にしたため、朝鮮経済にも何らかの影響を及ぼしたと考えられる。

朝鮮は、それらの制裁に対して解除を要求している。その理由は、アメリカによる独自制裁の解除を優先させたことに現れたように、経済的な目的ではなかった。むしろ、アメリカとの関係を改善し、従来から要求している停戦協定を平和協定に代えるための布石と考えられる。また、朝鮮は、制裁の経済的影響については、2つの政策によって対応している。国連安保理決議による制裁品目については、決議を拒否して、取引を続けようとしている。また、朝鮮の一般経済に影響があったと思われる日本の対朝制裁については、制裁発動以前からあらかじめ対日貿易依存度を減らしたり、対中貿易を拡大したりして、制裁による影響を最小限に抑えていたと考えられる。

国連安保理制裁決議やアメリカと日本の対朝制裁は、それぞれ異なった目的と内容があり、国際的な対朝制裁をお互いに補いなっていると考えられる。しかし、制裁の本来の目的は、朝鮮経済に影響を与えようとすることで、政治的な目的を達成することである。その点で国連安保理決議による対朝制裁も日米による独自の対朝制裁も、まだ目的を達成していないといえよう。


第3章
朝鮮では、2009年11月30日から12月6日にかけて5回目の貨幣交換を実施した。本章では、この貨幣交換の内容をマクロ経済の動きとともに分析した。

朝鮮が貨幣交換を行なった最大の目的はインフレの抑制である。2003年から市場の形態を従来の農民市場から総合市場へと名称を変更すると同時に、取引品目も拡大する緩和措置をはかった。しかし、市場は計画外で運営されるので、そこで流通する貨幣の多くは、中央銀行に還流することなく、市場内に滞留することになる。そこに財政赤字によって「予備貨幣」が発行され、マネーサプライが増加した。貨幣交換は市場に流れた貨幣を回収する役割を持っていた。

今回、貨幣交換を断行した背景には、2008年から財政収支が黒字となったこと、工業部門などである程度、生産が正常化したことがある。

しかし、貨幣交換後の朝鮮経済は一定の混乱を伴った。その理由は食糧が十分に確保できていないことによる。そもそも、インフレの要因である市場が拡大した背景には食糧不足がある。人々のエンゲル係数が80%を超えていることは国連の調査でも明らかになっているが、その購入先として国営流通網が十分に機能していないが故に人々は市場に依存する。

したがって、今後の経済の安定は、食糧生産の動向に依存する。今回の貨幣交換にともない、農業管理制度の改編が行なわれた。その柱は、収穫にたいする国家納付が従来の固定制から変動制(収穫に応じた割合)に変わったことであり、リスク分散によるインセンティブの向上が期待される。また、貨幣交換により一定の資金が国家に集中した。これをいかに効率的に投資するかがポイントとなろう。


第4章
本章は、朝鮮におけるこれまでの対外経済政策の変遷過程を分析し、朝鮮が今後、対外経済関係にどのような活路を見出そうとしているのかを明らかにしようとするものである。

1970年代に西側からのプラント導入が開始されたが、オイルショックの影響もあり、対外債務問題が発生するという結果になった。このため、1970年代後半に貿易の多角化・多様化方針が打ち出され、1984年には合営法の制定、1990年代の経済特区設置に至った。ただし、こうした外資導入政策には科学技術導入という積極的な意味もあった。そして、近年の外資導入政策は、科学技術導入からさらに進んで「経済強国」建設という構想のなかに位置づけられている。

対外経済政策の原則に関しても近年「実利主義」原則という新たなものが加わった。「経済強国」建設構想と「実利主義」原則の追及の一つの形としては、朝鮮大豊国際投資グループの設置と「国家経済開発10カ年戦略計画」の策定がある。これは外資を導入しながら、インフラ建設、基礎工業、地域開発を進めていこうとするものである。その一方で、外資導入のモデルケースとして、エジプトのオラスコム・テレコム社の実例も表れた。同社との共同による携帯電話事業の成功経験を、今後の外資導入に生かしたい考えである。ただし、外資導入による開発が成功するには南北関係の緊張、経済制裁などといったカントリー・リスクの要素がどの程度払拭されるかがカギとなるであろう。


第5章
本章では、朝鮮の対外経済関係の現況と対外経済関係活性化への取り組みを分析する。

2009年の朝鮮の対外貿易は前年に比べ大きく減少したが、そのなかでも、中国、韓国が微減であったのに比べ、それ以外の国との貿易額は40%~70%超の大幅減であった。ただし、これを国連による経済制裁の強化の結果とみることには慎重さが必要である。

2010年に対中貿易は特に輸出が伸びたことで、往復で前年比29.3%増の34億7168万ドルとなり2000年以降最大の規模を記録した。これは2010年に2度行われた最高指導者の訪中に見られるような両国間の関係強化が反映されたものであると見られる。

対朝鮮投資では中国企業のみならず、EUをはじめとする多くの国も投資を行っており、分野も 金融、IT、製薬、物流など多岐にわたっている。また、携帯電話事業に参入したエジプトのOrascom社もある。

中国との貿易が2010年に大幅な増加したことや諸外国との合弁事業が継続していることの背景として、朝鮮が外資導入に向けて羅先経済貿易地帯の活性化、大豊国際投資グループの稼働、合営投資委員会の組織といった対外経済機構の改編を進めたことがある。一連の動きは、過去の外資誘致計画が一部企業への投資や経済特区のような特殊地域への開発投資であったのに対して、国内経済の基盤となるインフラの整備に大規模な外資を導入しようとしている点がこれまでのものと大きく異なるといえる。

対外経済関係の発展に関してそのカギとなるのは中国の動きである。2010年に入って中国は朝中経済関係に政府主導で乗り出すようになった。それは、中国側の東北地区経済振興計画が本格的に進められるようになったことと関係しており、朝鮮側もそれと連携して、中国とウィン・ウィンの関係を築き上げようとしている。