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図書館

アジア経済研究所図書館には、毎日さまざまな利用者が訪れます。ほぼ全館開架の書架から思わぬ大発見や収穫があるようで、大量の資料をコピーされている利用者も少なくありません。同じ資料でも研究の切り口によって、多様な活用方法があるようです。そこで、この連載では、さまざまな分野で活躍されている研究者の方々や現在勉強中の学生の方々に、そもそも「なぜアジ研図書館に通うのか」といったアジ研図書館利用の動機から、資料の見方、価値、活用方法など、それぞれの専門分野と絡めて紹介いただくことにしました。
  • このコーナーは雑誌『アジ研ワールド・トレンド』に好評連載中のコーナーをまとめたものです。
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「アジ研図書館を使い倒す」連載記事一覧

「重冨さんは(図書館の)ヘビーユーザーだったので」というのが、連載担当者からのメールに書かれていた執筆依頼理由であった。じつは、私は昨年三月まで三〇年近くアジ研に勤めており、その末期になると、時々図書館員から同じ言葉を聞かされていた。しかし「ヘビーユーザー」といわれると、少々戸惑いを感じる。本連載には、希有な資料をアジ研図書館にみいだし、それをむさぼり読む喜びを語る碩学がしばしば登場するが、私はそうした「使い倒し」方をしたことがない。私の専門はタイの農村社会研究であり、そのコアになる資料は、自分の足で集めたインタビュー記録なのである。
一九八五年に学卒でアジ研に入所し、韓国研究を拝命して三〇年が経過した。二〇一二年九月にアジ研を退職した後も国内客員研究員としてアジ研での活動を許され、アジ研どっぷりの生活を続けている。
私がアジ研での研究生活をスタートさせた頃、 韓国に関する資料を入手するのは容易ではなかった。新人研修で図書館の紹介があり、閉架の書庫を案内してもらった。いくつもの書架が韓国語書で埋め尽くされていたのには度肝を抜かれた。飴色に変色した解放直後の本から最新の資料までバリエーションが豊富であった。とくに非売品の政策資料の類がところ狭しと並んでいたのが興味深かった。
私はこれまで、インド東部のベンガル湾に面したオリッサ(現、オディシャー)州を中心とする歴史研究に従事してきた。オリッサ州はほぼ日本の東北から中部地方を合わせた大きさがあり、現在四二〇〇万人以上の人々が暮らしている。博士課程から現在まで、オリッサ州に関する一連の研究を続けていくなかで、アジ研図書館を何度か集中的に使わせてもらってきた。
はじまりは博士論文の方向性が決まった時点に遡る。現在までそうであるのだが、新しい研究テーマが決まると、まず訪れるのがアジ研図書館で、もはや研究の土台作りに欠かせない場所になっている。
この欄に寄稿の依頼を受けたのは、たぶん私がアジ研OBだからだろう、と書いたところで早くも手が止まる。私がアジ研に所属していたのはたったの三年間。これはアジ研の相場では試用期間に辞めたに等しい短さだ。本物のアジ研OBの大先輩の方々、現役のアジ研職員から「お前は違うだろ」とブーイングを受けるのではないかと自意識過剰に尻込みしている。
三年ごときの在籍で「OBです」などと公言しにくいのは、アジ研には独特の研究者養成法があるからだ。短い在職期間中に見知った限りでは、アジ研の研究者のライフコースとして次のような認識が共有されていたと思う。
私にとっての図書館とは、秘密基地のようなものだった。昔から私は足しげく図書館に通い、暇さえあれば本ばかり読んでいたように思う。飲食を忘れて一日中図書館に滞在していたことさえ少なくなかった。そこから得たものは少なくなかったが、ただ、それはどこまで行っても秘密基地であって、現実味をともなう実用施設としてのそれではなかった。
アジ研図書館を知ったのは、学部時代のゼミ見学の時だった。明るく開放的で居心地の良い空間はこれまでの図書館の印象を踏襲させたものの、私は、その蔵書、特に諸外国の様々な文献や資料の収蔵量とその多彩さに、これまで通ってきた図書館とは違う、専門分野を意識した施設だと感じた。
私は、二〇一四年三月末日までアジア経済研究所(以下、アジ研)に勤務していた。現在は別の機関に勤めているが、今もアジ研図書館にはたびたびお世話になっている。そうした私にとってのアジ研図書館の最大の魅力は、過去のアジアのデータが網羅的に所蔵されているという点である。
現在のアジアの低所得国の将来を考えるためには、先発ASEAN諸国の三〇年前の姿、アジアNIEsの五〇年前の姿を知ることが時に参考になる。すると一九六〇年代から一九八〇年代のアジアのデータが必要になる。しかし、そうしたデータは必ずしも容易にはみつからない。
日本とアジアの歴史的な関係は、戦前においては植民地支配や戦争、戦後は経済援助を通じて形作られてきた。それは、欧米諸国とアジアとの関係に比べても多様かつ刺激的なものであり、日本がアジア諸国へ与えた歴史的影響は決して小さくはないのである。
しかし、このような深い歴史的関係を現在の日本は上手く活用できていないようだ。それは、アジア専門のアーカイブズ(文書館)が、歴史的関係の深さに比べてあまりにも貧弱だということからもいえるのではなかろうか。
日本には、アジア研究を名乗る研究組織は数多くあるが、それは所属する研究員がアジアに関する研究をしているだけであって、研究の基礎となる資料を積極的に収集・公開しているわけではない。
アジ研図書館と出会ったのは、日本で修士論文を書いていた時のことだ。大学から片道二時間以上かけて通い続け、エジプトの新聞や雑誌などの史料を読みふけった。筆者にとってのアジ研図書館の最大の魅力は、中東地域に関する一次資料の豊富なコレクションだ。
アジ研図書館について語る前に、シリア出身の筆者のバックグラウンドを少し紹介したい。筆者は今、中東の政治、主に現代エジプトとシリアの歴史、政治および社会運動に焦点をあてた研究を行っている。シリアでは、ダマスカス大学で英文学を専攻していた。当時から常々政治学を学びたいと思っていたが、独裁体制で言論や表現の自由がない国で、政治学のような分野を自由に研究することはむろん不可能であった。シリアにいるにも関わらず、シリアや中東についての報道やアクセス可能な学術的知識は非常に限られたものだった。
私は、東京外国語大学大学院(以下、東外大)の修士課程に進学後、タイ東北部とラオスに居住するラオの人たちの地域芸能や伝統音楽に関する人類学的研究をしてきた。この学問分野に従事していると、大学院の長期休暇及び二年間の海外長期滞在の現地調査でタイやラオスの農村社会に赴き、村びとたちの食事をはじめとする日常生活から、地域芸能の公演現場、宗教行事、儀礼といった非日常の出来事まで、可能な限り村人の話を聞いてフィールドノートを取り続ける。さて、このように普段の研究生活では村落社会やコミュニティに定着して調査している者が、アジア経済研究所図書館(以下、アジ研図書館)という膨大な資料の宝庫をどのように活用することができるのであろうか。
拙著『帝国日本のアジア研究 総力戦体制・経済リアリズム・民主社会主義』(明石書店 2015年)で明らかにしたように、1958年に誕生したアジア経済研究所は、岸信介や三輪寿壮といった政治家、藤山愛一郎や植村甲午郎といった財界人、そして通商産業省や経済学者らによるネットワークの産物であった。多様なアクターの連結によって生まれる活動は、時に利害の対立を生みだすことがある。政財官学の結集により実現したアジ研の創設も、その例外ではなかった。それぞれの間、また各々の内部にも、さまざまな利害関係があり、研究機関をめぐる構想がいくつも存在した。そのようななかで、アジアについての知識・情報を集積する図書館をつくる、という方向性だけは誰からも共有された。以下、アジ研の来歴をふまえながら、アジ研図書館が誕生する過程をみることにしよう。
アジア経済研究所在職30年余りの途上国人口研究は、図書館の豊かな蔵書、とりわけ各国の人口センサス、統計調査資料や学術雑誌などが随時利用できるという恵まれた環境に支えられてきた。今のようにメールなど便利な手段がなかった時には、例えば統計資料は、直接各国の統計作成機関に出版状況を手紙で問い合わせ、購入、整理というライブラリアンの苦労により収集されたものである。1950年代以降、最新資料に至るまで時系列で途上国各国の統計資料がみることが可能な図書館は、アジア経済研究所をおいて日本はおろか、世界でも数少ないと思われる。未だ途上国の多くの統計は、正確性や完全性を欠くものも少なくなく、時系列で比較することにより、分析が可能となる。
アジ研の図書館といえば、大学で特定の専攻領域に関する研究を長年究めてこられた先生、その後に続こうとする若手研究者・学生向けの文献を所蔵している施設である一方、ビジネス関連の調査・研究に役立つ資料の蒐集には力を入れておらず、ビジネスパーソンには縁遠い存在と思われがちである。恥ずかしながら、私もつい最近までそのように誤解していた。
私は、一九九六年の入社以降、民間のシンクタンクで中国経済の調査・研究に従事してきた。入社当初こそ、向学のために、当時市ヶ谷にあったアジ研図書館を何度か利用したが、そうした印象を払しょくすることはできなかった。さらに、図書館が海浜幕張に移転し、オフィスから気軽に立ち寄れる距離ではなくなったこともあって、利用頻度は大幅に減少した。
アジ研図書館について話す前に、最初に筆者の経歴を説明したい。筆者は元々ジェトロ本部で採用され長年ブラジルを中心としたラテンアメリカ地域の調査業務に従事してきた。現在はアジ研地域研究センターに在籍しているが、これは研究業務を経験したいという希望があって異動したものである。外部の方から本部の「調査」とアジ研の「研究」は何が違うのかと聞かれることがある。実はこの問いは、東京・赤坂のジェトロ本部ビジネスライブラリーと、千葉・海浜幕張のジェトロ・アジ研図書館の違いを理解するうえで共通していると考える。
アジ研図書館は、市谷時代も利用させていただいた。私は読売新聞記者で一九七〇年代〜九〇年代、サイゴン、バンコクなど海外四カ所に駐在したが、その合間や二〇〇一年に定年退職するまで調査研究部門にいた時期、東南アジアを重点に情勢フォローを続けた。だから、市谷にもお邪魔し、勉強させてもらった。だが、図書館のかなりの〝おなじみさん〞になれたのは、アジ研が私の自宅から車で約一〇分の海浜幕張に移転し、私も大学教員に転じてからだ。国際問題を講義し、アジア、アフリカの問題を多く取り上げた。傍ら、カンボジアのポル・ポト革命や第二次大戦後北朝鮮に残された日本人や、日本の難民受け入れ問題などについて調査し、本を書いた。
私は、一九六〇年から二〇〇〇年のメキシコ政治を研究している。充実したメキシコ関連資料を所蔵しているアジ研図書館には、研究をはじめて以来、一〇年近く、ずっとお世話になってきた。例えば、日本ではアジ研図書館に唯一、メキシコの高級政治雑誌PROCESO や新聞Excelsior といった資料が所蔵されている。 これらの資料は、当時の時代背景を知るうえでの基礎になるものであり、日本国内で参照できることは本当にありがたいことである。基礎的資料だけではない。アジ研図書館には、数十年も前のメキシコ人政治学者や経済学者による研究書がコレクションされている。私にとってのアジ研図書館の最大の魅力は、この古い本のコレクションにある。
アジ研図書館の素晴らしさは、本の探索時に目が疲れにくいことだけではない。館内のパソコンで、キーワードを使い書物を検索し、その書物の蔵書場所にたどり着くことが可能である。また、その際、関連書物の存在も知ることができる。インドネシア語の資料も製本化されているので、目的の資料を探しやすい。おそらく現地には残っていないだろう古い時代の資料や、日本人の方が、どうやって調査・収集されたのかと思われるような調査・収集資料や分析資料が、飽きることなくみつかり、その量には、ただただ驚くばかりである。
アジ研図書館の魅力はもちろん設備面だけにはとどまらない。図書館の本質的な価値である資料の充実ぶりも大変に素晴らしい。とはいえ、図書館が所蔵する膨大な資料の全てを評価するのは到底無理な話であるから、ここでは筆者の専門分野である朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の公式文献について紹介したい。アジ研図書館に所蔵されている北朝鮮の公式文献は、その分量もさることながら、事典・年鑑・全集の類が網羅されているという点が特色である。
学術情報のみならず、社会全体における情報発信の電子化、情報蓄積のオンライン化にともない、現代は歴史ある大学図書館、専門図書館の大転換期にあり、世界中の図書館が現在その存立を賭して、変革をすすめている(ワールドトレンド二〇一四年四月号参照)。私が研究する東南アジアの政治について、アジ研図書館には他所にない貴重な蔵書が沢山ある事は周知のとおりだが、それを可能にしているのは、・・・
本稿を通して紹介したいことは大きく分けて二つある。ひとつは関西在住で私大の非常勤職員として勤めている立場からのアジ研図書館の利用について、もうひとつはアジ研図書館におけるネパール関連文献の充実ぶりについてである。 …略… 博士論文や投稿論文を書くには文献が必要である。そこで調べていたところ、ジェトロのビジネスライブラリーが大阪にあり、そこにアジ研から文献の取り寄せができるということを知った。アジ研図書館の蔵書の充実ぶりは知っていたが、遠方であるためなかなか利用できずにいた。しかし、大阪のビジネスライブラリーは比較的アクセスの良いところにあるため、非常勤の帰りに寄ることができる。
もやもやした気持ちで書き始めるのは落ち着かないので、最初にはっきり言ってしまおうと思う。私は三〇年あまりの間、研究者としての活動を、図書館を含む研究所の諸便宜によって支えていただいた。ライブラリアンの方がたのご苦労にも、多少は身近に接してきた。なによりも、その後もことあるごとに、図書館の豊かな蔵書の恩恵にあずかっている。「使い倒す」などというよりも、図書館は私にとっての「命綱」であり、「駆け込み寺」である。こだわり症の私を落ち着かなくしているのは、このシリーズの標題である。
ここ海浜幕張の「アジア経済研究所図書館」を初めて訪れたのは、もう一〇年ほども前でしょうか。「すごい図書館が幕張新都心にある」という話は以前から聞いており、ようやく開館日の土曜日に都合を合わせて来てみたのです。入ってまず「明るい!」という第一印象。トップまでの高い吹抜けを取り巻くように開架書庫がコの字型に配置されており、東側一面のガラス窓からフロア全体に明るい光が差し込んでいます。各階にある閲覧席は、席数も多くしかもゆったりと配置されています。そして開架書庫では数多くの書籍から、圧倒的な知のオーラが放たれています。
大都市に限らず、近代以降は都市化や工業化により各地域の土地利用が大幅に変化します。過去一世紀だけでなく、過去五〇年においても都市の郊外化や河川整備、農地拡大などによって地図表現も大きく変わってきたはずです。しかし一九六〇〜七〇年代の地形図は、各国における情報管理のためか、収集が進みませんでした。その時にアジア経済研究所図書館(以下、アジ研図書館)に、韓国の一九六〇年代の地形図があるという情報を入手しました。
アジ研の図書館は、サハラ以南のアフリカに関する資料を所蔵する図書館として、その資料の豊富さと整理の綿密さ、さらに閲覧システムが利用者にとって親切で、使い勝手のよさという点で際立っており、日本の大学図書館の追従を許さないといってもいいほどである。
関東一円で台湾史研究者(少なくとも私)にとって最も利用頻度の高い図書館は交流協会日台交流センター図書室とアジ研図書館であろう。とりわけアジ研図書館は清代から現代までをカバーするその蔵書量、なかでも台湾で出版された出版物を多く収蔵する点で大変使い勝手が良い。だがアジ研図書館の何よりの魅力は、原則全面開架式としている点であろう。
私はミャンマー(ビルマ、緬甸)の近代史を専門に勉強してきました。この道に足を踏み入れた最初の一歩が学部の卒業論文で、それ以来、アジ研図書館には大変お世話になっています。今も昔も首都圏でミャンマー近代史の史資料をまとめて所蔵している機関はそう多くありません。そこで、当時住んでいた場所からは少々遠かったのですが、卒論執筆のために、幕張に移ったばかりのアジ研図書館へ足しげく通って所蔵資料を閲覧することになりました。
北朝鮮は政治・軍事と経済が相互に密着した体制である。したがって北朝鮮の政治・軍事を知るうえでも経済を知る必要があり、また経済を知るうえでも政治・軍事を知る必要がある。アジ研図書館が所蔵する北朝鮮関連の資料は、経済のみならず政治・軍事にまで及んでいる。韓国側で発行された資料もある。つまりアジ研図書館は、北朝鮮研究を多角的に行う環境を備えている。
アジア経済研究所図書館の最大の強みは、世界中からの新聞の収集である。今ではどんな小さな政党の機関紙でも、インターネットで拾える時代だ。だが、つい一〇年前までは、「途上国で発行されている新聞、雑誌の現物をどう手に入れるか」が、研究者の最大の課題だった。
内外の図書館や公文書館でいつも思うのは、図書をはじめとする資料収輯と整理、公開利用の全過程に、関係者の方々のなみなみならぬ御尽力があるということです。とくにアジア経済研究所の図書館は、一利用者としてみると実に 周到なる知の集積への情熱を背後に感じながら、ここにしかない文献をコピーしたり、筆写したりする醍醐味を何回も経験させていただいてきました。
  • 第10回
  • 韓国社史・地誌の宝庫
    中川 雅彦(アジア経済研究所地域研究センター動向分析研究グループ長)2013年10月号(No.217)
韓国社史の収集は韓国の経済発展や企業研究のための資料として研究者の協力のもと一九九〇年代半ばから始められました。これらの資料は非売品のため入手が難しく、現地の古本屋や韓国書籍代理店を通じて継続収集に努めてきました。現在当図書館では、財閥や製造業、金融機関、新聞社などを中心に約六〇〇冊の韓国社史を所蔵しています。
私がアジ研図書館に通い続けている最大の理由は、世界でも稀なほど充実している統計資料を閲覧するためです。・・・私が所属する東京大学でも、東アジアの統計刊行物をある程度収集しています。にもかかわらず、私がアジ研図書館に通い続けるのには、ネットでは得られないとても重要な利点があるからです。
インドにおける人口関連統計は実に多く存在しており、刊行された統計から連続性と整合性を見出しながら分析するには、これらのコレクションが網羅されている必要がある。アジア経済研究所の図書館ではこれらの統計書が開架式で閲覧できる。
私はゼミ生を連れてアジ研図書館の見学を行う際には、彼らがそれらの一つ一つに手を触れる経験を重視している。学生達はレポートや卒論の作成を行う場合、「資料がない」という言葉をしばしば口にするが、アジ研図書館に来れば、少なくとも現代アジア・途上国に関する情報は豊富に存在している。
マイクロフィルムでは、当時の時間の流れに近いペースで、次のページにどんな記事が出てくるのか、わくわくしながら、現地紙を順に一枚一枚読むことができます。アジ研図書館で、いわばシンガポールの戦後史を深く旅することができるのです。
はじめのころは取り留めもなくアジアやアフリカの図書に触れていましたが、ふと在職中に書き留めていた備忘録があったことに思い当たりました。その備忘録は単なる書き散らかしでしたが、アジ研図書館に収納されている膨大な資料を見ているうちに、これらの資料の助けを借りて“何かシナリオ作りにつながらないか”と考えるようになりました。それからいっそう熱心に通うようになりました。
私は最近アジ研図書館に豊富に所蔵されている当代(現代)地方志(例えば『広東省志』、『浙江省志』、『山西省志』等)の人物志を閲読し、日本に留学した中国人をすべて拾い上げるという気の遠くなるような作業をすすめている。
アジ研図書館では古い新聞をマイクロフィルム化して保存してくれていて、これはたいへん役に立ちます。マイクロフィルムというと何か面倒な気がするかもしれませんが、アジ研では読み取りの機械も用意されており簡単にみることができます。現物の新聞よりむしろ場所をとらずに便利です。
アジ研図書館で私がよく実践するのが、とにかく書架を巡り、気になった本のページを手繰ることである。原 始的だがこうして出会った本に、久留島秀三郎の随筆集『つれづれに』がある。題名からではなかなか判断がつかないが、その周囲に中国・満洲に関する書籍が並んでいたので、「もしや」と思い手にしてみたのである。
40年間分の新聞を読むには現地に入って少なくとも1年は滞在しなければならない。それを覚悟したが・・・ そして、アジ研図書館。バングラデシュ建国の翌年から当新聞社が廃社(二〇〇八年)するまでの全新聞が見事に揃っていた。二〇一一年一二月から私のアジ研通いが始まった。