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開発の現場から

開発とエイズ —プロジェクト建設労働者をエイズから守る

田中賢子
2002年12月現在、世界でエイズ・ウィルス(HIV)感染者の数は4,200万人に達する。2002年の1年間にエイズが原因で亡くなった人々は310万人、新たにHIVに感染した人々は500万人(UNAIDS)、うち95%以上は開発途上国の患者である(WHO)。

筆者が勤務する国際協力銀行(JBIC)は、政府開発援助として円借款を主体とする有償資金協力を行っている。最近の特徴として、貧困削減・社会開発のための資金需要の増加、地球環境保全等の地球規模問題への対応の必要性の高まり等、各国の開発ニーズが多様化し、開発援助に求められる機能がますます多様化していることが挙げられ、冒頭で説明したエイズ対策もその例外ではない。とはいえ、平成14年度に新規承諾したプロジェクトの承諾額をみると、電力・ガス部門(全承諾額の37%)および運輸部門(同20%)等、比較的大規模な工事を伴う社会基盤整備への支援が依然として多く、保健・医療分野のプロジェクトの借款承諾額は、平成14年度までの累計でも全体の0.4%に過ぎない。しかし、エイズ対策は保健・医療分野を主眼としたプロジェクトにとどまらない。むしろ昨今の傾向としては、エイズ対策が主目的ではないプロジェクトにエイズへの配慮をいかに組み込むかということに焦点が当てられている。

本稿では、開発援助に求められる機能の多様化の具体例として、JBICが取り組んできたインフラ事業のエイズ配慮の在り方について述べたい。

●大規模な社会基盤整備事業とエイズ
HIVは一度感染すると、その患者は終生感染状態に置かれる。先進国の患者であれば高価な抗HIV薬を投与しつつ特効薬の開発を待つこともできようが、圧倒的多数を占める開発途上国の患者にはそれも難しい。よって、いかに感染を防ぐかが重要になるわけだが、特に潜在的に感染リスクが高い、いわゆる高リスクグループを対象とした感染予防が必要である。HIV感染の高リスクグループとして挙げられるのは、麻薬常用者や不特定多数のセックスパートナーを持つ人々ばかりではなく、大規模な工事を伴う社会基盤整備事業において労働者として従事する移動人口(mobile population)と呼ばれる人々も含まれる。

経済発展の著しい開発途上国において大規模な土木工事を伴うプロジェクトのために雇用される人々のなかには、事業実施地域だけではなくその国の他の地域や国外からやってくる人々が相当数含まれる。これが移動人口と呼ばれる人々であるが、彼らはHIV/エイズに関する知識も、教育水準も、話す言語すらもまちまちであり、定住者に比べるとエイズ対策を含めた社会福祉政策が一般的に行き届かない。他方、一定期間とはいえ彼らは安定した現金収入を持ち、所得水準はその国の公務員と比べてもずっと高いこともある。住み慣れた土地を離れ、家族からも離れて生活する労働者が、工事現場のすぐ近くに売春宿を見つけ、HIV/エイズに関する知識が十分でないまま感染のリスクを冒す。一見関連が薄いようにみえる大規模インフラ事業とHIV感染が密接に関係してくるのは、このような背景・可能性があるためである。また、仮に彼等がプロジェクトの建設期間内に感染して故郷に帰った場合、その故郷でさらにHIV感染が広まるという危険性もある。

●カンボジアへの30年ぶりの円借款供与とHIV/エイズ
日本政府は1999年、「シハヌークヴィル港緊急リハビリ事業」の浚渫工事やコンテナターミナルの建設資金等のため、カンボジアに対する30年ぶりの円借款供与を決めた。シハヌークヴィル港は首都プノンペンの南西約240キロに位置するカンボジアの主要港であり、円借款により現在増強工事が進められているコンテナターミナルが完成すれば、投資の呼び水となり、同国の経済発展に貢献することが期待される。

ところで、全世界で4,200万人にのぼるHIV感染者のうち、2,940万人(全体の70%)はサハラ以南アフリカ地域の人々であり、カンボジアの属する南・東南アジア地域は600万人(全体の13%)である。成人のHIV感染率でいえば、サハラ以南アフリカは8.8%、それに対して南・東南アジアは0.6%に過ぎない。しかし、カンボジアの成人のHIV感染率は2001年末の時点で2.6%(WHO調べ)と南・東南アジア地域でも突出しており、サハラ以南アフリカに次いで最も深刻といわれている。そのような状況を抱えるカンボジアにおいて、シハヌークヴィルはリゾート地としても知られ、港湾労働者や旅行者等の移動人口が常に流入する町である。従来シハヌークヴィルでのHIV/エイズ対策を支援してきた他ドナーは、日本の支援により実施される工事のため多くの労働者が新たに流入することによるHIV感染状況の悪化を懸念していた。

そこでJBICは、カンボジアの開発ニーズに応えるため、経済発展への貢献という当初の目的のみならず、HIV感染状況の悪化を未然に防ぐという社会配慮も念頭に置き、その方策を検討することとなった。

まず、土木工事の入札にあたっては、入札書類にいわゆるエイズ条項を盛り込んだ。エイズ条項とは、土木工事を受注するコントラクターに対しエイズ等の性感染症の予防および治療の実施を契約上義務付ける条項である。このエイズ条項に基づき、コントラクターは工事現場にファーストエイド兼性感染症クリニックを設置し、通常の怪我や疾病の治療だけでなく、初期の性感染症の治療やコンドームの頒布が行われている。また、コントラクターが労働者を集めて定期的に行う安全対策会議において、HIV/エイズ予防に関する基本的な知識や感染が疑われる場合の対処方法等に関するメッセージが繰り返し伝えられている。

また、プロジェクトの実施に先立ち、専門家の派遣およびNGOとの連携により二段階にわたる調査・対策が行われた。第一段階(2001年度—工事開始前)ではカンボジアおよびシハヌークヴィルの現状を踏まえて工事開始後に取るべきHIV/エイズ対策プログラムの実施計画が策定された。第二段階(2002年度—工事開始後)では、実施計画に基づき1年間のパイロットプログラムが実施され、コンドームの使用促進と啓蒙活動・イベント等を合わせて行う「ソーシャル・マーケッティング」、労働者同士の間でHIV/エイズ予防に関する知識を教え合う「仲間教育」、これら二つの活動を含むHIV/エイズ配慮の状況をモニタリングする「アドボカシー活動」等が行われた。一連のサポートは、事業実施主体であるカンボジア政府側の積極的な取り組みとエイズ予防に実績のあるNGOとの連携のもと、一定の効果をあげたと評価されている。JBICの支援する港湾工事の実施期間は約三年だが、うちパイロットプログラムは最初の一年間に実施され、その間にカンボジア側への技術移転がなされたため、今年4月以降はカンボジア側主導で活動が継続されている。

●今後の展望
以上、カンボジアを例にHIV/エイズ配慮について述べてきたが、このような移動人口を伴う大規模な社会整備事業は他にも数多くある。たとえば、タイ・ラオス国境の「第二メコン橋建設事業」においても、同様のHIV/エイズ対策が行われようとしている。このように近年、新規プロジェクトに関する情報収集の段階から、特段のHIV/エイズ対策を含む社会的配慮を行う必要があるかどうかが、検討されるようになってきている。

(たなかさとこ/国際協力銀行、開発スクール10期生)