開発をすすめるうえで最も重要なことのひとつは、地域間の格差を是正することである。一般に開発途上国では、地方の社会経済開発の機会は都市のそれと比べて少なく、都市と地方の格差は非常に大きい。地方により多く開発の機会を与え、それを効率的に活用するには、地方分権によって中央政府に集中している権限、機能、責任などを地方に委譲し、地方自治体が中心となって住民と共に開発に主体的に取り組んでいくことが必要である。
本稿では、アジア諸国のなかでも地方分権の歴史が古く、制度化が進んでいるフィリピンに焦点を当てる。筆者が国際協力事業団(JICA)専門家として2001年2月から携わっている「セブ州地方部活性化プロジェクト」を事例に、地方分権と地域開発について述べたい。
●フィリピンの地方分権
フィリピンでは1959年に最初の地方自治法が制定されて以来、地方分権化の試みが繰り返されてきた。マルコス政権下では、最小行政単位として市・町の下にバランガイが置かれることになり、1983年の地方自治法で州、市・町、バランガイの地方自治体としての権限や責任が規定された。
現在施行されている新地方自治法が制定されたのは、アキノ政権時代の1991年である。この新自治法の特徴は大きく分けて三つある。まず、(1)中央政府がそれまで有していた保健・医療、社会福祉、農業普及、環境保全、生活基盤整備などの地域開発事業実施にかかる権限や機能が大幅に地方自治体に委譲されたこと、次に、(2)地方税の拡大、内国歳入割当の増加、政府開発援助(ODA)受入れに関し地方自治体がドナーと直接交渉できるようになったことなど、地方自治体の財源の幅が増えたこと、最後に、(3)NGOや住民組織が地方自治体主体の地域開発に積極的に参加することを促進していること、である。このように新自治法は、フィリピンの地方分権化をより一層進め、地方自治体が中心となって地域開発を効率的に行い、地域間格差を是正することを目的にしているのである。
●地方分権化の問題点と地域開発
新自治法によって制度的には地方分権化が進んだとはいえ、現実には様々な問題が生じている。
新自治法の施行により、それまで中央政府が持っていた様々な地域開発に関する権限や機能が地方分権化によって大幅に地方自治体に移管されたが、以前は地方自治体が中央政府の実施する事業に主体的に関わることがなかったため、地方自治体にその経験やノウハウの蓄積がなく、効率的に事業が行われていない。また、地方自治体の財源の幅が増えたとはいえその調達手段は限られており、各地方自治体が十分な財源を有していない。
このように、地方自治体の行政能力と財源の不足が、地方自治体が効率的な地域開発を進めることを阻害している。
●セブ州の問題
ここで筆者が携わっている「セブ州地方部活性化プロジェクト」について述べよう。セブ州はビサヤ地域の中心に位置し、その人口は約340万人(2000年センサスによる)である。セブ州はセブ市をはじめとする6つの市と47の町から成っており、ビサヤ地域の産業、教育、交通の中心地である。その一方、州内では開発や投資の機会に関して、セブ市を中心とするメトロ・セブ圏とそれ以外の地域との格差が拡大している。
この格差を是正するには、地方自治体の地域開発のための、調整、計画、実施面での行政能力が必要となる。しかし、上位の地方自治体であるセブ州にも下位の地方自治体である町にも地域開発の経験やノウハウが不足しており、行政能力が不十分である。そこでセブ州政府は、地方分権と地域行政制度の整備により、都市と地方の持続的かつ均衡のとれた開発を進めるためのモデルとなりうる地域開発プロジェクトの構想を持つに至った。
●セブ州プロジェクトでの試み
このような背景から、1999年3月から5年間の予定で、フィリピンにおけるODA事業としては初めて、中央政府ではなく地方政府を実施機関とした「セブ州地方部活性化プロジェクト」が開始された。プロジェクトでは現在、地方自治体の行政能力を向上させ、地方自治体、住民、NGOと共同で生活基盤整備、生計向上の実践的事業を実施し、その経験やノウハウをセブ州全体で共有し、地域の開発資源を効果的に利用していくことを目標に、セブ州政府および町(自治体)を対象に様々な活動を展開している。
セブ州政府を対象にした活動は、主に州企画開発局の行政能力向上を目的としている。州企画開発局は企画課、調査・評価・統計課、特別プロジェクト課で構成されており、局長はじめ43名の職員が配属されている。主な業務は州開発計画などの計画事務および州開発事業に関わる総合調整であり、地域開発関連の統計データの分析、蓄積、更新、提供など、本来計画部局が果たすべき役割を果たしていないのが現状である。
このため本プロジェクトでは州政府に対し、州企画開発局の地域分析能力の向上、行政情報の収集・発信機能と町へのコンサルテーション機能の強化を中心とした活動を実施している。
セブ州の下位の地方自治体である町向けの活動の対象は、離島や山間僻地、または大土地所有制度が残っている等、貧困度の高いセブ州北部の20の町である。事業の中心は生計向上と生活基盤整備である。これら事業の実施に先立ち、町および事業の受益者となる住民と繰り返し協議を重ね、地域特性や住民ニーズに基づいた事業を発掘・計画している。協議は1~2週間おきに行われる。町との協議は、町長、町企画開発事務所、町農業事務所、町土木事務所からの代表者、州企画開発局職員で行われ、住民との協議は、住民組織メンバー、町の職員、州企画開発局職員で行われる。事業計画・実施にあたっては、州政府の農業や畜産といった各部局、関係省庁、大学、NGOなどとの連携を重視している。
本プロジェクトではこれまでに、ヤギや牛などの家畜飼育、沿岸資源管理、海藻養殖、練炭作り、野菜栽培、農業研修といった生計向上事業や村落給水整備、村落道路整備、職業・技術訓練施設整備といった生活基盤整備事業を実施してきた。この過程において、町に主体的に地域開発事業を実施させることで、町が持つべき行政能力の向上を支援している。
今後は、実施してきた事業のモニタリングを続け、適切な時期に評価を行い、事業実施によって得られた経験やノウハウを蓄積するとともに、セブ州全体で共有できるような開発情報のデータ・バンクを構築していく予定である。
本プロジェクトの実施期間はあと一年を残すのみとなった。本プロジェクトが地方分権化によって生じた問題を緩和し、セブ州政府および町の行政能力の向上に寄与することによって、都市と地方の均衡のとれた発展が実現できるよう、今後も活動を続けていきたい。
(やまぐちあや/「セブ州地方部活性化プロジェクト」JICA専門家/開発スクール第8期生)