●いま開発とは
開発という作業は、第二次大戦後の復興および旧植民地経済の自立という目的を持って始まり、現在まで半世紀にわたって続けられている。その間、日本やその他東アジアの一部のように、曲がりなりにも貧困から脱却した国もある。しかし世界の多くの国々には未だ貧困と呼ばれるべき状況があり、その状況の改善は当該国の努力だけで達成され得ないほど深刻で喫緊の課題である。それゆえ国際社会が協力して取り組むことが必要とされている。
もちろん、ここで言う開発とは野山を切り開くことばかりではない。発展途上国の人々は現状でもそれぞれに充実した日々を送っているかも知れないが、保健衛生、災害予防等々の面で生活を改善する余地がある。そしてそれらの改善の多くは当人達にとって喜ばしい変化である。開発とは、このような生活水準の向上のための物質的な改善や社会制度の変更の試みのことを言う。
●開発専門家とは
このような意味での発展途上国の開発に、これまで非常に多くの人々が関わってきた。当該国の人々は勿論のこと、外国人もそれに協力してきた。具体的には、各先進国の開発援助機関や国際機関およびNGOが開発に取り組んできたし、それらの機関から派遣される専門家が開発協力に従事してきた。専門家の分野は、保健・医療、農業、土木、廃棄物、ジェンダー等、多岐にわたる。日本の開発援助機関の代表は、無償資金協力と技術協力を担当する国際協力事業団(JICA)と有償資金協力を担当する国際協力銀行(JBIC)である。
個別分野の専門家はそれぞれの専門領域について深い知識を有する人々である。彼ら無くして、世界で開発された知識を途上国に有効に伝達することはできない。他方、援助機関やNGO、国連機関等の管理・事業部門で働く人々は開発全般についての専門家である。この後者の意味での専門家をここでは開発専門家と呼びたい。
では開発専門家が担うべき仕事とは何だろうか。それは一口に言えば、開発に関わる全ての人々に、必要な情報を共有させ、彼らの利害を調整し、合意形成に導くことを通じて、開発の成果を上げることである。
開発には、(1)受益者たるべき発展途上国の人々、(2)個別分野の専門家、(3)開発のために資金や物資を供与する国の国民、つまりスポンサー、の三者が関わっている。この三者は端的に言ってしまえば、それぞれに住む世界が異なり、互いの意図、背景、制約条件等々を理解し合うことが容易でない。
具体的に言えばまず第一に、発展途上国の人々の生活の実態を、援助国の人々や技術者が理解するにはかなりの努力が必要とされる。自然環境、周辺国との地理的関係、歴史的文脈、宗教による行動規範の違い等により、常識が異なる場合がある。第二に、個別分野の専門家がプロジェクトの現場で直面する技術的条件や制約はプロジェクトの対象とされる人々にとっても、また援助供与国の人々にとっても、理解し難いことがある。例えば専門家として派遣された産婦人科医がある妊婦にはどうしても帝王切開が必要だと判断した場合でも、その妊婦は医学的知識の無さから、自分の腹を切るということにどうしても同意できないかも知れない。また、そのような状況で家族の了解のみ得て本人の同意(インフォームド・コンセント)なしに手術をしなければならない場合があるということは、援助供与国の人々にとって理解しがたいことかも知れない。
第三に、資金を供与する側も多様な事情を抱えている。先進国といえども景気が後退すれば税収が減るので、政府開発援助に対する国民の支持が得にくくなる。同様に援助プロジェクトの実施にもコスト削減が求められ、結果として供与額が減少するかも知れない。そういう事情を援助受け入れ国側が十分理解してくれるとは限らない。このように、援助受入者、個別分野の専門家、ドナーの三者が、それぞれの事情を理解し合うことは困難である。開発専門家は、途上国の実情や専門家の技術、そして援助供与国側の事情を知る人間として、これら三者の間の情報の格差を埋め、合意を形成する触媒としての役割が求められる。
●拡大する開発の課題
このような役割を担う開発専門家に期待される役割は大きく広い。開発専門家には各国事情、産業・技術、援助機関の実情等の広範な知識が求められる。そのうえ現代の開発の課題の範囲は以前にも増して広がっている。表に国連のいくつかの機関を例示した。現在国連が武力紛争の裁判から麻薬等の薬物、環境、軍縮等々、戦後すぐの時期には開発の問題として扱われなかった数多くの課題に取り組んでいることがわかる。
このように開発の課題の範囲が拡大した要因は二つある。第一に、以前には存在しなかった新しい問題が生じたことである。例えば戦後まもなくは地球規模の温暖化が喫緊の課題ではなかった。エイズも1980代以降、問題が深刻化した。対人地雷も近年小型化が進んだことにより、被害が増すと同時に撤去がより難しくなったのである。
第二に、以前から重要ではあったものの、当初は適切な対処法が見つからなかったが故に有効な対策が取られなかったが、専門家の育成が進んだことによって現在では取り上げられるようになった課題がある。例えば、少年兵の存在はインドシナ戦争の時でも認識されていたが、大人が被るのより深い彼らの精神的傷を癒すためのリハビリテーションが武装解除後に本格的に取り組まれるようになったのはつい最近のことである。これには心理学の進歩がその背景にあるのであろう。また、近年、障害者の肉体的障害を様々な仕事・作業によって治療する作業療法士が専門家として途上国でも活躍しているが、これも医学の進歩によって可能となったのである。開発専門家はこのような新しい技術の進歩にも常に敏感であり、それらが途上国の人々の生活水準の向上に活かせるかどうか、注視していなければならない。
●IDEASの開発専門家養成
このような多様な領域をカバーする開発専門家が世界的に不足している上、日本人の開発専門家はそれに輪をかけて少ない、という認識から、アジア経済研究所は1990年に開発スクール(Institute of Developing Economies Advanced School: 略称IDEAS)を設立し、日本およびアジア諸国の開発専門家の養成に努めてきた。設立から12年を経過し、日本人卒業生(122名)の多くが開発の現場で多様な分野における国際協力に従事している。
そこで今後数回にわたり、IDEASの卒業生を中心とする開発専門家に寄稿を依頼し、開発の最前線の情報を伝えてもらうこととする。現場で次々に起こっている新しい問題と、それらに対して援助機関やNGO、国際機関等が行っている革新的な取り組みを伝えることにより、1人でも多くの読者が発展途上国の開発に興味を持ち、何らかの形で参画していただけるのであれば幸いである。
(やまもとかずみ/愛知大学教授・開発スクール初代学部長、やまがたたつふみ/開発研究部・開発スクール准教授)
表 国際連合機構図