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海外研究員レポート

南北の兵力引き離し――朝鮮半島の緊張緩和へ

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050630

2018年11月

2018年9月18~20日に韓国の文在寅大統領は平壌を訪問し、北側の最高指導者である金正恩国務委員長と会談した。文在寅と金正恩の会談はこれまで4月27日と5月26日に板門店で行われたが、緊急会談であった2回目は別として、最初の会談と同様に今回の会談は演出が凝ったものとなった。

今回は、政府関係者のほか、経済界からの17人を含む総勢200余人が随行するというこれまでにない規模での平壌訪問であった。また、訪問期間中、文在寅は韓国大統領として初めて平壌市民が約15万人集まった所(5月1日競技場)で演説し、民族の聖地としての意味を持つ白頭山にも登った。訪問の様々な行事は韓国のメディアを通じて生中継され、南北の和解の過程が進行中であることが世界に発信された。こうした演出は両首脳が南北の和解を多方面で進めていくという意思表示であるとともに、アメリカに対して米朝関係の改善に動くよう強く促すことを狙ったものであった。

写真:2018年9月の南北首脳会談の様子

2018年9月の南北首脳会談の様子

文在寅は訪問2日目である9月19日に金正恩と「9月平壌共同宣言」に署名した。この9月平壌共同宣言は、南北の軍事的敵対関係の終息や南北の経済の均衡発展に関する具体的な筋道を示し、また、ミサイル関連施設の廃棄や、アメリカが相応の措置をとるならば、という条件付きの寧辺核施設の閉鎖を明記したものである。これについて、内外の論者の関心は非核化が順調に進むかどうかという問題に集中している。

非核化の進展は今後の米朝交渉がどうなるかにかかっている。一方、南北の軍事敵対関係の解消については、「板⾨店宣⾔軍事分野履⾏合意書」が同日、宋永武韓国国防長官とノ・グァンチョル朝鮮人民武力相によって署名され、これから講じられる具体的な措置が明らかにされた。そして、これらの措置はすぐに南北双方が取り掛かることになっている。この合意書に関して、青瓦台の鄭義溶国家安保室長は「事実上の南北間の不可侵合意」であると発表した(19日鄭義溶青瓦台国家安保室長ブリーフィング)。

合意書の主な内容

9月19日に署名された「板⾨店宣⾔軍事分野履⾏合意書」の全文は『ハンギョレ新聞』2018年9月20日や韓国国防部ウェブサイトの「公示事項」に「板⾨店宣⾔軍事分野履⾏合意書および解説資料」(2018年9月19日付)として韓国側から発表された。

合意書の目的は南北間の軍事的緊張関係の緩和と信頼醸成である。主な内容としては、(1)11月1日から軍事境界線一帯で軍事演習を中止し、緩衝地帯、緩衝水域、飛行禁止区域を設定、(2)非武装地帯を「平和地帯」化、(3)北方限界線一帯を「平和水域」化、(4)軍事共同委員会を組織し稼動させること、などである。具体的な措置は以下のとおりである。

緩衝地帯に関しては、軍事境界線から5キロ以内で砲射撃訓練および連隊級以上の野外機動訓練を全面禁止する。緩衝水域に関しては西海(黄海)で南側は徳積島、北側は椒島までの水域、東海(日本海)では南側は束草、北側は通川までの水域で海上砲射撃および海上機動訓練を中断し、海岸砲および艦砲の砲口・砲身に蓋を設置することと砲門の廃止に関する協議を進める。飛行禁止区域に関しては、固定翼航空機は軍事境界線から東部地域で40キロ、西部地域で20キロ、ヘリコプターは軍事境界線から10キロ、無人機は軍事境界線から東部地域で15キロ、西部地域で10キロ、気球は軍事境界線から25キロに適用される。

非武装地帯に関しては、地帯内の監視哨所をすべて撤去するための試験的措置として軍事境界線から南北それぞれ1キロ以内にある哨所を撤収し、板門店共同警備区域を非武装化する。また、地帯内で試験的に南北共同の遺骨発掘を進め、地帯内の歴史遺跡の共同調査に関する軍事的保障措置を協議する。

北方限界線一帯に関しては、2004年6月4日に署名された「西海海上での偶発的衝突を防止」に関する合意を再確認して履行することや試験的な共同漁業水域を設置する。

こうした措置は一義的には南北の偶発的な軍事衝突を避けようとするものであり、将来的には双方の軍事縮小に繋がることを見込んだものとなっている。

平壌訪問結果に肯定的な世論

保守系の媒体は文在寅の平壌訪問に関して批判的な論調を発表しているが、その内容は2つの点である。1つは、非核化に関して、寧辺の核施設の破棄がアメリカの「相応の措置」という条件がついていることで、実際には大きな進展をもたらさなかったという評価である。そしてもう1つは、金正恩が非核化を進めるといった言葉だけで、軍事的緊張緩和に関する措置をとることは危険であるとする立場である。とくに、飛行禁止区域の設定は、韓米側が戦術偵察機や中型、大型の無人偵察機の戦力に関して圧倒的優位にあるのに、これらが非武装地帯を監視できなくなると、ソウル周辺を狙っている北側の長距離砲に対する監視や核ミサイルに対する対応が弱化するというものである(『朝鮮日報』2018年9月20日)。

しかし、世論は平壌訪問の成果に対して肯定的な反応を見せている。9月21日に実施された文化放送(MBC)とコリア・リサーチセンターの調査では、平壌での会談が「成果があった」とする肯定的な評価が82.4%で、否定的な評価が13.3%であった(22日MBC発表)。韓国放送(KBS)と韓国リサーチが9月21~22日に実施した調査では、平壌での会談の成果に「よくやった」とする評価が83.4%、「だめだった」とする評価は12.3%であった(24日KBS発表)。ソウル放送(SBS)とカンター・パブリックが20~21日に実施した調査でも、平壌での会談が「成果があった」とする評価が78.5%、「成果がなかった」とする評価が16.1%であった(24日SBS発表)。

こうした肯定的評価の強さは、兵力引き離しによって監視能力が低下するという軍事上の懸念が、韓国社会でこれまでのところ大きな力になっていないことを示している。韓国社会では、兵力引き離しが軍事的緊張緩和に貢献するという文在寅政権の主張のほうが説得力を持っているようである。また、共同宣言が発表されてすぐにアメリカのトランプが文在寅と金正恩の会談について「多大な成果があった」「とてもよい知らせだ」との評価を発表してこれを支持したこと(9月19日発ロイター)がそれを後押しすることになったと見られる。

著者プロフィール

中川雅彦(なかがわまさひこ)。アジア経済研究所在ソウル海外調査員。主な著作は『朝鮮社会主義経済の理想と現実――朝鮮民主主義人民共和国における産業構造と経済管理――』アジア経済研究所(2011年)等。

書籍:研究双書

書籍:情勢分析レポート

写真の出典

  • 2018年9月の南北首脳会談の様子:Blue House (Republic of Korea) [KOGL Type 1], via Wikimedia Commons.