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海外研究員レポート

ワシントンにある国際関係シンクタンクの潮流・系譜

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050627

2018年11月

はじめに

ワシントンには数多くのシンクタンクが集積する(しかしながら後述するように、ワシントンにシンクタンクが集積し始めたのは、1970年代以降であることは見逃すべきでない)。これらのシンクタンクは、レポート等の作成により政策立案を支援するための知識・知恵を生み出す場となっているとともに、政府幹部経験者を抱え込み、再登用に備える場にもなっている。

米国のシンクタンクを語る際によく聞かれる言葉が、保守系、リベラル系(あるいはネオコン系)という分類である。「〇〇研究所はリベラル系」、「トランプ大統領は保守系の研究所とも関係が薄い」というようによく使われはするものの、どのシンクタンクが保守系、リベラル系であるのか、多くの日本人にとってはあまりなじみのない問題である。

そもそも、保守、リベラル等の明確な定義を行うことは極めて困難な作業である。そのため、各シンクタンクの詳細な主義主張の分析から系統を分類するのは容易でないし、問題領域によって異なる立場をとるシンクタンクが存在しても不思議ではない。したがって本稿では、国際関係・外交政策に関係するヒューマン・ネットワークを見ることで、それぞれのシンクタンクの系統(民主党、共和党のどちらに近いか)につき、簡単な考察を行うこととしたい。

戦前に設立された老舗シンクタンク

20世紀初頭に多くのシンクタンクが創設された。当時シンクタンクは「学生のいない大学」(宮田2015)というような存在で、高度な研究の推進が主目的であり、政策提言に重きが置かれていたわけではなかった。老舗シンクタンクの多くは中立的立場を有しているといわれるが、現在では若干色がついているように見受けられるケースもある。

カーネギー国際平和財団(Carnegie Endowment for International Peace):

鉄鋼王として知られるアンドリュー・カーネギーが、第一次世界大戦がはじまる少し前の1910年に、戦争の廃止のために設立した。国際協調主義を重視するが、中道で、歴代幹部を見ても、共和党、民主党の両者と関係が深い。1970年にサミュエル・ハンチントンによって、ベトナム戦争に関する多様な見解を掲載することを目的として創刊されたジャーナルであるForeign Policyを1978年以降出版している。本部はワシントン。

ブルッキングス(Brookings):

1916年にロバート・S・ブルッキングスによって「政府活動研究所」として創立され、1927年に現在の体制となった。中立とは言われるものの、明らかに民主党政権と深いつながりがある。フランクリン・ルーズベルト政権(民主党、1933~1945年)のニューディール政策やトルーマン政権(民主党、1945~1953年)のマーシャルプラン策定に深くかかわった。ケネディ、ジョンソンと続いた民主党政権から1969年の政権交代で共和党のニクソン政権が発足すると、失職した民主党政策エリートがブルッキングスに移り「亡命政府」のような状態となった1 (後述するように、これが保守系シンクタンク設立の契機となる)(菅原2005)。ニクソン大統領はブルッキングスを政敵扱いしていたといわれる(Koncewicz 2018, 45)。現在の日本部長のミレヤ・ソーリス氏は2012年に着任したが、前職はAmerican Universityであり、政府関係者ではない。本部はワシントン。

外交関係評議会(Council on Foreign Relations: CFR):

セオドア・ルーズベルト政権(共和党、1901~1909年)で国務長官を務めたエリヒュー・ルートが1918年に設立したインフォーマルな会合が母体。会合関係者はベルサイユ講話会議にも参加し、イギリス側参加者と国際問題を扱うシンクタンクの重要性につき意見が一致した。これを受け、イギリス側では1920年にチャタム・ハウス(Chatham House)が設立された。米側では、1921年にはウィルソン政権(民主党、1913~1921年)の助言者たちもルートの会合に合流し、組織刷新され、外交関係評議会として設立された(ルートが初代議長)。共和党、民主党の両者を含む超党派の中道シンクタンクである。外交関係の最有力ジャーナルであるForeign Affairsを1922年より出版している。本部はニューヨークにあるがワシントンにも事務所を有する。

フーヴァー研究所(Hoover Institute):

技師・経営者であり、後に商務長官(1921~1928年)、大統領(共和党、1929~1933年)を務めたハーバート・フーヴァー氏が1919年に設立した。このような設立の経緯から、保守系シンクタンクの代表例とされる。ジョージ・W・ブッシュ政権(共和党、2001~2009年)で国務長官を務めたコンドリーザ・ライス氏は現在でもフーヴァー研究所の上級フェローである。現トランプ政権のジェームズ・マティス国防長官も就任前にフーヴァー研究所に在籍していた。西海岸のスタンフォード大学内に立地しているが、ワシントンにも事務所を有する。

戦後1960年代までに設立されたプロジェクト系シンクタンク

第2次世界大戦後1960年代までの間には、主として政府からの大口の委託研究によって運営される研究所が多く設立された。当然、政策に近い分野が研究課題となった。しかしながら、これら研究所のプロジェクトが結果としてある政治的党派を支援することになる場合はあったものの、研究所自身が党派性を露にすることはきわめて稀であったといわれる(中山2001)。

ランド研究所(RAND Corporation):

1946年に核時代のアメリカの安全保障のあり方を検討したダグラス社と米空軍の共同プロジェクト「ランド計画(Project RAND)」が立ち上がったが、1948年にダグラス社から独立した組織となった。政府より受注した大型プロジェクトを新たな分析手法を用いて政策提言してゆく新しいタイプのシンクタンクとなった。日本ではランド研究所として知られるが、もともとの英語名がRAND “Cooperation”であることも、プロジェクト受注が資金源であることを物語っている。ランド研究者の一部は1960年の大統領選では民主党ケネディ陣営に肩入れしたといわれる(宮田2016)。本部はカリフォルニア・サンタモニカであるが、ワシントン近郊のバージニア・アーリントン(ペンタゴンの所在地)にも事務所を有する。

ハドソン研究所(Hudson Institute):

ランド研究所で働いていたハーマン・カーンによって1961年に設立された。従って、(当初は)国防省からの委託研究を主な柱とする等、ランド研究所のビジネスモデルに倣ったが、スタンスは明らかに保守系であった。保守的なリーダーに与えられるハーマン・カーン賞の2013年の受賞者は日本の安倍首相であった(非米国人の受賞は初)。1984年にインディアナポリスに本部を移したが、2004年にワシントンに戻った。

ウィルソン・センター(Wilson Center):

ウィルソン大統領(民主党、1931~1921年)の掲げた理念を記憶にとどめるべく、1968年に設立された。平和主義的思想が強く、議会から資金を受けていることもあり、党派色は極めて薄い。しかしながら、トランプ政権発足後、大統領が議会からウィルソン・センターへの資金提供に対して不快感を示し一波乱あったことは、見方によっては、ウィルソン・センターは若干民主党寄りともいえるかもしれない(そもそもウィルソン大統領は民主党である)。各地域の研究者を集めたプログラム・研究所を有する。本部はワシントン。

1960~70年代保守系シンクタンクの台頭

1960年代になるといわゆるイデオロギー系シンクタンクが多く創設された。特に保守系シンクタンクの創設・強化が目立った。第一に、既存のシンクタンクがどちらかというとリベラル寄りであったことが挙げられる。1960年大統領選ではブルッキングス、ランドに肩入れされた民主党ケネディ候補が圧勝した。第二に、大学がそもそもどちらかというとリベラル寄りであった。つまり保守系政策エリートが集う場が必要だったのである。保守系シンクタンクは共和党レーガン政権下(1981~1989年)で特に重要な役割を果たしたといわれる。

アメリカン・エンタープライズ研究所(American Enterprise Institute: AEI):

実業家のルイス・ブラウンが1943年に設立したAmerican Enterprise Association(AEA)が前身で、1962年にAEIとしてシンクタンク機能が強化された。ミルトン・フリードマン等の学者を雇い入れ、保守的シンクタンクとしての名声を確立していった。1970年代末までに、AEIの予算はブルッキングスを上回っていたといわれ(宮田2015)、「保守派のブルッキングス」といわれるまでになった。メディアへの露出を通じて主張することに重点を置き、研究員を売り込むためゴーストライターを雇う等、極めて戦略的な活動を行っている(菅原2005)。本部はワシントン。

戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International Studies: CSIS):

1962年にジョージタウン大学内に設立され、後に学外組織として発展した研究所。そのような経緯から、政党色はそれほど強くなく、民主党・共和党両方に人材を供給してきた一方で、保守的と言われることもある(Filler 2000)。ジョージ・W・ブッシュ政権(共和党、2001~2009年)で、アメリカ国家安全保障会議(NSC)の日本・朝鮮担当部長、アジア上級部長を歴任したマイケル・グリーン氏が現在のJapan Chairである。しかしながら現在のPresident兼CEOは2000年に就任したジョン・ヘイムリ氏であり、クリントン政権(民主党、1993~2001年)で国防次官、国防副長官を務めている。戦略研究の有名ジャーナルであるWashington Quarterlyを出版してきた2 。本部はワシントン。

ヘリテージ財団(The Heritage Foundation):

1973年創設。機関のホームページで「自由な企業活動、個人の自由、伝統的なアメリカの価値観、強固な防衛力」の原則を促進することが目的であると明記しているように、保守的なシンクタンクの代表例である。発足当初より政策にインパクトを与えることを目的化し、研究論文よりもむしろ短いポリシー・ブリーフを最重要視している。レーガン政権(共和党、1981~1989年)発足に大きな役割を果たし、当政権のバイブルといわれた「リーダーシップのためのマンデート(Mandate for Leadership)」を1981年に出版した。絶対数としては少ないものの、現トランプ政権に最も多くの人材を供給しているシンクタンクといわれる(宮田2017)。本部はワシントン。

ケイトー研究所(Cato Institute):

1977年にサンフランシスコで設立されたが、1981年にワシントンに移転した。個人の自由・小さな政府を重視し、特に経済的には保守的である。外交政策については介入主義的である湾岸戦争・イラク戦争に批判的であったという例もあり、必ずしも共和党政権の政策を常に支持しているわけではない。

ピーターソン国際経済研究所(Peterson Institute for International Economics: PIIE):

外交関係評議会やブルッキングスで経歴を積み、カーター政権(民主党、1977~1981年)で財務次官等を務めたフレッド・バーグステン氏が1981年にInstitute for International Economics(IIE)を設立(設立前バーグステン氏はカーネギー国際平和財団に在籍した)。2006 年にニクソン政権(共和党、1969~1974年)で商務長官を務めたピーター・ジョージ・ピーターソンにちなみにPIIEに名称変更した。しかしながら組織としてはバーグステン氏の個人商店の色彩が強い期間が長かったため、民主党色が強い。本部はワシントン。

1990年代末以降:リベラル系の再興とシンクタンク「的」活動団体の台頭

1970年代以降の保守系シンクタンクの台頭を背景に、1990年代末になりようやくリベラル系が覚醒し、多くのリベラル・シンクタンクが設立・強化されたといわれる(宮田2016)。さらに極めて活発に政治的活動をするシンクタンク的団体も増えた。従来シンクタンクは内国歳入庁第501条(c)項3号団体で、高い公共性を有し政治活動が制限されることと引き替えに、法人税免除や寄付金控除という優遇が与えられる。501条(c)項4号団体は、優遇は法人税免除に限られるが、政治的活動が許される(宮田2015)。一方で新設されたシンクタンクの一部には迷走しているものもある 3

アメリカ進歩センター(Center for American Progress: CAP):

クリントン政権(民主党、1993~2001年)で首席補佐官を務めたジョン・ポデスタ氏が2003年に設立したリベラル系のシンクタンク。系統は異なるものの、ヘリテージ財団をモデルとしていたといわれる。ポデスタ氏はオバマ大統領当選後の政権移行チームの共同議長に就任し、オバマ政権では多数のCAP関係者が幹部として登用された。2009年1月には「Change for America」を出版し、オバマ大統領の政策を支援した。CAPは創設と同時に501条(c)項4号団体であるCAPアクションファンド(Center for American Progress Action Fund)を併設している(宮田2015)。本部はワシントン。

新アメリカ安全保障センター(The Center for a New American Security):

クリントン政権(民主党、1993~2001年)でアジア・太平洋担当国防副次官補を務めたカート・キャンベル氏が中心となって2007年に設立された。キャンベル氏はオバマ政権(民主党、2009~2017年)では東アジア・太平洋担当国務次官補に就任した。なお、キャンベル氏はCSISに在籍した期間もある。新参ではあるものの、注目度が高いシンクタンクとなっている。本部はワシントン。

なお、古参シンクタンクの中にも501条(c)項4号団体を併設する動きがみられる。例えば政策にインパクトを与えることを目的化しているヘリテージ財団もさらに活発な政治活動・ロビーを行うため、2010年にヘリテージ・アクション・フォー・アメリカ(Heritage Action for America)を設立した(宮田2015)。

おわりに

以上、アメリカにおけるシンクタンクの潮流・系譜についてみてきたが、大きな流れを説明するには、需要と供給の両面からの考察が有益であろう。そして、需給の影響を受けるシンクタンスの盛衰を理解する際の大前提は、シンクタンクが民間であることである。これは有力シンクタンク(特に国際関係系)が政府系である日本や、ドイツのように政党(政府でない)付属のシンクタンクが有力である国とは大きく異なる。

供給面からは、大統領選挙で敗北した政党の「失職」した幹部が自前のシンクタンクを創設するという事例が極めて多くみられる。多くのシンクタンクの系統が創設者の政治的経歴の影響を大きく受けている点は否定できない。また、政治的野心のある大富豪がシンクタンク創設を資金面から支援することが多い。鉄鋼王カーネギーが設立したカーネギー国際平和財団はそのはしりであるが、近年ではグーグルと密接な関係にあったニュー・アメリカ財団も一例として挙げられよう。

需要面としては、霞が関の官僚機構が中立的なシンクタンク的機能を有する日本とは異なり、官僚制が比較的脆弱な米国においては、政策立案においてシンクタンクからのインプットが必要とされる。また、時代の流れとともにシンクタンクに求められる活動は変化するものの、既存のシンクタンクでは不十分となることがあり、その満たされない需要を埋める必要が生じ、新規参入の機会がある。最近の501条(c)項4号団体の創設はその典型であるが、1970年代のアドボカシーに力点を置いた保守系シンクタンクの創設も老舗のフーヴァー(在カリフォルニア)のロビーが十分ではなかったことが遠因にあるといえよう。さらに、対抗勢力(共和党対民主党)とのバランスをとるために、より強力な(過激な)シンクタンクが必要とされるという側面がある。1970年代の保守系シンクタンクの創設は、リベラル系(リベラル化した)のブルッキングス、ランドに対抗するためであり、さらにそれに反応する形で、「活動する」リベラル系シンクタンクが1990年代末以降勢力を増した。


最後に感想となるが、筆者はかつてのアメリカのシンクタンクを知るわけでないので比較はできないが、様々なイベントでの議論を聞いて感じることは、内容が近視眼的で、あまりにも現状に振り回されているという点である。需要側である政治・聴衆の劣化もあるのかもしれないが、供給側であるアメリカの知的エリートの劣化もあるのかもしれない。あるいは、これはシンクタンクの非エリート化かもしれない。

最近のシンクタンクの活動の活発化には目を見張るものがあるが、長期的視野に立てば、シンクタンクが学術よりも活動に重点を移してきたのはここ百年の趨勢であることは忘れてならない。この傾向が長期的に見て政策の質向上に貢献しているのか、必ずしも自明ではない。この観点からは、中立的なシンクタンクとして挙げられる交関係評議会、カーネギー国際平和財団、CSISはいずれも極めて有力なジャーナルの発行主体となっていることは興味深い。また、「シンクタンクはワシントン」という考えも1970年代以降のことであり、シンクタンクの古株は必ずしもワシントンに位置せずに(外交関係評議会、フーヴァー、ランド等)、政治から一定の距離を保っていた点も見逃すべきではない。「しがらみ」に慣れきって商売してきた既存シンクタンクが、しがらみを気にしない政権の発足によって右往左往しているようにも見受けられる。既存のシンクタンクに不満を抱き、政策インパクトよりも研究の推進(大学との差別化を図ったうえで)に注力するようなかつてのような本流のシンクタンクを作ろうという動きがないことも、米国の国力低下を反映しているように思えてならない。

謝辞:本稿の執筆にあたっては、松本明日香氏(ジョンズホプキンス大学高等国際関係大学院客員研究員)から貴重なコメントを受けた。 

著者プロフィール

浜中慎太郎(はまなかしんたろう)。アジア経済研究所海外研究員(在ワシントンDC)。専門は国際関係論、国際政治経済学。

参考文献

  • 菅原出 2005. 「米国の対中東政策を左右するシンクタンク事情――影の主役の興亡」『石油・天然ガスレビュー』2005年9月
  • 中山俊宏 2001. 「保守系シンクタンクの台頭の背景とその役割」『米国内政:共和党――現状と動向 研究会報告書』日本国際問題研究所
  • 宮田智之 2017. 「トランプ時代の保守系シンクタンク」『平成29年度外務省外交・安全保障調査研究事業 トランプ政権の対外政策と日米関係』日本国際問題研究所
  • 宮田智之 2016. 「2016 年大統領選挙と保守系シンクタンク」『平成28年度外務省外交・安全保障調査研究事業 国際秩序動揺期における米中の動勢と米中関係:米国の対外政策に影響を与える国内的諸要因』日本国際問題研究所
  • 宮田智之 2015. 「米国シンクタンクの501(c)4団体化とその背景」『平成27年度外務省外交・安全保障調査研究事業 国際秩序動揺期における米中の動勢と米中関係:米国の対外政策に影響を与える国内的諸要因』日本国際問題研究所
  • Louis Filler 2000. Dictionary of American Conservatism: A Complete Guide to Issues, People, Organization and Events. New York: Philosophical Library, Inc.
  • Michael Koncewicz 2018. They Said No to Nixon: Republicans Who Stood Up to the President's Abuses of Power. University of California Press.

  1. 1933年以降1969年までの間、共和党が政権を握ったのはアイゼンハワー政権のみである。
  2. 現在はショージワシントン大学(在ワシントン)に出版元が移っている。
  3. 1999年に設立されたニュー・アメリカ財団(New America Foundation)はグーグルと親密であったが、グーグルを批判した社員を解雇する等のスキャンダルに見舞われた。