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海外研究員レポート

インドネシアの配車アプリGO-JEKが展開するラマダン向けサービス

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050430

土佐 美菜実

2018年7月

市民権を得た新たなサービス

筆者が暮らすインドネシア・ジョグジャカルタは、ジャワ島の南岸に位置するのどかな街である。近郊に世界遺産のボロブドゥール遺跡などがあることから観光地としても有名だ。近年では巨大なショッピングモールやホテルの建設が盛んだが、一方で赤茶色の瓦屋根が特徴の、昔ながらの家屋が立ち並ぶところも多く残っており、その牧歌的な雰囲気が訪れる人を和ませてくれる。

この街における主要な交通手段はバイクまたは自動車である。たくさんの大学が立地し、学生の街としても知られるジョグジャカルタでは、毎朝バイクで通学する大勢の学生の姿を目にする。ところが、筆者はバイクも自動車も所有していない。それでも筆者がとくに困ることもなく生きていけるのは、配車アプリが生活に必要なさまざまなサービスを提供してくれるからである。アプリの基本機能はバイクタクシーの配車だが、移動手段の確保だけでなく、料理の配達サービスとしても頻繁に利用している。この街には手軽に食事をすることができる飲食店が豊富に揃っているうえ、一見このようなサービスとは無縁と思える小さなお店でも配車アプリと提携している場合が多いためだ。なかでも、圧倒的なシェアを誇るのがインドネシア国内で誕生した配車アプリサービスGO-JEKである。インドネシアでバイクタクシーはオジェックと呼ばれ、庶民の足として親しまれているが、2015年よりアプリケーションを使ったオジェックの配車サービスを始めたのがこのGO-JEKである。

写真:インドネシアで最も有名なGO-JEK(筆者撮影)

インドネシアで最も有名なGO-JEK(筆者撮影)

写真:配達サービスと提携していることを示す看板(筆者撮影)

配達サービスと提携していることを示す看板(筆者撮影)
ラマダンとGO-JEK

インドネシアは国民の約9割がイスラームを信仰している。2018年は5月16日~6月14日がラマダン月となり、ムスリムにとって日の出から日没まで飲食等の行為を慎む宗教的に特別な期間であった。さらに、ラマダンが終わると同時にレバラン(断食月明け大祭)を迎え、地方出身者は祝日と休暇を組み合わせてそれぞれの故郷に帰省し、家族や親族と一緒に過ごすのが慣例である。この期間、GO-JEKではラマダンおよびレバランに関連したサービスが多彩に展開されていた。以下では、そのいくつかを紹介したい。  

ムスリムが行う1日5回の礼拝の時間帯は、日の出と日の入りの時間によって決まっているため、日によって、そして場所によって異なる。GO-JEKでは、ラマダン期間中のみ自分が住んでいる地域のその日の礼拝時間がアプリ内で簡単に確認できるようになっていた。もちろんそれだけでなく、最寄りのモスクの場所を見つけ出し、配車してくれるサービスも提供されていた。

写真:位置情報をONにすると近くのモスクが表示される。

位置情報をONにすると近くのモスクが表示される。

写真:現在地からのルートや料金が表示される。

現在地からのルートや料金が表示される。

また、ラマダンは、ムスリムの5つの義務行為、いわゆる五行のひとつであるザカート(喜捨)を積極的に実践する時でもある。この時期、国内のザカートを管轄する公的組織である全国ザカート管理庁(Badan Amil Zakat Nasional: BAZNAS)とGO-JEKの協同によるザカートの送金システムがジャカルタ首都圏の地域に限定して用意されていた。GO-JEKはすでに独自の電子マネー・システム、GO-PAYを利用者に提供しており、このGO-PAYを通じてオンラインでザカートを払うというサービスである。専用のQRコードをGO-JEKのアプリケーションから読み取ることでGO-PAYの残額よりBAZNASへザカートを簡単に送金することが可能だ(http://pusat.baznas.go.id/berita-utama/baznas-dan-go-pay-luncurkan-sedekah-kode-qr/)。

これ以外にも、GO-JEKのサービスのひとつである、映画やイベントなどのチケット手配サービス、GO-TIKを使って様々な慈善活動に寄付を行うことができる。NGO団体「ザカートの家」(RUMAH ZAKAT)やユニセフなどと提携したこのサービスでは、各活動とそれに対する寄付金額が設定されており、それらを購入することで当該団体の活動を支援する、という仕組みになっている。

写真:寄付関連のGO-TIKコンテンツが並ぶ。

寄付関連のGO-TIKコンテンツが並ぶ。

写真:断食明けの食事(イフタール)を配る活動への寄付。一口35,000ルピアから。

断食明けの食事(イフタール)を配る活動への寄付。一口35,000ルピアから。
日本のお年玉と同じように、インドネシア人にもレバランで故郷へ帰省した際に子どもたちへお金を渡す習慣がある。この習慣を含め、レバランは物入りなことが多い時期となることから、インドネシアではレバラン前にTHR(Tunjangan Hari Raya)と呼ばれるボーナスを勤め先が支給することが法律上定められている。このTHRがインドネシア版お年玉の主たる資金源となるのだが、これを先述の電子マネー、GO-PAYで渡してしまおう、というキャンペーンが行われていた。従来、大人たちはレバラン前に銀行へ赴き、お年玉用に現金を少額の、さらにきれいな紙幣に変えて用意しておかなければならない。こうした煩わしさがなくなる、というのがこのキャンペーンのうたい文句である。

写真:THRをGO-PAYで送りましょうと宣伝する広告

THRをGO-PAYで送りましょうと宣伝する広告(https://www.go-jek.com/blog/kirim-thr-cara-baru-pakai-go-pay/)。
おわりに

今回紹介した各サービスは、世界的には必ずしも真新しいものではないだろう。中国のお年玉、紅包でも電子マネーが流通しているし、ザカートに関して言えば、今やインターネットバンキングでの支払いが可能な時代だ。ただ、驚きなのはバイクタクシーの配車サービスから始まったGO-JEKが、インドネシア人の生活ニーズに合わせて新たなサービスを次々と展開していくその身軽さである。

筆者はまだ現金・手渡しが根強い日本から来たせいか、GO-PAYを利用したお年玉に幾ばくかの味気無さを感じてしまったが、こうしたかたちもいつか当たり前になるのかもしれない。

著者プロフィール

土佐美菜実(とさみなみ)。ジェトロ・アジア経済研究所海外研究員(在ジョグジャカルタ)。