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海外研究員レポート

南北対話の再開

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050357

2018年3月

南北対話はなぜ再開されたのか

2017年5月に就任した韓国の文在寅大統領は朝鮮民主主義人民共和国(以下、「北側」)に対して7月17日に軍事当局会談と赤十字会談の開催を提案し、8月15日に平昌オリンピックへの参加を呼びかけた。2017年が終わるまで平壌からは何の反応も返ってこなかったため、韓国側の人々は、核実験とミサイル試験発射を繰り返す北側の指導者が文在寅政権との対話にまったく興味を持っていないものと思っていた。ところが、2018年1月1日に、北側の最高指導者金正恩が韓国江原道平昌で開かれる第23回冬季オリンピックを「民族的大事」と修辞してこれに参加する意向を表明し、南北関係改善への意欲も見せたことは、韓国側の人々を驚かした。

韓国政府の反応はすばやく、翌2日には文在寅大統領が閣僚に対して南北対話の早期再開を指示し、韓国政府は北側に高位級会談を開催することを提案した。3日には板門店の南北直通電話が23ヶ月ぶりに開通し、9日に趙明均韓国統一部長官と李善権祖国平和統一委員会委員長とによる高位級会談が開かれ、2月25日のオリンピック開幕式に金与正朝鮮労働党第1副部長が出席、閉幕式に北側の金英哲党統一戦線部長が出席し、文在寅とも会見した。3月5日には、文在寅の特使が平壌を訪問し金正恩と会見、8日にワシントンでアメリカのトランプ大統領と会見し、4月末に文在寅と金正恩の会談、5月にトランプと金正恩の会談が実現する見通しとなった。

写真:北側の最高指導者金正恩と韓国特使団との会見

北側の最高指導者金正恩と韓国特使団との会見

南北関係の急速な改善の動きについて韓国側の世論も肯定的である。世論調査機関リアルメーターが1月4日に実施した調査では76.7%が北側のオリンピック参加を支持しており、反対は20.3%であった(『国民日報』[韓国]2018年1月5日)。そしてリアルメーターが3月7日に実施した調査でも、特使訪問時の合意について「肯定的にみる」が60.3%、否定的にみるが31.5%であった(『京郷新聞』2018年3月9日)。また、世論調査機関韓国ギャラップが9日に発表した調査では、「文在寅が大統領としての職務をうまく遂行しているとみるか」との質問に回答者の71%が肯定的、「うまくやっていない」との回答は22%、肯定評価の理由は「南北対話の再開」が18%で最多であった(9日発「ニュース1」)。

世論調査の結果とともに、韓国の新聞や雑誌では南北対話の進め方に関して積極論や慎重論など様々な研究者の見解が表明されている。そのなかには、今回の南北対話がなぜこの時期に再開されるようになったのかという重要な問題に言及するものがある。その一つは、これまでの経済制裁が金正恩を対話に引き出したという説である。

経済制裁効果論

経済制裁が金正恩を対話に引き出したという見解で代表的な論者はソウル大学校の金炳椽教授である。金炳椽教授は1996年にオックスフォード大学で経済学博士の学位を授与され、旧ソ連圏の経済に関する研究に従事してきた経済学者である。前の朴槿恵政権で2014年から大統領直属の統一準備委員会経済文化委員会の専門委員を務め、また、2017年にはケンブリッジ大学出版社から『北朝鮮経済のベールを剥ぐ』という著書(Kim, Byung-Yeon, Unveiling the North Korean Economy: Collapse and Transition, Cambridge University Press, 2017)を刊行している。

金炳椽教授は、南北対話再開の動きが始まるとすぐに、『中央日報』2018年1月3日で「金正恩の誤判」と題する評論文を発表し、金正恩と北側の政権に対する自身のイメージを描いた。それは、(1)金正恩は、アメリカはまともな制裁案を作ることができず、中国は制裁に協力しないし、たとえ中国が協力したとしても自分のところの経済になんら大きな影響がないと判断していた、(2)北側の政権は、「国民所得のような基礎統計を作ることができず自国の経済構造をわかっていない」と述べ、経済制裁の効果を過小評価していた、(3)結果として、金正恩はトランプ大統領による執拗な経済制裁とツイッター攻撃にさらされ、中国の経済制裁に対して裏切られた気持ちでいる、というものである。そして、対話再開に対して、金炳椽教授は、朝米の対話が実現したとしても北側の望む条件での交渉妥結はありえず、金正恩が挑発に出て、戦争の可能性もあるという悲観的な予測をしている。さらに、「特に現時点で制裁を緩和しようとすることは核問題をいっそう難しくするだけである」と、金炳椽教授は主張する。金炳椽教授は『中央日報』2018年2月14日および3月7日でも評論文を発表したが、主張するところは同じである。

金炳椽教授の主張は韓国社会の保守的な人々に共感を呼んだ。『朝鮮日報』は2018年3月8日社説「文在寅は『首脳会談のために対北制裁を緩和するということはない』という言葉を守らなければならない」で金炳椽教授の主張と同じことを述べた。

金炳椽教授は、南北対話に対する主張の発表と平行して、朝鮮日報社の『週刊朝鮮』誌のインタビューを通じて、北側経済に関する自身の見解を発表した。それは、(1)2013年の北側のGDPが190億ドル、一人当たりGDPが750ドル、全体貿易総額が100億ドルであるので、貿易依存度は50%ぐらいで2014~2015年にも大きく変わっていない、(2)北側の輸出品目のうち鉱物の比重は50%以上でその大部分が無煙炭である、(3)金正恩時代に入ってから北側の経済成長率は平均2.5%である、(4)2017年の経済制裁によって無煙炭などの鉱物の輸出ができなくなった分は輸出の35%に相当し、これによって経済成長率が2ポイントほど下落し、実際のところはマイナス成長であった、(5)経済制裁が維持されると、2年以内に外貨危機が発生するとともに住民たちの市場での取引が半分以下になるという「台風級の打撃」が考えられるため、金正恩はそれに対応するために対話に出てきた、というものである(『週刊朝鮮』第2491号2018年1月15日)。

金炳椽教授は旧ソ連圏の経済を研究したという経歴があることから、ここに出てくる数字はもっともらしく見える。一人当たりGDP750ドルというのは、先の述べた著書『北朝鮮経済のベールを剥ぐ』にある2013年の一人当たりGDP739ドルからきたようであり、また、金正恩時代の経済成長率の平均2.5%というのは、同じく著書にある経済成長率2011年3.01%、2012年3.58%、2013年1.45%の平均2.68%からきているようである。そして、著書では、GDPの計算根拠について、2012年の韓国銀行の推計値に、購買力平価を計算したうえで時価のドルへの換算をしたものであり、経済成長率に関しては、北側が1998年に国連開発計画(UNDP)の会議で報告したGDPの部門別構成をもとに工業および農業の生産増加率に関する韓国銀行の推計を加えたと説明されている(Kim, Byung-Yeon, 前掲p.72および88; 金炳椽「北朝鮮の国民所得」『輸銀北韓経済』2008年秋号[韓国文])。したがって、金炳椽教授のあげるGDPおよび経済成長率は、独自の修正が入るものの、基本的に韓国銀行の推計値に依っているということである。

韓国銀行の推計は、韓国国家情報院が収集してきた様々な物量に関する資料が韓国銀行に持ち込まれ、そこで韓国内の価格をもとにした価格設定と集計作業がなされて、GDPなどの形になったものである。国家情報院から持ち込まれた資料は作業後に回収されるため、韓国銀行の推計値は韓国銀行ですら作業終了後に資料を検証することができないようになっている(韓国銀行関係者の話)。

韓国銀行の推計が用いられる理由は、北側が国民所得に関する統計を継続的に発表していないという事情による。金炳椽の著書に、たまに発表される北側の公式発表の一人当たりGDPの数字が収録されていることは評価されるべきである(Kim, Byung-Yeon, 前掲pp.84-86)。また、金炳椽教授の著書の執筆時期には間に合わなかったようであるが、北側は2011年のGDPが220億7000万ドル、一人当たりGDPが904ドル、2013年のGDPが240億9800万ドル、一人当たりGDPが1013ドルと発表している(『アジア動向年報2017』)。しかし、金炳椽教授は公式発表の数字の内容に関してなんら検証していないし、先に述べたとおり、北側が「国民所得のような基礎統計を作ることができない」と認識している。

また、韓国銀行の推計では、2006~2007年と2009~2010年はマイナス成長であったとなっている。そして金炳椽教授はこれに加えて、韓国銀行が2000年に0.4%成長としているのを強気にマイナス成長としている。しかし、毎年継続的に発表されている北側の国家予算決算に関する公式発表では歳入は継続的に伸びている。韓国銀行や金炳椽教授がマイナス成長だという年に関しても、公式発表での国家予算歳入は2000年3.5%増、2006年4.4%増、2007年6.1%増、2009年7.0%増、2010年7.7%増となっている。また時折発表される工業総生産増加率についても2000年に10%、2009年に11%となっている。したがって、これらの年にマイナス成長があったと見るのは難しく、国民所得の規模や動きに関する韓国銀行の数字も金炳椽教授のそれも、正確であるといえるほどの根拠を持ったものではないといえる。

金炳椽教授の数字で少しでも正確さがあるといえるのは全体貿易総額と鉱物の輸出でのシェアである。北側は貿易に関する統計をほとんど発表していないため、韓国産業通商資源部傘下の大韓貿易投資振興公社(KOTRA)は相手国の貿易を裏返しにして北側の貿易額を推計している。KOTRAの推計は、韓国銀行の国民所得推計と違って、検証可能な資料に基づくものである。それによると、2013年の北側の全体貿易総額は、南北交易を除いて73.4億ドルである(KOTRA「2013北韓対外貿易動向」)。この数字は南北間の貿易を含まないため、韓国統一部が発表した2013年の南北交易総額11.4億ドル(韓国統一部ウェブサイト)を足し合わせると、84.8億ドルとなる。これを大雑把に100億ドルというのはそう悪くない数字である。また、KOTRAの調査で2013年に北側の輸出品目のうち鉱物は輸出全体の58.8%を占めており、これを大雑把に50%以上というのもそう悪くない数字であり、その大部分が無煙炭なので、無煙炭の取引を禁じた経済制裁による打撃を輸出の35%の喪失とするのもまあまあ納得のいく数字である。しかし、GDPの数字に正確さを欠く以上、経済制裁によって経済成長が2ポイント下落するという計算を信頼することはできない。

仮に2ポイント下落するという説を受け入れたとしても、経済成長率に関する金炳椽教授の計算には問題がある。金炳椽教授は経済制裁によって2017年は事実上のマイナス成長となっているというが、先に述べたように北側の公式発表から得られる2011~2013年の経済成長は平均6.4%であり、金炳椽教授が操作したのと同じくこれが2016年まで続いたとすると、2017年の経済成長率は4.4%と計算される。これは、公式発表の統計を作っている北側の経済担当者も金正恩も2017年をマイナス成長だとは思っていないということを意味する。

さらに金炳椽教授は2年後に「台風的打撃」が起こるのを金正恩が避けようとしたと述べている。しかし、たとえマイナス成長であったとしても、どうして「台風的打撃」が2年後なのかを計算した根拠を金炳椽教授は述べていない。そして「台風的打撃」とは外貨危機の発生と市場取引の半減だとされているが、すでに北側は1970年代に貿易代金の未払いに見られる外貨危機に陥っている。その状況は改善されずに今日にいたっており、すでに北側の通貨である朝鮮ウォンは国外で紙屑同然の状態である。債務不履行の上に発生する外貨危機とはどういうものなのか、それがどうして市場取引の半減に結びつくのか、残念ながら金炳椽教授は十分な説明をしていない。

核・ミサイル開発一段落論

主に保守的な論者たちに受け入れられている経済制裁効果論とは対照的に、南北対話再開に関する進歩的な主張を代表しているのは世宗研究所首席研究委員の李鍾奭博士である。李鍾奭博士の博士論文は東京大学に提出された「朝鮮労働党の指導思想と構造変化に関する研究」(1993年)であり、1995年にはこれをもとにした著書『朝鮮労働党研究』がソウルの歴史批評社から刊行された。李鍾奭博士は1995~2003年に統一部の政策諮問委員となり、金大中政権期には2000年6月の金大中=金正日会談のときに南側代表団の一員として参加した。盧武鉉政権では2003年3月~2006年2月に国家安全保障会議事務次長、2006年2月~12月に統一部長官を務めた。

李鍾奭博士は、進歩系媒体の代表である『ハンギョレ新聞』2017年7月17日のコラムで、北側の経済について、農業でも工業でも経済改革が進行していることや内需産業の回復で製品の輸入代替が進んでいることをあげ、「全面的な経済封鎖措置が講じられるなら北朝鮮は当然打撃を受けるが、すでに内部的に一定の発展動力を備えはじめた経済構造が住民の耐乏を相当部分持ちこたえるようにするであろう」という見解を発表した。そして、経済制裁の効果についても、李鍾奭博士は、同紙2017年12月4日のコラムで、経済制裁が北側の経済と住民に苦痛を与えてはいるものの、北側がむしろ核兵器と大陸間弾道弾を作り上げてきたことをあげ、経済制裁が核保有の意志をくじくことはできないという見解を発表した。そして、2018年に入って南北対話再開の動きが見えてくると、『新東亜』誌のインタビューで、北側が対話に乗り出してきたことについては、李鍾奭博士は、「北側はすでに核技術開発での『機械的日程』を終えたために今度は『政治的日程』にしたがって次の段階に出て行く必要があった」と表現し、「制裁と圧迫に『屈服』して対話に出てきたのではない」と述べている(『新東亜』第701号 2018年2月号)。李鍾奭博士の議論は、北側には核兵器およびミサイル開発を進めることと平行して、前もって南北対話の準備を進めていたということであり、核兵器およびミサイル開発が一段落したので、準備していた対話に出てきたということになる。

さらに、李鍾奭博士は3月5日の文在寅の特使と金正恩との会談で4月末の南北首脳会談開催が合意されたことについて、『ハンギョレ新聞』2018年3月8日の寄稿文を通じて、「葛藤を終わらせる絶好の機会」であると論じ、2007年に中断した南北、米、中、ロ、日の6者会談を復活させることを提言し、また、首脳会談で文在寅大統領が「南北関係と核問題の進展の好循環構造を作り上げるために国連が対北制裁を再検討しなければならなくなる水準の重大な合意を引き出そうとすると見られる」と述べ、経済制裁の話にも言及した。

李鍾奭博士の経済に関する見解は、北側内部で2012~2013年に始まった経済改革の動きと消費生活の向上に注目したものであるが、金炳椽教授のほうはこれらの動向にまったく考慮したところがない。

また、北側のこれまでの行動は李鍾奭博士の議論を裏付けている。2017年9月3日に実施された6回目の核実験は「大陸間弾道ミサイル装着用水素爆弾」の実験であり、11月29日のミサイル実験はアメリカ本土を射程に収めた大陸間弾道ミサイル「火星-15」の実験であり、これらの実験の成功によって金正恩は12月12日、「国家核武力完成の大業」を成就したと宣言した。そして2018年1月1日に金正恩は、平昌オリンピックへの参加と南北対話再開の方針を発表した。

そもそも2011年に第23回冬季オリンピックの開催地が韓国江原道平昌に決定して以降、北側は平昌オリンピックに関する悪口をいったことはない。それどころか2013年に江原道元山市と法洞郡の境にある馬息嶺に大規模なスキー場が突貫工事で建設されるなど、ウィンタースポーツの普及が進められていた。

韓国統一部傘下団体である南北体育交流協会の金慶星理事長が2018年1月2日に語ったところによると、金慶星理事長が2017年11月9日に朝鮮人民軍4・25体育団と秘密裏に接触してオリンピック参加に関する非公開実務会談を提案し、金慶星理事長、オリンピック開催地である江原道の崔文洵知事と文雄4・25体育委員会体育院長が12月18日に中国昆明で実務会談を行ったということである(『東亜日報』2018年1月3日; 『中央日報』2018年1月3日)。秘密接触に北側が応じた2017年11月9日は、北側で金正恩が「核武力の完成」を宣言するよりも前であった。北側にとって当時の最優先事項である核兵器およびミサイル開発が一段落する前に接触に応じていたことは、北側が2016年2月に南北の政府間の疎通が断絶状態になっても、平昌オリンピック参加という選択肢を意識していたことを示している。そして、オリンピックの参加となれば韓国政府との対話は必須であり、北側ではそのための準備も進められていたとみるのは不自然なことではない。

むすび

南北対話再開の要因についてまったく異なる見解をとる金炳椽教授と李鍾奭博士は実は、 対話に関する具体的な政策の議論になると、それほど大きな対立を見せているわけではない。金炳椽教授は南北対話で経済制裁の緩和を議題することに反対しているが、それは「現時点」についてのことであり、これから先もずっと経済制裁を続けるべきであるといっているわけではない。李鍾奭博士も、国連制裁の緩和にいたるような合意の必要性について語っているだけで、現時点で韓国政府に対して経済制裁の緩和に関する措置を講じるべきであるといっているわけではない。そして、これまでのところ韓国政府は北側との話し合いのなかで経済制裁の緩和を議題にしていない。

しかし、南北和解と非核化に進展が見られれば、それに関する討議のなかで経済制裁に関する議論が出てくるはずである。その際に、経済制裁効果論という根拠薄弱な見解をもとにして北側との対話に臨むとすれば、それは対話自体を破壊しかねないような状況を生み出すことになるであろう。

著者プロフィール

中川雅彦(なかがわまさひこ)。ジェトロ・アジア経済研究所在ソウル海外調査員。主な著作は『朝鮮社会主義経済の理想と現実――朝鮮民主主義人民共和国における産業構造と経済管理』ジェトロ・アジア経済研究所(2011年)等。

書籍:朝鮮社会主義経済の理想と現実

書籍:国際制裁と朝鮮社会主義経済

写真の出典
  • Blue House (Republic of Korea) [KOGL (http://www.kogl.or.kr/open/info/license_info/by.do)], via Wikimedia Commons.