IDEスクエア

海外研究員レポート

欧州における産業連関表の作成と利用に関する最新状況

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049968

2009年6月

ノーベル経済学賞受賞者のW. Leontiefによる最初の産業連関表が提示されてから73年という長い歳月が経過している。この間、産業連関表は数多くの経済学者及び政府機関に活用され、経済分析の分野で大きく功を奏した。

産業連関表はある経済において一定期間(通常1年間)に行われた財・サービスの産業間及び産業・最終消費者間の取引を行列の形で記録した統計表である。当該表により、産業ごとの投入構造(コスト構造)と産出構造(販売構造)が読み取れるほか、生産ネットワークそのものが再現されている。従って、産業連関表を利用すればGDP推計などに役立つほか(国民経済計算システムのSNA93に推奨されている)、経済変動が生産ネットワークを通した波及効果は産業連関表により厳密に計られる。このような実用性と有効性が広く認識されたことにより、現在では、80カ国以上で産業連関表が作成されて、その対象地域は世界GDPの95%以上をカバーしている。

近年では、欧州はこの比較的古い学問分野に静かなブームを引き起こそうとしている。その象徴となる動きについてまとめると以下の通りになる。

まず、EU統計局(Eurostat)は1996年に古い国民経済計算システムのESA70、79に取り替えて、新たにEAS95を発表した。ESA95において、産業連関表の比較可能性の更なる向上を目指して、表の作成手法、概念、表形式などについてきめ細かいレベルで統一化を図ろうとした。更に2008年にEurostatは590ページにも及ぶ供給表・使用表・産業連関表(SUT(Supply, Use and Input-Output Tables))の作成マニュアルを公表し、一層EU加盟国の産業連関表の標準化を進めようとしている。EurostatのSUTデータベースでは、現在価格のベンチマック表のみではなく、アニュアル表及び固定価格表の整備も進められている。現時点では、大半のEU加盟国に関して1995年から2005年までのアニュアルの供給表と使用表、主要国に関してベンチマックの産業連関表(1995、2000及び2005)が統一基準で整備されている。(付表1、2が詳しい)。更に最近ではEC傘下の研究機関であるIPTS(Institute for Prospective Technological Studies)はEurostatの産業連関データベースをもとに、EU27統合表の作成も試みている。

次に特筆すべき動きとしてOECDの産業連関データベースの構築があげられる。1990年代半ばから、国民経済統計及び経済分析における産業連関表の重要性を鑑みて、OECDは統計の国際比較可能性を高めながら、細かい産業レベルでの経済分析にも利用可能な産業連関データベースの構築を始めた。現在の最新バージョンは48の部門分類で、30のOECD加盟国及び14の非加盟国・地域を含み、世界GDPの約9割、世界人口の約7割をカバーしている(付表3が詳しい)。データベースには国内取引マトリクス表のみではなく、輸入マトリクス表も含まれている。データベースの利用者は基本的に各国の政府機関、大学、研究所及び国際機関からなり、2006年版、2006年改訂版及び2009年版はそれぞれ419、434、175というかなり高い累積利用件数を記録している。

更に、本年度5月からECの巨額の資金援助のもと、オランダのグローニンゲン大学を本拠地とするWIOD(World Input-Output Database: Construction and Applications)プロジェクトがスタートした。当該プロジェクトはグローバル的な視野から社会・経済発展と環境とのトレードオフ関係、グローバル化による格差の拡大などについて細かい産業レベルで時系列的に分析することを目的としている。WIODの主な特徴として1)貿易データで各国の産業連関表を連結し、世界GDPの85%をカバーできる世界表を作成すること、2)リンクされた世界表は現在価格プラス固定価格表示の時系列表になっている(1996~2006)、3)産業連関表以外のデータベースともリンクしている。例えばEUの社会経済関連のKLEMSデータベース(Productivity in the European Union: A Comparative Industry Approach)、環境関連のEXIOPOL(A New Environmental Accounting Framework Using Externality Data and Input-Output Tools for Policy Analysis)など。当該プロジェクトは上記のEurostat、IPTS及びOECDを含み11の参加機関からなる大規模の共同研究となっている。

産業連関表に関する欧州の最近の動きに関して、おそらく背後に以下のようなニーズがあるからだと思われる。

第一に、欧州の地域統合に伴い、統計的に統一の土台で経済構造の比較や経済政策の評価が必要となってきた。産業連関表はSNAにおいて大黒柱のような存在であり、また経済分析の分野でも高い実用性が認められ、その比較可能性を高める標準化は当然ならが一つの急務となった。実際に標準化されたEurostatの産業連関表を利用した最近の研究が数多く存在し、ドイツのコンスタンツ大学のJörg BeutelグループによるEU諸国の産業別の生産性比較に関する一連の研究がその代表的な例である。またHauknesら(2009)はOECDの産業連関表を使って、直接的・間接的な知識の国際的なフローを産業リンケージによる計測を試みている。

第二に、世界的に環境・エネルギー問題に対する関心の高まりは産業連関表が再び脚光を浴びる一因だと考えられる。なぜなら、産業連関表はエネルギー循環、産業廃棄物、CO2排出、環境負荷などと言った環境・エネルギー関連の分析を行う際に非常に強力なツールであるためだ。例えば、Nakanoら(2009)はOECDの貿易データ及び産業連関表を利用して、国際貿易経由の生産波及効果に伴うCO2排出の測定を行っている。最近ではEurostat表を利用して、EU諸国の環境負荷を計測した事例としてJesperら(2008)の研究が上げられる。

第三に、グローバル化により、世界範囲での産業再編が進み、結果的に生産ネットワークを通した生産、GDP、雇用などへの波及効果の構図も大きく変わる。空間的な視点からこれらの波及効果をとらえるため、貿易データでリンクした各国の産業連関表が必要不可欠となる。この辺の最近の研究成果として、例えば、欧州中央銀行(European Central Bank)のGaborら(2009)はジェトロ・アジア経済研究所のアジア国際産業連関表を2006年にアップデートして、東アジアを中心に、生産ネットワークを考慮した国際的な相互依存関係を分析している。また、WTO統計局のEscaithら(2009)もジェトロ・アジア経済研究所の表を使って最近の金融危機が生産ネットワークに与える影響及びその波及効果の計測を行っている。

第四に、産業連関表は政策評価の分野で広く使われてきた応用一般均衡モデルにとって欠かせない基礎データである。当該モデルを空間的に拡張すると国際貿易政策の分析も可能となり、その際に、もっとも望ましい基礎データは国際産業連関表である。

従って、今後も、欧州引いては世界範囲で、産業連関表に対する注目度がますます高まると予想される。

参考文献

  1. "International Trade and Real Transmission Channels of Financial Shocks in Globalized Production Networks." In Staff Working Paper ERSD, ed. Escaith, Hubert and Gonguet, Fabien, 2009.
  2. 2."Has emerging Asia decoupled? An analysis of production and trade linkages using the Asian international input-output table" In ECB Working Paper Series, ed. Gabor Pula and Tuomas A. Peltonen, No. 993, 2009.
  3. 3."Using Input-Output Analysis to Measure the Environmental Pressure of Consumption at Different Spatial Levels" In Journal of Industrial Ecology, ed. Jesper Munksgaard, Mette Wier, Manfred Lenzen and Christopher Dey, Volume 9 Issue 1-2, Pages 169-185, 2008.
  4. 4."Embodied knowledge and sectoral linkages: An input-output approach to the interaction of high-and low-tech industries" In Research Policy, ed. Johan Hauknes and Mark Knell, Volume 38, Issue3, Pages 459-469, 2009.
  5. 5."The Measurement of CO2 Embodiments in International Trade: Evidence from the Harmonised Input-Output and Bilateral Trade Database" In OECD Science, Technology and Industry Working Papers, ed. Satoshi Nakano, Asako Okamura, Norihisa Sakurai, Masayuki Suzuki, Yoshiaki Tojo and Norihiko Yamano, 2009.

付表1.  EurostatのSupplyとUse表の整備状況

付表1.EurostatのSupplyとUse表の整備状況

X:利用可能

出所:Eurostatのウェブページ

付表2.  Eurostatの産業連関表の整備状況

付表2.  Eurostatの産業連関表の整備状況

pp:商品×商品表、ii:産業×産業表

出所:Eurostatのウェブページ

付表3. OECD産業連関データベースの整備状況

付表3. OECD産業連関データベースの整備状況

*:未収録

出所:OECDの産業連関データベースより