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スリランカで大統領が突如首相を解任し、かつての政敵を新首相に任命

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050621

2018年11月

10月26日、マイトリパーラ・シリセーナ大統領を中心とするUPFA(統一人民自由連盟)は連立政府から離脱すると突如宣言、その後大統領はマヒンダ・ラージャパクサを首相に任命した。この動きは、任命の直前まで極秘であった。その3時間後、大統領はラニル・ウィクレマシンハUNP(統一国民党)総裁に対してファックスで首相解任を正式に通知した。2015年に打倒ラージャパクサで集結した連立政権は、ラージャパクサの復活によって幕を閉じた。そして幕引きしたのは他ならぬシリセーナだった。首相と大統領の亀裂はこの数カ月顕著ではあったが、これほどの急展開はスリランカ政界内においても予想外だったようだ。

写真:ラージャパクサ前大統領(左)、シリセーナ大統領(中)と解任されたラニル首相(右)

ラージャパクサ前大統領(左)、シリセーナ大統領(中)と解任されたラニル首相(右)
「暗殺計画」が引き金に?
9月半ばに、テロ捜査局のナラカなる人物が、大統領および前国防次官暗殺を計画しているという情報が警察に持ち込まれた。情報は不明瞭な音声データで、信憑性が高いものには見えなかった。ところが大統領はこれを非常に深刻にとらえ、ラニル首相らが「まともな対応をとらない」と感情的に批判した。批判の矛先はインドの情報機関にも向けられた。これまで大統領は連立政権に対する不満を表明しており、きっかけは何でもよかったのかもしれない。
大統領と首相の間の亀裂

大統領と首相の対立は特に経済関連で目立った。まず、連立政権内部で経済はUNPの担当となっており、SLFP(スリランカ自由党、UPFAの主たる構成党)の意見を聞かずにUNPが決めてしまうのが大統領にとっては相当不満だったようだ。

UNPが輸出促進によってスリランカ経済を立て直そうとしているのに対して、SLFP側は国内産業、あるいは農民や一般大衆の保護を主張している。具体的には、UNPはシンガポールとのFTA(自由貿易協定)やインドとの経済関係強化を推進しようとしたが、SLFPと大統領は国内産業や一般大衆の生活を圧迫すると反対した。また、ほとんど決まりかけたインドによる大規模事業が大統領の反対によって破棄されるという事案が複数に及んでいる。

政策面だけでなく、政治手法でも二人の間には相違があった。ラニルはあくまで都市型エリートで、西欧諸国との関係を重視したのに対して、シリセーナは農民や一般大衆の福祉や厚生を重視した。

二人の亀裂を決定的にしたのは、ラージャパクサの復活であった。2015年1月の大統領選挙に敗れた直後こそ、ラージャパクサは弱気なそぶりを見せたものの、同年8月の国会議員選挙にはUPFAの候補者として立候補して当選している。UPFA内部のラージャパクサ支持者グループJO(反対派グループ)は拡大した。ラージャパクサが後ろ盾となっている新政党SLPP(スリランカ大衆戦線)は、2018年2月の地方選挙において340の市町村のうち232で過半数を獲得した。JOが3月に提出した首相不信任動議は否決されたものの、それを機にそれまで連立に参加していたSLFP議員ら16人が連立から距離を置き始め、連立政府の弱体化が進んでいた。

大統領による首相解任は違憲か

ラニルは、今回の解任は違憲である、すなわち「大統領に首相の解任権はない」、「国会で不信任投票を実施して決めるべき」と主張している。

その根拠は2015年の憲法改正(19次)である。改正の目的は大統領の権限縮小、すなわち首相や国会の権限拡大であった。具体的には大統領の三選禁止条項の復活や大統領が首相を解任する権限をなくすこと、大統領の国会解散権を制限することなどであった。ならば、今回の解任はラニルの主張通り当然違憲となるはずである。シリセーナ大統領は、自ら改正した憲法に違反したことになる。

ラニルは、国会における多数派の支持を得ていることを理由に自らが正当な首相であると主張し、国会で投票によって不信任案を採決すべきだと主張している。ラニルは国会における過半数をとる自信があるため、早い時点での国会における投票を望んでいる。それに対して大統領は国会の開催を11月16日まで延長した(その後14日に変更)。その間にラージャパクサ側はラニル支持の議員を1人でも多く取り込む算段であろう。政治的空白はさらに続く見込みである。

今後も混乱が続く?

スリランカの政治家たちは節操がない。閣僚ポストや党内の有力ポストが得られる可能性があるならば、易々と党籍替えする。数を確保したい政党にとっては、来てくれるならベテランでも一年生議員でも構わない。国会における議席確保に向けて、現金やポストをちらつかせるきわどい戦いが繰り広げられることになるだろう。

ラージャパクサが首相に任命されたことによって、ラージャパクサとラニルのどちらにつこうか決めかねていた議員らが一斉にラージャパクサ側になびくのではないかと思われていたが、それほどでもない。UNPが10月30日に開催した集会の動員も予想を上回る規模となった。ふたりの首相はどちらも引くに引けない状況になっており、国会が開催されたとしても着地点を見出すのがむずかしい状況になっている。

著者プロフィール

荒井悦代(あらいえつよ)。アジア経済研究所地域研究センター動向分析研究グループ長。著作に『内戦後のスリランカ経済――持続的発展のための諸条件』(編著)アジア経済研究所(2016年)など。

写真の出典
  • ラージャパクサ前大統領:Prime Minister's Office (GODL-India) [GODL-India (https://data.gov.in/sites/default/files/Gazette_Notification_OGDL.pdf)], via Wikimedia Commons.
  • シリセーナ大統領:Prime Minister's Office (GODL-India) [GODL-India (https://data.gov.in/sites/default/files/Gazette_Notification_OGDL.pdf)], via Wikimedia Commons.
  • ラニル首相:By U.S. Department of State from United States [Public domain], via Wikimedia Commons.