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(アジアに浸透する中国)開発の政治的条件、開発の政治的帰結

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050593

2018年9月

近年、世界各地で見られる民主主義の後退の一因として、中国の影響力が高まったことを挙げる議論がある。曰く、先進民主主義国を含め、民主主義国は様々な面で停滞気味で、経済開発という点でも軍事力という点でも中国に大きく引き離され、民主主義であることに自信が揺らいでいるという。

これはかなり短絡的な主張である。確かに、国際的に存在感の大きい国々で民主主義の後退が見られる。しかし、全体的な傾向からすれば、民主化の第三の波に比するような大きな後退の波が見られるわけではない。また、個々の後退の事例も、それぞれの国の持つ政治制度、社会の亀裂、グローバル化の影響などが重要な要因となっており、人々が権威主義に価値を見出しているわけではない。毛沢東主義を掲げた共産ゲリラが東南アジア諸国で活動した冷戦期とは異なり、中国の政治モデルを理想とする運動もない。中国が他国に対して影響力を持つのは、その経済力、市場が自国の経済活動の拡張に資するだろうという他国の期待に基づくのであって、中国の政治体制へのあこがれは見当たらない。

写真:East Pacific Center Towers, Shenzhen

East Pacific Center Towers, Shenzhen: By jo.sau
権威主義は開発に資するか?

とはいえ、中国の経済成長は古典的な問題について考える機会をあらためて与えてくれる。それは政治体制と経済成長の関係である。ここには二つの因果関係の方向が想定される。一つは、権威主義は(あるいは民主主義は)経済成長に資するのかという議論。もう一つは経済成長すれば民主化するのか、という議論である。まずは前者について考えてみたい。

開発独裁という議論がある。主に韓国や台湾、東南アジアの国々がその事例として取り上げられることが多いが、こうした国々の経済成長を推進したのが開発を目的として運営された権威主義体制だと考える議論である。強権的な支配を背景とした労働運動の抑え込みや見込みのある産業への選択的な資源の投入・優遇などが、経済成長に効果を持つという。見方によっては、中国の経済成長も、権威主義体制の効果を強調する議論にとってはその代表例としてとらえられるだろう。

しかし、国際的な実証研究は、権威主義体制が経済成長に有利だということを示していない。正確に言えば、民主主義体制か権威主義体制かで経済成長に有意な違いは認められない(Barro 1996, Przeworski et al. 2000)。それでは、経済成長はもっぱら経済的要因、地理的要因、人口構成などによって決定されるのだろうか。政治的な要因が影響することはないのだろうか。

国家の統治能力と開発

近年の研究では、国家の統治能力(state capacity)が開発にとって重要だという主張がされている(Rothstein 2017)。国家の統治能力とは、国家の機関、簡単にいえば政府が、その統治する領域において政策を有効に実施していく能力と定義することができよう。最もわかりやすい領域で言えば、税を徴収し、社会政策や経済政策などを国の隅々まで実施する能力である。汚職を排除することや効率的な機関運営がその前提となる。

開発を経済的側面に限らず、より広く人間開発と考え、政治体制および国家の統治能力との関係を見てみよう。図1と図2は、人間開発指標をY軸に示し、政治体制と国家の統治能力をX軸に示して、それぞれの相関の程度を散布図で表したものである。

図1 人間開発指標と民主主義のレベル

図1 人間開発指標と民主主義のレベル

(注)2012年時点のデータ。N = 186, r = 0.46。(出所)Teorell et al. (2018)より筆者作成。

図2 人間開発指標と国家の統治能力

図2 人間開発指標と国家の統治能力

(注)2012年時点のデータ。N = 136, r = 0.77。 (出所)Teorell et al. (2018)より筆者作成。

人間開発指標とは、国連開発計画(UNDP)が作成している保健、教育、所得という人間開発の三つの側面に関して、その国の平均達成度を測るための指標である。これは経済成長だけでなく、より包括的な生活水準を示すものと理解されている。民主主義のレベルは、フリーダムハウスとポリティという二つの主要なデータセットの指標から算出したもの、ICRG政府の質指標は、汚職、法と秩序、官僚の質の三点に関する評価から算出した国家の統治能力を測る指標である。

開発独裁論が示唆するのとは異なり、権威主義であれば(民主主義のレベルが低ければ)開発の度合いが高くなるという相関は図1では認められない。それ以上に重要なことに、図1と図2を比べてみると、図2の方が近似線への収斂が強い。また、その傾きも大きい。政治体制より政府の質の方が人間開発指標と相関関係が強いことが一目瞭然だろう。

権威主義のもとで開発の進んだ中国と、民主主義のもとでまだそれほど開発の進んでいないインドは、図1ではお互いかけ離れた位置にあるが、図2では双方とも近似線に近い。東南アジアで最も民主主義のレベルが高いフィリピンと権威主義的なシンガポールの関係も、政府の質をもとにした図2では近似線にかなり近く、X軸の指標とY軸の指標の相関関係もより整合的である。中国とインド、シンガポールとフィリピンをそれぞれ個別に比較すると権威主義が開発に資するように見えるが、全体からみればそうした相関は強くはなく、また、国家の統治能力に注目すればこうした事例までも開発との関係で整合的に位置づけることができる。経済的、社会的な変数を統制しなければ厳密な議論はできないが、それでも国家の統治能力が政治体制より開発に影響を与えている蓋然性は高い。

なお、開発を考えるうえでは、民主主義と国家の統治能力のどちらが先に確立されたのかという順序にも重要な意味がある(Fukuyama 2014)。国家の統治能力が十分確立された後に民主化した国々——代表的な例としてはドイツや日本が挙げられる——では、民主主義が安定的に維持され、開発も順調に進む。しかし、逆の場合、つまり、フィリピンのように国家が十分に確立される前に民主主義が導入された国々では、民主主義制度が私的利益の拡大に利用され、開発が阻害される。権力を握るエリートは有権者たちに対して個別に物質的な利益をばらまいて票を確保する(票を買う)システムを運営していく。クライエンタリズムと呼ばれる政治動員の仕組みである。そこには政策の競争はなく、開発にとっては非効率な私的財の分配があるのみである。

政治的条件と政治的帰結

こう見ると、開発には国家の統治能力さえ確立されていれば良いようにも見える。しかし、民主主義が不在なままが望ましいわけではない。市民による権力の監視と制裁、すなわち、アカウンタビリティがなければ、権力の恣意的な行使の可能性は生まれるし、自由な選挙がなければ、人々がどの程度生活状態に満足しているのかを知ることもできない。たとえ国の平均的な生活水準が上がったとしても、個々の市民が置かれている状態のばらつき、すなわち不平等がないということにはならない。

さらに言えば、開発が進めば、先述の政治体制と経済成長をめぐる因果関係の二つ目の議論が注目されるようになる。つまり、経済成長が政治体制の変化を引き起こすのか否かという関心である。ある社会において全体の所得が高くなるにしたがって、経済的に豊かになることを重視する価値観から自由を重視する解放的な価値観に人々の共通の認識が変化するという研究がある(Inglehart and Welzel 2005)。経済成長すれば民主化すると考える近代化論は様々な批判を受けたが、あながち間違いとは言えないという実証研究も出てきている(Boix and Stokes 2003)。

現在の中国が国家の統治能力の向上に努めるとすれば、少なくとも民主主義に先行して国家の確立が進められるため、開発にとって有利な順序を踏んでいると見ることもできよう。しかし、開発にとって必要な政治条件が関心の的となる時期を過ぎれば、その後には、人々が望む政治は何かという問いが待っている。

著者プロフィール

川中豪(かわなかたけし)。アジア経済研究所地域研究センター長。博士(政治学)。専門分野は比較政治学。著作として『後退する民主主義、強化される権威主義――最良の政治制度とは何か』ミネルヴァ書房、2018年(編著)、Political Determinants of Income Inequality in Emerging Democracies, Singapore: Springer, 2016 (with Yasushi Hazama)など。

書籍:Political Determinants of Income Inequality in Emerging Democracies

書籍:後退する民主主義、強化される権威主義

参考文献
  • Barro, Robert J. 1996. "Democracy and Growth." Journal of Economic Growth 1 (1):1-27. doi: 10.1007/bf00163340.
  • Boix, Carles, and Susan C. Stokes. 2003. "Endogenous Democratization." World Politics 55 (4):517-549.
  • Fukuyama, Francis. 2014. Political Order and Political Decay: From the Industrial Revolution to the Globalization of Democracy. First edition ed. New York: Farrar, Straus and Giroux.
  • Inglehart, Ronald, and Christian Welzel. 2005. Modernization, Cultural Change, and Democracy. New York: Cambridge University Press.
  • Przeworski, Adam, Michael E. Alvarez, Jose Antonio Cheibub, and Fernando Limongi. 2000. Democracy and Development: Political Institutions and Well-Being in the World, 1950-1990. New York: Cambridge University Press.
  • Rothstein, Bo. 2017. "The Relevance of Comparative Politics." In Comparative Politics, edited by Daniele Caramani, 21-34. Oxford: Oxford University Press.
  • Teorell, Jan, Stefan Dahlberg, Sören Holmberg, Bo Rothstein, Natalia Alvarado Pachon, and Richard Svensson. 2018. The Quality of Government Standard Dataset. University of Gothenburg: The Quality of Government Institute.