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ベトナムと中国――因縁の二国間関係の行方

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050613

2018年11月

越中関係小史

ベトナムの中国との関係は、「世界で最も非対称的な二国間関係のひとつ」(Thayer 2016, 200)とされる。両国間関係はまた、最も深い因縁を持つ二国間関係のひとつであるといえるかもしれない。  

紀元前2世紀から10世紀半ばにかけての1000年余りはベトナムの歴史では「北属期」と呼ばれる。ベトナムが中華帝国による支配下に置かれた時代である。938年にゴ・クエンが南漢軍を破って独立を果たすが、その後も19世紀後半にいたるまで、ベトナムは(明の支配下に置かれた一時期を除き)、時に北からの侵略に武力で対抗しつつ、中国の歴代王朝との間で朝貢関係を維持していた。この関係が終わったのは、ベトナムがフランスという新たな「主人」の支配下に入った時であった。  

その後、中越両国では、それぞれの共産党の指導の下で独立国家が成立する。1949年に中華人民共和国を成立させた中国共産党がベトナム共産党の抗仏闘争を支援したことはよく知られているが、ベトナム共産党も一方的に中国共産党に依存していたわけではない。1949年初めには、ベトナム共産党は、中国共産党の求めに応じて、人民解放軍支援のために中国南部への派兵を行っている。この時期の両国共産党間の連帯は、権力掌握に至る前から共に革命活動に従事してきた双方の指導者たちの間の個人的な信頼関係と友情に支えられていた(栗原 2015, 5)。  

両国における共産党政権の発足は、越中関係に「兄弟関係」という新しい定義を与えた。しかし、良好な兄弟関係は長くは続かない。両国は、1978年のベトナムによるカンボジア侵攻によって対立を深め、翌年、中国軍がベトナム北部の国境地帯に侵攻する(中越戦争)。この時、ベトナム外務省は「過去30年間の越中関係の真実」(ベトナム外務省 1979)と題した文書を公表し、1954年のジュネーブ会議において、ベトナムが不利な条件を受け入れるよう中国指導部が圧力をかけたと非難するなど、中国に対する積年の恨みを吐露している。その内容には、歴史の文脈から見れば必ずしも客観的といえない部分もある(木村 2015など)が、少なくともそのような見方が存在していたことは事実であろう。  

約1カ月間の中越戦争の後、両国間の外交関係は断絶する。両国間関係が再び正常化するのは、ソビエト連邦が崩壊した1991年のことであった。この時の経験もベトナム側にとっては厳しい現実を思い知らされるものであった。ベトナム共産党指導部が、ソ連に代わって「帝国主義者」から社会主義を防衛する旗振り役となることを中国側に要請したのに対し、中国側はそのようなイデオロギー上の特別な関係を否定した。それは、「中国は、自らの利益に合致する場合にのみ両党間の連帯を喚起する」(Elliott 2012, 114)ことを意味していた。1991年11月の越中国交正常化に当たって出された共同声明には、「越中関係は同盟関係ではなく、1950年代および1960年代の関係には戻らない」ことが明記された(Elliott 2012, 123)。越中関係は、それぞれの「国益」をベースとした、通常の二国間関係として再出発したのである。

中国の拡張主義への警戒

このような経緯があるだけに、ベトナムの中国への警戒心は強い。

中国の拡張主義的傾向は、常にベトナムの対外政策における最大の関心事のひとつであるといってもよい。カーライル・セイヤー(Thayer 2016, 206)によれば、1987~1990年に行われたベトナムの防衛戦略の見直しにおいて、主要な安全保障上の脅威として挙げられたのは、①北部国境付近の中国軍、②南シナ海における中国の権利主張、③和平演変(「帝国主義陣営」が平和的手段によって社会主義体制を崩壊させること)の3つであったという。しかし、このうち中国にかかる2つの脅威は、1989年までに「当面安定的」な状態と判断され、以来、和平演変のみが安全保障上の主要な脅威として強調されるようになった。1992年の党中央委員会第3回総会では、中国を拡張主義者と位置づけるかどうかが議論されたが、これらの議論はすべて非公開とされたという(Thayer 2016, 207)。

写真:ベトナム・中国間の国境標

ベトナム・中国間の国境標

ベトナム外務省外交学院のドー・タン・ハイは、1991年から2001年までの10年間にベトナムと中国の関係は改善し、ベトナムは中国を肯定的に見るようになったと論じる(ドー・タン・ハイ 2018, 50)。1999年には両国間の陸上国境、2000年にはトンキン湾の海上境界線の画定作業が完了し、国交正常化以来の懸案に決着がつけられた。1999年2月には、レ・カ・フュー党書記長が訪中し、江沢民国家主席との間で「善隣友好、全面協力、長期安定、未来志向」の16文字を越中関係の基本方針とすることに合意した。2002年2月に江沢民国家主席が来越した際には、「よき隣人、よき友人、よき同志、よきパートナー」(「4つのよい」)という方針も提唱されている。

しかし、その後の東南アジア地域における中国の台頭をベトナムはいち早く察知し、懸念を募らせていった。2002年11月に中国ASEAN包括的経済協力枠組み協定が調印されて以来、中国は東南アジア地域における経済関係や援助の増大などを梃子としてその影響力を拡大させてきた。「他の東南アジア各国が中国の台頭を心地よく感じているように思われた一方、ヴェトナムは東南アジアにおける中国の足跡を注意深く見守っていた」(ドー・タン・ハイ 2018, 53)。特に2009年以来、南シナ海の大部分をその領海とみなす「九段線」の議論を公式に主張するようになるなど攻勢を強めてきた中国を、ハイは明確に「機会主義的拡張主義者」と規定している。

このような認識を前提として、ベトナムは中国に対してどのような対応をとっているのだろうか。ハイによれば、ベトナムは中国の台頭そのものを差し迫った脅威として捉えてはいないという。ベトナムは、「中国が地域大国として君臨することを従容として受け入れつつ、さまざまなチャネルを利用して自国の利益を守るよう、中国側の過度の主張に抗しようとしてきた」(ドー・タン・ハイ 2018, 66)という。また、南シナ海をめぐる緊張関係を抱える両国ではあるが、同時に対話と協調のメカニズムも維持されていることも、ハイは強調している。

2014年11月の国会で、政府の対中方針を問われた当時の首相は、それを「協力しながら闘争する」と要約した(栗原 2015; 佐久間 2017)。確かに、越中関係は不一致や対立を抱えている。しかし、それは両国間関係の一面に過ぎない。越中関係の友好的・互恵的側面に関しては従来通り協力を推進する一方、ベトナムの利益と矛盾する側面に関しては断固として闘争する。これがベトナムの姿勢だというのである。「協力しながら闘争する」のスローガンは、対中関係にとどまらず、党・政府の外交関係一般の基本姿勢として、2016年1月に開催された第12回党大会の政治報告にもうたわれている。

「新たな北属」?

ベトナムの公的な対外姿勢は、以上のように、「正常な、あるいは成熟した」非対称関係(Thayer 2016, 200)を指向するものであるといえるかもしれない。しかし、中国の台頭を客観的に眺め、近隣諸国への中国の影響力の拡大を警戒しているという、そのベトナム自身は、中国の影響力の浸透を免れることができているのだろうか。

ベトナムの指導者たちは、自国の利益や安全保障を犠牲にして、中国への便宜を図っているのではないか。そんな疑念が国民の間から強く表明されるようになってきたのも2009年頃以来のことである。

中部高原地域のボーキサイト開発プロジェクトについては、2001年末に当時のノン・ドゥク・マイン党書記長の中国訪問時の共同声明で初めて言及されたが、2008年に至って公開入札が行われ、中国の企業が落札した。しかし、同開発プロジェクトについては、以前から自然生態系への深刻な影響の可能性が指摘されていた。また、中央高原地域は、民族・宗教問題も絡む複雑な政治的背景をもつ地域でもある。このような問題含みの大規模開発プロジェクトが、本来得るべき国会の承認を回避して、首相決定により認可されていた。アルミニウム精製工場の建設が始まって初めてこの事態を知った知識人らがまず批判の声を上げ、この問題は多くの国民の関心を集めた(中野 2011, 161-165)。

2010年には、国境地域の複数の省で、森林地帯の土地を外国企業に貸与し、または貸与する計画があることが明らかになった。政府が調査を行った10の省では、外国企業10社に対して総面積30万ヘクタール以上の土地が50年の期限で貸与され、その大部分が中国・香港・台湾の企業に対するものであったという情報もある。貸与された土地の多くは国境地帯の戦略的要衝に属するとみられる。批判を受けて、2010年3月には、林業および水産養殖業分野における投資プロジェクトの一時停止および再検討に関する首相公文が出されている(中野 2011, 165-167)。

2018年6月、国会で審議されていた「経済特区法案」に反対するデモが全国に広がったことは記憶に新しい。同法案は、クアンニン、カインホア、キエンザンの各省に設置する経済特区において、投資家に対し最長99年間の土地の貸与を可能にする条項を含んでいた。5月に開幕した国会では、一部の議員から、3つの経済特区予定地は中国国境や南シナ海沿岸など地政学的に重要な地点に位置することが指摘され、ここで外国企業に長期の土地使用を認めることに対する安全保障上の強い懸念が表明された。「安全保障上の懸念」が中国のことを指しているのは明らかであった。国営メディアも、議員らの発言を伝えるのみならず、中国が開発投資を行ってきたアフリカやスリランカの経済特区の動向に関する記事などを掲載した。

このようななかで、国民の間ではこの「中国に国土を売り渡す」「売国法案」への反対運動が急速に広がった。6月9日には政府が同法案の採決延期を国会に提案するという発表を行ったにも拘わらず、翌10日にはハノイ、ホーチミンその他国内各地で大規模な抗議行動が発生した。ビントゥアン省では、デモ参加者の一部が暴徒化し、地方政府の建物などに石や火炎瓶を投げる騒ぎに発展した。国会は11日、同法案の採決を次の会期まで延期することを決定した。さらに8月末には、国会常務委員会が、同法案の審議を無期限延期することを明らかにしている。

党・国家指導部の対中姿勢に対する国民の視線は厳しい。批判者たちは、現状を「新たな北属」と呼んで、中国への政治的・経済的「隷属」からの脱却を訴えている。

二国間関係の経済的要素

「経済特区法案」反対デモがなぜこれほど大規模に行われたのかについては、判然としない部分もある。根拠のない不安がSNSによって増幅された結果の過剰反応だとみる向きもあるが、果たしてそうだったのだろうか。

アレクサンダー・ヴヴィンは、「Vietnam: A Tale of Four Players」(Vuving 2009)と題した2009年の論考で、ベトナムの政治をキー・プレーヤー4者の間のゲームとして理解する見方を提示している。4者とは、「体制保守派」、「近代化推進派」、「レントシーカー」、そして「中国」である(ただし、ここで「中国」を前3者と同列に置くのはややミスリーディングかもしれない)。

「体制保守派」は、共産党独裁体制の維持を至上命題とし、中国との間でのイデオロギーに基づく戦略的同盟関係の構築を重視する。「近代化推進派」は、資本主義やリベラリズムの要素の導入による近代化の推進を強調し、近隣諸国との協力関係や欧米先進諸国との緊密な関係の醸成を重視する。ベトナムの指導者層には両勢力が共存しており、「協力しながら闘争する」外交政策の内実は両者の指向の併存であるともみることができる。

そこに「レントシーカー」が絡んでくると、事情はより複雑になる。「レントシーカー」はビジョンではなく個人的な利害に基づいて行動するからである。彼らは、共産党による権力の独占を背景として資本主義的な利益追求を行うグループであり、(2016年の第12回党大会で若干勢力を減じたが)指導者層のなかの有力な一角を占めるという。

言うまでもなく、ベトナムと中国の関係には経済的利益も大きく関わっている。2017年10月に発表されたアメリカの調査機関「エイドデータ」の中国の対外援助に関する調査によると、2000年から2013年までにベトナムが中国政府から受けた援助は43億ドル余りであったとされる1。これはラオスやカンボジアに対する援助に比べるとまだ規模が小さく、かつその大部分はグラント・エレメントが低い「その他政府資金(OOF)2」に当たるというが、それでも相当の額ではある。また、ベトナムの国有企業による電力、資源等の分野のプロジェクトの9割は中国企業が受注しているといわれる3。中国企業による施工の質には従来から多くの問題が指摘されているにも拘わらずである4

写真:中国企業による建設が進むハノイ都市鉄道2A号線

中国企業による建設が進むハノイ都市鉄道2A号線

ベトナムの指導者たちが、中国政府や企業との間で、表向きの「協力しながら闘争する」政策からは窺い知れない深い関係を結んでいるのではないかという国民の不安は、杞憂と言ってすまされるものではないかもしれない。中国に対するベトナムの立ち位置は安定的であるとは限らないのである。ベトナム国民や外国政府・企業は、今後とも党・政府の行動を注意深く見守っていく必要があるだろう。

著者プロフィール

石塚二葉(いしづかふたば)。アジア経済研究所新領域研究センター・ガバナンス研究グループ。専門はベトナム地域研究(政治・行政)。おもな著作に、『ベトナムの「第2のドイモイ」――第12回共産党大会の結果と展望――』(編著)アジア経済研究所(2017年)など。

書籍:ベトナムの「第2のドイモイ」

参考文献
  • 木村哲三郎 2015.「ベトナム戦争の起源」亜細亜大学アジア研究所紀要(42)、1-29.
  • 栗原浩英 2015.「中国とベトナム:『兄弟』から『パートナー』へ」季刊中国 (120)、4-17.
  • 佐久間るみ子 2017.「『協力しながら闘争する』――ベトナムの対中アプローチと対外方針の変化に関する一考察」石塚二葉編『ベトナムの「第2のドイモイ」:第12回共産党大会の結果と展望』アジア経済研究所、125-153.
  • ドー・タン・ハイ 2018.「ヴェトナム――揺れ動く対中認識」園田茂人・デヴィッド・S・G・グッドマン編『チャイナ・インパクト――近隣からみた「台頭」と「脅威」』東京大学出版会、45-67.
  • 中野亜里 2011.「ベトナムにおける党-国家と市民社会の関係性――『実社会』からの政治革命の要求」寺本実編『現代ベトナムの国家と社会――人々と国の関係性が生み出す〈ドイモイ〉のダイナミズム』明石書店、133-182.
  • ベトナム社会主義共和国外務省 1979.『「中国白書」中国を告発する――この30年間のベトナム・中国関係の真実――』日中出版.
  • Elliott, David W. P. 2012. Changing Worlds: Vietnam's Transition from Cold War to Globalization. Oxford University Press.
  • Thayer, Carlyle A. 2016. "Vietnam's Strategy of 'Cooperating and Struggling' with China over Maritime Disputes in the South China Sea." Journal of Asian Security and International Affairs 3(2) 200-220.
  • Vuving, Alexander. 2009. "Vietnam: A Tale of Four Players." Southeast Asian Affairs 2010. 367-391.
写真の出典
  • ベトナム・中国間の国境標:By TSVC1190 [CC BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)], from Wikimedia Commons.
  • 中国企業による建設が進むハノイ都市鉄道2A号線:By [Tycho] talk, http://shansov.net [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], from Wikimedia Commons.
  1. "Tiền chính phủ TQ tới Việt Nam bao nhiêu?" BBC Tiếng Việt. 2017年10月12日(2018年9月5日閲覧)。
  2. OOFはOther Official Flowsの略。開発途上国への経済協力のひとつで、政府開発援助(ODA)以外の政府資金を指す。グラント・エレメントは、金利や融資期間などの条件から計算される、援助資金の贈与的要素の割合を示す概念。
  3. Le Hong Hiep. "The rise of Chinese contractors in Vietnam." East Asia Forum. 2013年3月14日(2018年9月5日閲覧); Massmann, Oliver. "Vietnam - Government Procurement Tenders - Investor State Dispute Settlement and Enforcement." LinkedIn. 2017年4月12日(2018年9月5日閲覧)。
  4. "China's projects in Vietnam earn reputation for poor quality, delays." Nikkei Asian Review. 2017年9月20日(2018年9月5日閲覧)。