IDEスクエア

世界を見る眼

(アジアに浸透する中国)中国の影響力拡大とそれに対する反発
――中国カザフスタン関係から

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050606

熊倉 潤

2018年10月

中国の影響力拡大はどの程度進んでいるのか?

「今の大統領はキタイ(中国)の友達だ。だが、老齢だ。すぐに死ぬ。そうしたら、サヨナラだ」。カザフ人のタクシーの運ちゃんは、中国と良好な関係を維持する現在のカザフスタン大統領ヌルスルタン・ナザルバエフを「匪賊」(бандит)と口汚く罵った上で、筆者に向かってそう言い放った。2018年7月末、カザフスタンの最大都市アルマトゥでのことだ。

近年、ここカザフスタンでも、中国の影響力は拡大している。影響力の拡大に伴い、中国への不信感や、中国と「結託」しているように見える自国政府への疑念も強まっているようである。2016年4月には、外国企業への土地の賃貸の上限年数を引き上げる土地法の改正に対し、これを中国企業、中国人移民に対し土地を売る売国行為であると解釈した人々による大規模な抗議集会が、カザフスタン全国の主要都市で発生したこともあった1。ナザルバエフ大統領が土地法の改正を凍結し、運動の指導者たちを逮捕したことで、抗議行動自体は終息に向かったが、その後も中国ないし中国人に関係する抗議行動が散発している。このように現に反発が生じているところを見ると、影響力の拡大が相当に進行しているようである。ただ、2016年4月の抗議集会から4カ月ほどして、最大の「親中派」政治家と目されていたカリム・マシモフ首相が、国家安全委員会議長に異動というかたちで、首相の座から解任された。この点からすると、中国の影響力の拡大には、一定の歯止めがかかっていると考えられる。

カザフスタンは、中国から見て、人口も経済規模も小さい「小国」かもしれないが、「一帯一路」構想におけるカザフスタンの重要性は決して小さくない。石油、天然ガス等の豊富な資源が中国向けに輸出されていることに加え、2013年以降、習近平が提唱してきた「シルクロード経済ベルト」構想において枢要な位置を占めてきた。2013年に習近平がはじめて「シルクロード経済ベルト」構想を語ったのは、カザフスタンの首都アスタナにおいてであった。以来、カザフスタンは中国と欧州を結ぶ鉄道「中欧班列」の通過国として存在感を示してきた。カザフスタンの同意と協力なくして、今日の「中欧班列」の成功はなかったと言っても過言ではないだろう。

またカザフスタンは中国新疆ウイグル自治区との間に長大な、しかも人の往来が比較的簡単な平地の国境を有する。新疆ウイグル自治区に居住する、「少数民族」として認定されているカザフ族と、カザフスタンの主要な民族であるカザフ人は、母語、生活文化、宗教等をほぼ同じくするという意味で同一の民族である。1962年には新疆ウイグル自治区に住んでいたカザフ族等、推定で6万人ほどが、当時ソ連領だったカザフ共和国(現カザフスタン)に集団で越境逃亡した事案も発生している。新疆ウイグル自治区において深刻な少数民族問題を抱える中国政府としては、カザフスタンとの良好な関係は、同自治区の安定にとって必要不可欠である。

そうした事情から、これまで中国政府はカザフスタンを、その人口、経済規模等の割には、高度に重視してきた面がある。中国の「シャープパワー」の象徴というべき孔子学院は、カザフスタン国内に4カ所設置され、潤沢な資金をもって優秀なカザフスタン国籍の学生を中国に留学生として送り、未来のエリートを養成しているとも言われる。そして中国の進出を歓迎する政府幹部、企業等が、中国のカウンターパートナーとの結びつきを強めていることは、筆者も随所で聞き及んでいる。中国・カザフスタン国境の街ホルゴス(中国側)は、建設ラッシュが進んでいる。そのホルゴスからカザフスタンのアルマトゥまでは中国の援助で高速道路が建設されている2。確かに中国の影響力の拡大が現に進行しているようである。

写真:ホルゴス(中国側。筆者撮影)

ホルゴス(中国側。筆者撮影)

写真:中国の支援で建設されたホルゴスからアルマトゥを結ぶ高速道路(筆者撮影)

中国の支援で建設されたホルゴスからアルマトゥを結ぶ高速道路(筆者撮影)
2つの留保

しかし、以上の動向を、中国の一方的な影響力拡大と評価できるかは、疑問である。これに対しては、いくつかの留保が必要であろう。第一に、カザフスタンでは、中国との結びつきばかりを強めるのではなく、ロシアとの関係を強化することでバランスをとる傾向も認められる。具体的には、ロシアとのユーラシア経済連合(EEU)が2015年に正式に発効し、ロシアとの経済的結びつきが先に制度化されることとなった。このことの経済効果は、クリミア危機後の対露制裁、石油価格の下落等により減ぜられたが、長期的にロシアの影響下から脱することが困難になった面があることは否めない。ときに「一帯一路」構想の文脈で、カザフスタンの経済構想である「光明の道」が中国の「一帯一路」と接続するという表現がなされることがあるが、これもまさにユーラシア経済連合が「一帯一路」と接続するというプーチン大統領の言説に準じているのであり、カザフスタンがユーラシア経済連合の枠組みを差し置いて単独で中国の影響下に入ることまでは意味していないと考えられる。

第二に、ビザ(査証)に関しても中国の影響力拡大に歯止めをかけようとする傾向が存在する。近年、カザフスタンはビザ免除措置をとる国を拡大してきたが、中国国民に対しては依然として事前のビザ取得を要求し、ビザ発給に厳しい審査を行っていると言われる3。中国とカザフスタンの国境に位置するホルゴス(中国側)で生活する中国人の大多数にとって、カザフスタン・ビザの審査は非常に厳しく、かつウルムチか北京まで審査に行かなければならないという不便を強いられるため、目の前にあるカザフスタンに入国することが極めて困難である。他方、カザフスタン国民は、ホルゴスの国境ポイントをビザなしで通過することが可能で、72時間以内であればビザ無しで中国側に滞在できる。中国側の宣伝では、「シルクロード」の美名のもとで、国境を越えた活発な人の往来を謳っている。しかし、カザフスタン政府は表向き「一帯一路」構想等において一層の協力を確認しあっているにもかかわらず、国の政策として中国人の入国を厳しく管理している面があることも事実である。

こうした政策をカザフスタン政府がとっている、あるいはとらざるをえない背景には、カザフスタン国内の中国に対する根強い不信感がある。筆者は、そうした不信感を、中国周辺諸国に広く存在する、いわゆる「中国脅威論」あるいは「恐中症」(Sinophobiaの中国語訳)と捉えて、過去に論文で論じたことがあるが4、カザフスタンの「中国脅威論」も歴史的に根深いものがある。中国の影響力が強まっていけば、こうした中国に対する不信感を刺激することは避けられないだろう。そのリスクをカザフスタン政府は理解しているからこそ、上述のようなバランス外交と中国人移民の事実上の制限を行っていると考えられる。

カザフスタンは基本的に権威主義体制と見なされるが、制度的には大統領は選挙を通じて選ばれており、大統領が民意に注意を払うインセンティブがないわけではない。ナザルバエフの票田である農村には、中国語などは全く理解せず、中ソ対立の時代以来の中国観を引きずる者も多い。他方、中国人移民に反対する抗議集会が起きたこと等を伝えるモスクワ発の報道は、ロシア語で発信されるため、カザフスタンの一般人も日常的に見聞きしている。そうしたロシア語報道の中には、最近、カザフスタンで中国人移民に対する嫌悪感が強まっているという趣旨のことを、根拠となる数値を示して訴えるものもある5。一般にカザフスタン国民は異なる民族に寛容であるという見方もあるが6、中国の影響力の拡大は従来になかった規模で進行している。中国の影響力が拡大していく中で、カザフスタン国民の対中感情が悪化せずにいられるのか、カザフスタン政治に新たな対立の火種をもたらさずに済むのかについては、老齢のナザルバエフ率いる現政権の今後が不透明であることもあり、今後益々注視に値するだろう。

著者プロフィール

熊倉潤(くまくらじゅん)。アジア経済研究所地域研究センター。おもな著作に「一帯一路構想下的哈薩克 従2016年抗議行動看『中国脅威論』」羅金義、趙致洋編『放寛一帯一路的視界 困難与考験』香港中華書局(2018年)、「新疆ウイグル自治区におけるガバナンスの行方」『問題と研究』46-2、117-148(2017年)など。

参考文献
  • Miller, T., China’s Asian Dream, Empire building along the new silk road, Zed Books: London, 2016.
  • 羅金義、趙致洋編『放寛一帯一路的視界 困難与考験』香港中華書局(2018年)
  1. 抗議集会については、さしあたり以下参照。熊倉潤「新疆ウイグル自治区におけるガバナンスの行方」『問題と研究』46巻2号、2017年、138-139ページ。
  2. 但し、ホルゴス国境から50キロ程のKoktalという町付近までは、高速道路は開通しておらず、開通しているのはKoktal付近からアルマトゥまでである。
  3. この点については、以下参照。Miller, T., China's Asian Dream, Empire building along the new silk road, Zed Books: London, 2016, p. 83.
  4. 熊倉潤「一帯一路構想下的哈薩克 従2016年抗議行動看『中国脅威論』」『放寛一帯一路的視界 困難与考験』香港中華書局、2018年、137-161ページ。同「一帶一路戰略之陸上絲路的若干問題」『欧亞研究』3期(2018年4月)、2018年、55-62ページ。同「一帶一路和中亞潛在的『恐中症』」『國際與公共事務』6期(2017年3月)、2017年、21-40ページ。
  5. Иголь Панкратенко «Чем дальше в ШОС – тем больше синофобов?», Независимая, 29.07.2018.
  6. 一例として、岡奈津子「デニス・テン選手を悼んで――フィギュアスケーターの死がカザフスタン社会に問いかけたもの」『IDEスクエア』、2018年。