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(アジアに浸透する中国)
カネはほしいが、ヒトはいらぬ――インドネシアと中国の微妙な関係

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050591

2018年9月

つい1年ほど前、中国からジャイアント・パンダがインドネシアにやって来た。1950年にインドネシアと中国が国交を樹立して以来、パンダが提供されたのは初めてのことであった。この出来事は、近年の両国関係の深まりを象徴している。  

しかし、インドネシアと中国の関係性は、友好一色というわけではない。両国の歴史やインドネシアの社会構造を反映して、それは複雑かつ微妙なものである。とくに、中国や中国人に対する微妙な感情が、政争の道具に使われてきた歴史がインドネシアにはある。それは、インドネシアが1998年に民主化した後も、2000年代に中国の台頭がはっきりした後も続いている。その意味で、中国ファクターは陰に陽にインドネシアの政治に影を落としているのである。

深まる2国間の経済関係

第2次世界大戦直後のインドネシアと中国の関係は、きわめて親密なものだった。インドネシアの初代大統領スカルノと中国の周恩来首相は、西側にも東側にも属さない「第三世界」を代表する政治家として外交舞台でともに活躍し、「ジャカルタ・プノンペン・ハノイ・北京・平壌枢軸」と名付けられた反帝国主義連合を牽引した。しかし、1965年のインドネシア共産党(PKI)系の将校によるものとされるクーデター未遂事件(9月30日事件)を契機に、外交関係は断絶する。この事件を鎮圧したスハルトは、インドネシア共産党の背後に中国による支援があるとみて、中国との外交関係を停止したのである。

両国の外交関係が再開されたのは1990年になってからだった。さらに、共産主義を脅威と認識していたスハルト独裁政権が1998年に倒されて民主化が始まると、両国間の交流は本格化する。史上初の直接選挙で2004年に大統領に就任したスシロ・バンバン・ユドヨノ政権の下では、戦略的パートナーシップ協定が結ばれ、貿易・投資、防衛協力、文化交流などの幅広い協力が始まった。同協定は、2013年に包括的な内容のものに引き上げられている。  

中国が経済大国化すると同時期にインドネシアも新興経済国として成長を始めたことで、両国間の貿易・投資関係は飛躍的に拡大した。いまや中国はインドネシアにとって最大の貿易相手国になっている。中国からの直接投資もここ数年で急増している。主たる投資先の分野も、ニッケルなどの鉱業、電力、電子機器、自動車、不動産開発、観光など幅広く、総額で日本の投資額を抜くのも時間の問題かもしれない。  

インドネシア政府も、中国の資金力を大いにあてにしている。巨額の資金を必要とする大規模インフラ・プロジェクトを進めるには中国マネーが是非とも必要なのである。だからこそ、2014年に大統領に就任したジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)は、中国が創設を提案したアジア・インフラ投資銀行(AIIB)に当初から賛同する意思を表明した。中国の「一帯一路」構想についても、インフラ開発を主要な政策目標としているインドネシアの方向性と一致するものであり、両国の経済関係をさらに強化するものだとして高く評価している1

写真:国際協力サミットフォーラムに出席したジョコ・ウィドド大統領(右から3番目)と習近平主席(右)。

2017年5月に北京で開催された「一帯一路」国際協力サミットフォーラムに
出席したジョコ・ウィドド大統領(右から3番目)と習近平主席(右)。
根強い反中感情

インドネシア政府も経済界も、中国の資金力に大きな期待を抱いている。しかし、中国マネーをあてにしたいと考える政治経済エリートがいる一方で、国民は中国や中国人、そして国内に住む中国系住民(華人)に対して必ずしもポジティブなイメージを抱いていない。むしろ中国や中国人・華人に対する不信感を拭えないでいるといってもいい。そうしたイメージは、両国のこれまでの歴史や国内における華人の立場を反映したものである。  

さかのぼれば、オランダ植民地時代、中国系住民は「東洋系外国人」として原住民とは異なる地位を与えられ、徴税請負人として植民地支配の一端を担った。独立後も、権力エリートとの癒着を通じて財閥を発展させ、経済を牛耳ることとなった。人口の数パーセントという人数に比してあまりに巨大な経済的存在感は、原住民(プリブミ)にとって常に嫉妬の対象だった。また、権力エリートに近づいて利権をむさぼる姿は、利己的でずる賢いというイメージにつながった。権力エリートも、華人の経済力に依存しながらも政治的な権利は認めず、国民の不満のはけ口として華人の存在を利用した。それが形として現れたのが、反華人暴動である。1998年に民主化運動が激化するジャカルタで発生した大規模な反華人暴動も、中国系住民に対する根強い反感を権力エリートが利用したものだった。  

民主化後、共産主義はイデオロギーとしても政治運動としても禁止されたままである。だがアブドゥルラフマン・ワヒド大統領の時代に、スハルトによって禁止されていた中国語や宗教などの中国文化が公式に認められるようになった。また、民族的差別は人権侵害であるという意識が芽生え、差別を規定する法令が廃止されていった。中国の経済的台頭にともない両国間の交流も増え、9月30日事件当時にあった「共産主義の脅威」という中国のイメージは、もはやインドネシア人の間にはない。

つづく反中感情の政治的利用

それでも、中国や中国人・華人に対する根強い反感や負のイメージは消え去ってはいない。インドネシアと中国の合弁事業が増えるなか、中国企業が法令の規定を超えて多数の中国人単純労働者を連れてきており、インドネシア人の雇用が奪われているといった噂が流れた。ジョコウィ大統領が2019年までに中国人観光客の人数を1000万人まで引き上げるという目標を掲げると、政府は中国人移民労働者を多数導入するつもりだという虚偽の情報がネットで流れた。ジャカルタとバンドンを結ぶ高速鉄道計画を中国が落札すると、この事業で得をするのは華人企業であるとまことしやかにささやかれた2。  

これらの根も葉もない噂、フェイクニュースは、単に差別意識から発生しているだけのものではない。そのような差別意識を政治的に利用しようとして意図的に発せられているのである。つまり、中国マネーをあてにして中国に接近するジョコウィ政権に反対する勢力が、次の選挙を睨み、大統領を攻撃する意図を持って発信していると考えられる。  

2014年にジョコウィがジャカルタ州知事から大統領選に立候補したときにも、「ジョコウィは華人である」というフェイクニュースが流れた。これもジョコウィの人気を傷つけようとして流布されたものだが、その根底には華人に対する負のイメージがあることは否定できない。  

また、2016年のジャカルタ州知事選も、華人であることが政治的にマイナスに作用することを示す結果となった。この選挙では、華人系キリスト教徒の現職の州知事バスキ・チャハヤ・プルナマ(通称アホック)が、イスラーム教徒ではないということとあわせて、華人であることを対抗勢力から批判されて敗北した。アホックは、州知事だったジョコウィが大統領に就任したことで、副州知事から自動的に州知事に昇格したため、今回が自らの州政の実績を有権者に問う最初の選挙だった。彼の州政に対する住民の評価は高く、選挙戦の当初は最有力候補だった。しかし、華人に対する反感が、アホックの盟友であったジョコウィを攻撃するという政治的な意図と組み合わされて利用されたことで、選挙の流れが大きく変わってしまったのである3。  

実は中国に対する警戒感も、近年強まりつつある。2016年3月に南シナ海に面するナトゥナ諸島沖でインドネシア当局が拿捕した違法中国漁船を、中国当局が実力で奪い返すという事件が発生した4。それまでインドネシア政府は、南シナ海の領有権問題に直接関与しないという姿勢だったが、この事件はインドネシアのナショナリズムを刺激した。ジョコウィ政権はことさら事を荒立てないという姿勢だったが、ナトゥナにおける軍事力強化と経済開発を進める方針を示さざるをえなかった。ここでも、中国に対して弱腰の姿勢を見せることが、国内政治に跳ね返ってくると想定されているのである。  

インドネシアにとって、大国化した中国を無視することはもちろんできない。とくにその経済力は、インドネシアの開発を推し進めるためにはどうしても必要なものである。しかし、中国にあまりに接近すれば、ナショナリズムと反華人意識を利用しようとする勢力の格好のえじきとなってしまう。民主化をしてインドネシアの政治経済体制は大きく変わったが、中国ファクターの難しさはまだ変わっていないようである。

著者プロフィール

川村晃一(かわむらこういち)。アジア経済研究所地域研究センター東南アジアI研究グループ長代理。専門はインドネシア政治研究、比較政治学。おもな著作に『新興民主主義大国インドネシア——ユドヨノ政権の10年とジョコウィ大統領の誕生——』(編著)、アジア経済研究所(2015年)、『東南アジアの比較政治学』(共著)アジア経済研究所(2012年)など。

書籍:アジ研選書 No.40

書籍:アジ研選書 No.30

参考文献
  • 白石隆『新版インドネシア』NTT出版、1996年。
  • 相沢伸広『華人と国家——インドネシアの「チナ問題」——』書籍工房早山、2010年。
  • 首藤もと子「インドネシアの対中政策・対中認識の新展開」『主要国の対中認識・政策の分析』国際問題研究所、2015年。
  • Donald E. Weatherbee, "Understanding Jokowi's Foreign Policy", Trends in Southeast Asia No. 12, Singapore: ISEAS-Yusof Ishak Institute, 2016.
  • Leo Suryadinata, "The Growing 'Strategic Partership' between Indonesia and China Faces Difficult Challenges," Trends in Southeast Asia No. 15, Singapore: ISEAS-Yusof Ishak Institute, 2017.
  • Siwage Dharma Negara and Leo Suryadinata, "Indonesia and China's Belt and Road Initiatives: Perspectives, Issues and Prospects," Trends in Southeast Asia No. 11, Singapore: ISEAS-Yusof Ishak Institute, 2018.
写真の出典
  • By The Russian Presidential Press and Information Office [CC BY 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by/4.0)], via Wikimedia Commons.
  1. "Bertemu Presiden Xi Jinping, Presiden Jokowi Ajak Kerja Sama Bangun Proyek Infrastruktur," 15 May 2017.
  2. ジャカルタ=バンドン高速鉄道計画については、川村晃一「「高速鉄道受注失敗」に見る「日本・インドネシア関係」の変容」『Foresight(フォーサイト)』2015年10月22日、川村晃一「「インドネシア高速鉄道」をめぐる混乱(上)「ジョコウィ流」とは何か?」『Foresight(フォーサイト)』2016年2月15日、川村晃一「「インドネシア高速鉄道」をめぐる混乱(下)中国のしたたかさ」『Foresight(フォーサイト)』2016年2月16日を参照。
  3. 2017年のジャカルタ州知事選については、川村晃一「インドネシア「イスラム教急進化」の実相(上)「大苦戦」したジャカルタ州知事」『Foresight(フォーサイト)』2017年3月16日、川村晃一「インドネシア「イスラム教急進化」の実相(下)「保守派」を抑えたジョコウィ政権」『Foresight(フォーサイト)』2017年3月18日、川村晃一「「ジャカルタ州知事選」で顕在化したインドネシア「イスラム保守派」の政治力」『Foresight(フォーサイト)』2017年5月1日を参照。
  4. 川村晃一「南シナ海問題:インドネシアの「対中穏健路線」は不変か」『Foresight(フォーサイト)』2016年5月9日。