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特集にあたって――多元化する中国ファクター

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050590

2018年9月

中国の台頭をどのように語るか

21世紀は中国の時代になる。投資家のジム・ロジャーズが自著A Bull in Chinaでこう強調したのは2007年のことであった。それから10年余り、国際社会における中国の存在感は高まり続けてきた。たとえば2017年5月に北京で開催された「一帯一路」国際協力サミットフォーラムには130あまりの国・地域および70以上の国際機関の代表が参加した。現在の国連加盟国数が193カ国であることからすれば、実に世界の7割近くが「一帯一路」に関心を有しているといえる。

写真:「一帯一路」国際協力サミットフォーラム開催直前の様子

「一帯一路」国際協力サミットフォーラム開催直前の様子(ロシア大統領府ウェブサイト

またそうした現実を受け、近年巷間では「中国の台頭は国際社会にどのような影響をもたらすのか」が盛んに論じられている。ただしそれは、経済的恩恵に対する希望一色に染められているわけではない。むしろほとんどの議論で、中国に対する警戒心が色濃くにじんでいる。周知のように中国が主導する「一帯一路」構想は多様な課題を内包していることが明らかになってきた。中国からの過剰な債務を返済できない国が資源や港湾などを担保に差し押さえられる「債務の罠」への懸念、急速な開発が現地の環境問題を悪化させる恐れ、プロジェクトの実施を中国企業ばかりが請け負って現地の産業・雇用を刺激しない手法への不満。インフラ整備を軸とする大規模経済圏の構想は基本的に歓迎されているものの、実態としては関係各国の不信を招いた側面がある。習近平自身もまた今年8月末に「一帯一路の建設は、経済協力の呼びかけであり、政治連盟や軍事同盟ではなく『中国クラブ』を作るつもりはない」と発言しており1 、「一帯一路」に対する風当たりが強くなっていることを伺わせた。

いまや世界中が中国から何らかの影響を受けていると言っても過言ではない。実生活においては中国の物品やサービスを歓迎する一方で、中国の政治的野心に不安を覚える人々が増えている。こうした対中警戒心の一端は、国際社会のルールを意に介さない習近平政権の対外姿勢に根差しているだろう。南シナ海や東シナ海での領土・領海をめぐる独善的な主張、あるいは中国国内での民間人や外国企業に対する抑圧など、強硬な政治姿勢が大きな懸念材料となっている。また台湾の蔡英文政権に対する中国の政治的圧力は強まる一方で、台湾をめぐる米中の緊張も高まった。これに関連して2017年後半にはトランプ政権の対中認識が硬化し、2018年にかけて米国と中国の政治的・経済的対立が長期化する見通しとなっていった。

日本を取り巻く国際情勢が流動化するなかで中国に対する関心はさらに高まり、対中批判を目にする機会もまた増えている。こうした環境の下で、私たちはどれだけ客観的に「中国」を論じているだろうか。中国の影響力が複雑に交錯する今、その実態を冷静に評価する必要性が高まっている。

広がりを見せる中国ファクター

「不信」の色眼鏡を外した時、中国は私たちの目にどのように映るのだろうか。本特集では各国の内政における「中国ファクター」の考察を手掛かりに、中国の影響力が周辺国にどこまで浸透しているかを考えるヒントを提示したい。

学術界においては2000年代にこのテーマが本格的に論じられるようになってから、様々な議論が展開されてきた。いち早く中国ファクターを取り上げたのが、台湾の研究者であったことは興味深い。2009年には、呉介民(中央研究院社会学研究所)が「中国ファクター(中國因素)と台湾民主」という論文を発表し、中国資本に由来する利益団体が台湾社会や政治機構のなかで影響力をもつに至ったことを分析した。台湾においては「一帯一路」が展開される以前から、中国が経済を介した影響力を政治的に利用する事例が問題視されていたのである。

中国の台頭による影響は「非常に複雑で、錯綜し、多方向で、多義的」なものとして問題提起を行った白石隆、ハウ・カロライン(2012)は、東南アジア各国がそれぞれの政治環境のもとで中国との距離を取りながら、現実的でしたたかな対応をとっていると評価した。白石によれば、当該国がどれだけ国際経済に包摂されているかにより、中国に傾斜する程度の差異がみられたという。

2010年代にはさらに、「中国とどのように付き合うか」が国内政治における争点となる事例が増加している。典型的なのは今年5月にマレーシアで行われた議会下院選挙であろう。マハティール元首相の率いる野党連合が勝利した要因として、現職のナジブ首相の汚職問題と中国との過剰な蜜月関係への反発があったとされる。そもそも東南アジア諸国では各々の歴史的経緯から、中国や中華系住民に対する「嫌中感情」を持つ人が少なくない。それが、中国の経済進出という環境変化を受け、国内政治における中国ファクターとしてあちこちで表出するようになっているのである。

中国の国際的影響力に対するこれまでの関心は、大別するならば主として2つあっただろう。1つはバイラテラル(二国間関係)の視点から、中国は何らかの地政学的狙いをもって経済協力や支援を行い、相手国に影響力を浸透させているのではないか、という議論である。たとえばスリランカが中国からのインフラ投資を受けて返済不能な巨額の債務を抱え、2017年にハンバントタ港を99年間のリースに出した事例にみられるように、相手国の返済能力を無視した中国の行為は、違法ではないものの、倫理的にも国際政治的にも問題を含むとみなされている。オーストラリアでは、今年2月に出版されたSilent Invasionが、オーストラリアに移住した中国系の富豪が政界や研究機関などへの多額の寄付を通じて政策誘導を試みた、と批判し注目された。また同様の観点に基づいて、特殊な産業構造を有する中国の情報通信分野に対する警戒感が強まっており、アメリカやオーストラリアは中国のIT企業である中興通訊(ZTE)や華為技術(ファーウェイ)に参入制限を課している。こうした現実を受け、全米民主主義基金(NED)が2017年に提起した「シャープ・パワー」論は2、中国の強引な手法を批判的に捉える概念として広く受け入れられた。

もう1つの関心事項はより国際的な視点から、中国が自国に有利な環境を構築するために既存の国際秩序を軽視し、国際社会に秩序の空白あるいは変質をもたらすのではないかという問題である。そもそも、これまでアメリカ主導で称揚されてきた自由や民主主義などのリベラルな価値観は、中国の民族問題や人権問題への批判とリンクしてきた。中国共産党はこれら「西側の」概念を認めないと明言し、独自の解釈で民主や自由を定義している。もし中国に同調する国家が増えるならば、国連などの国際機関においても、暗黙の裡に共有されてきた価値観のベースラインが引き直される恐れがある。

中国問題を客体化する

いまや中国問題は多元的に、多方面に波及している。中国を基点として世界を見渡せば、その戦略的青写真が浮かび上がるのではないか、という想像が働くのも道理である。だが実際には、「政府が用意周到に組み立てた外交戦略を滞りなく実施する」ことなど不可能である。「一帯一路」構想とて、各国の反発や現実問題に直面して調整を余儀なくされているのが現実だ。

本特集では、特定の地域あるいは領域横断的なテーマを基点として中国問題を論じる視座を提示したい。中国の影響力を考察するうえで、地域・領域横断的な理解がますます必須となっている。多様な視点から中国問題を俯瞰することで、中国自身の戦略論とは距離を置き、より実態に近い中国ファクターを浮かび上がらせることを試みる。

本特集では下記の12のテーマを取り扱う。

【地域別の検討】

【領域横断的な検討】

なお執筆者の多くは、アジア経済研究所に籍を置く各分野の専門家である。実のところ本特集は、筆者自身が各研究者に刺激を受けて着想したものであり、中国の影響力を検討するための網羅的な構成になっている訳ではない。そもそも本特集だけで全てを論じることなど不可能であると知りつつも、いわゆる「現場感覚」に基づいた、できるだけ複眼的な理解の提示を試みたものである。現在もなお多元化し拡大している中国の影響力について、読者の方々に何らかのヒントを提供できたならば幸甚である。

著者プロフィール

江藤名保子(えとうなおこ)。アジア経済研究所地域研究センター東アジア研究グループ。博士(法学)。専門は現代中国政治、日中関係、東アジア国際政治。おもな著作に、『日中関係史1972‐2012 Ⅰ政治篇』(共著、東京大学出版会、2012年)、『中国ナショナリズムのなかの日本――「愛国主義」の変容と歴史認識問題』(勁草書房、2014年)など。

書籍:中国ナショナリズムのなかの日本

参考文献
  • 白石隆、ハウ・カロライン『中国は東アジアをどう変えるか』中公新書、2012年。ns
  • 吳介民、黃健群、鄭祖邦『吊燈裡的巨蟒――中國因素作用力與反作用力』左岸文化、2017。
  • National Endowment for Democracy, "Sharp Power: Rising Authoritarian Influence," December 2017.
  1. 『産経新聞』2018年9月3日。
  2. ロシアや中国などの権威主義国家が、自国の方針に従わせるために強引な手法を用いることを批判的に論じる概念。経済活動を介した政治的圧力、相手国における世論操作、オピニオン・リーダーの取り込みや抑圧などの事例がある。