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2017年ケニア大統領選挙をめぐる混乱(4)

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050471

2018年8月

はじめに

2017年9月1日、ケニアの最高裁が下した判断は、ケニア国民にとどまらず世界中を驚かせた。同年8月に行われた大統領選挙を最高裁が無効とし、これにより、すでに選管が宣言していた現職U・ケニヤッタ大統領の再選も無効になったのであった。ケニア国内のメディアはもとより、CNN、BBCなど国際メディアもこぞって、この件をアフリカ初であるとして驚きとともに報じた。以後ケニアでは、再選挙の実施、野党側による選挙ボイコットと、選挙をめぐって混乱が続いた。その混乱とはいったいどのようなものだっただろうか。背景には何があったのか。その後、問題は解決したのだろうか。

第4回のこの欄では、最高裁による大統領選挙無効の判断と、野党側が最終的に選挙ボイコットという戦術をとるまでの流れをみていこう1

最高裁による当選無効判断

2017年9月1日の最高裁判決は、不服を申し立てた野党オディンガ側の主張を大筋で認めるものであった。最高裁は、「選挙に不正と違法性があり、選挙の完全性が損なわれた」として、ケニヤッタ大統領の再選とした大統領選挙結果を無効と判断し、選管に対しては60日以内に大統領選挙をやり直すよう命じた。

ただし判決は、選管が2位とした野党側オディンガ候補の当選を宣言する内容ではなく、またケニヤッタを再選させるための意図的な不正や集計数値の改ざんを指摘するものでもなかった。後に公開された判決全文によれば、選挙を無効とした主たる理由として挙げられたのは、選管の選挙運営における細々とした法律違反――(1)選管委員長が当選宣言で依拠したフォーム34Cに偽造防止措置が講じられていなかった、(2)少なくとも11,000の投票所で結果のデータ送信に失敗があったなど――に終始していた(ROK 2018)。この最高裁判決では、集計用フォームに見られた不備、集計作業における不備など、憲法や関連法が主として手続き面で遵守されなかったことを理由として、現職大統領の再選が無効とされたのであった。これは、民主主義の手続きにおいて、司法がはたしていかなる役割を果たすべきなのか、興味深い論点を提供する事件だったといってよいが、その検討作業はまた別稿にゆずることとし、ここでは判決への対応を続いてみていこう。

写真:D・マラガ最高裁長官(写真向かって右)

D・マラガ最高裁長官(写真向かって右)
野党による選管改革要求

判決を受けた野党オディンガ側は、選管の大幅な改革を再選挙実施の前提だと主張し、改革がなければ再選挙は認めないとの立場をとった。判決の内容が選管の不備を広範に指摘する内容だったことを思えば、こうした野党側の主張はまずは十分理解できる範囲にあったといってよい。

オディンガは、最高裁による選挙無効判決が出たその日に司法判断を称揚する演説を行い、再選挙を現選管のもとで行うことはできないと主張した。オディンガら野党側は、「最小限の改革条件(irreducible minimums)」と銘打ち、(1)選管コミッショナーの一部と選管事務局長らを再選挙の担当から排除すること、(2)新たな印刷会社と契約することなどを選管に要求し、もしそれらの条件が満たされない場合、「選挙はなくなる(There will be no election)」との表現を用いた(Nation, September 13, 16, 2017)。

この「選挙はなくなる」という表現が何を具体的に意味しているのか、この時点では野党側が説明しなかったため、メディアを中心として、オディンガらが選挙という民主主義的手続を逸脱するような行為(たとえばクーデタなどの暴力)を準備している可能性が取り沙汰されることとなった(Nation, September 19, 2017など)。

与党側による司法への対抗

一方、再選をふいにした現職ケニヤッタ大統領はどう対応しただろうか。ケニヤッタは、無効判決が出た当日には、「個人的には今日の司法判断に同意しない。しかし司法判断を尊重する」と述べて、判決に従う意向だけは表明した(Star, September 2, 2017)。しかし、その翌日には司法に対する怒りをあらわにして、自分が再選された暁には最高裁を「修繕する」(fix)、「選管を解散させる前にまず最高裁の解散だ」などと激昂した様子で発言した(Nation, September 3, 2017)。ケニヤッタ大統領のこの対応は、行政による司法への介入であるとしてケニアの法曹界やマス・メディア、欧米外交団などからの広範な批判を招く結果となった。

また、ケニヤッタを擁する与党ジュビリーは、国会を舞台に、大統領選挙に関わる「ゲームのルール」自体の変更も強行した。

変更された「ルール」とは、具体的にはケニアの選挙法と選挙管理委員会法という二つの法律である。これらの法律に対して与党側が画策した修正は、選管委員長の権力の縮小など多岐にわたっていたが、なかでも特に重要な変更は、大統領選挙で不服申し立てができる要件を厳格化し、単に憲法や法律が遵守されなかっただけでは大統領選への不服を申し立てられないようにするための、選挙法改正であった。

つまり与党側は、2017年8月の大統領選挙の時と同じ理由では再選挙が無効にされないための法改正に打って出たわけである。法案が国会に提出されると、野党側は鋭く反発した。オディンガの地元キスムでは警察とデモ隊の衝突が繰り返され死者も発生した。

進まない選管改革

他方、厳しい判決が出たにもかかわらず、2017年9月を通じて肝心の選管改革は進まなかった。電子的集計システムや集計作業方法の改善、選管の一部スタッフの入れ替えなどはなされたものの、野党側が強く要求していた選管コミッショナーや事務局長の入れ替えはなく、印刷会社の変更もできなかった。さらには選管コミッショナーのあいだで意見対立が激化し、委員長寄りかつ野党寄りとみられていたコミッショナー一人が辞任したうえ身の危険を訴えて海外に避難する事態がおこり、その後も野党側が要求した形での選管コミッショナー、選管事務局長の入れ替えは実現しなかった。

改革の進まないままに選管は、粛々と大統領選挙の再選挙の準備を進めていった。選管は、再選挙の投票日を2017年10月26日と決定し、再選挙における大統領候補についても、紆余曲折のあと、最終的にケニヤッタ、オディンガ、そして8月の大統領選挙に出馬した全候補と決定した(ただし泡沫候補一人は破産したために候補から除外された)。

野党側は、選管事務局長らの辞任を求める街頭行動を頻繁に行っており、オディンガの地元であり野党支持の強い旧ニャンザ州では毎回のように死傷者も発生していた。しかし、再選挙の実施が近づく中、投票日までに野党側の要求している「最小限の改革条件」が満たされないことは、日増しに確実になっていった。

野党候補オディンガの出馬取りやめ

事態が大きく動いたのは、10月10日だった。この日午前、オディンガは、要求してきた「最小限の改革」がまったく実現していないとして、大統領選挙の再選挙への出馬を取りやめると発表したのである。

ケニアにおいて、長らく続いた一党制が崩壊し、複数政党制が回復された(ケニアの「民主化」)のは1991年だった。以来、2017年までの26年間で、大統領選挙の有力候補が選挙をボイコットしたのは、この2017年大統領選挙が初めてだった。オディンガの出馬取りやめは、ケニア史を見渡しても特筆すべき大事件だったと言ってよい。

表1 関連事項年表

表1 関連事項年表

(出所)筆者作成。

オディンガは一体どのような戦略の元で、この選挙ボイコットという手段に出たのだろうか。オディンガ自身の言葉によれば、その戦略とは次のようなものだった。「前回(2013年)の大統領選挙に対する不服申し立てでは、最高裁判決で『候補が立候補を取りやめる場合には大統領選挙はキャンセルとなる』ことが明記された。一方、ケニア憲法では、大統領選挙の中止を定めた第138条は、候補者死亡の場合だけを取り扱っている。2013年判決は、候補者の死亡だけではなく立候補取りやめの場合も大統領選挙が中止となるとの憲法解釈を示したものだ」(Star, October 10, 11, 2017)。

つまりオディンガは、2013年に示された司法判断によれば、今回自分が立候補を取りやめることにより、10月26日に予定された大統領選挙の再選挙もやはり中止となるはずだ、と主張したのである。オディンガは重ねて、再選挙が中止となった場合は、選管は選挙法の定めに従い、大統領選挙の実施に向けたプロセスを、政党による候補ノミネートから新規に始めるべきであるとした。これがオディンガら野党側が主張していた、「選挙はなくなる」という戦略の意味であった。

再選挙準備の継続

では、オディンガのボイコット宣言後、オディンガが主張したように実際に10月の再選挙は中止になったかといえば、答えは否、であった。事態はオディンガの主張の通りにはまったく進まず、逆にオディンガによる再選挙のボイコット宣言後は、NASAという野党側の選挙協力組織そのものが弱体化していく流れとなったのである。

オディンガのボイコット宣言の翌日、上述したように国会下院では与党ジュビリーの数的優位を背景に選挙法などが修正され、大統領選挙に関する不服申し立てをより困難にする方向で「ゲームのルール」が変更された(上院通過はその翌日にあたる10月12日)。

表2 2017年ケニア総選挙後の党派別国会議席数

表2 2017年ケニア総選挙後の党派別国会議席数

注)NASA傘下政党は議席の多い順にオレンジ民主運動、ワイパー民主運動、アマニ全国評議会、民主主義復興フォーラム-ケニア、マシナニ党。マシナニ党(下院のみ2議席)は後に離脱。
出典)ケニア官報各号、ケニア独立選挙区確定・選挙管理委員会(IEBC)ウェブサイトより筆者作成。

他方選管は、オディンガが立候補取り下げの正式なフォームを提出していないとして、オディンガをそのまま立候補者のリストに残し、大統領選挙の予定に変更はないとした。選管によれば、2017年10月26日に大統領選挙再選挙は実施するのであり、そこでの候補者はケニヤッタとオディンガ(およびその他5人)で変更はなかった。

ケニヤッタ大統領も、全国各地において選挙キャンペーンを展開し続けた。ケニヤッタはオディンガとは逆に、再選挙は最高裁による決定事項であって実施されねばならないとし、選挙をボイコットすることでケニア国民の民主的権利を奪うことはなんびとにも許されない、と主張した。

一方オディンガは、ボイコット宣言後は終始、自分は立候補を取り下げており、再選挙は中止すべきだと主張し、選管が10月26日の再選挙を実施する場合、その選挙は違法だとの立場を崩さなかった。このため与野党の対立は、大統領選挙における勝ち負けではなく、10月26日に再選挙を実施すべきか(与党ケニヤッタ側)、実施は違法か(野党オディンガ側)をめぐって先鋭化していった。

10月再選挙のボイコットか、投票か

勝敗を選挙で争う場合には、ひとりひとりの有権者にとっては、自分が与党・野党のどちらに投票したかは基本的に外からは分からない。ケニアの選挙は日本と同様、投票用紙にひとりひとりが誰にも見られずに記入し、投票箱に入れる方式で行われる。投票用紙には候補全員の名前や写真があらかじめカラーで印刷されていて、チェックするだけでよく、名前や政党名を書く必要すらない。野党支持が強い地域にいたとしても、密かに与党候補に投票することも充分に可能である。

しかし、この10月の再選挙では事情が異なった。野党側がボイコットを呼びかけたことにより、選挙の準備をするか否か、投票に行くか、行かないか、といった誰の目にも明らかな行動が、それぞれ「与党支持」「野党支持」を表明することに等しくなってしまったのである。

このあとオディンガの地元であるニャンザ州の北部4カウンティでは、選管係官が襲撃されるなどして結局再選挙が実施できなくなるのだが、それも十分予想される結果であったといえるだろう。ケニア社会は、首都ナイロビとオディンガの地元地域を中心に不安定さを増していった。(つづく)

著者プロフィール

津田みわ(つだみわ)。アジア経済研究所 地域研究センター主任研究員。法学修士。専門はケニア地域研究、政治学。主な共編著に『ケニアを知るための55章』(明石書店)、最近の共著に『現代アフリカの土地と権力』(武内進一編、アジア経済研究所)など。

書籍:ケニアを知るための55章

書籍:現代アフリカの土地と権力


引用文献

写真の出典

D・マラガ最高裁長官:By Carltdpp [CC BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)], from Wikimedia Commons

  1. 本稿執筆にあたっては、Nation、East African、Standard、Star等の主要な現地紙および、Independent Electoral and Boundaries Commission、Kenya Law等の主要なサイトを参照した。紙幅の都合により、本文中での引用を除いて記事の詳細については省略する。