IDEスクエア

世界を見る眼

トルコ2018年6月大統領・国会同日選挙――政局屋依存の集権的大統領制へ

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050427

2018年6月

はじめに

トルコは2018年6月24日、集権的大統領制下で初めての大統領・国会同時選挙(双選挙)を実施した[注1]。大統領選挙ではレジェップ・タイップ・エルドアン現職大統領が52%の得票率で勝利、一院制国会の選挙ではエルドアンを党首とする公正発展党(AKP)は前回総選挙と比べて得票率を7%ポイント減らして議会単独過半数を失ったものの、選挙連合を組んでいた民族主義行動党(MHP)の議席数を加えると過半数を維持した(図1)。本稿では、これらの結果が何を意味するのか、また今後のトルコ政治の展開とどのようにかかわってくるのかを考察する。

図1 2018年6月国会選挙後の議席配分(定数600)

図1 2018年6月国会選挙後の議席配分(定数600)

(出所)トルコ各紙報道選挙結果より筆者作成。 (注)水色は与党選挙連合、肌色は野党。

写真:2018年6月トルコ大統領・国会選挙用の投票用紙

2018年6月トルコ大統領・国会選挙用の投票用紙
選挙結果考察
大統領選挙でエルドアンは第1回票で過半数(52.4%)を制したものの、それは選挙連合を組んでいたMHPからの支持により実現した。表 1が示すように、AKPの国会選挙での得票率は42.3%でしかない。両者の差である10.1%ポイントは、MHPの国会選挙得票率である11.1%に非常に近い。またAKPは得票率を前回総選挙から7.2%ポイント減らしたが、その大部分は選挙連合を組んでいたMHPに向かったと考えられる。すなわち、AKPは大統領選挙での借りを議会選挙で返したことになる。以下でやや詳しく述べる。

表1 2018年6月大統領・国会選挙:政党別支持率(%)

表 1 2018年6月大統領・国会選挙:政党別支持率(%)

(出所)トルコ各紙報道選挙結果より筆者作成。
(注)a直近の2015年11月総選挙との比較。b自党候補を擁立せずAKP候補を支持。c国会議席を獲得できなかった政党の得票率の合計。

表2 政党の名称と政治的傾向

表2 政党の名称と政治的傾向

(出所)筆者作成。

そもそもAKPとMHPとの選挙連合は、議院内閣制であれば必要なく、大統領制に移行したために必要になった。2017年4月にエルドアンは大統領制移行のための国民投票を(2016年7月のクーデタ未遂以降AKPに近づいたMHPの支持を得て)僅差で成立させたものの、新制度下での大統領選挙での過半数得票は難しい見込みだった。それに乗じたデヴレット・バフチェリMHP党首はエルドアンを自党の大統領候補として(AKPにさえ先んじて)宣言した。ただし彼はエルドアン支持の対価として、MHPが国会選挙での10パーセント足切り条項を免れるため国会選挙での政党連合を合法化させ、AKPにMHPとの選挙連合を組ませた[注2]

この与党選挙連合の結果、今回国会選挙では、それまでMHPが国会選挙で足切りにかかることを懸念してAKPに投票していた有権者がMHPに回帰したと思われる。それに加え、トルコ通貨の下落やインフレ進行などを理由とするAKP批判票が(政治的特徴が類似する)MHPに流れたことも、AKPからMHPへ流れたと推測される票の大きさから読み取れる。

そもそもMHPが10パーセント足切りにかかる危険が生じたのはMHPから除名された国会議員たちが結党した善良党(İP)とその党首メラル・アクシェネルの人気だった。実際、今回の国会選挙でİPは初参加ながら10%も得票している。Metropollによる2018年3月の世論調査でもMHPからİPへのかなりの票の順移動(4~4.5%ポイント)が見込まれていた。MHPがこれらの「逆境」にもかかわらず得票率を前回総選挙からほとんど減らさなかったのは、AKPからMHPへかなりの量が流れたためとしか考えられない。

図2 AKPの得票率(%)

図2 AKPの得票率(%)

(出所)高等選挙委員会(http://www.ysk.gov.tr/)データより筆者作成。
(注)*は統一地方選挙、**は大統領制移行国民投票。2015年の(1)は6月、(2)は11月。
図2を見ると、2017年の国民投票と2018年の大統領選挙でのAKP支持はそれまでのAKP支持と同水準に見えるが、それまではAKP単独での、それ以降はAKPとMHPを合わせた支持率である。すなわちAKPの支持率推移は赤棒ではなく青棒が正しく反映している。AKPは安泰ではない。
すでに何が変わっているのか

2017年4月国民投票で憲法改正が成立したことで、すでに適用されている憲法改正条項もある。第1に、大統領の政治的中立義務が無い。旧制度である議院内閣制では大統領は国家三権の調整役であったため、政治的中立の保証として党籍離脱が義務づけられていた。新制度では大統領は党員のみならず党首であることも可能になった(これを受けてエルドアンはAKP党首に復帰した)。しかも国会運営で会派(実際は政党)を単位とする現行の憲法規定は何ら改正されていない。これにより、党首である大統領は一院制国会(総選挙は大統領選挙と同時であるため高い確率で与党が多数派となる)への支配を確保できる。

第2に、司法人事への大統領権限が強まった。まず、司法府全体についての人事機関である判事検事委員会の任命権を大統領と国会(実際には与党)が握るようになった。判事検事委員会の定員が旧制度の22名から新制度で13名に減ったにもかかわらず大統領が任命する構成員は実質6名(委員4名および司法相と司法次官)のままとされた。しかも残りの7名については、法曹による互選を廃止して(与党が多数を占めるはずの)国会による任命となった。判事検事委員会は下級裁判所人事を自らが決定するのに加え、上級裁判所判事検事の候補を選定する。さらに大統領は(旧制度と同じく)、上級裁判所の判事を(自らの裁量により、ないし候補者の中から)任命する。すなわち大統領は上級裁判所人事の入口と出口の両方を支配している(米国では連邦判事のすべては大統領が指名するが、上院の承認が必要である)。

さらに何が変わるのか

大統領選挙実施に伴い新たに適用される条項は、大統領の任期を伸ばし、行政・立法権限を拡大する[注3]。第1に、任期は名目的には旧制度と同様に5年2期までだが、3期への抜け道ができた。大統領与党が多数を占めた場合、国会が、大統領任期2期目の最中に解散総選挙を決めた場合、大統領は3期目のために立候補することが認められるのである。第2に、行政権限の拡大では、(1)副大統領と閣僚を、役職要件無しに任免でき、議会の承認も必要無い。副大統領と閣僚は議員と同じ不逮捕特権を有する。副大統領(複数可能)は大統領を臨時代行する。(2)高級官僚を役職要件無しに任免でき、議会の承認も必要無い。しかも高級官僚の定義が無いので対象役職範囲をいくらでも広げられる。(3)国軍参謀総長と国家安全保障会議委員を任命でき、議会の承認を必要としない。また国家安全保障会議組織と任務を、法律でなく大統領例により規定できる。(4)非常事態令を広範な条件で公布できる。

第3に立法権限では、(1)非常事態令下ではあらゆる法領域について、法的効力を持つ大統領令を公布できる(ただし同法令は3カ月以内に国会承認されないと失効する)。(2)憲法が議会に認めた法領域事項・既存法が詳細に定めた事項および基本的人権事項を除き、行政権限に関する(官庁組織変更を含む)大統領令を公布できる。しかも司法審査では憲法裁判所が合憲性のみを審査するため、法律に違反していても無効にならない。(3)大統領は任意に、国会解散総選挙を決定できる(その場合大統領選挙も同時実施)。(4)予算を国会に提出、承認されなければ暫定予算が、さらには前年度予算が執行される。(5)大統領が拒否権発動した法案は国会議員総数過半の賛成により再可決成立する。

大統領権限が拡大したのに対し、国会の行政府への対抗権限は縮小した。国会任期が4年から5年に伸びたことで、大統領与党に対する投票による監視・民意反映機能は低下した。しかも通常の大統領制諸国では下院の中間選挙や上院(トルコでは存在しない)の部分改選による与党議席減少(民意反映更新)が大統領権限を抑制するが、トルコでは同様の制度は導入されていない。これもトルコでの大統領制導入に際しての欠落点の一つである。さらに行政府監視権限も弱められた。特に、弾劾規定が極めて厳しくなる[注4]。しかも弾劾対象者は任期終了後も同じ弾劾規定を適用されるため一生刑事訴追から逃れることになる。このように弾劾規定は、大統領やその被任命者を弾劾から保護するのみならず訴追を阻止する内容になっている。

おわりに

エルドアンが2007年総選挙勝利後に首相府のバルコニーで国民融和的な勝利宣言を行って以来、選挙勝利のたびに行われる演説は「バルコニー演説」と呼ばれてきた。しかし2017年4月国民投票後の勝利宣言で全国民を抱擁する文言は無かった。今回の勝利宣言を特徴付けたのも、大統領選挙次点候補との得票差を誇り、支持者に結束を呼びかける言葉だった。

今回の大統領選挙勝利で、エルドアン大統領は、すでに確保していた司法介入権限に加え、広範な行政・立法権限を得た。しかし大統領選出過程で政局志向の強いMHPに依存し、今後の国会運営でもMHPの支持が必須であることは、(集権的とはいえ)大統領にとって不安材料である。国会でMHP支持を失った場合に大統領令による立法に転じれば、国会との全面対決になり、「国民の多数派」を誇るエルドアン政権の正統性が傷つく。今後のMHPとの関係維持で最初の試練は2019年3月の統一地方選挙である。同選挙を巡り両党の選挙協力の試みが2018年3月に失敗したことは、今回の双選挙繰り上げの一つの要因だった。対MHP関係はエルドアン体制の注目要因である。

(2018年6月26日脱稿)

著者プロフィール

間寧(はざまやすし)。ジェトロ・アジア経済研究所地域研究センター中東研究グループ長。Ph.D. (Political Science). 博士(政治学)。最近の著書に「トルコ:エルドアンのネオポピュリズム」 (村上勇介編『「ポピュリズム」の政治学:深まる政治社会の亀裂と権威主義化』国際書院,2018年), "Economic and corruption voting in a predominant party system: The case of Turkey," Acta Politica, 53(1), January 2018, 「浸透と排除——トルコにおけるクーデタ未遂とその後」(『アジ研ワールド・トレンド』2017年3月号)など。

書籍:Political Determinants of Income Inequality in Emerging Democracies

書籍:アジ研ワールド・トレンド

脚注


[注1]この双選挙が当初の予定から1年半近く繰り上げて実施された背景については拙稿(トルコ大統領・国会選挙繰り上げ――「指導者」と政局屋)を参照。

[注2]現行選挙法でも、得票率10%を見込めない小政党が、別の政党に一時的に合流して選挙に参加することは可能である。しかしこのような便法は、自党の名前を出せない政党にとっては、有権者に認知されにくく実質的得票率が下がるので不利だった。また、すべての政党は政党連合が可能になったため、主要野党も結集して選挙連合を形成した。親クルド政党である人民の民主党(HDP)は選挙連合に参加できなかったが、前回総選挙同様、10%以上の得票率を上げて院内政党の座を維持した。

[注3]野党連合は、大統領権限の縮小ないし三権分立強化を訴えていた。なお、当然ながら大統領制完全移行に伴い、首相職と内閣は廃止される。

[注4]大統領(および副大統領、閣僚)の弾劾は、あらゆる罪(大統領以外は職務に関する罪)を理由として、国会定数過半数で提案、同5分の3で発議、同3分の2で憲法裁判所に訴追される。

写真の出典


  • By Hedda Gabler [CC BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)], from Wikimedia Commons.