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トルコ型大統領制のための憲法改正・無改正

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049664

2017年4月

はじめに

トルコで2017年4月16日、国家元首である大統領を行政の長にする「大統領政府制度」導入のための憲法改正案が国民投票にかけられ、51.4%の賛成で成立した。議会の信任を条件に行政の長を務める首相が廃止されたことで、議院内閣制から大統領制への移行が決まった。この憲法体制の変更はトルコの政治体制にどのような影響を与えるのか。憲法改正条項で最も目につくのは大統領権限の増加で、それは大統領強権化の懸念を生んでいる。ただし、大統領制に移行する以上、大統領権限の増加はある程度当然である。むしろ問題なのは、大統領権限拡大に対応する権力抑制規定が憲法改正にほとんど盛り込まれていないことである。本稿では今回の憲法改正を無改正点にも注目しつつ、トルコ型大統領制の特徴を概観する。その前にまず、なぜ大統領制導入が必要だったのかを論じたい。

なぜ大統領制か

そもそもレジェップ・タイップ・エルドアン大統領(議院内閣制における国家元首としての大統領、2003-14年は首相)は大統領制を一貫して目指していたわけではない。古くは1993年のインタビューでは彼は大統領制に反対しているし、2007年総選挙の公正発展党(AKP)勝利の直後にエルドアンが諮問委員会に作成させた体系的(かつ民主化に向けた)憲法改正の草案にも大統領制の要素は皆無だった。エルドアンの大統領制を求める姿勢が鮮明になったのが、AKP政権第3期(2011年6月より)に入ってからである。大統領制導入は2つの偶然をエルドアンが利用したことの産物である。

偶然の一つは、2007年4月の大統領選挙でAKPが擁立したアブドゥッラー・ギュル候補(当時外相)に世俗主義勢力が抵抗したことの帰結である。軍部はそのホームページで反意を表明、野党第一党の共和人民党(CHP)は国会投票を欠席して投票結果が無効であることを憲法裁判所に認めさせた。これに対して、エルドアン首相は大統領直接選挙制などの憲法改正案を国会で採択させたのである。もう一つの偶然は、AKP党規約が、国会議員の4選、党首の5選を禁じていたことである。多選禁止規定は、AKP結党当初の党内民主主義の意識を反映していた。

エルドアンはこの2つの偶然を利用した。第1の偶然である大統領直接選挙制は、憲法改正成立に必要な国民投票の実施が大統領選挙やり直し(2007年8月)に間に合わず、ギュル大統領は旧制度のまま選出された。大統領直接選挙制は、エルドアンが(ギュル大統領の再選の希望を砕いて)立候補した2014年の大統領選挙から適用された。大統領に関する憲法上の選挙方法以外の規定は全く変わっていないにもかかわらず、(国会でなく)国民により選ばれたことは、憲法に定められた以上の権限を行使する口実をエルドアン大統領に与えた。それはさらに、「現行憲法が現実に合っていないため憲法を現実に合わせるべき」とのエルドアンの主張、さらには2016年10月以降大統領制移行支持に立場を変えたデヴレット・バフチェリ民族主義行動党(MHP)党首の同様の主張につながった。

第2に、AKP党規の多選禁止規定を変更することはたやすかったが、エルドアンはあえてこの規定に手を付けなかった。多選禁止規定が存続したことは、(1)党内の有力者を議員3期で引退させる、(2)総選挙候補者リストはエルドアンが作成するため、総選挙のたびにエルドアンに忠実な新人国会議員が増える、という結果をもたらした。すなわち大統領制導入は、そもそも2002年以来議会単独過半数を維持してきたAKP政権にとって必要ないし必然ではなく、エルドアンにとって党内・国内支配を固めるために好都合だったのである。

改正と無改正

大統領制導入に関わる憲法改正の詳細は表1に示したが、それは大きく3つにまとめることができる。第1に、大統領の任期と党派性の自由度が増した。任期は旧制度では5年2期までだったが、新制度では3期への抜け道ができた。(大統領与党が多数を占めるであろう)国会が、大統領任期2期目の最中に解散総選挙を決めた場合、大統領は3期目のために立候補することが認められるのである。また旧制度では大統領の党籍離脱が義務づけられていたが、新制度では大統領は党員のみならず党首であることも可能になる1。しかも国会運営で会派(実際は政党)を単位とする現行の憲法規定は何ら改正されていない。これにより、党首である大統領は一院制国会(総選挙は大統領選挙と同時であるため高い確率で与党が多数派となる)への支配を確保できる。

第2に、大統領権限の増加である。副大統領・閣僚任免権限、高級官僚任免権限、国家安全保障策定実施権限、非常事態令公布権限、立法権限、国会解散権、予算提出権、法案拒否権、司法府任命権は、旧制度に比べて大統領権限を大きく拡大した。これらの権限は、他の民主的大統領制諸国でも多かれ少なかれ大統領に与えられている。より重要なのは、民主的大統領制では、大統領権限が大きければその抑制機能も強くなるべきことである。民主的大統領制の理念型である米国大統領制ではそれぞれの大統領権限に対応する権限抑制機能が備えられている(表 1参照)。他の民主的大統領制諸国では米国ほどは権力抑制を徹底していない。ラテンアメリカの民主的大統領制諸国のほとんどは閣僚の議会承認を必要としない(Shugart and Carey 1992, 155)。アフリカの6つの民主的大統領制諸国のうち4カ国でも同様である(van Cranenburgh 2008)。

それでも他の民主的大統領制諸国が米国と共通しているのは、司法の独立性(行政府と司法府の権力分立)を維持する憲法規定を持つことである。たとえばラテンアメリカの民主的大統領制諸国では、最高裁判所所判事を大統領が任命する場合には議会の承認を必要とする。それ以外の場合でも、任命と承認を議会が行う形でやはり独立性を確保している(Moreno, Crisp, and Shugart 2003, 119-120)。アジアの大統領制でも、フィリピンでは最高裁判所判事を大統領が任命して議会が承認、インドネシアでは大統領が議会の承認を条件に司法委員会委員を任命し、同委員会が最高裁判所判事を任命する。韓国では憲法裁判所(最高位の裁判所)の判事の3名を大統領に直接任命させるものの、他の3名を国会が選んだ候補の中から、残りの3名を最高裁判所長官(国会選出による)が選んだ候補の中から、大統領にそれぞれ任命させることで、大統領の裁量を制限している(Europa Publications 2017)。

これに対しトルコの大統領制ではまず、司法人事機関である判事検事最高委員会の任命権を大統領と国会(実際には国会与党)が握る。判事検事最高委員会は下級裁判所人事を自らが決定するのに加え、上級裁判所判事検事の候補を選定し、その中から大統領が任命する。さらに大統領は旧制度と同じく新制度でも、上級裁判所の判事を(自らの裁量により、ないし候補者の中から)任命する。すなわち大統領は上級裁判所人事の入口と出口の両方を支配する。中でも憲法裁判所はこれまで、政府が成立させた法律を違憲立法審査により無効にしたり、検察当局による不当拘束を中止させる判決を下したりしてきた2。司法独立性の最後の牙城だった憲法裁判所は大きな政治圧力にさらされる。

第3に、一院制国会の行政府への対抗権限が縮小した。国会任期が4年から5年に伸びたことで、大統領与党に対する投票による監視・民意反映機能は低下した。しかも通常の大統領制諸国では下院の中間選挙や上院(トルコでは存在しない)の部分改選が行われて大統領権限を抑制するのに、トルコでは同様の制度は導入されていない。さらに行政府監視権限も弱められた。特に、弾劾規定が極めて厳しくなったことである。しかも弾劾対象者は任期終了後も同じ弾劾規定を適用されるため一生刑事訴追から逃れることになる。このように弾劾規定は見かけとは反対に、大統領やその被任命者の訴追を阻止する内容になっている。

おわりに

大統領の権力は、大統領に与えられた権限と、それを抑制する立法府や司法府の権限との兼ね合いで決まる。トルコの大統領制では大統領に与えられた権限は、民主的大統領制諸国の場合とほぼ同じである。しかしその権限を抑制するための機能は他国の水準に達していない。トルコのこれまでの議院内閣制下の大統領には、政治的中立を前提として、任命権限をはじめとする立法、行政、司法にわたる広範な権限が与えられていた。今回の憲法改正ではその政治的中立前提がなくなったにもかかわらず、その権限が残された。すなわちトルコ政治体制の強権化は、大統領制移行の憲法改正にもまして、権力抑制規定を導入せず旧制度規定も廃止しなかったという憲法無改正に起因している。

参考文献


  • Europa Publications, Limited. 2017. The Far East and Australasia.
  • European Commission For Democracy Through Law (Venice Commission). 2017. Turkey Opinion on the Amendments to the Constitution Adopted by The Grand National Assembly On 21 January 2017 and to Be Submitted to a national referendum on 16 April 2017.
  • Moreno, Erika, Brian F. Crisp, and Matthew Soberg Shugart. 2003. "The accountability deficit in Latin America." In Democratic accountability in Latin America, edited by Scott Mainwaring and Christopher Welna. Oxford: Oxford University Press.
  • Shugart, Matthew Soberg, and John M. Carey. 1992. Presidents and assemblies : constitutional design and electoral dynamics. New York;Cambridge [England]: Cambridge University Press.
  • van Cranenburgh, Oda. 2008. "‘Big Men' Rule: Presidential Power, Regime Type and Democracy in 30 African Countries." Democratization no. 15 (5):952-973. doi: 10.1080/13510340802362539.

表 1:2017年4月16日国民投票の大統領制移行に関する憲法改正点

表 1:2017年4月16日国民投票の大統領制移行に関する憲法改正点

脚注


  1. 通常の大統領制諸国では政党は議会与党となることよりも大統領を選出することに注力するため、大統領は必ずしも議会の自党議員を支配できない。これに対し、トルコの政党(特に現与党である)はそもそも議会多数を制して首相を擁立することを前提としていたため党規律は強い。
  2. 2014年3月には政府がTwitterやYouTubeへのアクセスを遮断したときにも4月に憲法裁判所がアクセス解禁を命じる判決を下している。また9月に上記のアクセス禁止を合法化する法律が成立したが再び憲法裁判所が違憲判決を下した。2016年2月には、テロ容疑で拘束されていた新聞記者の釈放を、言論の自由を理由に命じた。