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台湾の外交史料公開の最前線――台北の主要なアーカイブ

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049735

2017年11月

台湾では、ここ数十年間にわたって民主化の深化による情報公開の波を受けて、歴史関係の史料の公開が加速している。台湾における歴史関係の史料を所蔵するアーカイブともいえる機関は、中央政府、地方政府の関係組織や、大学・研究機関、民間機関、個人等の多岐にわたる。本稿では、とくに、中央政府をはじめとする外交史関係の史料を所蔵する国史館をはじめとして、中央研究院近代史研究所付属檔案館、中国国民党中央文化伝播委員会党史館、などの台北の主要アーカイブの最近の状況について簡単に紹介したい。(なお、目下のところ、筆者のアーカイブ調査は冷戦外交史に限られているため、総網羅的な概観は難しく、関連の外交史料に関する言及にとどまることについて了承願いたい)。

飛躍的に史料公開が進んでいる国史館

最近、台北において、最も史料公開が進んでいるのが国史館である。もともと国史館は中国歴代の国史を編纂する伝統ある機関であり、その起源は南北朝時代に遡り、北京、重慶、南京、広州等と中国の歴史の変遷とともに場所を移してきた。台湾においては、台北の南、新店市の山深い風光明媚な場所に国史館が設置されて、地道な史料公開が続けられてきた。

だが、台湾における情報公開の進展によって、国史館の史料公開の在り方も変貌を遂げつつある。2004年の総統副総統文物管理条例の成立の後、2010年秋には、国史館の多くの機能が台北都心部に移転した。それによって、総統府の建物の裏手にある交通部跡地に国史館・総統副総統文物館が正式に開館された。新しく移転した国史館には、展示室と史料のデジタル閲覧室(数位資源閲覧室)の両方が設置されて、一般開放された。

写真:総統府の裏手にある国史館の建物

総統府の裏手にある国史館の建物
日本統治時代からある重厚な建築様式

写真:国史館の展示室

国史館の展示室の様子   歴代総統選挙の展示が行われていた

デジタル閲覧室には、蔣介石および蔣経国の総統・副総統檔案をはじめとして、中華民国の外交部、国防部や政府関連機関の史料、マイクロフィルム史料、写真、視聴覚資料等の数々の貴重な史料が所蔵されている。また、国史館の研究部門の専門アーキビストによって、所蔵史料の研究が進められて、数多くの研究成果や資料集等が出版されている。さらに、近年は、蔣介石、蔣経国時代のみならず、李登輝をはじめとして、陳水扁、馬英九までの歴代の台湾の総統・副総統に関する文書の保存や管理が進められている。

近年、馬英九政権から蔡英文政権へと政権交代した後、国史館の史料公開の在り方にも変化が見られた。2010年秋の台北市街移転以降、2016年夏頃までは、国史館の史料閲覧の際、目録検索の後その場で閲覧許可を申請して、許可が下りればデジタル化された史料をコンピュータ画面上で閲覧するという方式で運用がなされていた。一部の国民政府時代の史料を除いて、総統・副総統檔案をはじめとする大多数の史料は、コピーや写真撮影が禁止されていた。このため、国史館での史料収集は、その場で出力されたコンピュータ上の画面の史料を見て、書き取る、という緻密な作業が必要とされ、史料収集としてはやや「上級者」向けのものであった。

だが、2016年秋以降は、インターネット上で事前申請を行って許可さえ下りれば、以前は複製が厳しく禁じられてきた総統・副総統史料をはじめとする、各種史料のコピーや、画面上のデジタル史料の写真撮影が全面的に許可されるようになった。なお、史料によっては閲覧許可が下りるのに少々時間が掛かることがあるため注意が必要だ。また、ごく一部の史料のなかには、新店の国史館のみで限定的に公開されているものがあり、場合によってはそちらに足を運ぶ必要が出てくる。

以上のように、国史館は、近年、史料公開の面において飛躍的な発展を遂げ、欧米でいうところの「プレジデンシャル・ライブラリー」的な役割を担いつつ現在進行形で進化している。

写真:国史館デジタル閲覧室の入り口

国史館デジタル閲覧室の入り口
平日9:30から17:00まで利用できる

写真:国史館の閲覧室の内部

国史館の閲覧室の内部の様子  コンピュータの画面上で史料を閲覧する
外交部史料が豊富な中央研究院近代史研究所檔案館

台北市の南東、南港地区に位置する中央研究院は、総統府直属の最高学術研究機関である。中央研究院には、文系、理系を含めて数多くの研究所をはじめとして、付属図書館や檔案館等が併設されている。同研究院の近代史研究所檔案館の歴史は古く、その原型となる組織の設立は1950年代にまで遡ることができる。現在の近代史研究所檔案館は、1988年に設置され、史料の編纂作業やデジタル化が進められた結果、2000年代に入って史料公開が本格的に開始された。所蔵史料の目録検索の後、オンラインを通じてその場で閲覧することが可能である。最近、数年前までは許可されていた史料のコピーが不可となったものの、デジタル史料の画面の写真撮影が可能となった。

写真:中央研究院の入り口

中央研究院の入り口   緑の多い広大な敷地に広がる巨大な学術機関

写真:中央研究院近代史研究所檔案館

中央研究院近代史研究所檔案館

写真:中央研究院近代史研究所檔案館の内部

中央研究院近代史研究所檔案館の内部の様子、
平日9:30から17:00まで利用できる

同檔案館の所蔵史料のなかで最も有名なのが、中華民国政府外交部及び経済部の檔案である。外交部檔案は古くは19世紀後半の清朝のものから、北洋軍閥政府、国民党政府までのものまでが含まれている。外交部の史料は、「亜太司」(アジア太平洋局)、「北美司」(北米局)、「欧州司」(欧州局)、「非洲司」(アフリカ局)といった各地域の担当部署ごとに分かれており、現状では1975年頃までが公開されている。

ちなみに、「亜太司」には、日本や朝鮮半島、東南アジア各国、南アジア各国関係等のアジア太平洋地域の史料が広く含まれている。また、「北美司」には、アメリカとカナダの史料が含まれている。また、経済部檔案については、清代はもとより、おもに20世紀初頭から1990年代頃までのものが含まれており、台湾の経済発展の軌跡を知るうえでの貴重な記録となっている。その他にも、経済部の初期の史料として、1930年代頃の中国大陸における水利や交通網、地形等を含む希少な古地図も多数所蔵している。さらに、第二次世界大戦後の台湾の様々な分野における重要人物の口述記録をはじめとして、日記や写真を含む史料も多数所蔵されている。

なお、近代史研究所檔案館以外にも、隣接する近代史研究所付属図書館の郭廷以図書館は歴史史料の宝庫であり、書庫には中国大陸および台湾における近現代史に関する貴重な古い書籍等が多数所蔵されていることも付け加えておきたい。

写真:中央研究院近代史研究所付属の郭廷以図書館

中央研究院近代史研究所付属の郭廷以図書館
党史料を多数所蔵する国民党党史館

中国国民党中央文化伝播委員会党史館(党史館)は、かつては台北市北部の陽明山のふもとにある蔣介石の別荘、緑色の迷彩色を施した「陽明書屋」の一角において国民党の党史関連史料の保存・管理と一部の公開を行ってきた。党史館は公開を一時停止した時期もあったものの、台北市内中心部の総統府付近の張栄発基金会のあるビルの一角へ一時的に移転した後、国民党中央党部(党本部)内へと再び移転して、現在は中国国民党中央文化伝播委員会党史館と名を改めて史料公開を行っている。

党史館には、国民党中央常務委員会の議事録をはじめとして、国民党内部の政策決定過程をうかがい知ることのできる史料や関連文書が多数所蔵されている。所蔵史料の目録のオンライン検索が可能であるが、閲覧のためにはインターネットを通じて事前申請が必要となる。党史館の史料の多くはデジタル化が進められているものの、一部の史料は未整理のため、現物を手に取って閲覧するようになっている。党史館の史料は、コピーや写真撮影が禁じられているため、画面上の史料を書きとる作業が必要である。

なお、国民党から民進党への政権交代の後、党史館の予算が大幅に削減された模様で、現在は、週3日(月・水・金)のみ一般開放されている。党史館は、政府関係機関や公的学術機関などの他のアーカイブとは異なり、国民党の裁量によって公開方針が決められる。また、予算削減による人手不足のため、史料公開の「安定供給」という点においては、やや心もとない状況に置かれているのが現状といえそうだ。

写真:国民党の党本部ビル

国民党の党本部のビル

写真:党本部の建物の入り口

党本部の建物の入り口の様子

写真:国民党党史館の閲覧室

国民党党史館の閲覧室 開放が週3回と
限られているため やや混雑している
公開を本格化した国家発展委員会檔案管理局

2000年代に入って、国家や各行政機関の文書管理や保存を目的として設立された檔案管理局は、檔案をめぐるさまざまな法的整備を経て、2013年に国家発展委員会檔案管理局へと名称を改めて正式に発足した。現在、台北の副都心、新北市の行政機関が集中する合同庁舎ビルの一角において国家発展委員会檔案管理局の閲覧センターを設置して、史料公開を行っている。2017年3月に新しく開通した桃園空港行きの地下鉄(MRT)の新荘副都心駅からも徒歩圏内にあるため、比較的アクセスしやすい環境になったといえよう。

国家発展委員会檔案管理局が所蔵している史料は膨大なもので、外交部や国防部をはじめとして、各行政機関を中心として多岐にわたっている。また、1999年の921地震に関する檔案など比較的新しい史料等も公開されているのが特徴的だ。史料はデジタル化が進められているが、未整理のものは現物を手に取って閲覧することになる。史料の閲覧には、インターネットで事前申請が必要であるが、閲覧許可が下りれば、コピーや写真撮影が許可されている。史料によっては、閲覧許可が下りるまで数か月を要するものもある。なお、国家発展委員会檔案管理局の所蔵史料は、オンラインで目録検索が可能であるが、先に紹介した他のアーカイブの所蔵史料とやや重複する部分がある印象を受ける。だが、別のアーカイブではオンライン上でしか閲覧できなかった同一の史料の現物を手に取ることができる場合もある。

写真:合同庁舎ビル

副都心にある国家発展委員会檔案管理局が入る合同庁舎ビル

写真:国家発展委員会檔案管理局の入り口

国家発展委員会檔案管理局の入り口

写真:檔案管理局の国家檔案閲覧センターのカウンター

檔案管理局の国家檔案閲覧センターのカウンター

写真:檔案管理局の国家檔案閲覧センターの内部

檔案管理局の国家檔案閲覧センターの内部の様子
史料撮影用の設備などが整っている


以上、台北における主要アーカイブについて概観したが、台湾における情報公開の波を受けて、かつてはアクセスが難しかった史料を身近に手に取ることができる状況になりつつある。一昔前のマスクと手袋を着けて埃にまみれながら紙の史料に向き合うといった時代は終わりつつあり、大部分の史料はオンラインの閲覧へと切り替わってきている。さらにいえば、台湾におけるアーカイブ史料の公開量は、すでに膨大なものである。その圧倒的な量に足元をすくわれることなく、各々の必要に応じて、歴史的意義を有する史料を見定めるという、調査をする側の「見る眼」がより問われる時代へと差し掛かっているといえよう。

著者プロフィール

松本はる香(まつもとはるか)。アジア経済研究所地域研究センター東アジア研究グループ副主任研究員。専門分野は冷戦外交史、中国外交、台湾をめぐる国際関係等。

書籍:アジア経済

書籍:国際政治 米中関係史

写真の出典

本記事の写真はすべて著者が撮影したものである。

参考情報