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文化ののぞき穴

 
第7回 ベトナムにおける映画作りの現実――『草原に黄色い花を見つける』の成功によせて

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050607

2018年10月

2018年5月に開かれた第71回カンヌ国際映画祭で、日本の是枝裕和監督の『万引き家族』が、最高賞のパルム・ドールを受賞した。

ベトナム関係では、トラン・アン・ユン監督(1962年~)の『青いパパイヤの香り』(制作国 ベトナム・フランス)が、1993年にカンヌ映画祭の新人賞カメラ・ドールを受賞したことがある1

2015年に入り、ベトナム国内で、そして国際的にも高い評価を受けるベトナム映画が久しぶりに登場した。ベトナム系アメリカ人ヴィクター・ヴー監督(1975年~)の『草原に黄色い花を見つける(制作国:ベトナム)』である。日本でも2017年8月19日から公開されたこの映画は、2015年9月に中国福建省福州市で開かれた第2回シルクロード国際映画祭で、最優秀作品賞を受賞した。また、2016年4月にカナダで開かれたトロント国際子ども映画祭11~13歳部門でも、審査員賞に選ばれている2

そして、ベトナム国内では、2015年12月にホーチミン市で開かれた第19回ベトナム映画祭において、最優秀作品に贈られる金の蓮賞をはじめ、最優秀監督賞、最優秀撮影賞、観客賞の4部門で受賞を果たした。

ベトナム情報株式会社(Công ty cổ phần truyền thông Việt Nam)が運営するウェブサイトKenh14によれば、ベトナム国内で2015年10月2日に公開されたこの映画は、公開初日にいきなり11万人の観客を集め、興行収入80億ドンを記録した。2週間後には、のべ85万人を集客し、興行収入は600億ドンに上り、ベトナム国内での興行収入額は、最終的に約780億ドンに達したという3

写真:ヴィクター・ヴー監督

ヴィクター・ヴー監督
大ヒットの背景

この作品の舞台は、市場経済化の影響を受ける前の1980年代のベトナム農村である。目に見えない何かが、人々の心や生活に大きな影響をまだ与えている、かつてベトナムの至るところにあった、普通の村。そこで暮らす10代前半の一歳違いのティエウとトゥオンの2人の兄弟と、周囲の人たちとの関係を軸に、物語は進む。時に、彼らを巻き込んで起きる恋愛、喧嘩、暴力沙汰や、ひとりの少女の運命を変えてしまうサーカス曲芸会場での人身事故など、人間が生の生き物であるがゆえに起きる、さまざまな事件やエピソードが、淡々と描かれる。しかし、これらのエピソードが積み重なった時、観客には重層的なメッセージとして響いている。なかでも、兄ティエウのひとりの少女への恋心。ティエウが想いを募らすその人と無邪気に仲良くする兄想いの弟トゥオンと兄の間に起きてしまう悲劇、ティエウの後悔、その後トゥオンに訪れる奇跡が、この物語の中心のひとつに位置づけられている。

映画を見終えて瞼に残るのは、今のベトナムでは失われつつある、たとえ行ったことがなくても、どこか懐かしい、素朴な農村の風情である。

ベトナム国内でこの『草原に黄色い花を見つける』が大ヒットした背景のひとつには、原作の素晴らしさ、人気があると考えられる。原作は、ベトナムの人気小説家グエン・ニャット・アイン(1955年~)による同名の青少年向け小説である。『草原に黄色い花を見つける』の初版は、2010年12月9日に発行された4。グエン・ニャット・アインは「児童文学であるか成人文学であるかを問わず、ドイモイ以降に登場したベトナムのすべての作家たちの中で、出版タイトル数および売上部数の多さにかけては、他の追随を許さない突出した存在」である5

翻訳を担当したベトナム文学研究者で翻訳家の加藤栄によれば、ベトナムの書籍、文学関係の本の発行部数は、通常500~1,000部程度で第2版はほとんど出ない。そうした現実のなかで、グエン・ニャット・アイン95作目の作品となる、この『草原に黄色い花を見つける』は、「映画とのタイアップ効果もあって、本国では、2010年の発売からおよそ30回も版を重ね、発行部数は10万部を超えた」6

また、原作を映画化するうえでは、資金面でも支えがあった7。政府ウェブサイトによると、ベトナム文化・スポーツ・観光省に属する映画局が投資を行い、残りをギャラクシー・メディア&エンターテイメント(Galaxy Media & Entertainment)8、サイゴン・コンサート(Saigon Concert)9、フォン・ナム・フィム(Phương Nam Phim)10の3社が負担した。

このように国と企業の力を結集できた背景のひとつには、やはり先述したように、国民的な人気を誇るグエン・ニャット・アイン作品の映画化という企画に、大きな魅力があったからではないかと考えられる。

そして、制作サイドでは、ヴィクター・ヴー監督が、純粋に原作に惚れ込み、出演者、スタッフと共に、真摯に原作を映画に置き換える作業に取り組んだ。原作者グエン・ニャット・アインからは、「映画はあなたの作品ですから、情緒さえ大事にしてくれたら、ストーリーは自由に変えていい」というメッセージがあったという11

まとめれば、ドイモイ期ベトナムを代表する作家グエン・ニャット・アイン原作の映画化であること、原作とのタイアップ効果、資金面でも、制作スタッフが映画作りに集中できる体制が組まれたこと、そして何よりも、原作の世界、イメージを壊すことなく、大切に映像化しようとするヴィクター・ヴー監督をはじめ出演者、制作スタッフの姿勢と熱意が、この映画を大ヒットに導いた背景にあると考えられる。

ベトナム映画界の現実

ベトナムにおける映画の制作本数は増加し、作られる映画も多様化している。また、興行収入、映画館の数も以前に比して増えているという12。このように、映画制作者が制作に向かいやすい状況が生まれているのも確かであるが、『草原に黄色い花を見つける』のような成功は、まだ数少ないケースといえる。

写真:ホーチミン市グエン・ズー通りのギャラクシー・シネマ

ホーチミン市グエン・ズー通りのギャラクシー・シネマ (筆者撮影)

Sài Gòn Giải Phóng(2018年3月18日付)によると、ベトナムの映画制作者のほとんどは、自身で映画制作費を調達している。銀行からの資金借り入れ、家を抵当に入れての資金調達も、当たり前のことになっている。そして、広告費から収入を得ようとしても、一定の観客数を満たして初めて広告収入が支払われるという条件であることもある。また、たとえ利益を上げて破産を免れたとしても、映画劇場との収益分配など、クリアすべき、さまざまなことが残っている。国家が拠出する映画を除き、特に劇場公開用の映画については、最低レベルの資金しかなく、映画制作者は常に最大限の節約を迫られているのが実情という。

ベトナムでは、2010年5月21日に出された映画法執行のための政府議定54により、映画館で上映される映画総数の少なくとも20%は、ベトナム映画が占め、その比率分を集客が見込めるゴールデンタイムに当たる午後6時から10時の間に上映することが、定められている。

たとえば、ハノイの国家映画センターのウェブサイト(2018年6月13日アクセス)によれば、2017年9月11日から適用されたという通常席の価格は、上映時間が12時前で4万ドン、12~17時で5万5,000ドン、17~19時で6万ドン、19~22時で6万5,000ドン、22~22時30分からの上映開始で6万ドン、22時30分以降で4万ドンとなっていた。上映映画総数の少なくとも20%のベトナム映画は、設定価格が高い時間帯に上映するよう求められていることが分かる。

しかし、こうしたベトナム映画を保護するための措置はあるものの、有力企業のサポートを得づらい映画制作者たちを、十分に支援するまでには至っていないのが現状のようである。

ベトナムでは、映画を「第7芸術」と記す記事も、よく目にする。この呼称は、パリで新しい芸術運動の推進者の一人となり、みずから映画批評家と名のったイタリア人R.カニュード(1879~1923年)が、時間の芸術(音楽、詩、舞踊)と空間の芸術(建築、彫刻、絵画)をつなぐ新しい芸術、すなわち「第7芸術」と映画を定義したことに由来する13。このことは、映画の文化的、芸術的な価値を重視する観点が、ベトナムでは生きていることを示唆している。

その一方で、興行的な成功は、映画関係者とその家族の生活を守り、制作活動を支え、さらに発展させるためにも、大きな課題のひとつである。

『草原に黄色い花を見つける』の成功は、ヒットに恵まれず、厳しい経済的環境に身を置く多くのベトナムの映画制作者たちにとっては、まだ夢物語かもしれない。しかし、各界が関心を寄せ、多くの人が魅力的だと感じる企画と脚本を生み出し、コアとなる多くの関係主体の力を結集できれば、たくさんの観客を引き付ける、素晴らしいベトナム映画を作り得るという、一つの道を示しているように思われる。

(2018年9月6日脱稿)

著者プロフィール

寺本実(てらもとみのる)。アジア経済研究所地域研究センター東南アジアⅡ研究グループ研究員。主な著作に"Vietnamese Families and the Lives of Family Members with Disabilities: A Case Study in a Commune of the Red River Delta." IDE DISCUSSION PAPER No. 720, June 2018、「ベトナムの障害者の生計に関する一考察——タインホア省における、取り巻く環境との関係性に関する事例研究を通して——」(研究ノート『アジア経済』第54巻第3号、2013年9月)、「ベトナムの枯葉剤被災者扶助制度と被災者の生活——中部クアンチ省における事例調査に基づく一考察——」(『アジア経済』第53巻第1号、2011年1月)など。ベトナムの生活保障、社会、平和に関心を持つ。

写真の出典
  • ヴィクター・ヴー監督 By Mrlianghy [ CC BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.en)], via Wikimedia Commons.
  • ホーチミン市グエン・ズー通りのギャラクシー・シネマ 筆者撮影

  1. トラン・アン・ユン監督は、『シクロ』(制作国 ベトナム、フランス、英国領香港)で、1995年にヴェネチア国際映画祭の最高賞である金獅子賞を受賞している。
  2. 2017年2月に授賞式が行われた第79回アカデミー賞外国語映画賞部門にもベトナム代表作品として提出された。しかし、1993年の『青いパパイヤの香り』以来のノミネート作品への選出には至らなかった。また、2015年5月に開かれた第68回カンヌ国際映画祭に出品されるとの報道も見られたが、同年のノミネート作品中にそのタイトルを見出すことは出来なかった。
  3. ベトナムの主要銀行であるベトコムバンクのウェブサイトによると、公開初日当時の為替レートは1ドル22,445ドン。
  4. 日本での映画公開とのコラボ企画として、ベトナム文学研究者で翻訳家の加藤栄氏の翻訳により、2017年にカナリアコミュニケーションズから翻訳書が出版されている。
  5. 加藤栄「訳者あとがき」、グエン・ニャット・アイン、加藤栄訳『草原に黄色い花を見つける』カナリアコミュニケーションズ、2017年、290ページ。
  6. 同上書、291-292ページ。
  7. Wikipediaによれば、この映画の制作費は200億ドンであった。
  8. LinkedInベースの情報によれば、1994年に設立された、ホーチミン市に本社を置く総合メディア・エンターテイメント会社。具体的な会社形態については、手元に情報がない。
  9. 同社ウェブサイトによれば、ホーチミン市文化・観光局の指導下にある国有企業。ホーチミン市で行われる芸術的、文化的イベントの組織などを業務としている。本稿執筆現在、ホーチミン市人民委員会に文化・スポーツ局、観光局はあるが、文化・観光局は存在しない。恐らく前者のことを指すのではないかと推測される。
  10. 同社ウェブサイトによれば、正式名称はフォンナム映画スタジオ有限会社(Công ty TNHH Một Thành viên Hãng phim Phương nam)。1992年に設立され、映画やビデオ制作などの分野で活動している。
  11. 日本公開時のウェブサイトに掲載された同監督に対するインタビューより。
  12. 国際交流基金アジアセンター「ベトナム進化形~ベトナム映画に何が起こっているのか?(現地レポート)」。
  13. 『世界大百科事典(改訂新版)』平凡社、2007年、439ページ。