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第3話 ベトナム学を世界に開いた学者

ファン・フイ・レー(歴史学者、ベトナム歴史学会前会長)2018年6月23日逝去(享年84歳)

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050618

2018年11月

1996年に福岡アジア文化賞(学術研究賞)を受賞した、現代ベトナムを代表する歴史学者で、ベトナム歴史学会名誉会長のファン・フイ・レー教授が、2018年6月23日に亡くなった1

写真:ファン・フイ・レー教授

ファン・フイ・レー教授

ファン・フイ・レー教授は、1934年2月23日にベトナム中部ハティン省タィックハー県(現在のロックハー県)タイックチャウ社トゥーホアッイ村で生まれた。多くの知識人、高級官吏を出したファン・フイ家の第14代に当たり、父親のファン・フイ・トゥン(1878~1939年)は、フエ王朝の官吏であった。そして、母方のカオ家もまた、同様の家柄であった2

研究者として

ファン・フイ・レー教授は、タインホア省にあった大学予備学校で学び、後にハノイ師範大学の歴史・地理学科に入った。卒業後、ダーオ・ズイ・アイン教授(1904~1988年)らの指導の下、ハノイ総合大学(現在のハノイ国家大学)の歴史学科で見習い助手(trợ lý tập sự)となる。そして、ダーオ・ズイ・アイン教授の史学院への転任に伴い、そのわずか2年後に歴史学科古代・中世部門の責任者の立場に就いた3

ディン・スアン・ラム(1925~2017年)、ハー・ヴァン・タン(1937年~)、チャン・クォック・ブォン(1934~2005年)と共に、ハノイ総合大学を中心とした、ベトナムの歴史学の発展を支えた4本の大黒柱の一人とされる。ベトナム歴史学会の会長職を、1990~2015年まで5期連続で務め、2015年からは名誉会長の職にあった4

ファン・フイ・レー教授の研究分野は、ベトナムの、経済史、愛国の伝統、侵略国に抗する伝統、民族文化の価値と特徴など、多岐に渡った。北部、中部、南部と、対象とした地域も広かった。そして、研究に際しては、土地管理簿、行政文書、系図といった歴史文書の解析とフィールドでの調査を組み合わせた、実証的研究を重視した5

ファン・フイ・レー教授は、生涯で400を超える著作を残した。主な業績には、『レー朝初期の土地制度と農業経済』(1959年)、『タイソン農民運動の特徴』(1959年)、『ベトナム封建制度史 第2巻』(1960年)、『タイソン農民運動について理解を深める』(1961年)、『ラムソン蜂起』(共著、1965年)、『伝統的価値と今日のベトナム人(全3巻)』(編著、1994-1997年)、『起源を求めて』(1988年)、『ベトナムの歴史と文化』(2012年)、などがある6

ファン・フイ・レー教授最初の大著は、同教授25歳の時に発行された、『レー朝初期の土地制度と農業経済』である。レー朝初期における土地制度と農業経済の状況、関わりを考察した、同書のような経済・社会分野の業績の背景には、「経済・社会は、歴史の土台である。ベトナムは一農業国であり、伝統的なベトナム経済・社会の研究は、農村・農業・農民から始める以外にない」7という同教授の認識があった。

国際的な活躍

ファン・フイ・レー教授は、東洋学、ベトナム学という先駆的な学問設定を、生み出し、育て、広めることにも尽力した。

1980年代末には国内外のベトナム研究者の交流、協力を図る活動を開始した。その動きは、現在のハノイ国家大学のベトナム学発展科学院の創設(2004年)に結びついた。同大学東洋学部門8の立ち上げ(1993年)にも尽力し、アジアをめぐる国内外の学術交流、相互理解の増進に貢献した9。そして、1998年から始められた、全世界のベトナム研究者が集う、ベトナム学国際シンポジウムでも大きな役割を果たした10

また、日本にも縁のあるクアンナム省のホイアンの古い町並み(1999年)、ハノイのタンロン遺跡(2010年)、タインホア省のホー朝城塞(2011年)が、ユネスコの世界文化遺産に登録された際、登録を獲得するための助言や、申請書類の補充、完成に直接的に貢献した11

2011年5月27日には、1663年に創設されたフランス学士院碑文・文芸アカデミーの外国通信員(correspondant étranger)に選ばれている12

教育者として

最後に。ファン・フイ・レー教授は、教育者としても優れ、歴史学者、教員、研究生、学生、管理者など、さまざまな立場の人たちの育成、教育にあたってきた。17人の直弟子が博士号を取得している13。「一科学者としての慎重さ、厳粛さと、徳が高く、才能を持つ教育者としての、寛容さ、慈悲深さ、無私の性格が、自然に融け合った」14方だったという。

亡くなる前月の2018年5月、ファン・フイ・レー教授は、歴史的に中国などと領土問題になっている南シナ海のチュオンサ諸島を、同諸島関連の資料収集など、調査、研究のために訪問していた15

鬼籍に入られてなお、ファン・フイ・レー教授は、ご家族、ご同僚、ご友人、薫陶を受けた皆さん、そして残された著書・業績を通して、ベトナム、ベトナムの人びと、そしてベトナムに関心を持つ人たちの学びを、鼓舞し続けるのだろう。

(2018年9月27日脱稿)

著者プロフィール

寺本実(てらもとみのる)。アジア経済研究所地域研究センター東南アジアⅡ研究グループ研究員。主な著作に"Vietnamese Families and the Lives of Family Members with Disabilities: A Case Study in a Commune of the Red River Delta." IDE DISCUSSION PAPER No. 720, June 2018、「ベトナムの障害者の生計に関する一考察――タインホア省における、取り巻く環境との関係性に関する事例研究を通して」(研究ノート『アジア経済』第54巻第3号、2013年9月)、「ベトナムの枯葉剤被災者扶助制度と被災者の生活――中部クアンチ省における事例調査に基づく一考察」(『アジア経済』第53巻第1号、2011年1月)など。ベトナムの生活保障、社会、平和に関心を持つ。

写真出典
  • ファン・フイ・レー教授 By http://100years.vnu.edu.vn/BTDHQGHN/Vietnamese/C1778/C1779/2006/05/N7825/ [ CC BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/deed.en)], via Wikimedia Commons.
  1. 以下、本稿では、必要に応じて他資料を用いるが、主としてSài Gòn Giải Phóng(2018年6月24日付)、Nhân Dân(2018年6月26日付)に基づいて、ファン・フイ・レー教授の足跡を紹介する。なお、邦文の貴重な参考文献として、古田元夫「ベトナムの10人 ファン・フイ・レ」(古田元夫『ベトナムの基礎知識』めこん、2017年、282ページ)および、同教授が福岡アジア文化賞を受賞した際の資料がある。なお、上記邦文参考文献では「ファン・フイ・レ」という表記を用いているが、本稿では「ファン・フイ・レー」という表記を使用する。
  2. Sài Gòn Giải Phóng(2018年6月24日付)、Nhân Dân(2018年6月26日付)。
  3. Sài Gòn Giải Phóng(2018年6月24日付)、Nhân Dân(2018年6月26日付)。
  4. そのほか、百科事典編集指導国家評議会、国家科学・技術政策評議会、中央理論評議会、ハノイ国家大学科学・育成評議会、国家学位評議会、国家文化遺産評議会など、数々の委員を歴任された(Sài Gòn Giải Phóng、2018年6月24日付)。
  5. 国家科学技術基金ウェブサイト(2018年6月25日付)に掲載された、ベトナム学・科学発展院院長を務めたグエン・クアン・ゴック教授の文書、Nhân Dân(2018年6月26日付)。
  6. Sài Gòn Giải Phóng(2018年6月24日付)で紹介されている業績をベースとして、グエン・クアン・ゴック、同上文書などを参考に記す。
  7. グエン・クアン・ゴック、同上文書。
  8. 同学科ウェブサイトによれば同学科は、2018年から東洋学(中国、日本、韓国、インド)、東南アジア学の2部門より構成されている。
  9. Nhân Dân(2018年6月26日付)、VnExpress2018年6月27日配信記事
  10. 古田元夫、前掲書、282ページ。筆者は、2012年の第4回シンポジウムに参加したことがある。歴史、文化、経済、社会をはじめ、国際関係から教育、言語など幅広い分野のベトナム研究者が世界中から集まり、それぞれの関心分野について報告し合い、意見を交わす場となっていた。
  11. Nhân Dân(2018年6月26日付)。また、ファン・フイ・レー教授の持つ国際的ネットワークも貢献した(古田元夫、前掲書、282ページ)。
  12. 同アカデミーのウェブサイト
  13. グエン・クアン・ゴック、前掲文書。
  14. Sài Gòn Giải Phóng(2018年6月24日付)。
  15. Nhân Dân(2018年6月26日付)など。