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コラム

手向け草

 
第1話 インド司法の革新者

P.N. バグワティ(元インド最高裁長官)2017年6月15日逝去(享年95歳)

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050142

佐藤 創

2018年1月

インド最高裁元長官バグワティが他界すると、要人が追悼の意を次々に表明し、たとえば現首相ナレンドラ・モディは、次のようにツイートした。「PNバグワティ裁判官の死を悼む。彼はインドの法的博愛の不屈の体現者であった。心からお悔やみ申し上げる。氏の偉大なる業績により、われわれの司法システムはアクセスしやすいものとなり、何百万もの人々に声(voice)が与えられたのである」1

バグワティは、最高裁裁判官として、インドに広範に存在する字も読めないような社会的弱者層に正義を届けるため、公益訴訟と後に呼ばれるようになる訴訟類型を1970年代後半に開始したパイオニアとしてインドでは広く知られている。仮に有罪とされた場合よりも長く、中には10年も未決勾留されており裁判の始まる見込みすらわからない状況にあった女性たちの窮状に手を差し伸べた事件を皮切りに、煉瓦産業に広くみられた借金のかたに一生働かされる債務労働者を解放しようとした判決などもとみに知られている2。訴状も書けず、裁判費用も払えないような人々に広く最高裁の門戸を開き、立法府、行政府が弱者層の境遇に無関心であるとして、その基本権を擁護する義務が国にはあるとする判決や決定、しかも法律や政令のような内容をもつ判決を次々に下した。その後、バグワティが開始した公益訴訟はインド社会に根付き、現在も重要な社会問題を扱う一領域となっている。このように、社会的弱者のために、世界にも稀にみる司法積極主義を展開した中心人物として、バグワティを「大衆の裁判官(people's judge)」あるいはインドの「人権学の父(the father of human rights jurisprudence)」と呼ぶような贈り名も散見される。

写真:Prafullachandra Natvarlal Bhagwati(左から2番目)

Prafullachandra Natvarlal Bhagwati(左から2番目)

しかし、評価はそう簡単ではない。裁判官としてのキャリアを1960年にグジャラート高裁にて開始したバグワティはインディラ・ガンディ政権時代の73年7月に最高裁に就任している。当時、最高裁は政権と厳しい対立関係にあり、政権の展開する開発政策(農地改革や銀行国有化、藩王特権のはく奪など)を、最高裁は憲法に基本権として認められた財産権を侵害し違憲であるとする判断を次々に下していた3。業を煮やした政権は、同年4月に最高裁長官人事に強引に介入し、最先任の裁判官が自動的に長官となるという慣行を覆し、政権の政策に好意的な裁判官を長官に据えた。法律扶助運動などで「革新」判事として知られていたバグワティはこの新長官のもとで最高裁に登用されており、政権の開発(経済統制・弱者)志向の政策に対して批判的ではなかろうということで政権も否を唱えなかったのだと考えられる。

問題は、この時代、財産権のみならず各種の自由権、経済面だけではなく政治面でも政権は強権的な施策を展開していたことである。インド民主制の暗黒時代とも呼ばれる1975年からの非常事態期に、政権により予防拘禁された人々が拘禁の適法性を争えるか否かが問題となった有名な人身保護令状事件で、非常事態下では生命と身体の自由というもっとも重要な基本権も停止されるとする政権側の主張を支持した判決、政権に最高裁が完全に屈服したと評された判決の多数意見にバグワティも名を連ねている4。バグワティが精力的に弱者層の人権を擁護する判断を下すようになったのはインディラが失脚し、非常事態が終了した後であり、歴史を巨視的にみれば、国民の信頼を失った最高裁がその正当性を取り戻そうと努力するプロセスでもあった。

また、数年後、奇跡的に政権の座にカムバックしたインディラ・ガンディに対して、バグワティが送った「お祝い」の手紙が暴露されてスキャンダルとなったこともある5。このような権力者に対する時として毅然としない態度だけでなく、公益訴訟などの功績を誇示するようなところもあり、裁判官に相応しからぬ目立ちたがり屋であるというバグワティの個人的な資質に対する批判も少なからず存在した。

さらに、バグワティは、サイババの信者であったこともよく知られている。サイババ死後の2011年のインタビューで、グジャラート高裁長官時代の1968年に出会い、それ以来敬虔な信者であり、貧しいもののためのことを考えるというサイババの姿勢は、わたしのすべての判決の指針となり、法律の分野で達成できたことはすべてサイババのおかげである、と述べている6

バグワティは1921年にグジャラート州に生まれた。父は50年代に最高裁の裁判官を務めたN.H. Bhagwatiである。自身も46年よりボンベイ高裁の弁護士として活動を開始、60年にグジャラート高裁の裁判官に就任、67年に同高裁長官、法律扶助に積極的に取り組む。73年に史上最年少の年齢(51歳)で最高裁裁判官に就任、85年に第17代最高裁長官となり、86年に定年により退官した。最高裁退官後は、国連人権委員会(UN Human Rights Committee)の議長、アフリカ統一機構(Organization of African Unity)の委員など数多くの国際的な機関の要職を歴任しつつ、国内でもボパール・ガス事件の被害者のための法律扶助の委員会の委員や大学の教育などに精力的に取り組んでいる。バグワティは7人兄弟の長兄で、他の兄弟もみなそれぞれの分野で活躍しており、国際経済学の分野で有名なジャグディシュ・バグワティは6番目の実弟にあたり、自身は三女の父である。 最高裁に在席した期間は13年強であり、現在に至るまでの歴代の裁判官230名ほどのなかで最も長い。公益訴訟という弱者志向の司法積極主義の展開によりバグワティがインド社会に与えた影響は決して小さいものではない。また、パキスタン、バングラデシュなどの近隣の南アジア諸国、南アフリカやケニアなどのイギリス法系の後発国においても公益訴訟は模倣され、広く世界にも影響を与え、バグワティは国際的に敬意を集めた存在であることにも疑いはない。

バグワティは、数学を専攻していた学生時である1942年8月に「クイット・インディア(インドを退去せよ)」運動を呼び掛けたガンディの演説を聞いて衝撃を受け、学業を放り出して独立運動に身を投じ、逮捕され、地下活動を経たのちに、法曹を志したという。若き日の感動を終生手放さず、バグワティは繰り返し、この演説が自分の人生に与えた影響を語っている7。泉下にて生前の自らの事績を誰にどう報告しているのだろうか。

「生命は単に物的な存在を意味するわけではない。それを通じて生命(の営み)が享受される身体あるいは能力の行使をも意味するのである……生命への権利は健全な環境への権利を含む」コロンビア大学での講演より(括弧は筆者補足)8

著者プロフィール

佐藤創(さとうはじめ)。ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター主任研究員。博士(ロンドン大学)。専門は経済発展論、国際開発論、アジア政治経済。編著に『インドの公共サービス』(アジア経済研究所2017年)、Varieties and Alternatives of Catching-up(Palgrave-Macmillan, 2016)など。

書籍:インドの公共サービス

書籍:Varieties and Alternatives of Catching-up

脚注
  1. Livemint, June 16 2017
    (http://www.livemint.com/Politics/XBYpYRwkXUEVz9w47I78BM/Justice-PN-Bhagwati-former-chief-justice-of-India-dies-at.html )。以下、本エッセイではとくに断りがない限り、事実関係については、The Hindu, Indian Express, Mintなど現地有力英字紙と、Gabois(2011)のバグワティについての記述を参照している。また、本エッセイで引用しているウェブサイトの最終アクセス日はいずれも2017年12月28日である。
  2. 解放された1000人ほどの債務労働者たちは、かれらの村の名前を「バグワティ裁判官村(Justice Bhagwati Nagar)」と名付けたという(Mitra 1985)。
  3. この対立については、安田(1974)が詳しく紹介している。
  4. 2011年になって、この判決については、バグワティは多数意見に名を連ねたことは間違いだったと述べ、もしもう一度同じ事件を扱えるならば、反対意見を著したカンナ裁判官の意見に賛成するだろうと述べている(Maneesh 2011)。この反対意見を記したカンナ裁判官もまた最先任原則によれば長官になるはずであったが再びインディラ・ガンディ政権はこれを拒み別の裁判官を長官に据え、カンナ裁判官は即日辞職した。非常事態下であったので、この辞職ニュースもまた検閲され黒塗られたという(Mitra 1985)。
  5. Mitra (1985)。
  6. Jaisinghani (2011)。サイババによる児童に対する性的乱用疑惑に話が及ぶと、根拠のない話であるとバグワティが憤慨した模様も描写されている。
  7. こうした若い頃の思い出について語った生前のインタビューがYouTubeで視聴可能である。
    「Justice Bhagwati on his career」https://www.youtube.com/watch?v=8ToxgsPE9ok
  8. Justice P.N. Bhagwati Lectures on India's Human Rights Law (http://www.law.columbia.edu/media_inquiries/news_events/2009/april2009/bhagwati)
参考文献

写真の出典

By MahimaPillai (Own work) [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons