世界経済危機と東アジア経済の再構築

2009年12月1日(火曜)
グランドプリンスホテル赤坂  五色2階 五色の間
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主催:ジェトロ・アジア経済研究所、東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)
後援:ASEAN事務局、経済産業省、読売新聞東京本社

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パネルディスカッション2 「東アジア経済の再構築」

殷醒民(復旦大学経済学院教授)

2009年の中国経済は、順調な工業化に支えられて回復基調にある。工業化は依然として経済成長における最大の原動力である。

しかし、工業化の中身には変化も見られる。まず、経済成長の原動力が重工業に移ってきている。2009年1~10月期における軽工業生産額の成長率が9.0%だったのに対して、重工業のそれは9.6%であった。鉄鋼やアルミニウムの生産量は、インフラ投資などの強い内需に支えられて、堅調な回復をしめした。

また、企業の所有制によって、経済成長への貢献にばらつきが見られるようになっている。民営企業や株式会社が2009年1~10月期に高い成長率を維持したのに対して、外資企業や国有企業はその成長を減速させた。とくに外資企業は、輸出の回復が予想されていたものよりも十分ではなかったことの影響が大きい。

一方、内需の回復は著しかったため、輸出志向ではない産業の生産額が堅調な伸びを見せた。小売業売上高の成長率はこの9ヶ月で15.1%だった。また、電気供給量も3.2%増加した。自動車販売台数ははじめて1000万台の大台に乗り、10月までに1090万台を記録した。これまでの成長を牽引してきた労働集約型の繊維やアパレル製品、IT機器などは輸出の回復が緩慢でありその成長を鈍化させたものの、重工業は、政府の支援を背景にした投資の伸びによってその成長率を高めた。

最後に、今後の東アジア経済を考えてみる。中国の経済成長が今後も持続した場合、中国は輸入の増加を通じて大きな需要を生み出すことになる。中国も含めた東アジア全体の市場をつなぐため、各国は貿易障壁をより一層引き下げる必要がある。また、東アジア経済の成長のため、各国の強みをいかしたAsian Production Chainを形成しなければならない。そのため東アジア全体でインフラを充実させる必要がある。そして、東アジアが世界経済を牽引するようになれば、多極的な世界が生まれることになる。実現には多くの困難もあるが、各国が協力すれば実現させることができる。

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殷醒民(復旦大学経済学院教授)

殷醒民(復旦大学経済学院教授)

アミット・バドゥリ(ジャワハルラルネール大学名誉教授)

グローバリゼーションは現在も進みつつあるプロセスである。これに対してどのように戦略的な対応をするかが重要である。とりわけ、アメリカ市場の復活が不透明ななか、外需(輸出)主導の成長はもはや可能ではないかもしれず、国内市場を重視する必要性が高まっている。ここでは貿易と投資に焦点をあてて考えてみたい。

貿易:高い労働生産性と低い実質賃金が国際的な競争力を高めるという「危険な強迫観念」がある。これは望ましくない。労働生産性の成長を、国際的なコスト競争力と結びつけて考えるよりもむしろ、国内における生産と雇用の成長の源と捉え、より平等を伴った経済成長を志すことが重要である。

投資:税金の免除や賃金の抑制によりFDIを誘致しようとする「race to the bottom」は避け、よりよいインフラや熟練した労働力、腐敗の削減などを整備することによりFDIを誘致する「rise to the top」を目指すべきである。さらに、(労働者の)賃金主導および(企業の)利潤主導の政策を通じて国内市場の拡大に努めるべきである。

国内市場への注目は、雇用増加の結果としてのGDPの成長を意味する。インドや中国でおこっていることはこの逆である。たとえばインドでは高い経済成長率にもかかわらず、国内の雇用が増えていないという問題がある。雇用の増加により、国内市場における需要を増やし、外国市場に過度に依存することなくバランスを達成することが重要である。

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アミット・バドゥリ(ジャワハルラルネール大学名誉教授)

アミット・バドゥリ(ジャワハルラルネール大学名誉教授)

ヴェディ・ハディズ(シンガポール国立大学准教授)

世界経済危機のインドネシアに対する影響は、1997/1998年のアジア通貨危機時に比べれば非常に軽微である。経済的には、プラスの経済成長を維持しているし、政治的にも、ユドヨノ大統領の再選に見られるように安定している。インドネシアの立場からは、世界経済危機が襲ってきたという感覚はない。しかし、インドネシアが直面する基本的な問題には変化はない。ここで問われるべきは、地域統合がインドネシアの抱える基本的な問題をどう解決するのかという点である。

インドネシアの基本的問題とは、貧困である。その背景として、失業と不完全雇用の問題もある。また、社会保障制度が未整備であるため、人々は非常に不安定な状況におかれている。世界経済危機は、フォーマル部門の失業者のインフォーマル部門への流入や、海外労働者の契約解除といった形で影響を与えている。不平等や貧困の問題は、社会的緊張や紛争の根本的な原因ともなっており、地域の安定に影響を与えている。

もうひとつの基本的問題は、汚職である。以前は国家予算の20%が汚職で消えたと言われたが、それが改善される見込みは現在のところない。対外債務のGDP比は減少してきたが、それでも800億ドルに上る。この2つの存在が、社会保障の整備にとって重荷になっている。

インドネシアにとって地域統合はどういう意味があるのか。国民の生活の質を高め、社会福祉を改善し、海外の労働市場を増やすのか。NGO活動家などは、米国ワシントン主導のグローバル化と東京・北京枢軸の支配する地域統合とはどう違うのかという問題を提起している。

インドネシアでは、地域統合の進行と並行して、開発政策の見直しも進められている。輸出主導成長戦略の見直しと、国内消費重視、貧困撲滅重視の戦略への転換が提起されている。しかし、これは、輸出主導戦略の放棄を意味するわけではなく、優先順位の見直しである。問われるべきは、地域統合がどう我々の生活の向上に資するかという点なのである。

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ヴェディ・ハディズ(シンガポール国立大学准教授)

ヴェディ・ハディズ(シンガポール国立大学准教授)

ミロスラフ・ヨヴァノビッチ(ジュネーブ大学ヨーロッパ研究所講師)

2007年から2008年にかけての信用危機の以後に、国内産品購入条項や自動車産業への巨額の補助金により、米国の新しい保護主義が復活した。望ましい対応は、第三者に差別的でない、地域統合の深化と生産性やイノベーションを改善する規制の調整だろう。米国の保護主義の側面を懸念している。

ASEANと日中韓は地域統合により太平洋に経済的な境界を引く気だろうか?費用削減や生産の特化、イノベーションにより企業の競争力を増すような自由化を求めて、地域統合協定の締結への圧力は生じる。地域統合協定は主な貿易相手国と結ばれるほど、排他的な負の統合の効果を心配しなくなり、原産地規則の重複の解消によるメリットは大きくなる。

アジアの現状では、様々な自由貿易協定が結ばれ、域内で原産地規則が複雑に入り組んでいる。重複した原産地規則やその手続きに要する費用を削減することができれば、貿易の利益は増すだろう。そこで、多国間協定は解決策になる。もしドーハラウンドが成功すれば、域内貿易協定は不適合になるが、ドーハラウンドが不調であれば、域内貿易協定は次善の策となる。後者の場合には、アジアの域内貿易協定で原産地規則をできるだけ単純に、原産資格割合をできるだけ低く、規則や手続きを最小化したほうがいい。好ましいドーハラウンドの一例として、食糧や製品の安全、気候変動にやさしい製品の関税撤廃やグリーンテクノロジーの促進といった環境関連を含めるとよいだろう。

米国はFTAをグループ内のみへの特恵措置のように用いているが、EUはASEAN10と1つのグループとしてのFTAを模索したい。ASEANの今後の課題は、イノベーションだろう。将来の議論すべき課題として、サービスとエネルギーがある。

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ミロスラフ・ヨヴァノビッチ(ジュネーブ大学ヨーロッパ研究所講師)

ミロスラフ・ヨヴァノビッチ(ジュネーブ大学ヨーロッパ研究所講師)

クー・ブー・テック(ジェトロ・アジア経済研究所地域研究センター上席主任研究員)

我々は危機を契機にいろいろなことを学ぶことができる。たとえば1997年には金融危機を契機として、チェンマイ・イニシアティブなど金融面での地域統合が進んだ。さて、2008~2009年の危機は社会政策における地域統合を促進しうるのか。社会政策の実施は需要を喚起し域内の諸問題を解決することを可能にするだろうか。過去20年にわたり、東アジアの「1日2ドル以下の貧困」(果たしてこの数字にどれだけの意味があろうか)は改善されてきたという。域内各国の国内の経済格差は多くの国で拡大しているし、さらに、域内の国家間の経済格差も深刻であり、カンボジアやミャンマーなど常に同じような国が貧困国として名を連ね続けている。このようななかで、果たして「東アジア」は安定的な市場となりうるのだろうか。現在、域内各国の都市化は急激に進んでおり、今後さらに社会政策の必要性は増していくことが予想される。マレーシアは、これまで常に開発計画のなかで社会サービスを中心的な課題としてとらえ、経済成長と分配の両立を達成してきた。経済成長と分配は、二者択一の問題ではない。東アジアには、多様なアイデンティティや宗教があり、産業構造の違い、国家や安全保障の問題など、地域統合を考えた場合の多くの困難が指摘され議論が重ねられているが、さらに、格差や福祉の問題など、人々が本当に必要としているものについても考えていかなければならない。ヨーロッパの統合が達成されたのは原加盟国のあいだに社会民主主義や福祉が根付いていたからである。人々を置き去りにした統合はありえない。

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クー・ブー・テック(ジェトロ・アジア経済研究所地域研究センター上席主任研究員)

クー・ブー・テック
(ジェトロ・アジア経済研究所地域研究センター上席主任研究員)

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モデレーター:浦田秀次郎(ERIA上席研究顧問、早稲田大学教授)

浦田秀次郎(ERIA上席研究顧問、早稲田大学教授)

浦田秀次郎(ERIA上席研究顧問、早稲田大学教授)

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