激動する湾岸アラブ諸国を読み解く:君主制、移民、湾岸経済の展望

2014年9月17日 (水曜)
ジェトロ本部5階展示場

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主催:宇都宮大学国際学部多文化公共圏センター、ジェトロ・アジア経済研究所

趣旨説明・セッション1  |  セッション2  |  セッション3

質疑応答・総合ディスカッション

総合コーディネーター:日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究員 堀拔功二氏
討論者:ヴァレリー氏、ガードナー氏、松尾氏、石黒

1.総評と各討論者コメント

堀拔氏:

第1セッションでは、湾岸政治の意思決定がどのように行われているか、ビジネス・エリートと議会から切り込んだ。ヴァレリー氏は君主体制の存続にビジネス・エリートがどのような役割を果たしているかを指摘し、既得権益の保護という点で君主体制の存続を支持する理由があるとした。石黒氏は湾岸で最も民主的といわれるクウェートの政治においても、利益誘導の政治が展開され、これが政治問題化していると指摘した。第2セッションでは外国人労働者に関して取り上げた。湾岸は人口の半分が外国人であり、これを無視して政治・経済を論じることは不可能で、これに着目したのが有益だと考える。ガードナー氏はドバイやドーハでの都市開発のなかで移民がどのような文脈にあるか、また「ゲートキーパー」や「イマジニア」という新しい概念を用いて問題に切り込み、新しい構造を分析した。松尾氏は統計データから、どのように湾岸諸国が移民を利用して体制を安定させようとしているかを論じた。

各報告者それぞれの報告を聞いたうえでの、感想、コメント等を1人づつお願いしたい。

松尾氏:

ヴァレリー氏のビジネス・アクター、企業が移民をどう利用としているのかという論点が興味深かった。ビジネス・アクターと政治エリートが綱引きをしているという指摘は、これらの国々が開放経済に向かうのかを考える上で重要だと考えられる。ガードナー氏のゲートキーパーとイマジニアという概念は非常に重要な視点であった。外国人が低い地位にあるが、それは国家が作ったものではなく、中間に移民(パレスチナ人)が介在し、彼らが良しとする移民のイメージを、新たに移民に与えている。ゲートキーパーが作り上げたイメージを、受入国が積極的に作り上げたものとして我々は捉えてしまっていた訳である。

ヴァレリー氏:

皆それぞれ興味深い報告をしたと思う。私の報告について、客席の皆様がどうお考えになったか、この時間を使って是非、オーディエンスと議論したい。

ガードナー氏:

エスノクラシーの議論、透明性の議論は非常に興味深いものであった。私の本では「ワスタ」(縁故主義)について書いたが、そこでも透明性が欠如しているということを指摘した。しかし、これは国民の主要な利権であり、これを取り除くことは難しい。透明性を高め、文化的・政治的なものを取り除くことで、社会システムのメンバーシップなしで意思決定を行うことは、彼らにとって奇異なものとなるだろう。

石黒:

私の報告では、ヴァレリー氏の議論と対をなすよう意識した。代表なくして課税なしというのが湾岸地域の特徴である。しかし、税金を徴収していないにも関わらず、国民は説明責任を要求するという興味深い事例をクウェートは提供している。

2.質疑応答(堀拔氏が会場の質問と合わせながら、各討論者に質問していく形式)

堀拔氏:

外国人顧問、外国人コンサルタントが湾岸の経済政策にどのように影響を与えるのか。各国の「国民」にも優秀な人材は居ると思われるが、なぜ顧問等に「外国人」が多用されるのか。

ヴァレリー氏:

多くのGCCの大企業においてアドバイザーは外国人であることが多い。ビジネス・ファミリーがなぜ外国から顧問を雇うかというと、熟練しているという理由以外に、彼らは自国民より頼りになり、地元社会に根ざしておらず、会社の秘密を保持してくれることが挙げられる。また、ゲートキーパーとコンサルタントはリンクしている。多くの湾岸諸国の人々は必ずしも地元の人を信頼しておらず、政治決定に社会を巻き込むことを避けているとも考えられる。

堀拔氏:

石黒氏は透明性、説明責任について話されたが、クウェートでは納税の義務がないにもかかわらず、なぜ政府は透明性を求められるのか。

石黒:

現地のNGOでも透明性や説明責任を実際に求めている。ワスタもそうだが、見えないところで決まってしまうことに不満を持っている。汚職に関しても無視できないレベルという認識。

松尾氏:

税金を払っていないのに参加するのはなぜかという問いは、そもそも問いとして正しくない。ヨーロッパではそれが普通であるが、中東や他の地域にそれがあてはまるとは限らない。湾岸では国民が税金を払ってないが、国家がもっている石油は国民の財産であり、それを国家が管理しているだけという意識がある。透明性や説明責任は、石油が国民の財産であるというロジックで結びつけると、説明できる。

石黒:

付け加えると、資源ナショナリズムという主張が説得力を持つのかというと、これはより利益をもたらせということだが、その正当化には、イスラームの公正さの概念を持ち出し、資源はアッラーから与えられた恩寵で、メンバーの共有財産であり、「国民」はそれに自由にアクセスできるという考え方がある。国家は管理しても良いが、独占することは許さないとする考え方である。

堀拔氏:

移民の問題について。カタルは外国人労働者を酷使して建設事業などを進めているが、外国人労働者問題の根源はスポンサー制度なのか。

ガードナー氏:

都市開発、建設の問題は政治の正統性を高める道具で、それは市民に対する恩寵である。2022年のワールド・カップも政府の正統性を高める効果があると思われる。人権の問題は間違いなくある。私の研究もそれを扱っている。ジャーナリストはこの問題について取材しようとするが、ゲートキーパーが一種のファイヤーウォールとなって彼らの情報の入手を拒んでいるので、情報がなかなか出てこない状況。

堀拔氏:

このままカタルの外国人労働者問題が発展すると、W杯の開催権剥奪もあるのか。

ガードナー氏:

分からない。賄賂の問題もある。また、スポンサー・システム、すなわちカファーラが廃止されたとしても、労働契約は破棄されない。しかし、長期的な将来像としては、私は楽観的だ。

堀拔氏:

日本も看護師や介護士などの分野で移民を受け入れようかという話があるが、日本の移民政策に対するインプリケーションはあるか。

松尾氏:

こういうことを想定しながら研究プランを練っていた。
いくつかのヒントはあると思う。

1.何が移民問題なのかは受入国によって異なる。日本でも移民が帰らないのではないかという不安があるが、これには渡航の制限を緩めてしまうことが有効である。湾岸諸国は制限が緩く、欧米の方が厳しい。しかし、湾岸諸国では彼らは自国に帰る。なぜなら渡航するコストが低く、一度帰っても、また来られるからである。渡航コストが高いと、一度来たら、もう帰らなくなる。移民受入れはハードルを下げることで、不法滞在化を防ぐことができるかもしれない。

2.現代は移民労働力を世界中で奪いあう時代である。アジアでは韓国や台湾は、日本よりもはるかに進んだ移民受入れ制度を有しており、移民にとって日本は最適な選択肢ではないかもしれない。より移民の権利が高い国の方が、優秀な移民労働力を得られるのは自明であり、湾岸諸国は労働の生産性が低い労働力ばかりを受け入れるという、この点では、湾岸諸国は非常にまずい方法をとっている。エスノクラシー体制は、労働者の人権意識の議論よりも、労働者の福利厚生を高めることが企業の生産性向上につながると訴えることによって、変化があるかもしれないと考えている。

3.欧州型移民受入れが日本の議論のベースであり、これは潜在的な国民になる人を受け入れる制度。しかし、世界的に見れば、これは特殊な例であり、他の国、例えばシンガポールなどでは一般的ではない。流動性の高い移民と、労働者の人権は共存可能か、21世紀型の移民社会を考えるうえで極めて重要な要素である。

堀拔氏:

ビジネス・エリートとは一体どういう人たちを指すのか。支配家系と同盟を結んでいるのは自国民だけなのか。欧米のビジネスマンや、出自を周辺国にたどり現地化した商人層などをビジネス・エリートと呼びうるか。

ヴァレリー氏:

私の報告の中では、主に自国民のことを想定していた。私は研究で少数(5~10)のビジネス・ファミリー、商工会議所を取り上げた。他の研究者が言うところの商人層(Marchants)である。少数の外国人、エジプト、パレスチナ、パキスタン出身の人は国籍を得て、国民となり、ビジネス・エリートに属する者もいる。彼らはとても強力である。他の外国人(欧米人やアジア人)はビジネス・エリートではない。なぜなら地域に根ざしていないからである。ビジネス・エリートとは、一人のビジネスマンを指すわけではないという点をご理解いただきたい。

堀拔氏:

ビジネス・エリートは「国民」の若年者層の雇用創出をどう見ているのか。責任をもって取り組もうとしているのか、それとも移民の雇用を好むのか。

ヴァレリー氏:

報告でジレンマとして述べた点である。すなわち、短期的な利益としては低賃金、労働力の汎用性ということだが、同時に長期的には雇用創出という社会的責任がある。現実には、企業は利益を求める。私は悲観的すぎるかもしれないが、これは長期的なジレンマで、構造的問題であり、解決されていない。アラブの春で多くの若者がこれを主張しており、このような事態は将来も繰り返されるだろう。

堀拔氏:

国連や国際労働機関は湾岸の労働問題にどのような対応をしているのか。

ガードナー氏:

世界的に労働者の問題はそれほど認知されていない。国際機関は会議を開催し、湾岸諸国に批判的な報告書を発行したりしている。これらは湾岸諸国にも認識されているが、このような圧力によって湾岸諸国が政策を変更することはないだろう。彼らはこのような声を遮断できる。しかし、若者は異なる。若者は、外国人、人権、労働者の権利に対して異なる態度を有する。この世代が問題の景色を変えつつある。

堀拔氏:

労働者の送り出し国のプレッシャーをどう評価するか。フィリピン政府やインド政府は最低賃金制を導入するよう要求している。フィリピンは実際にメイドの送りだしをストップした。

ガードナー氏:

第1に、全ての送り出し国は事情が異なる。これは単一の問題ではなく、規則の不在といった構造的な問題である。フィリピンのケースは興味深いが、受入国は新しく、より安い労働者を供給できるインドネシアや南アジアに手を伸ばしている。悲しいことに、フィリピンは理想的に行動したが、構造的にはエチオピア人が新たに来るだけだった。驚くべきことに、労働者キャンプにはベトナム人やカンボジア人の新たなキャンプが出来ており、受入国は新たな外国人労働者の送り出し先を見つけてきたのである。

ヴァレリー氏:

インドは湾岸諸国にとって経済的なつながりという意味でも重要である。大型のプロジェクトもある。インドとGCCの関係は、GCC諸国のインド人に対する扱いに関わってくる。インドは経済大国であると同時に、移民送り出し国である。ペーパーでも触れたが、移民のネットワークはトランスナショナルである。他方、状況は悪化してきている。アフリカから欧州への移民は年々増えている。私は悲観的で、移民労働者として来たいという要求の方が強いのである。

堀拔氏:

最後に、これまでの議論をまとめる。湾岸の政治、ビジネス・エリート、移民、君主制の相互依存関係を明らかにした。これらが権威主義体制の維持に影響を与えていることが分かった。では今後10年間の見通しでは何が課題か。イスラーム国といった問題や、地域情勢の変動も含め、今後の君主体制の存続の課題は何か、それぞれコメント願う。

石黒:

現行の分断して統治するシステムは行き詰るだろう。政府が反対派の言い分を取り入れられるか、反対派も歩み寄れる現実な政策を主張できるかが重要である。このためには反対派にも責任を分有させ、政治における経験をつませることが大切である。

ガードナー氏:

君主制の持続性の問題であるが、石油がなくなった後どうするかという問題も関わってくる。君主制は劇的な変革に適応できるのかにかかっている。人類学者として言いたいのは、伝統に頼ること、環境に対応すること、特に伝統に頼ることが良いのかもしれない。

ヴァレリー氏:

湾岸6カ国は、人口の半分が25歳以下である。我々は高等教育を受けた若者達が5年以内に出てくることを見ることになる。彼らの雇用の問題は経済的というより社会的な問題だ。また、若者世代の考え方は祖父母とは異なり、意思決定を少数に任せるつもりはない。アラブの春はこの一部であり、これから多くの変動が起こるだろう。

松尾氏:

地政学的な面としては、バーレーンやクウェートは国土が小さい故に運動(反乱)を物理的に抑えることができるが、サウジアラビアは国土が大きいので運動(反乱)を抑え込むことは困難である。オマーンは権力を独占している君主が変われば、統治の体制が変わるだろう。それ以外の国では改革は大変難しい。移民の話だと、最近のグローバル経営として、倫理的に正しい経営というのがある。この点に関してAppleやAmazonに批判があるが、このようにグローバルな企業が批判の対象となり、企業自体による労働状況の改善が行われるかもしれない。こうして、君主制は残ったまま、移民の状況が変わってくるという奇妙な状況が続くかもしれないという未来を描ける。

堀拔氏:

今後も大きく変化していくことが予想されるが、大きな文脈、大きな視点で見る必要があるということだろう。本日は長らくのご清聴に感謝したい。通訳の方にも御礼申し上げる。

総合コーディネーター: 日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究員 堀拔功二氏 討論者:ヴァレリー氏、ガードナー氏、松尾氏、石黒

総合コーディネーター:
日本エネルギー経済研究所
中東研究センター研究員 堀拔功二氏
討論者:ヴァレリー氏、ガードナー氏
松尾氏、石黒

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