激動する湾岸アラブ諸国を読み解く:君主制、移民、湾岸経済の展望

2014年9月17日 (水曜)
ジェトロ本部5階展示場

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主催:宇都宮大学国際学部多文化公共圏センター、ジェトロ・アジア経済研究所

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趣旨説明

宇都宮大学 国際学部准教授 松尾昌樹氏

私は湾岸アラブ諸国の移民がこれらの国の政治・経済・社会にどのような影響を与えるか、文部科学省の支援を受けて4年間の研究プランとして進めている。これまでサウジアラビア、バーレーン、オマーンでの現地調査を行ってきた。本日はその研究成果の一部を発表したい。英国からヴァレリー先生、米国からガードナー先生を招き、この地域の最新の動向、移民と経済の関係について議論する。セッションは3つ。最後のセッションでは会場の皆様からの質問にも回答していきたい。会場の皆様から質問を伺うことで研究の質を高めたい。本日はよろしくお願いします。

セッション1:湾岸の経済と君主制の今
   「湾岸アラブ諸国の国家—ビジネス関係:政策徹底におけるビジネス・アクターの役割」

英エクセター大学 社会科学・国際研究学部講師 マーク・ヴァレリー氏

石油以前、国内の安定性を保つために湾岸アラブ諸国では、指導者と地域のエリートが結びついた。その中でも、商人は指導者を財政的に支援するキー・パートナーであった。

石油が発見されると、石油によるレント収入(国民の生産活動とは関係なく天然資源の輸出収入など、国家に直接的に流入する非稼得性の利益)が、湾岸アラブ諸国の政治的正統性にとってコーナーストーンとなった。指導者と国民は、ここで新たな「社会契約」を結ぶことになる。すなわち、「代表なくして課税なし」という標語と逆の状況、「課税なくして代表なし」と言える状況が発生したのである。

クウェートでは、強力な商人エリートが意思決定への参与と政治的役割を求めていた。他方、カタルやUAEでは、商人層は意思決定への参与を求めるにはまだ弱小であった。しかし、この状況下でいずれの政治権力も商人層を意思決定から遠ざけた。その代り、政治権力は(国内市場を保護し)外国人商人層の参入を抑止するために働いた。バーレーンでは、ビジネス・エリートは支配家系内の勢力バランスに依拠している。2000年の労働市場改革でも、権力闘争が首相の周りにいる商人層と、皇太子の周りにいる商人層との間で繰り広げられた。オマーンは他の湾岸諸国と大きく異なり、カーブース国王がほぼ全ての権力を一手に握っている。ビジネス・エリートは国家の経済活動において戦略的な地位を占め、政権の政治的正統性を支えている。

経済のグローバル化に対応した湾岸アラブ諸国の昨今の労働市場改革、経済の民営化、労働者の自国民化などは、ビジネス・エリートがこれまで(国内市場の保護などで)獲得してきた既得権益を脅かしている。湾岸アラブ諸国では他の国に比べて、(姻戚関係の構築や経済成長によって)ビジネス・エリートが影響力を強めているが、政治権力とのバランスはどこにあるのだろうか。

アラブの春は、国家・ビジネス関係における新たな要素である。クウェート、バーレーン、オマーンでは、デモが最大の課題となっている。デモ参加者の要求は、雇用の創出、汚職対処などである。ビジネス・エリートの権益は政治エリートと結びついており、これらはデモ参加者に汚職と批判され、デモの主要なターゲットとなった。オマーンでは実際に、長らく務めた国家経済大臣と商工大臣が罷免され、石油レントに基づく政治的正統性はもはや新たな世代にとって受け入れられないことが露わになった。ここには体制の将来にとってジレンマが存在する。

バーレーンでは、状況が異なり、引き続きビジネス・エリートは支配家系内の勢力均衡に依存している。UAEでは、ビジネス・エリートは政府の政策を支持し、デモに同調するような兆候は見られなかった。支配家系は経済をコントロールしている。カタルもUAEと同様、支配家系がコントロールしている。

英エクセター大学<br> 社会科学・国際研究学部講師<br> マーク・ヴァレリー氏

英エクセター大学
社会科学・国際研究学部講師
マーク・ヴァレリー氏

セッション1:湾岸の経済と君主制の今
   「高まる透明性と説明責任要求:湾岸アラブ諸国における議会」

アジア経済研究所 地域研究センター研究員  石黒大岳

ビジネス・エリートと体制側が結びつくことで体制が安定するというのがヴァレリー氏の議論だが、私はビジネス・エリートとは逆に、政権に反対意見をいうアクターを扱う。クウェートの政策決定プロセスを例に、各種アクターがどのように関与しているのか、アラブの春の前後におけるアクターの変化についても説明する。

湾岸アラブ諸国で立法権を有する議会があるのはクウェート、バーレーン、オマーンの3カ国。アラブ首長国連邦、サウジアラビア、カタルは政府の案を審査、助言する諮問評議会で立法権はない。湾岸アラブ諸国では、選挙の実施、選挙権や定員の拡大などの改革が1990年代から行われてきた。しかしこの改革は見せかけの改革で、外圧に対する一時的な改革でしかないとも言える。また、反体制派を体制側に取り込むという意味もある。

中東・湾岸地域では、議会制度をめぐる改革は上からの改革であることが多い。しかしながら、任命制であっても議員の中には自らの役割を政府に対するチェック機能に見出し、それを積極的に果たしていこうという動きが広がりつつある。

若者の人口も非常に増えており、これまで通り政府は国民を養いきれなくなりつつある。また、国内で消費する石油が増え、財源が減り、国民に分配する資源が減っていくという問題がある。政府としては財政の構造を改革し、過度に政府に依存する体制を変える必要がある。今後の財政構造次第では、国民だけではなく、支配一族も養えなくなるのではないかと言われており、痛みを伴う改革は免れない。政府は民営化を進めているが、これが腐敗の温床となっているとの指摘もあり、議会、国民に対する説明責任や、手続きの透明性が求められている。

次に、クウェートでの議会政治をめぐるアクター間の関係の変化を概説する。政府に対して最初にものを言ってきたのは有力商人層だったが、2000年代半ば以降、彼らは政府の側についた。クウェートでは、1980年代後半以降、都市部に新興中間層が形成され、市民社会を形成している。また、都市周辺部でも2000年代後半以降、新興中間層市民社会の形成が活発化している。都市周辺部の新興中間層は政治化した部族とも言える。2000年代の選挙制度改革において政治化した部族は有権者の中で多数派を占めるようになる。これに対し、有力商人層や新興中間層(都市部)が反発している。

2008年の選挙を境に、支持母体と政治勢力の関係は複雑になってきた。それは先ほどの部族の影響力の高まりが影響している。もともと部族で都市周辺部に定住した人たちは政治的に目覚めてクウェートの政治史に表れてきたということである。

それでは、議会のこれまでの対立要因は何かということだが、政治体制をイスラーム化していくイスラーム主義勢力とリベラル派の対立があるが、実際的には利益誘導の対立が本質的な対立を構成している。周辺部に行くほどインフラの整備が進んでいない。公共サービスが劣化している周辺部に流入した部族が人口的には多数派になった。いまはイスラーム主義者や、ポピュリストが政府と対立している。

野党の主張は、都市周辺部のインフラの整備が進まない中で、石油の富はどこにいったのかということ。つまり透明性・説明責任を要求している。彼らはイスラームの公正概念を持ち出し、政府を批判している。ポピュリストは資源ナショナリズム的である。クウェートの富はクウェートに還元されるべきだと主張し、また、政府の汚職・腐敗は消えていないと批判している。

野党と政府の対立が収まらない理由としては、野党が人口的には上回っていることがある。また、野党は政策の遂行結果に責任を負わず、閣僚の罷免要求を多用している。こうした結果、行政機能がマヒしている。クウェートでは、近年6回の選挙を行ったが、こうした混乱は政府、そして政府の足を引っ張る議会の双方が悪いと市民は考えている。

経済政策を策定するのは政府だが、議会の協力は不可欠である。石油事業などの入札と契約条件を議会はチェックし、会計審査院での審査を要求したりする。

ビジネス展開上の留意点としては、王族が決定するような大規模な公共事業であっても、議会に対してそれなりに説明責任を果たすことが求められているということである。彼らを説得するためには分配が公平であり、公正さと整合性が取れているということが重要なことである。

アジア経済研究所 地域研究センター研究員 石黒大岳

アジア経済研究所
地域研究センター研究員
石黒大岳

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