開催報告

国際シンポジウム

付加価値の源泉の進化:「良い仕事」、「悪い仕事」?

開催日時
2015年3月19日(木曜)

会場
国連大学 ウ・タント国際会議場

主催
ジェトロ・アジア経済研究所、世界銀行、朝日新聞社

内容

主催者挨拶
  • 宮本 聡(日本貿易振興機構副理事長)
  • 塚越 保祐氏(世界銀行東京事務所駐日特別代表)
  • 橋本 仁氏(朝日新聞東京本社ゼネラルマネージャー兼東京本社報道局長)
基調講演1「変化するグローバリゼーションと製造業における付加価値の源泉の進化」
リチャード・ボールドウィン氏(ジュネーブ国際問題高等研究所教授)

基調講演2「賃金労働・労働移動と開発」
マーティン・ラマ氏(世界銀行南アジア地域総局チーフエコノミスト)

パネル・セッション
  • 報告1「輸出付加価値の変化の背景にあるもの」
    伊藤 匡(ジェトロ・アジア経済研究所 新領域研究センター技術革新・成長研究グループ長)
  • 報告2「生産工程分業化、生産工程階層と付加価値:アジアの工場1985-2005年のデータが語る」
    ピエール・ルイ・ベジーナ氏(バーミンガム大学講師)
  • 報告3「製造業における貿易自由化と生産後のサービスの提供:理論的考察」
    椋 寛氏(学習院大学経済学部教授)
  • ディスカッション

主催者挨拶

宮本 聡(日本貿易振興機構 副理事長)

宮本 聡(日本貿易振興機構 副理事長)

ジェトロ・アジア経済研究所は、1960年代からアジア国際産業連関表を作成しており、同表は世界に対して貢献してきている知的財産である。この国際産業連関表を基に、国際貿易をモノやサービスの流れではなく、それらの生産過程で加えられた「価値」の流れとして捉えようという全く新しい「国際付加価値連鎖」の研究を実施し、先駆的な役割を果たしてきた。

アジア諸国は、輸出主導型の経済発展と言われるように、グローバル・バリュー・チェーン(GVC)に積極的に参加することによって経済成長を遂げてきた。今後、各国は産業のアップグレードを図り、付加価値の高い仕事、すなわち「良い仕事:Good-jobs」を担っていかないと持続的な成長ができず、「中所得国の罠」に陥るのではないかと言われている。また、貿易自由化により製造業の発展が注目されるが、運輸・サービス産業など他の産業も含めてトータルに見ていく必要があり、開発政策にも変化が求められている。

本シンポジウムでは、国際貿易における付加価値の観点から、グローバル化が発展途上国の経済発展にもたらす影響と開発政策のあり方、さらには日本にもたらす影響について検討を行い、日本の成長戦略への対応について再考する一助となることを期待する。


塚越 保祐氏(世界銀行東京事務所駐日特別代表)

塚越 保祐氏(世界銀行東京事務所駐日特別代表)

世界銀行は極度の貧困を2030年までに撲滅し、中所得国を含め所得の下位40%の人々も繁栄を共有できるようにすることという2つの目標を掲げている。これらを達成するために最も重要な課題の一つが途上国における雇用創出の促進である。

基調講演者マーティン・ラマは「仕事」(世界開発報告2013)の執筆チームの長を務める。同報告書は「良い仕事は何か」を開発の観点から総合的に検討し政策担当者への提言を行っている。雇用機会の拡大は万国共通の目標といえるが、どの仕事が経済と社会の発展に重要な効果をもたらすかは、各国の特徴に注目しながら見極める必要がある。各国の状況の違いを配慮したうえで、開発の成果を最大化できる仕事のタイプを特定し、さらに民間セクターによる雇用の創出を阻んでいる市場や機構制度の欠陥を正していくことが当該国政府の課題であり、我々、国際開発金融機関の支援の焦点となる分野といえる。

本日のシンポジウムでは経済発展における「良い仕事」、「悪い仕事」は何であるか活発な議論が展開されることを期待する。その際、仕事は単にその仕事がもたらす経済的付加価値や個人の利害を超えた重要性を持つことを認識することが大切である。


橋本 仁氏(朝日新聞東京本社ゼネラルマネージャー兼東京本社報道局長)

橋本 仁氏(朝日新聞東京本社ゼネラルマネージャー兼東京本社報道局長)

この国際シンポジウムも今回で10回目、その時々の社会情勢、世界情勢に合わせ多岐にわたるテーマを取り上げてきた。今回のテーマもまさに今日的なテーマと考える。

グローバル化が進む中、今日ほど仕事の「質」が問われる時代はない。多くの先進国で製造業を中心とする比較的高い給与を得られる仕事が失われているのではないか、そのことが中間層を細らせているのではないかとの議論が聞かれる。中間層が細れば、民主主義の基盤が弱くなる。一方で、途上国では賃金の低い仕事ばかりを先進国から押し付けられているのではないかという懸念がある。グローバル企業の下請け業者が違法な働かせ方をしているのではないかとの問題も時折明らかになっている。こうした課題にどう取り組めば良いか、本日の議論に期待している。

基調講演1「変化するグローバリゼーションと製造業における付加価値の源泉の進化 」

リチャード・ボールドウィン氏(ジュネーブ国際問題高等研究所教授)

リチャード・ボールドウィン氏(ジュネーブ国際問題高等研究所教授)

私の今日のプレゼンテーションの目的を2つ申し上げたいと思います。1つ目は、皆さんのグローバリゼーションに対する考え方を変えるということです。そして、最終的にグローバリゼーションというのは1つではなく、2つのプロセスだと考えていただければと思います。2つ目はこのグローバリゼーションというものが、付加価値の進化における「良い仕事」、「悪い仕事」ということについて、どのような意味合いを持つかについて振り返ることです。

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基調講演2「賃金労働・労働移動と開発」

マーティン・ラマ氏(世界銀行南アジア地域総局チーフエコノミスト)

マーティン・ラマ氏(世界銀行南アジア地域総局チーフエコノミスト)

私はここ最近、3つの作業を行ってきました。1つは、仕事に関する「世界開発報告」の作成作業でした。2つ目は、最近発表された「南アジア経済報告」の取りまとめで、南アジアにおける不平等に対応するというものでした。これは雇用と移動、転職がどのように人々の幸せに影響するかというものです。3つ目は、都市化に関する作業でした。南アジアの発展途上国においては、都市化がここ何十年の間、特に重要なことです。そして、この30分を使って、皆さんに4点についてお話したいと思います。

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パネル・セッション

報告1「輸出付加価値の変化の背景にあるもの」

伊藤 匡(ジェトロ・アジア経済研究所 新領域研究センター技術革新・成長研究グループ長)

伊藤 匡(ジェトロ・アジア経済研究所 新領域研究センター技術革新・成長研究グループ長)

ボールドウィン教授の基調講演のフォローアップとして、製造業のサービス化[servici-fication]の決定要因について、自分の最新の研究を紹介する。

製造業のサービス化の第1の決定要因は、製造業がマーケティング、会計、製造など多くのサービス業務を外注することにより付加価値が製造業からサービス業に移行すること。第2は、最近の自動車にはソフトウェアが搭載されるように最終生産財の変化による付加価値の製造業からサービス業への移転がある。これらの2つの要因はGVC(グローバル・バリュー・チェーン)には関係なく起こるもの。第3は、生産拠点が分散し輸送サービスが増加することによりサービス業の付加価値が増えること、第4は、労働集約的作業を低賃金の途上国へ移行することにより、先進国に残るサービス業は相対的に付加価値が高くなること。要因の第3、第4はGVCへの参画によるもの。これらを加味して推計した結果、貿易を通じたGVCへの依存度の高い産業ほど、サービス投入の輸入が増えており、GVCの拡大が製造業のサービス化の一因となっていることが示された。


報告2「生産工程分業化、生産工程階層と付加価値:アジアの工場1985-2005年のデータが語る」

ピエール・ルイ・ベジーナ氏(バーミンガム大学講師)

ピエール・ルイ・ベジーナ氏(バーミンガム大学講師))

はじめに、米国で販売されているバービー人形を例に挙げると、20ドルで販売されている価値のうち、製造を担当している中国が生み出している付加価値はわずかである。こうした付加価値の源泉を把握するためにアジア経済研究所の国際産業連関表を分析している。1985年には中国が付加価値に占めるシェアはごくわずかであった。しかし2005年に入ると、中国のシェアが各国の貿易において増大していることが分かる。

次に、付加価値が生まれているステージを全体の製造工程において位置づけてみたい。1985年において、製造工程の位置と付加価値の間には明確な関係が見られない。一方、2005年に入ると両者の間に関係が生まれていることが分かる。つまり、上流工程と下流工程の付加価値が大きなシェアを生んでいる。また、こうした関係は各国のデータで確認することができる。


報告3「製造業における貿易自由化と生産後のサービスの提供:理論的考察」

椋 寛氏(学習院大学経済学部教授)

椋 寛氏(学習院大学経済学部教授)

製品の修理・保守など、製造業の製品生産後に提供されるサービス(以下、生産後サービス)への需要が高まっている。しかし、現状、製造業の貿易自由化に比べ、サービス産業の自由化は限定的なものにとどまっている。製造業のサービス化(付加価値シェアが製造業から生産後サービスにシフトすること)は、経済の効率性を高めるのだろうか。この点について理論的考察を行うと、生産後サービスへの外国直接投資(FDI)が認められないなど、サービス産業の自由化を伴わない製造業の自由化は、消費者に害をもたらし世界の厚生を下げる可能性がある。生産後サービスへのFDIが認められない場合、生産後サービスを輸出先の現地企業に委託することになるが、これは、生産後サービス市場の寡占化をもたらすことで現地のサービス価格を上昇させ、サービスの質が低下する、というデメリットをもたらしうるからである。このため、貿易協定にサービス産業の自由化を盛り込むなど、製造業とサービス業の両方を同時に自由化する("packaged" reform)ことが重要である。

ディスカッション

白石 隆(ジェトロ・アジア経済研究所長)

モデレーター:白石 隆(ジェトロ・アジア経済研究所長)

(白石)まずは報告についてボールドウィン氏、ラマ氏からコメントをいただきたい。

(ボールドウィン)2点指摘しておきたい。1つは、バリュー・チェーンの上流、下流について、非常に誤用の可能性があるコンセプトである。伊藤とベジーナの論文のエビデンスによると、上流と下流のどちらが良いとはいえない。ある意味で中間のところが仕事1単位あたりの付加価値が低いということで、上流か下流のほうが良いことになる。ただ、それ自身も誤解を招く。経済的に上流、下流はかなり誤解を招きやすいので、ここで警告しておきたい。

2つ目はGVCの全体の概念である。GVCは誤解されている。まず、「グローバル」というのが間違っている。「リージョナル」なバリューチェーンであり、「グローバル」なバリューチェーンではない。2つ目は、「チェーン」でなく「マトリックス」であり、「テーブル」(表)であるということ。最後は、「バリュー(価値)」ではなく、「良い仕事」ということ。「良い仕事」を生み出すため、地域的に生産を行うこと、「リージョナル・プロダクション・ネットワーク」である。ただ、GVCのほうが聞こえは良い。言葉の意味を管理した上で使用する必要がある。

(ラマ)総合的に見て、測定・分析・政策の3つの視点から研究を進めることが必要。 まず、測定に関して、製造業が社内のサービス部門を外注化して例があったが、どれだけアンバンドリングによって統計の測定の仕方が変わってきているか。 次に、分析について、多くの未熟な産業などの変数を考えたが、製造業においてこの割合が減っているということが、生産性にどのような意味を持つのか。南アジアを考えた場合、バングラデシュでは繊維産業はすばらしいと思うかもしれないが、製造業が体系的にどうなっているか。 最後に、政策が重要だが、アンバンドリング、サービスの自由化、経済的な政策をどう考えるか、これらは最初のアンバンドリングが起こったときと比べて劇的に変わってきている。 これらの3つの分野において、プレゼンテーションの中で大変刺激的な視点があった。どれだけが中国での付加価値になっているかとの話もあった。経済学者として、測定をし、分析をし、政策提言をしているわけだが、これは大変健全なものだと思う。

ディスカッション

(白石)ここでフロアからの質問に移りたい。まずはスマイルカーブについて、「プレ・ファブリケーション」、「ポスト・ファブリケーション」の意味を具体的に説明してほしい。

(ボールドウィン)製造では、製造過程のほか、設計・デザイン、価格設定、販売でも付加価値を生んでいる。製造業におけるサービス化は、製造された商品がサービスのタスクにつながっている。80年代はこうしたタスクが1社で行われていたが、今は生産過程がアンバンドリングされ、企業の中で動いており、国を超えている。重要な点は、付加価値がどこから生じているかであるが、どうやら付加価値の多くはサービス業務からきているようだ。

(白石)産業政策として考えたとき、どうすれば「クラスター・オブ・エクセレンス」ができるのか。また、どのような教育政策が望ましいか。

(ラマ)産業誘致政策は、誘致しようとする地域経済の視点だけではなく、他地域や他国への影響を考慮した、より広域な視点から設計評価されるべき。

(伊藤)サービス業は専門化するほど対面での情報交換が重要となり、多様な業種との交流が容易な都市に集まる傾向がある。教育政策では問題を発見し解決する能力を涵養することが重要。

(椋)国内でサービス業の自由化が進展すれば、付加価値の幅が縮小したとしても労働機会が増加する。また、貿易協定等によって外国のサービス産業の自由度を増すことにより、巡っては日本の製造業の輸出につながると考えられる。教育については、世界はネットワークで結ばれていることを学生にも認識されるよう留意したい。

(ボールドウィン)労働者が生涯を通じて一つの職種に就業することが難しくなったため、労働者の転職をサポートする教育を行うべき。その際、知識それ自体よりも、知識を習得する方法を教育する必要性がある。

(白石)農業・水産業についてサービス化を考えた場合、本日の議論はどのような含意があるか。

(ボールドウィン)農業に関しては重要な付加価値連鎖がある。欧州の食品企業やスーパーマーケットでは自分でコーヒー農園を持つところもある。農業でもGVCは確立されている。例えばスイスには2つのスーパーマーケットしかなく、双方ともフルーツを途上国から輸入している。これをオーガニックとして販売するためには、オーガニックとして生産管理しなければならない。つまり、海外の生産者にオーガニック栽培を周知することにより、価格は上昇する。農業にもコモディティ化した産品とそうでない産品があり、農産品により付加価値も異なる。輸入するにもノウハウがあり、輸入国側にノウハウがある。

(伊藤)日本では農業法人は小さいのが現状。イオンが畑を作るといった取り組みはあるが、現状では日本の農業のステージは限られている。沖縄のハブ空港ができてから、日本の水産品が香港で売れている。新鮮な魚が北海道から羽田そして那覇経由で香港へ輸出されている。

(ラマ)サービス業や農業においては零細企業のデータが無い。途上国のバリュー・チェーンを見るときは全体の利益を見ることが必要。農家のインフォーマルな活動を含め全体を見ることが必要。サービス自由化を考えると適切な規制が必要。農業のインフォーマルな分野にいる人々、バリュー・チェーンの中で貧しい人々に価値をどのように拡大していくかが重要。

(白石)2015年末にアセアン経済共同体(AEC)ができ、中国では産業高度化が起きていることを背景として、今後のアジアのGVCのどのように発展するか。

(椋)確かにアジアの中でネットワークは広がっているが、多国間ではなく、二国間や地域間のFTAで発展し、それが重なりヌードル・ボウルの形で複雑な様相を呈している。原産地規則の関係で、特定の地域の中間財やサービスを使わなければならないなどの制約がある。その中で2015年に発足するAECは、より深い形で、かなり自由度の高い原産地規則を設定している。こうしたAECの原産地規則の取り組みがTPPあるいはRCEPの中でひとつの事実上の標準として採用されれば、フラットな形で調達が可能な、より自由なアジアのGVCが形成される可能性があるのでAECには期待している。

(ベジーナ)中国で賃金が上昇し、ベトナムなどに工場が移転しているが、これにより中国は多くの付加価値を生む生産段階に注目するようになるため、GVCの進化は中国にとっては良いこと。また、生産ネットワークにおける中国のポジションを強化する。製品のデザインなど日本が果たしてきた役割を果たすことになるだろう。

(ボールドウィン)GVCによる国際生産ネットワークは、所得水準の近い国の間でより緊密に発展している。中国の発展によるアジアの所得水準の収斂は、アジアの生産ネットワークをより深化させるだろう。また、ヨーロッパでは生産のハイパー・スペシャライゼーションが起こっている。例えば、自動車用のエアコンの半数は一つのフランスの会社が生産している。ASEANにおいても、このような技術・ノウハウによるハイパー・スペシャライゼーションが起こるだろう。

(ラマ)GVCの中では物流の要件が必要。中国が高賃金になったことでベトナムは恩恵を受けている。付加価値の高いセグメントをどれだけ取れるかということ。中国とベトナムの間でそれが激化しているのだろう。