開催報告

国際カンファレンス

中国(上海)自由貿易試験区とアジアの未来

開催日時
2015年1月23日(金曜)

会場
海社会科学院分院5階(上海市)

主催
ジェトロ・アジア経済研究所、上海社会科学院

内容

開会挨拶

講演
基調講演1「上海自由貿易区実験と中国対外開放のグレードアップ」
基調講演2「上海自由貿易試験区とアジアの未来」
ゲスト講演「国際通貨危機に対する政策選択とレジリエンス」

パネルディスカッション

開会挨拶

王 戦(上海社会科学院院長)

王 戦(上海社会科学院院長)

上海社会科学院は1958年に設立された中国国内で最大級の社会科学分野の研究所である。現在42の研究所が上海市の研究課題をはじめとして社会の移転期における様々な課題に取り組み、政府への政策提言も実施している。

上海社会科学院とアジア経済研究所は、2013年11月に白石所長が来訪された際に学術覚書を締結し、昨年「上海自由貿易試験区の経済効果」に関する共同研究を実施した。

上海自由貿易試験区は中国の改革開放にとって非常に重要な政策であり、経済のグローバル化に適応し、経済成長の新しいポテンシャルを発掘することで新しい中国経済のモデルを作るための試みである。

試験区は一年来、投資のネガティブリストの管理、貿易の利便化、金融サービス業の開放、政府監督管理体制の整備などの面で大きな、また中国全土に普及可能な成果をあげてきた。こうした上海での成果を受けて、広東、天津、福建でも地域の特性を踏まえつつ自由貿易試験区を設置することとなった。試験区による間接的な波及効果として、政府では3つの外資関係法の合併を進めており、この動きは試験区での実験に関連があると考えられる。また、ご存知のとおり習近平国家主席の改革開放政策において、長江デルタは重要な経済地域とされているが、これも試験区の進化と深い関係がある。

本日はアジア経済研究所との共同研究の成果に期待するとともに、今後も新たな共同研究による緊密な協力関係構築を希望する。

講演

司会:王 振(上海社会科学院副院長)

基調講演1「上海自由貿易区実験と中国対外開放のグレードアップ」

張幼文氏(上海社会科学院世界経済研究所研究員)

上海自貿区は昨年の設立以来、ネガティブリスト方式による投資開放、貿易の円滑化、金融サービスの自由化等を進めてきた。地方レベルの開放や経済特区設置が目的ではなく、国レベルの開放を進めるべく国際分業の再構築を行い、労働基地からの転換を目指していく。

  2013年 2014年 2015年~
地理的拡大 上海市内(28.78km2) 上海市内(120.72km2) 3区域(広東、天津、福建)に自由貿易試験区を新設
自由化
ネガティブリスト項目の削減
190/1,096 139/1,096
(制限措置110+禁止措置29)
100以下/1,096
制度革新 (1)認可制から登録制へ、それに伴う行政改革を実施
(2)自貿区を海外との双方向の投資拠点へと発展させる
・シングル・ウインドウ導入
・市場監視制度と監査の導入
・情報共有と法の執行の強化
・企業の年次報告書と問題ある企業名の公表
・社会信用体系の改善
・専門家監督制度の改善
 
基調講演2「上海自由貿易試験区とアジアの未来」

白石隆(アジア経済研究所 所長)

白石隆(アジア経済研究所 所長)

第1に、製造業にインプットされるロジスティクス、金融、専門家サービス等のサービス分野は、障壁を削減することで、製造業貿易も活性化させることが期待され、サービス業のみならず製造業の集積をも促進する。

第2に、同じサービス分野の障壁を削減するとしても、障壁削減のスピードが早ければ早いほど経済効果が増大する。逆に、障壁削減が遅くなれば今後、中国は周辺のTPP交渉加盟国から産業集積の点において遅れを取ることが危惧されるといえる。

第3に、サービス分野自由化の中国全土への拡大は大きな経済効果が期待される。一部地域のみでの自由化による経済効果は、自由化を行わない国内地域で発生する負の経済効果によって相殺されてしまう。

今後、中国が早期に自由貿易試験区を全土に普及させることは、TPPの代替手段になり得る。TPPの交渉合意後には中国およびアジア諸国はリーダーシップを発揮して、サービスの自由化を早期に実施していく必要がある。

TPP交渉未加盟国のサービス自由化が遅れると、サービス産業ばかりでなく製造業においても、アジア諸国・地域においては産業の集積スピードが鈍ることが懸念される。

ゲスト講演「国際通貨危機に対する政策選択とレジリエンス」

ウェイ・シャンジン氏(アジア開発銀行(ADB)チーフエコノミスト)

ウェイ・シャンジン氏(アジア開発銀行(ADB)チーフエコノミスト)

報告資料(412KB)

政策選択のトリレンマ(為替相場の安定、独立した金融政策、自由な資本移動を同時に行うことは出来ない)がよく知られている。

実証分析によると、柔軟な為替相場制度を持つ国の金融政策は、資本規制がない場合、米国の金融政策に影響を受ける。

よって、資本規制は国の金融政策の独立性を維持するために重要である。金融、資本、為替の自由化をどの順序で進めるか、学術的には広く研究が行われており、その点についても注意を払っていく必要がある。

パネルディスカッション

パネルディスカッション

パネルディスカッション
モデレーター
平塚大祐(ジェトロ・アジア経済研究所 理事)
パネリスト
沈開艶副所長(SASS 経済研究所)
張幼文研究員(SASS世界経済研究所)
磯野生茂研究員(ジェトロ・アジア経済研究所)
リャン・グオヨン氏(UNCTAD(国連貿易開発会議)企業・投資局 経済担当官)
ウェイ・シャンジン氏(ADB(アジア開発銀行)チーフエコノミスト)
ワン・ウェイチェン氏(UNIDO(国連工業開発機関)上海投資促進センター代表)

  1. 共同研究成果報告 磯野生茂研究員(ジェトロ・アジア経済研究所)

    報告資料(1.5MB)

    本研究では経済地理シミュレーション・モデル(GSM)を用いて上海自由貿易試験区(自貿区)が中国や東アジア諸国にもたらす経済効果を分析し、結論として(1)サービス分野の障壁削減による製造業の活性化、(2)障壁削減スピードが早いほど経済効果が増大、(3)中国全土への普及による経済効果の増大の3点があげられた。

  2. ディスカッション要約
    沈副所長:
    上海自貿区が他の自由貿易区と異なる点は、国内制度の革新につなげる意図と中国企業の対外投資を奨励する意図を持っていることだ。

    リャン氏:
    GSMモデルで上海自貿区の制度改革が貿易・投資にもたらす変化を数量的に把握できるのは意義が大きい。今後、モデルをさらに精緻化して政策提言に結び付けられることを期待する。

    ワン氏:
    上海で外資誘致を行う際の問題は、商業コストの高騰と土地の制約だ。上海自貿区の規制緩和実験はこれらの制約を緩和する作用があり、多国籍企業の本部や研究開発センター、投資センター誘致にも有利に働く。中国企業が上海自貿区をプラットフォームとして対外投資を行うことも意義が大きい。

    ウェイ氏:
    GSMモデルは、サービス業の規制緩和による各種コスト低減効果を数量的に計測できるよう工夫している点が評価できる。ただ、同じサービス業でも貿易・投資開放と異なり、金融開放は、秩序だて、慎重に進めることが必要だ。サービス業は貿易できないものもあるが、様々な経路で製造業の付加価値に含まれており、今後ともこの観点から貿易・投資を分析することが必要だ。

    張研究員:
    GSMモデルで、上海自貿区の効果を中国の地方ごとに計測できることは特に地方指導者にとって意義が大きい。サービスの規制緩和は上海自貿区の中だけでは効果が小さい。サービス範囲をどう拡大していくかは重要な課題だ。白石所長の報告からは大きな啓発を得た。貿易の比較優位理論は制度の優位にまで拡大して考慮されるべきであろう。