開催報告

国際シンポジウム

中東地域の政治変動——政軍関係、民主化、国際関係——

基調講演1「指導者、体制、および国家:アラブ世界における民主主義の展望」
リサ・アンダーソン氏(カイロ・アメリカン大学総長)

リサ・アンダーソン氏(カイロ・アメリカン大学総長)

リサ・アンダーソン氏(カイロ・アメリカン大学総長)

本日はシンポジウムにお招きいただきましたことに感謝申し上げます。「アラブの春」をめぐる政治的状況について講演させていただきます。

過去1年でアラブ地域の政治状況は劇的に変化しました。頑強と思われていた権威主義体制、独裁体制が人々の抗議行動によって変わりつつあります。過去数十年のアラブ世界は一貫して権威主義が続き、政治体制は画一的と見られてきました。しかしながら,現在の政治状況は国によって大きく異なるものとなっています。各国の違いはどこから来るのでしょうか。

これまでアラブ諸国の独裁体制の相違を明確に認識できなかったのは、指導者、政治形態、国家の3つを混同して分析した部分があったためだと思われます。例えば、指導者に焦点を当てたとき,その政治形態を詳細に分析することを怠ってきました。しかしながら、アラブ各国は、政権運営の規準、政府と国民との関係などにおいて違いがあり、さらに国家の統合、能力にも大きな差があります。

チュニジアに端を発し、アラブ地域全体に広がった抗議行動を通じて、人々は経済的な要求だけでなく、市民権、自由、尊厳を求めました。それは各国に共通する要求でした。なかでも、インターネットによって国境を越えたコミュニケーションを実現した若者たちは、抗議行動を先導し、政府を動かすのに大きな役割を果たしました。

抗議行動において、各国の人々は共通の要求を掲げました。しかしながら,その後の過程は国によって大きく異なるものでした。その違いはどこからくるのでしょうか。まず、これまで体制を維持している政府は、その生き残りを可能にした要因として、次の2つ、ないしは3つの特徴を指摘できます。

ひとつは、豊富な財政収入です。石油資源からの豊富な財政収入を分配することで、人々の経済的な不満を沈め、抗議活動を沈静化させました。この手法は、サウジアラビア・アルジェリア・オマーンなどに見られました。しかし、リビアの例は、豊富な財政収入が体制生き残りを保証する手段では必ずしもないことを示しています。

2つ目は、タイミングの重要性です。人々の要求に対して、迅速かつ断固とした対応をすることで、体制存続の可能性が高まったのです。体制崩壊に至ったチュニジアやエジプトにおいて、もしヨルダンやモロッコのように機敏な対応をしていれば、現在も政権が存続していた可能性は高かったでしょう。

3つ目は、君主制です。国王が政治的な失敗から距離を置き、その責任を政府に負わせることができれば、体制の生き残りに有効かも知れません。王政国家が体制崩壊に至っていないのは、君主制のゆえとも解釈できます。ただし、アルジェリア政府が体制崩壊を免れた例からは、君主制かどうかよりも、先に述べた2つの要因(財政収入とタイミング)の方が重要だったと言えそうです。

他方、体制崩壊に至った国、あるいは現在崩壊に向かっている国についてはどうでしょうか。こちらのグループは、これまでに大きな相違が見られます。エジプトやチュニジアでは新体制への模索が行われていますが、リビアとイエメンでは内戦状態に決着がつかず、またシリアでは政権による弾圧が続いています。これらの相違を分析すると、先に述べた3つの要因とは別に、さらに4つの命題を示すことができます。それらは、体制と国家の関係から導き出されるものです。

第1に、国家として強固な基盤がある国(strong state)は、体制崩壊は脅威とはなりません。エジプトやチュニジアの国民は、体制崩壊が国家分裂にまで結びつくとは考えていないでしょう。

第2に、国家として脆弱な国(weak state)では、体制転換が国家崩壊を伴います。リビアでは、体制の破綻が国家の崩壊を引き起こしています。また、イエメンは、体制崩壊によって国家崩壊の危機に直面しようとしています。

第3に、体制の目的が国家建設である場合、体制のイデオロギーと国家のアイデンティティーが緊密に結びついています。国家建設を進める体制は、正当性を持つ支配者となり、軍などの国家機構も体制に忠誠を誓います。そのため、体制への挑戦は国家への挑戦と解釈され、反体制勢力は軍などによって厳しく抑圧されることになります。

第4に、国家基盤の脆弱な国ほど、外国からの介入を招きます。そして、介入側の利害によって、体制の存続可能性(抗議運動の成否)が変わります。

以上のような命題から、今後のアラブ諸国の行方について、以下の見通しが得られるでしょう。まず、エジプトとチュニジアについては、楽観的な展望を抱けそうです。国家基盤は強固であり、経験豊富な政治指導者がいるためです。それに対し、リビアやイエメンでの国家再建は極めて困難な作業となることが予想されます。新体制の構築には、国際社会による長期間の協力が不可欠でしょう。また、シリアについては、安定を取り戻すには国際社会による介入が必要とされるでしょうが,その一方でイラクの例と同様に,効果的な介入は容易ではないでしょう。

現在、アラブ世界の政治情勢は混沌としています。明るい見通しを期待できる国から、国家分裂に直面している国まで、多様な様相を呈しています。今後しばらくは不安定となる国もあるでしょう。しかしながら幸いなことに、アラブ地域全体で、良い政府の構築を目指す動きが始まっています。

基調講演2「『アラブの春』後の経済面の機会と課題」
シリル・ミュラー氏(世界銀行対外関係担当副総裁)

シリル・ミュラー氏(世界銀行対外関係担当副総裁)

シリル・ミュラー氏(世界銀行対外関係担当副総裁)

世界銀行が本日、IDE-JETROおよび朝日新聞社と共にこの国際シンポジウムを開催することができたいへん光栄に思います。リサ・アンダーソン総長の基調講演から、中東がきわめて多様性に富んだ地域であることがわかりました。私からは、経済および開発の観点からアラブ地域においてどのような課題があるのか、そして現在まさに進みつつある情勢の変化がこの地域の経済、開発にどう影響を与えるのかについて議論したいと思います。

リサ総長からこの地域の政治情勢においても複雑性と多様性が鍵であるとお話がありましたが、私は経済情勢においても全く同様のことが言えると考えています。私がきょうお話しようと考えている内容は、大きく言って4点です。第一にこの地域における経済情勢の見通し、第二に投資の機会と課題、第三にこの地域における改革アジェンダ、そして第四に世界銀行グループの役割です。

ではまず一点目の「経済の見通し」についてお話ししたいと思います。中東・北アフリカ地域(MENA)の発展途上国では、GDP成長率は2011年に1.7%に落ち込みました。しかし、世界銀行グループは2012年には2.3%、2013年には3.2%にまで回復すると見込んでおります。新たな対内投資などが想定されるためです。他方この地域におけるダウンサイドリスクとしては、(1)国内政治の不安定性、(2)ユーロゾーン(EU)の経済低迷が与える影響、そして(3)財政状況の悪化が挙げられます。現在進行しているヨーロッパの金融危機は、2008年に起きた金融危機と比較しても、特にMENA地域に深刻な影響を与えると考えられるからです。さらに、石油輸入国である非産油発展途上国においては深刻な影響が懸念されます。

第二に、投資の機会と課題についてお話したいと思います。マクロ経済状況の悪化がもたらす投資環境への影響をわれわれは無視することはできません。北アフリカ地域において、ほとんどの国で対内投資は鈍化しています。(例外的にモロッコにおいては、観光業などもあって湾岸諸国からの援助量流入は順調に続いています。流動性の担保にも一躍を買っています。)短期的には企業が対MENA投資を減額・保留・中止していますが、この状況はしばらく続くと思います。しかし、実際にはこの地域において、投資機会は確実に存在しているということを申し上げたいと思います。世界銀行グループは、報告書を上梓し、中東・北アフリカ地域に関して興味深い提言をしています。そこでは、短期的な低迷要素はあっても、長期的には投資家にとって大きな変化はもたらされていないことが論じられています。3億5,500万人の人口を抱えるこの地域には、分厚い中間層が存在しています。また、いくつかの重要な社会開発指標をみても改善が見られます。例えば、平均寿命はおよそ70歳に達し、初等教育修了率は90%と高く、また児童死亡率においても改善が見られます。これらは投資家にとっても魅力的な要素となるはずです。実際、世界銀行グループの多国間投資保証機構(MIGA; Multilateral Investment Guarantee Agency)によるサーベイの結果では、投資家たちは対MENA投資の準備があると回答しています。ただし彼らは最低一年間国が政治的に安定することが要件であるとしており、興味深いことに非民主的政府のもとでも安定期間が一年以上続けば投資を検討する用意があるとしています(イラン・イラクなどのホットスペースは除く)。

三点目の今後の改革アジェンダですが、自由で透明性と責任がある政府の樹立のためにはそれを下支えする経済制度・経済政策の改革が重要と考えます。またこの地域では雇用創出が大きな課題です。タハリール広場に集結したのは多くが若者たちでしたが、人的資本蓄積が進みつつあるこの地域の若者たちに見合った質と量の雇用を創出していくことが望まれます。四点目として世界銀行グループの支援策ですが、「アラブの春」以降、世銀は「透明性」を重視しており、融資条件として財務状況の公開を義務付けています。各種の法改正など制度改革に基づいて経済改革プログラムを実施し、アカウンタビリティと政府の透明性の向上に向けて支援しています。従来から世界銀行グループは経済諸要素への支援を重視してきましたが、現在では特に政府の透明性、持続的な政府の樹立、雇用の創出を支援しています。

パネルディスカッション

白石 隆(ジェトロ・アジア経済研究所 所長)

白石 隆
(ジェトロ・アジア経済研究所 所長)
モデレーター
白石 隆(ジェトロ・アジア経済研究所所長)


パネリスト
長沢栄治氏(東京大学東洋文化研究所教授)
鈴木均(ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター主任調査研究員)
アリー・フェルドウスィー氏(ノートルダム・ドゥ・ナムール大学歴史政治学部 学部長)
リサ・アンダーソン氏(カイロ・アメリカン大学 総長)
シリル・ミュラー氏(世界銀行対外関係担当副総裁)

長沢栄治氏(東京大学東洋文化研究所教授)

長沢栄治氏(東京大学東洋文化研究所教授)

エジプトの1.25革命は歴史的にみると、1952年の7月革命以来の「革命」であり、エジプトは「革命の時代」を迎えたといえるでしょう。1.25革命と7月革命を比較すると、軍、ムスリム同胞団、アメリカの影響という3つの点において類似性が見られます。1952年7月革命は軍部によって体制転換がもたらされましたが、今回も軍部の介入という点では似ていました。その一方で、1.25革命では軍は調整役であり、また若年層が大きな役割を果たしています。この新しい世代は、今後政治分野に限らず、社会経済面でも重要な役割を果たしていくでしょう。

1.25革命は新しい政治体制の成立によって終わるものでなく、長期的な意味でも歴史的意義を持つものになるでしょう。また、アラブ地域全体の政治状況への影響も否定できません。すでにパレスチナで新たな動きがみられました。他方で「アラブの春」後の中東地域では、エジプト、イラン、サウジアラビア、トルコの4カ国が大きな影響力を持つようになるだろうとの見方もあります。現在、中東におけるアメリカの影響力が低下しているなかで、日本は公正なアウトサイダーとして、新しい政権と積極的に協力関係を構築していくことを期待したいと思います。


鈴木均(ジェトロ・アジア経済研究所主任調査研究員)

鈴木均(ジェトロ・アジア経済研究所主任調査研究員)

イランの核問題については10年ほど前から問題になっていますが、昨年末からは新たな緊張が生まれました。11月のIAEA報告でイランの核兵器開発可能性を示唆され、米国が制裁強化を発表、それに対しイランが反応し、ホルムズ海峡封鎖まで言及しました。ここで情勢判断のため2つの指標を見てみます。ひとつはイラン通貨リアルの為替レートであり、もうひとつは原油価格の変化です。制裁強化はリアルの暴落を招き、これはイランの経済規模が半分以下にまで縮小していることを意味しています。他方ホルムズ海峡封鎖発言に対して原油価格には大きな変化は見られていません。その結果、ホルムズ海峡封鎖への言及で原油高を企図したイランは心理的には追い詰められつつあります。

このような石油の問題が浮上するたびに、日本はその対応策が緊急の課題になります。それを解消するためには、今後とも湾岸諸国からの原油輸入を分散化させていくことが必要になると思われます。


アリー・フェルドウスィー氏(ノートルダム・ドゥ・ナムール大学歴史政治学部長・教授)

アリー・フェルドウスィー氏(ノートルダム・ドゥ・ナムール大学歴史政治学部長・教授)

今回のアラブの革命は、イランで起きた1979年のイスラーム革命との近似性を様々な点で指摘することができ、イスラームはその原因であり結果であると言えるでしょう。その一方でアラブ諸国はイランのようにはならない、あるいは、なりたくないと言う声も聞かれます。欧米では今回の「アラブの春」によって成立した政権がイランのようになるとは見なしていません。今回の革命はイランとは歴史的にも文化的にも異なるという認識です。他方で米国の保守メディアなどでは、米国がイスラーム支配に対する影響力がなくなったという警告を与えるものもみられます。

2009年6月12日以降のイランでの抗議行動は、今回のアラブ諸国の抗議行動と同様の側面がありました。若者が主導し、ソーシャルメディアを積極的に利用したのです。2009年のイランの抗議行動は、新たな権利を求めるものではなく、革命によって得たはずの権利と自由を守るものでした。しかしその結果、この抗議運動によって1979年のイスラーム革命はひとつの終焉を迎えたと言えるでしょう。


リサ・アンダーソン氏(カイロ・アメリカン大学総長)

リサ・アンダーソン氏(カイロ・アメリカン大学総長)

中東地域に対するアメリカの対応については、現時点では、国内事情や欧州通貨危機のため、十分な注意を払う余裕がないと言えるでしょう。他方で中東諸国の政府にとっては、アメリカ政府の反応がいまだに不透明なため、これに対応して外交政策を構築することが難しくなっています。

次にリビアでは過去100年間安定した政府が建設されなかったなかで、現在新たな国家建設が試みられています。今後はリビアでは国家統合の唯一の源泉であるイスラームに基づいた「イスラーム国家」に向かう以外に選択肢はないと考えます。アラブ諸国は国家建設の転換点にあると言えますが、そのなかでいくつかの国では多かれ少なかれイスラーム主義者が中心的な役割を果たすことになるでしょう。

もうひとつ軍について言及します。軍の位置づけや役割は、各国の歴史や文化を反映しているため、国によって大きく異なっています。そのため抗議行動に対する軍の行動も多様なものとなりました。したがって、軍の行動を理解するためには、軍内部の要因だけではなく、各国の成り立ち、政治体制、社会構造といったものを考慮する必要があるでしょう。


シリル・ミュラー氏(世界銀行対外関係担当副総裁)

シリル・ミュラー氏(世界銀行対外関係担当副総裁)

政治変動後の中東・北アフリカ地域の経済的側面について、私は「インドネシアモデル」を提唱します。イスラームの政治勢力と軍がうまく均衡を見出し民主主義国家に移行したのがインドネシアです。したがって、アラブ諸国の移行についても楽観的な見方を持っています。

次に「質のいい経済成長」ということについてどう考えたらよいでしょうか。教育水準の高い若年層の存在は経済成長を促すための重要な要素ですが、それを積極的に活用できるかどうかが問題となります。中東諸国の労働市場では、これまで教育水準の高い若年層に対する十分な雇用の機会がありませんでした。その要因として汚職、伝統、肥大化した公的部門などの問題が挙げられますが、若年層が生来もつ「起業家精神」を重視するべきでしょう。自国での働く場を積極的に創出しなければ、人材は国外に流れていってしまいます。

中東・北アフリカ地域では現在何よりも投資が必要とされています。アジア地域では活発な投資が発展にとって重要な役割を果たしてきました。その意味で中東諸国は今後アジアの経験を参考にするのがよいと考えます。また新たな政治体制の下では、社会の透明性が確保されることが重要なポイントとなるでしょう。