開催報告

国際シンポジウム

東アジアの地域統合とAPEC

基調講演「東アジア経済統合の道筋:APECの役割」
白石 隆(ジェトロ・アジア経済研究所 所長)

白石 隆(ジェトロ・アジア経済研究所 所長)

白石 隆(ジェトロ・アジア経済研究所 所長)

2010年7月にアジア経済研究所はAPEC研究センターコンソーシアム会議を主催し、今後APECがどのような方向で展開していくべきかを議論しました。その議論とアジ研内の研究に基づき、APEC首脳会議に向けて3つの提言((1)アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)を明確に定義し、推進する。(2)成長戦略なしには貿易の自由化および投資の促進は進められない。(3)ボゴール・ゴール・プラスとして、通商の自由化、投資の促進、これを補完する成長戦略を中心に据えて、今後のAPECを考えるべき。)を行いました。

FTAAP実現への道筋にとって一番重要なのはTPP(環太平洋パートナーシップ協定)であると考えています。TPPに日本がどう関与してルールをつくっていくかは、日本の今後の通商政策、将来を考えていくうえで基本的な問題です。今こそ、農業政策そのものを転換してTPPに参加を表明していくところにきているのではないでしょうか。

2010年7月のARF(ASEAN地域フォーラム)では、南シナ海における中国とASEAN諸国の領土/漁業問題で、共通の行動規範の重要性が指摘されました。また、東シナ海においても行動規範の問題が重要になってきています。行動規範を打ち立てていくためにはベースとなるような安全保障上の協力・連携が必要となってきています。10月末の東アジアサミット(EAS)にアメリカとロシアが招かれます。G20のうちアジア太平洋に関与する8カ国がEASに参加することになり、これらの国の首脳は年2回会う機会ができます。その結果、大国のコンソーシアムが形成されるということが様々なところで言われるようになってきています。中国、インドの台頭によってこの地域の秩序は変わらざるを得ませんが、平和的に変容するためには、この地域の主要な代表国によって議論する必要があります。APECは、プラザ合意以降事実上の経済統合が進展する中でアジア太平洋の統合/経済協力を進展させようとしてきました。1997と98年の経済危機においては、APECは大きな役割を果たせず、東アジアの枠組が重要になっていきました。しかし、いま再びAPEC/環太平洋での協力・枠組のほうに振り子が戻ってきているのではないでしょうか。本シンポジウムで、今後、環太平洋という枠組で貿易の自由化を進め、どのようにこの地域の経済成長を構想していくのか、そのためにはどのような道筋があるのかを議論し、APECあるいは日本政府に提言していくことを期待します。

セッション1「東アジア地域統合の進展とAPECの役割」

セッション1:<br> 東アジア地域統合の進展とAPECの役割

モデレーター
平塚 大祐(ジェトロ・アジア経済研究所 研究企画部長)

パネリスト
ピーター・ペトリ(ブランダイス大学 教授)
ロバート・スコレー(オークランド大学 ニュージーランドAPEC研究センター長)
蔡 鵬鴻(上海社会科学院 APEC研究センター長)
ハンク・リム(シンガポール国際問題研究所 主席研究員)
浦田 秀次郎(早稲田大学 教授)

2009年のAPEC首脳会議の議長声明は、「われわれはFTAAPの現実的な道筋について探求を続けたい」と表明しており、FTAAPに向けての道筋を明示することが2010年日本APEC首脳会議の課題のひとつと考えられます。このため、セッション1「東アジア地域統合の進展とAPECの役割」では、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)実現の道筋について、研究者がどのように考えているのか率直な意見を交換しました。

このセッションでは、3つの点について議論しました。第1は、東アジアで議論が進んでいるASEAN+3とASEAN+6の経済統合イニシアティブに対する評価です。第2は、APECが検討しているFTAAPのあり方について、最後は、日本が協議開始を検討している環太平洋パートナーシップ協定(TPP)のあり方について議論しました。

東アジアの経済統合イニシアティブ(ASEAN+3とASEAN+6)の評価

ASEAN+3(日本・中国・韓国)を対象とした東アジア自由貿易協定(EAFTA)の民間研究が2006年に発足、ASEAN+3にオーストラリア、ニュージーランド、インドを加えたASEAN+6を対象とした東アジア包括的経済連携(CEPEA)の民間研究が1年遅れの2007年に発足、それぞれ2009年夏に第2フェーズの報告が行われ、ワーキンググループを立ち上げて検討していくということが提言されています。この提言により設立されたワーキンググループがそれぞれ別個に作業を進めているというのが現在の状況です。ASEAN+3かASEAN +6のどちらかを選ぶというよりは、二つのイニシアティブを競争させながら、東アジアの経済統合を推進する必要があります。

ASEAN+3に関心を持っているのは中国と韓国です。他方、CEPEA(ASEAN+6)に強い関心を持っているのは日本、それにASEAN+3のメンバーではない、インド、オーストラリア、ニュージーランドがASEAN+6に非常に強い関心を持っています。

EAFTAもCEPEAも、「APECの三本柱」の貿易投資の自由化、円滑化、経済協力を三本柱にしている点で共通しているものの、CEPEAは経済協力に一番の優先順位を置き、その次に円滑化、最後に自由化の優先順位となっているのに対して、EAFTAの方は三つを一括して進めていく立場をとっています。

2010年のASEAN+6の東アジアサミットには、米国とロシアがオブザーバーとなり、来年2011年から両国が正式参加となる予定ですが、そのときにCEPEAの参加国がASEAN+8まで拡大するのかどうかは現在のところ不明です。

米国の学術界は、EAFTAやCEPEAの東アジアの経済統合は米国経済にプラスであると好意的に見ていますが、米国議会のなかには、EAFTAまたはCEPEAから除外され不利益を被ると懸念する人達もいます。

FTAAP実現に向けた道筋とAPECの役割

アジア経済研究所が今年9月の第3回APEC高級実務者会合に提出したポリシーブリーフは、FTAAPについて、1)拘束力のある FTA協定でなければならない、2)高い質のFTA協定を目指す、3)参加する国から参加していくパスファインダー・アプローチをとる、4)環太平洋のエコノミーが参加するものでなければいけないということを示しました。この点に関して、国によって見解が異なっています。

ASEANの考え方は、APECは非拘束的な立場を維持すべきと考え、FTAAPをAPECと平行した形として支持していくと考えています。

中国は、ボゴール目標についてもサポートしているのと同様、FTAAPをサポートしていくというスタンスです。中国は2001年APEC上海宣言においてパスファインダー・アプローチを提案しており、将来的にはAPECが拘束力のある組織になる可能性があると考えています。中国は、FTAAPはAPECの中で議論し実行されるべきであるとして、暗にAPEC外のTPPを牽制しています。

米国の学界は、ダイナミックな経済圏がアジア太平洋地域で構築されることによって、米国は恩恵を受けることができると考えています。したがって、FTAAPが2004年にAPECビジネス諮問委員会の中で提案されたとき、ブッシュ政権はFTAAPを支持しました。

FTAAP実現の道筋としての環太平洋パートナーシップ協定(TPP)

TPPというのは、実は何もないところから出来上がったもので、1990年代後半、いくつかのAPECエコノミーがより早い自由化を行っていくべきだと主張、2006年にチリ、シンガポール、ニュージーランドがブルネイを足してP4の環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)を締結しました。2008年にブッシュ大統領が、2009年にはオバマ大統領がTPPメンバーの交渉に加わることに興味を示しました。これが現在の環太平洋パートナーシップ協定(TPP)です。

TPPは、環境問題、イノベーションの問題等、21世紀の貿易の新しい問題に対応するものでなくてはなりません。また、TPPは、9カ国から13カ国に、そして究極的には21カ国へと拡大していく、ダイナミックなプロセスでなくてはなりません。このように考え、米国の学会の方は現実的でTPPが成長できる内容にしなくてはならないと考えています。他方、米国政府は、包括的でなくてはならないと考えています。ここがTPPに関する学界、米国政府の考え方が違う点です。

自由貿易協定としてのTPPは、100%すべての自由化を前提とするのではなく、90~95%の貿易項目をカバーするのが現実的です。これは、今後の交渉によります。

ASEANは、TPPにより東アジアの経済統合の主導権を握ることができなくなるのではないかと懸念しています。既にメンバーであるブルネイとシンガポールに加え、ベトナムとマレーシアが交渉参加を表明していますが、マレーシアは国際的な協定を利用して、ブミプトラ政策に手を入れ、マレーシア経済を劇的に立て直そうとしているのかもしれません。また、ベトナムは首相による独断であり、実際に参加するにはベトナムは多くの困難を伴うことになります。

日本にとっては、TPPに参加することによりアジア太平洋の貿易あるいは投資のルールを設定するプロセスに参加できるというメリットがあり、参加できなければルールを決めるプロセスに参加するというメリットを失います。しかし、TPPに参加すれば、農業面においては高い調整コストを支払わなければなりません。

中国政府は今、具体的な形ではTPPに関する政策を出していませんが、中国は決してTPPに関しての門戸を閉めるということではなく、オープンな姿勢を取っています。もしTPPが近い将来に締結をされたときには、中国はアジア太平洋に関する戦略を調整することになります。

セッション2「成長戦略:グリーンエコノミーとイノベーション」

セッション2:<br> 成長戦略:グリーンエコノミーとイノベーション

モデレーター
鍋嶋 郁(ジェトロ・アジア経済研究所 開発研究センター主任調査研究員)

パネリスト
ゲリー・ハフバウアー(ピーターソン国際経済研究所(PIIE)上級研究員)
ローレンス・W・ベイツ(GEジャパン ゼネラル・カウンシル)
安希慶(韓国生産技術研究院専門委員)
杣谷 晴久(経済産業省通商政策局APEC室アジア太平洋通商交渉官)

APEC2010では5つの成長戦略が推奨されております。その中で、「持続可能な成長」と「革新的な成長」は非常に整合性の高い成長戦略だと言えます。環境調和型経済、すなわち、グリーンエコノミーでは技術革新が活発に起こる事が期待されており、APECの成長戦略の一つである革新的成長とも密接な関係にあります。イノベーションと環境問題はもはや別々に議論するものではなく、同時に考慮していくべきものであります。本セッションでは、APECにおけるイノベーションと環境問題を中心に議論されました。

このセッションでは、主に3つの大きな議題について議論されました。1つ目は、どのような技術革新が省エネ・汚染対策・低炭素化にとって好ましく、また、その結果どの産業がより成長するのかを議論しました。2つ目は、どのように発展途上国が環境調和的な成長戦略で高成長を遂げることが出来るのかを議論して、最後に、地域内の環境調和的な産業発展、環境財・サービスの貿易促進、環境保全の促進に対してのAPECの役割について議論しました。

新産業・イノベーションの可能性

グリーンエコノミーは成長の起爆剤として各国政府とも力を入れている分野であり、このトピックに対する意見交換が行われました。日本政府は今年の6月に新成長戦略を策定して、7つの戦略分野のうちの一つはグリーンイノベーション(環境技術革新)による経済成長の達成を打ち出しております。具体的な3つの数値目標として、50兆円規模の市場開拓、140万人の雇用創出、13億トンのCO2削減を挙げ、成長戦略として日本の先端的な環境技術を生かすことを目標としています。他に具体的な戦略プロジェクトとして、再生可能エネルギーの更なる活用のための市場整備、地熱発電の普及、スマートグリッドの採用、環境関連のベンチャー企業の育成などを目標としています。また、近年、韓国もローカーボンエコノミー(低炭素型経済)を目標として掲げて、グリーン成長戦略を策定して、その成長戦略において産業のグリーン化、およびグリーン産業の育成を進めてきました。主な例としては、グリーンパートナーシップがあり、これは大企業が中小企業に対して環境技術の協力を行う事業であります。開始時期はEUにおいて環境規制が強くなった2003年に重なります。グリーンパートナーシップの契機としては、環境規制に対する中小企業の反発が強かった事を挙げられます。そのため、大企業に補助金を提供して、中小企業向けに環境における技術協力を進めることが考えられました。現在では、大企業1社当たり20社ほどの中小企業が支援されており、中小企業の環境に対する理解も少しずつ進展してきました。

こういった環境問題の取組みは担当する政府機関が異なることで調整が取られておらず、様々な規制や補助金が存在します。その結果、補助金が比較的多い分野である太陽光発電、風力発電、電気自動車にイノベーションが集中しているとの指摘がありました。また、米国や中国、インドなどでは石炭産業の影響力が非常に強いため、CO2を貯留する技術も注目を浴びています。また、バイオエネルギーの注目も高まってきています。一方、原子力エネルギーもCO2排出面から非常にクリーンで効率的なエネルギーですが、原子燃料の廃棄物や安全面で不安が残っており、あまり推進されておりません。そして、新エネルギー開発の重要性も指摘された上で、既存の発電システムの効率化、天然ガスの利用増加、水資源(水力発電も含む)利用の効率化などの地道な努力も低炭素社会を目指すには不可欠であるとの意見も出ました。

発展途上国にとってのグリーンエコノミー

発展途上国が環境調和型の成長戦略を選択するように、国連気候変動枠組条約における市場メカニズムを活用したクリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism: CDM)を応用することが考えられています。しかし、発展途上国では汚職という問題のためにCDMが期待通りに機能するのか疑問が残ると指摘されました。代替案として、一年間で排出される平均的な一人当たりCO2排出量を見ると、米国で19万㎥、日本で9万㎥、中国で5万㎥、そして、インドでは2万㎥です。こうした国別の相違がある中で、一人当たりの排出量の違いに沿って移転価格が決まる仕組みを考案すれば、発展途上国が低排出レベルの経済成長を志向するようになるという意見も出ました。

貿易を通じて発展途上国の企業は温暖化対策を余儀されなくなる可能性も指摘されました。例えば、韓国企業における環境問題を研究の中で、日本企業と材料の取引をしている企業の事例がありました。韓国の中小企業が、取引先の日本企業からカーボンフットプリント(製品の生産過程における温室効果ガスの排出)の提出を求められた事例です。こうした環境の取り組みは国際的に広がりつつあり、今後も途上国において同様な問題が増えると考えられます。

発展途上国においても持続的な成長のためには質の高い(環境に配慮)した成長が重要であるとの認識が高まっています。こうした中で、国際協力について議論するAPECにおいて先進国が途上国へ環境技術の協力を進めようと話し合われています。ただ、途上国は先進国企業の「技術移転」を進めることを強く主張していて、先進国は途上国の「ただ乗り」問題を憂慮しています。特に、途上国の知的財産権の未整備が先進国の憂慮を大きくしていると言えます。

APECに期待される役割

今後のAPECの役割について幾つかの意見が出された。まず、環境関連の財・サービスの貿易自由化をAPECで支持していくべきです。この中で、利害関係を持った企業の数が比較的少ないアルミニウムなどの産業から基準統一化を試みることができる、との指摘がありました。第2に、国別の低炭素社会計画を報告、監督、さらに評価するシステムを体系的に作ることにより、国家レベルの温暖化ガス削減目標の業績評価が可能となります。その結果、温暖化ガス削減の国際比較が容易になるため、こうした仕組みをAPEC内での国家間の相互監視に役立てるべきだという意見がありました。第3に環境基準の国際的な標準化を推進する必要あると、指摘がありました。APECでは貿易投資の促進を主に目標としており、それに関連して、省エネの商品基準(ラベルなど)を明確にして、省エネに関しても「ピア・レビュー」の仕組みを進めるべきです。第4に、中小企業を対象とした温室効果ガス削減の政策の重要性が述べられました。大企業は経費削減の観点からこれまで環境対策を進めているため、環境対策に遅れている中小企業を支援する方がより効果的だという意見がでました。

最後に、クリーンエネルギーの活用がさらに進むためには、環境負荷の高いエネルギー価格が現状より高くなるべきだという指摘がありました。

総括
白石 隆(ジェトロ・アジア経済研究所 所長)

第1セッションでは、5点、重要な点があったと思います。1点目は、今後の東アジア、アジア太平洋地域における貿易自由化の制度・枠組はどこにいくのかという点です。これに関しては、FTAAP、CEPEA(ASEAN+6)、EAFTA(ASEAN+3)の3つの枠組が言及されました。EASは来年からASEAN+8になり、EASのミッションの再定義が必要になります。日中韓のFTA/EPAがまとまると、東アジア統合のダイナミクスそのものの話が変わっていくかもしれません。一方で、最終的には環太平洋FTAというのが重要であるという議論もありました。2点目は、FTAAPに至る道筋は何かという点です。FTAAPに日本がどういう立場を取るかでモダリティが変わっていくでしょう。3点目は、APECを今後どう考えていくのかという点です。法的拘束力のあるものにしていくのか、それとも非拘束なものであるべきか。FTAAPは拘束的であるべきだが、APECは貿易以外にも様々な争点に取り組むものなので非拘束的であるべきとの議論がありました。4点目はTPPをどう考えるかという議論です。そもそものAPECのビジョンは、地域全体の貿易・投資の自由化でした。それを実現するためのダイナミックな道筋というのがTPPであります。21世紀の課題に立ち向かう時に、19世紀のテーマ(農業)で足をとられるということは望ましくありません。日本にとっても、TPPに参加することで国内経済の再編が可能となるのではないでしょうか。5点目は、日米政府もASEANも中国を封じ込めようとは思っていないということです。中国が今後更に責任あるステークホルダーとしての役割を果たしていくためには、中国との協議が必要となりますでしょうし、その反面、中国が力を用いて一方的に何かしようとする時はそれに対処するという力を作っていかなくてはならないでしょう。

第2セッションでは、「新しい技術・システム・市場の可能性」が出て来ていることを痛感しました。エネルギーとそれを支える社会経済のシステムについて、考え方そのものが変わってきています。それに応じて、国や企業も対応しつつあります。スタンダードの問題、知的財産、エネルギー技術者の移動、現地調達の基準の問題、技術のオーナーシップなどの問題は、重要な問題として今後APECやそれ以外の場でも議論が必要となるでしょう。

現在のパラダイムシフト、特にスマートグリッドなどの中で、これまで人がリンクしていたインターネットのネットワークに電気で動くすべての人工物がリンクし、スマートコミュニティが出来ていくということが現実問題として起こっています。こういう新しいスタンダードのモデルは、国で作るものではないと思います。日米韓の企業が、例えばシンガポール政府と一緒に動く、というようなことが起こってくるのではないかと思います。我々はそのようなことも十分あり得るのだと認識して、日本のシステムそのものの転換とAPECそのもののエンゲージメントを考えていく必要があるのではないでしょうか。