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図書館

2006年度第3回途上国理解市民フォーラム開催報告

ナイジェリア —荒れる『若者』の正体—



開催日時
2006年10月5日 (木曜) 14時00分~15時30分

会場
アジア経済研究所 
C21会議室 千葉市美浜区若葉3-2-2

講師
望月 克哉 (新領域研究センター 専任調査役)





総合テーマを「アフリカ-そこに生きる人々を語る」として開催してきた今年度の市民フォーラムも、第3回目となった。

今回は、アフリカの人々の中でも特に『若者』に焦点を絞り、産油国として知られるナイジェリアでの事例をもとに、世界各地で社会問題となっている“荒れる『若者』の正体”を探るという、現代的かつ社会的で大変興味深いテーマであった。

講師はナイジェリアの前首都である「ラゴス」という街に暮らした経験があるそうだが、近年、そのラゴスでも様々な「迷惑行為」を行う人々が出没し、彼らは地元の人から“youth(若者、青年)”とひと括りにされているという。しかしその呼び名に反して、中には30代、ときには40代の者も含まれていることがあるらしい。


それでは、いったい“youth”、『若者』とはどういった人々を指すのであろうか?

かつてナイジェリアでは学生や若者が独立運動などで社会の中で華々しく活躍してきた歴史があるが、現代の若者たちはそういうイメージとはおよそかけ離れている・・・。

詳しくはレジュメをご参照いただきたいが、辞書的な意味・定義から、実際にナイジェリアで見かけた若者たちの姿、また、社会的な枠組みの中での位置づけなどを交えた説明を聞く中で、いくつかの『若者』像が浮かび上がってきた。

精米所の店番といった簡単な仕事や、やぶで捕まえたトカゲなどの動物の肉(ブッシュミートと呼ばれ、レストランで頼むとなかなか値が張るそうだ)を焼きながら、道端で客が通りかかるのをただ待っている若者たちの姿からは、なかなか出世のチャンスをつかむことができない様子がうかがわれた。

荒れる『若者』たちの背景には、従来の地域社会の仕組み(年齢階層別の世代区分や序列関係など)と、医療の発達に伴う人口増加や、1980年以降の国家の経済的疲弊などから生じた社会の変化が関係しているのではないか、と講師は推測する。人口に対する学校数の不足、財政難による行政サービスの低下などから教育水準が下がり、就職の機会も充分ではないがゆえに、一人前の「大人」として社会的に認められる地位を得ることができない『若者』が、社会に対する不満を暴力として表しているのではないか。また、そういった暴力に依拠する『若者』たちを操作し、「利用」している政治家や有力者までいるという。

このような問題に対して、まだまとめるほどの「答え」は持っていないと言いながらも、最終的には『若者』たち自身に解決を委ねるのがよいのではないか、そして『村の若者たち』という本(これは高度経済成長期の日本の若者を描いたものだが)を著した宮本常一氏の言葉を引いて、現在の状態が「可能な未来をはらんだ不安定」であるということを『若者』たちに示すために、社会全体で取り組むべき問題としても意識することが解決への出発点なのではないか、という風に講演は締めくくられた。


今回のフォーラムは非常に考えさせられる内容であり、講演を聞いて完結する類のものではなかったかもしれないが、そういうときこそ、ぜひアジ研図書館で関連する文献を探してみてはいかがだろうか。参考文献のリストには当館で所蔵している資料については配置場所を示す請求記号が記載されている。また、漠然とアフリカやナイジェリアについて興味がわいたという場合でも、アジ研図書館の2階では図書が地域別に並べてあるので、その地域の棚に赴き、タイトルを眺めてみるというのもよいかもしれない。
『若者』たちが荒れることなく、輝かしい未来を描くことができる社会の構築が望まれる。